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乾坤一擲パイルバンカー♂  作者: 北瀬野ゆなき
【第一章】英雄の卵編
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07:街

「本当に助かりました! ありがとうございます!」

「このお礼は何れ必ず……」


 街に着いたラスティス達は、フィオニーの案内で真っ直ぐに冒険者ギルドへと向かった。

 エリザの脚の治療を先にした方が良いのではとエルヴィが問うたが、簡単な治療であればギルド内の施設で受けられるということだったので、報告も兼ねてそちらを選んだのだ。


「お礼とかは別に良いよ。気にしないでくれ」


 改めて二人からお礼を言われ、ラスティスは顔を赤くして照れた様子を見せながらもそう返した。


「ラスティスさんは暫くこの街に滞在されるのですか?」

「ああ、そのつもりだ。取り敢えずは宿を探すよ」

「そうですか。私達もこの街を拠点に依頼を受けてるので、また会えそうですね。

 その時には、もっと色々とお話させてください」

「ああ、分かった」

「エルヴィさんも」

『うむ、また会おう』


 エリザに肩を貸しながらギルドに入っていくフィオニー。

 ギルドの前まで二人を送り届けたラスティスは、彼女達の姿が見えなくなるとエルヴィの方に振り向いた。


「取り敢えず、暗くなる前に宿を探そう」

『う、うむ……』


 フィオニーとエリザが居なくなったことで、再びラスティスとエルヴィの二人だけになる。

 そうするとどうしても、野盗の騒ぎが起こる前のことを思い出してしまい、エルヴィは気まずさを感じることを止められなかった。


 野盗とフィオニー達が争う声を聞いたのは、エルヴィと契約を交わしてパイルバンカーを得たことによる弊害について、ラスティスに謝ろうとしていた直前だった。

 今の今まで他の人間が居ることでそれどころではなかったために後回しにされていたが、あの問題は解決したわけではないのだ。


『ラスティス。その……だな……』

「話は宿に入ってからにしないか。

 こんなところで立ち話で話すようなことでもないだろう」

『……そうだな、そうしよう』


 おずおずと話を切り出そうとしたエルヴィだが、再びラスティスに機先を制されてしまう。

 しかし、彼の言い分も正しい。

 確かに、エルヴィが切り出そうとした話は往来でするようなものではないというのは頷ける。

 仕方なく、エルヴィは歩きだしたラスティスの後ろに着いて共に宿を探しに歩くことにした。


 なお、普段はふよふよと浮かんでいたエルヴィだが、流石に人前で宙に浮いていたらおかしな目で見られそうということは理解出来ているため、フィオニー達の前や街に入ってからは地に足を着けて歩くようにしていた。


 ……裸足であるためそれでもおかしな目で見られていることには、ラスティスもエルヴィもなかなか気付かなかったが。




 ♂  ♂  ♂




「ふ〜〜、疲れた」


 宿に着いて部屋に入るなり、ラスティスは荷物を放り出してベッドへと仰向けに倒れ込んだ。


『いきなりだらしないぞ』

「仕方ないだろ、色々あってヘトヘトなんだ」

『む……まぁ、それも無理は無いが』


 考えてみれば、彼は最難関と言われている試練の塔に挑み、エルドラリオールの地で伝説の武具を手に入れ、地上に下りてからは魔物に追い回され、野盗を追い払って二人の少女を助け、その内の負傷した一人を背負って街まで歩いてきたのだ。

 疲れているというのも当然だろう。常人であれば、とっくに動けなくなっている筈だ。


 それが、多少疲れたくらいで済んでいるのは、それだけ彼が身体を鍛えていることを意味する。

 何故か?

 それはラスティスの言葉を信じるなら、英雄になるためだったのだろう。

 幼い頃に憧れた

 伝承に語られる英雄。自らもそうなりたくて、必死に鍛えてきた。


 しかし今、彼のその夢は頓挫しかけている。他ならぬ、エルヴィ──エルヴィアリオンのせいで。


『ラスティス』


 掛けられた言葉に籠められた真剣さに、仰向けに寝っ転がって手の甲をまぶたに当てていたラスティスは、思わず身を起こした。


『疲れているところすまないが、話がある』


 そう言うと、エルヴィはラスティスが座るベッドの上に登り、真正面から彼と相対した。

 そのままジッと無言で見詰め合う二人。緊迫した沈黙が部屋の中を満たしていた。

 三十分か一時間か……いや、緊張で長く感じていただけで実際には数分だったのかも知れない。


「エルヴィ、話って……」


 沈黙に堪え切れずラスティスがエルヴィに声を掛けようとした瞬間、彼女は深々と頭を下げた。


『すまなかった!』

「エ、エルヴィ?」


 唐突な謝罪に、ラスティスは目を白黒させながら戸惑う。

 しかし、エルヴィは頭を上げないままに言葉を続けた。


『ぬしが抱いていた夢を我のせいで台無しにしてしまった。本当にすまない!』

「………………」


 その言葉に、ラスティスもエルヴィが何にについて謝罪しているのかを理解した。


『だが、今ならまだ間に合う。交わしたのは仮契約だから解除は可能だ』

「エルヴィ……」

『契約の解除には武具と契約者の同意が必要だ。故に望むなら──』

「エルヴィ!」


 契約の解除を提案するエルヴィを、ラスティスは一喝して止める。

 その声に、頭を下げたままのエルヴィはビクッと震えた。


「エルヴィ。頭を上げてくれ」

『………………』


 思いのほか優しく告げられた言葉に、エルヴィは暫く戸惑いながらも顔を上げた。

 その顔は涙でくしゃくしゃに歪んでいる。

 ラスティスは手を伸ばし指でエルヴィの流す涙を拭うと、言葉を続けた。


「言っておくが、俺はエルヴィとの契約を解除するつもりはないぞ」

『し、しかし……』

「確かに使いどころが難しい武具ではあるけれど、それを使いこなしてこその英雄だ。

 それに、仮に解除したところで、別の武具を手に入れられるわけではないんだろう?」

『それは、そうだが』


 意思を持つ伝説の武具は持ち主を選ぶ。

 エルドラリオールの地で様々な武具を見て回ったが、彼に応えたのはエルヴィだけだった。

 それはつまり、仮にエルヴィとの契約を解除したところで、別の武具を手に入れる望みは無いということだ。


『確かに、他の者達はぬしに応えなかった。

 我との契約を解除して再びエルドラリオールに赴いたとしても、同じだろう』

「だよな。

 だったら、今使える手段で何とかするしかないだろう」


 そう宣言するラスティスに、エルヴィは困惑し彼の顔を真正面から見詰める。

 彼の澄んだ瞳には自嘲や自棄といった色は一切なく、ただ只管に前を見る純粋さだけがあった。


『……何故だ?』

「エルヴィ?」

『何故、そこまで真っ直ぐで居られる?

 我を使いこなすというのが簡単なことではないのは既に分かっているだろう?

 ぬしの夢にとって、我は邪魔でしかない。

 それなのに、何故嫌わない? 何故罵らない? ……何故、捨てない?』


 最後は懇願するような声になって、エルヴィは縋り付くようにラスティスの服を掴んだ。

 それはまるで、言葉とは裏腹に捨てないでほしいという彼女の想いを表しているかのようだった。

 ラスティスは慎重に言葉を選びながら、しかし自分の思いに嘘は付かないように答えを返す。


「それは俺だって、パイルバンカーの説明を聞いた時は落ち込んださ。

 お前を恨む気持ちだって、全く無かったかと言われると自信は無い」

『そうだろうな』


 取り繕わない彼の言葉に、エルヴィは罪悪感と悲しみに俯いた。

 しかし、ラスティスの言葉はまだ続いている。


「でも、凄いって言って貰えたからな」

『え?』


 ラスティスが何を言っているのか分からずに、エルヴィは首を傾げた。


「フィオニーやエリザ達のことだよ。

 エルヴィの力を使って彼女達を助けて、英雄を見るような目で見て貰えて……ほんの少しでも夢に近付いた気がしたんだ。

 あれで、吹っ切れたんだよ。

 使い難いことは確かだけど、逆に使いこなせれば俺はきっと英雄になれる。

 難しいのは承知の上、でも前に進んでいるなら投げ出す必要はないさ」


 だから契約を解除する気はない、と結んだ彼の言葉にエルヴィは呆然としてしまい、黙り込んだ。

 そして、暫くの沈黙の後、彼女は躊躇いながら、己の契約者に問いを投げ掛けた。


『我は……ぬしと一緒に居て良いのか?』

「何を今更。俺が英雄になるまでしっかり着いて来て貰わなきゃ困る」


 その言葉を聞いた瞬間、最早限界だった。

 ずっとずっと、どれほどの時が過ぎたかも分からない程長い間、契約者を待ち続けた彼女。

 長き眠りの果てに漸く得られた所有者に捨てられることを怖れながら、それでも彼の夢のために諦めようとした少女は、共に歩もうという彼の言葉に涙を溢れさせながら縋り付いた。

 自分の胸元に顔を押し付けて泣き続ける少女に、青年は苦笑しながらも暖かく見詰め、その美しい銀の髪を撫でるのだった。

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― 新着の感想 ―
それでいいのか、大丈夫なのか。 いつも腕に嵌まってる金属の塊なんて、日常生活の邪魔にしかならないぞ? エルヴィがついてくるなんてまだ大したことじゃない。 日本人の生活でいうなら何時も何時までも腕にギブ…
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