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乾坤一擲パイルバンカー♂  作者: 北瀬野ゆなき
【第一章】英雄の卵編
8/43

08:浮気

『ラ、ラスティス……そやつは何だ?』


 銀髪の少女、エルヴィは信じられないようなものを見る目で、目の前に居る自らの契約者と彼に寄り添うものを見詰めた。

 互いに思いの丈をぶつけ合い、思いを通じ合わせた翌日のことだ。床を共にしてからも、時間にしてまだ半日程度しか経っていない。

 そんな短時間で行われた浮気行為に、エルヴィは頭に血が昇るのを自覚した。


「いや、何って言われても……見ての通りとしか」


 しかし、ラスティスはこともあろうに未だにエルヴィが何に対して憤っているかすら理解出来ていない様子を見せた。

 昨晩、あれだけ自分の肢体を弄くり回したにも関わらず、だ。


 エルヴィはカッとなり、彼の隣に立つ妖艶な女性……ではなくその女性がラスティスに渡して現在彼の手の中にある剣を指差しながら叫んだ。


『我が居ながら、何故他のものに手を出そうとするのだ。

 この浮気者がーーッ!』

「いや、浮気って……。

 取り敢えず、お店の迷惑になるから叫ぶのはやめてくれ」


 ちなみに、彼らが現在居るのは武器屋である。


 妖艶な女性は店員で、ラスティスが手に持っている剣は商品だ。


 幸いにして店内には他の客は居らず、今のところエルヴィが騒いでいても大きな迷惑にはなっていない。

 店員の女性も咎めることはせず、何処か面白いものを見るような目で二人を見ていた。


『昨日は我の身体を隅々まで弄ったくせに!』

「ひ、人聞きの悪いことを言うな!」


 なお、エルヴィはパイルバンカーの精神が具現化した存在であるが、外見上はどう見ても人間の少女にしか見えない。

 それも、幼女と少女の境界線上よりギリギリ少女の方に踏み込んだくらいの幼い少女だ。

 そんな彼女がまるで関係があるような口振りで青年のことを浮気者だと罵っていれば、見る者はどう思うだろうか。

 実際には彼女は武具として他の武器に浮気していたラスティスを責めているのだが、彼女がパイルバンカーであることを知らない部外者から見れば痴情のもつれ以外には見えないだろう。

 加えて、ラスティスの性癖にも若干の疑惑が生じることは言うまでもない。自身の所有する武具であるパイルバンカーを隅々まで磨いて手入れしただけなのだが。


「大丈夫よ、お嬢ちゃん。

 確かになかなかイイ男だとは思うけど、人のものを取ったりはしないわよ」

『む、本当か?』


 そんな騒ぐ少女を安心させるように、店員の女性は優しい笑みを浮かべて彼女を宥めた。

 その言葉を聞き、エルヴィは少し勢いを和らげた。

 尤も、店員の女性は自分が浮気相手と疑われていると思って言っているのだが、生憎とエルヴィの怒りの対象は彼女ではないため最初から話が噛み合っていない。

 それゆえ、店員は容易く彼女にトドメを刺した。


「で、どうかしら?

 この辺りじゃなかなか手に入らない業物よ」

「ふむ、確かに……」

『やっぱり取ろうとしているではないかーっ!?』


 纏まりつつある商談に悲鳴を上げるエルヴィだったが、彼女を人間だと思っている店員は首を傾げるしかなかった。




 ♂  ♂  ♂




「なぁ、いい加減機嫌直してくれないか」

『つーん』


 ラスティスの言葉に、エルヴィはプイッと顔を逸らして無言の抗議を続けた。

 いや、口に出しているので無言では無かったかも知れないが。


 結局、武器屋で店員に勧められていた剣は現在ラスティスの腰に差されている。

 エルヴィは浮気を止めることが出来なかったのだ。


 と言っても、それを浮気だと見做しているのは彼女だけだ。

 店員の女性はエルヴィのことを「兄の気を引きたくて我儘を言うおませな妹」だと考えたらしく、「あまりお兄さんに迷惑かけちゃダメよ〜?」という有難いお言葉と一緒に飴玉をお土産に渡された。

 反論しようとするも、これ以上の騒ぎを避けたかったラスティスに無理矢理その場から退出させられてしまったため、誤解は解けていない。


 失礼な女性は兎も角も飴玉には罪は無いと思い口の中を転がしてはいるものの、その甘い味も彼女の怒りを鎮めるには少々足りない。

 そうやって飴玉以上に頬を膨らませたエルヴィを宥めるべく、ラスティスは近くにあったカフェに入ることにした。

 甘いものが嫌いではなさそうなエルヴィのご機嫌を取るために、甘味による追加攻撃を仕掛けたのだ。

 機嫌を取るために食べ物で釣るという選択肢が出てくる辺り、彼もこのパイルバンカー少女のことを子供だと考えている証左なのだが、幸いにしてそこにツッコミを入れる者はいなかった。


「ほら、ケーキが来たぞ」

『つーん』


 甘い菓子が運ばれてきても、怒りに燃えるエルヴィの態度は変わらない……と言いたいところなのだが、実際にはそっぽを向きながらもチラチラと目の前に置かれた皿に視線を向けており、効果は出ているようだ。


「食べないのか? 要らないなら俺が全部食べてしまうぞ?」

『……〜〜〜〜食べる!』


 見え見えのラスティスの煽りだったが、我慢が限界に達したのか渋々と言わんばかりの表情で前を向き直ってフォークに手を伸ばすエルヴィ。

 白いクリーム菓子を一切れ口に放り込んだ瞬間、ぱぁっと笑顔が広がった。

 何しろ、長きに渡って契約者をただ待つだけの日々を過ごしていた彼女にとって、物を食べるという行為自体がここ数日で初めての経験なのだ。

 その中で、今口にした白い菓子はこの数日で口にしたものの中で一番美味しかった。

 口に入れた瞬間、蕩けるような甘さと多幸感が全身に広がり、エルヴィは思わず感動に打ち震える。


『……美味い』

「な、美味しいだろう? 機嫌の方は直ったか?」

『ッ! つーん』


 思わず美味いと呟いてしまったエルヴィに、ラスティスが横から尋ねる。

 その瞬間、彼女は自身が怒っていたことを思い出して、慌てて先程の態度を取り直す。

 先程と異なり、顔が赤く染まっているが、その理由は彼女自身にもよく分からなかった。


「なんだ、お気に召さないか。要らないなら……」

『〜〜ああっもう! 意地が悪いぞ!

 食べる、食べるから!』


 再びケーキを取り上げようとするラスティスに、最早怒った様を取り繕うのを止めたエルヴィは取られてなるものかと皿とフォークを両手でしっかり確保した。

 その様子にラスティスは苦笑しながらも話を続ける。


「食べながらでいいから聞いてくれ、エルヴィ」

『………………ん』


 視線は合わせないままだったが、僅かに頷いた仕草を見る限り耳は傾けているのが分かった。


「パイルバンカーは確かに強力だけど、一度使ったら暫くは使えない。

 そうなると、使いどころとしては大物相手の切り札としてということになる」

『それで?』

「つまり、普段は他の武器で戦って、ここぞという時に使用するのが正しい使い方というのが俺の結論だ」


 ラスティスの言葉は正論だ。

 確かに連続使用出来ないパイルバンカーはトドメ専門としての使用が最も適している。

 彼の言いたいことも分かる。つまり、普段は剣で戦って、必要な時だけパイルバンカーを使うと言いたいのだろう。


「だから……」

『だから、剣を持つと言いたいのか?』

「……そうだ」


 正しい。ラスティスの言い分は間違いなく正しい。

 しかし、それでもエルヴィにとってその正しさを受け入れることは身を切られるような悲しさがあった。


『それでも……』

「エルヴィ?」

『それでも、我はぬしに他の武器を使ってほしくない!

 我儘を言っているのは自覚している!

 ただ、金で得られた物に容易く居場所を取って代わられるのは我慢がならない!』

「エルヴィ……」

『ずっと、ずっと待っていたのだぞ?

 それなのに、僅かな金で買える武器に劣るのか、我は?

 そんなの……そんなの、認められるわけがあるか!』

「あ、待て! エルヴィ!」


 言い捨てるように叫ぶのと同時に、エルヴィはバッと立ち上がって振り向いて顔を彼に見せないように走り去っていった。











『ぎゃん!』


 なお、彼女は本体であるパイルバンカーからあまり離れることは出来ないため、途中で見えない壁にぶつかるようにしてすっ転んだことは御愛嬌と言う他ない。

07話と08話の間には魅惑のお手入れタイムがあった筈ですが、諸般の事情により編集カットとなります。

ご了承ください。

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カウント100につき1回しか使えない武器が我が儘を言うんじゃありません!
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