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伝わっていますから!  作者: 桐央琴巳
第三章 お出かけ編
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第三話 「二人旅は計画的になさいましょう」

 特製のソースがかけられた挽肉のパイ包み。季節のサラダはほっこりとした温野菜。そして鶏出汁のスープと薄切りの黒パン。お店自慢のお昼の『定食』――というもの――だそうなのです。

「美味しい……!」

 こういった、全てのお料理がまとめて出てくる、下町のお店でのお食事は初めてですが、お味の良さに感動致しました。名店と呼ばれるお料理屋は、何も高級店に限らないのだと、父様や兄様から伺っておりましたが本当なのですね!


「とっても美味しいです、エリー。ほっぺたが落ちそうです……!」

「それは良かった」

 エリーが寡黙でいらっしゃるのを良いことに、しばらくは会話を忘れて夢中で食べてしまいました。淑女として正しい振舞いではなかった気がしますが、気取ったお店ではないようですし、周囲の方々も、食後のお茶を終えられると、さっさと席を立たれているご様子ですので、まあ良しとしましょうか。


「エリーも、こちらのお店のお料理がお好きで、時々来られているのですか?」

「それもあるが、この店は場所柄、一見の客も多い。自分が誰と指されることはまずないし、実家にある食堂酒場と空気が似ている」

「ご実家。父様が西の国へ向かう時、定宿にさせて頂いている旅荘のですか?」

「そう」

 頷いて、軽く周囲を見渡されたエリーは、何かを偲んでおられるような、遠い眼差しをなさいました。

 ずっと親元におりますわたくしに、郷愁というお気持ちは想像するばかりのものですけれど、早くからお巣立ちになられたエリーにとって、故郷というのはきっとお懐かしいものなのでしょう。


「父様からエリーは、教会学校に通い()めたばかりのご時分から、ご家業のお手伝いをされていた感心な方だと聞かされておりますが、ご実家のお宿ではどのようなことを?」

「自分は接客下手なので主に裏方を。水汲みや薪割り、風呂焚き、厨房で皿洗い、洗濯に清掃」

「お皿洗いにお洗濯にお掃除まで! エリーは意外な職能をお持ちなのですね」

「見かけによらないとよく言われる。軍の入隊面接で特技を聞かれて、『寝台整備』と返答したら、入隊後に度々それを命じられた。もしも見習い途中で落伍者になっても、官舎の雑役夫には雇ってもらえるだろうと、教官に太鼓判を押されていた」

「今エリーはこうして、近衛二番隊の騎士様に抜擢されていらっしゃるのですもの。脱落されることなんて、ないのだとわかっていて、おからかいになられていたのではありません?」

「どうなのだろう……? 自分の配属理由について、当時の副隊長に、自分の整えた寝台が、ぱりっとしていて実に気持ちが良かったからと説明されたことがある。近衛二番隊の選抜基準は未だにさっぱりわからない」


 そうおっしゃってエリーは、お皿のソースを拭ったパンの最後の一欠けらを片付けられました。先にお食事を終えられたエリーのお皿は綺麗です。我が家で召し上がられる時もいつもそうなのです。全部美味しく食べました、ごちそうさまでした、というお気持ちが表れているようで、そういうところ、何だかいいなあと思うのです。

 わたくしのお料理も、あとほんの僅かになっていましたので、木盆を下げに見えられた女将さんに、エリーは香草茶の用意を頼まれました。わたくしが食べ終わりました直後にちょうどよくお茶が来て、大満足で一服をしながらわたくしたちは、『面白くて、幸せな気持ちになれそうなもの』を探し求めて、揃って窓の外を眺めることにしたのでした。



 南大門での検閲を終えて、駅馬車がまた一台、駅に入ってきて止まりました。あれはどちらの町から走って来た馬車なのでしょう? 降車された方々は、しっかりと荷を抱え、立て看板や地図を確かめて、あるいはお出迎えの方との再会を喜んで、思い思いの方角に散って行かれます。

「エリーは、駅馬車で旅をなさったことがおありですか?」

「もちろん」

 カップを受け皿に戻されてから、エリーは、よく考えてみればお伺いするまでもない、わたくしの間抜けな質問に詳しくお答え下さいました。


「思い出していた。故郷の町レシトレンから数日をかけて、駅馬車を乗り継ぐ旅をしてきて、やっとの思いで王都に辿りついたら、そこの旅客駅でゲイナーが待ってくれていた。知った顔を見つけて、ほっとしたことを覚えている」

「そうでした! それで父様に連れられて来られて……、エリーは入隊試験を受けて、合格して官舎へお入りになられるまで、しばらく我が家でお過ごしだったのでしたね」

「その節は、ご厄介に」

 エリーは改めて謝辞を述べられて、ぺこりと会釈なさいました。つられましてわたくしも思わずぺこり。

「いいえ、ご丁寧に。エリーのようなお兄様が一つ屋根の下にいらっしゃると、サヴィはお行儀よくするのねと、母様に冷やかされましたこと、わたくしも思い出しました」


 思えばあれが、わたくしが異性というものを意識しました、初体験でしたのでしょう。

 昔のエリーは心底無口でらっしゃって、姉、姉、妹に挟まれて、男きょうだいを強く欲してらっしゃった兄様に、嬉々として構われておいでになるのを見るばかり。恥ずかしくてお近づきになれなかった記憶しかありませんけれど、羞恥心は興味津々の裏返し。ひょっとしてわたくしの初恋は、上京されて来られたばかりのエリーでした――と、申し上げましても過言ではないのかもしれません。


「そういえば、そろそろまた、一月休暇を頂かれる頃合いなのではありません? エリーはご帰省をなさらないのですか?」

 例えば、先日までの外遊のお供のようなことがあったり、突発的な出来事に対応されたりで、休日返上なさることもしばしばある上に、普段まとまったお休みをお取りになれない王宮勤めの騎士様には、勤続三年目、六年目、九年目……と、三年ごとに一月間の長期休暇を得られる制度がございます。

 エリーは確か勤続六年目。初回の一月休暇は王宮の社交の季節――表現がおかしいかもしれませんが、わたくしが感じますところの近衛騎士様の繁忙期――を外してそれが終わった秋頃に、ご帰省をなさっておいででした。二度目はいかがなさるのでしょう?


「帰省はする。一月休暇を取得するのは、来年の春にと願いを出している」

「此度は先に延ばされたのですね。本年は王太子殿下のご公務が目白押しで、そちらを優先なさったからでしょうか?」

「それも考慮に入れたが、この秋や冬では時期尚早だろうと、つまり……。父母への紹介を兼ねて、共に帰ってもらえれば、と……」

「まあっ!」

 もごもごと照れ臭そうにおっしゃいましたが、エリーったら、そのようなことを目論んでおいでだったなんて! あまりのことにわたくし、目を回してしまいそうになりました。


「お気の早いお話なのです」

「早い、だろうか? 春でも」

「ええ。わたくし、ちょっとついて行けません」

「そうか……。それは非常に残念だ……」

 わたくしの完全否定に、エリーは肩を落とされたご様子ですが、早いも何も、そもそもが、ご両親にお引き合わせになるような、お相手なくしてお考えになる類いのことではございません。

 その無謀なご計画には、ついて行けないものを感じますけれど、その気になられさえすれば、今からでも可能にされてしまわれそうなエリーでもいらっしゃいます。


「早い、早くない、というのは別にしまして、恋人と致します駅馬車の旅というのは楽しそうだと思います。わたくし、いつかは行ってみたいです」

「いつかは」

「ええ、いつかは。父様に許可をお取り頂きまして、二人旅をするともなれば、恋人止まりではなくて、それこそご両親にご挨拶に行くような、婚約者になっていなければ無理でしょうけれど。

 車窓から景観を見物したり、宿場でお土産物屋を覗いたり、ご当地の名物料理に舌鼓を打ったり、通りすがりの教会でお祈りをしたり、絵葉書を書いて家族やお友達に送ってみたり、そういったことに熱中していて、乗り継ぎの馬車に乗り損ねかけたり……。一緒にやってみたいことはいっぱいありますし、偶発的な事件があったって、二人でしたら笑い話にできるでしょう。

 婚前ですとお宿のお部屋は当然別々でしょうから、ああ今この壁の向こうであの方がお休みに! とか、偶然湯上りのお姿を、お目にすることになったらどうしましょう! とか、その逆があったらもっとどうしましょう! とか、一部屋しか空きがないと言われたら、本当の本当にどうしましょう! とか……! あれもこれも、考えるだけでどきどきとして参りません?」


「それは退屈しなさそうだ」

「ええ。心も身体も目まぐるしくて、退屈なんて、している暇がありません、きっと。結婚しましょうそうしましょうと、お約束をするくらい、大好きな人とする旅なのですもの」

「ああ……。ただそれが自分の場合には、春の一月休暇を逃してしまえば、必然として次の機会は三年後となるのだが」

「急に、お気の長いお話になりましたね」

「時間が解決してくれるなら、待つ。自分は気忙しかったようだから」


 それだけの問題ではないような気も致しますが、これから優に三年もあれば、エリーがお似合いのお嬢様と出逢って愛を育まれ、ご婚約へと至られるのに、十分な時間ではあるでしょう。

 その時わたくしは、一体どうしているのでしょうか……?

 エリーと同調しましたようにカップを口に運びながら、なんていうことを考えておりますと、あらどうしたことでしょう? わたくし……、わたくしの胸が、不意にずきんと痛んだのでした。


「どうか? サヴィ」

「あっ、いいえ……。広場も駅も、別段変わりがありませんね」

 敏感に気色を窺われてしまいましたので、当たり障りのないように目線と話を逸らしますと、エリーは、お首を巡らされた窓の向こうに、何かをお目に留められたご様子で、はっと眉を上げられたのでした。

「……ヴェン?」

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