05:野盗
「………………」
『………………』
気まずい沈黙の中、ラスティスとエルヴィの二人は街道を歩いていた。
彼らが向かっているのは当初向かおうとしていた街とは真逆の方向だ。
魔物から逃げ惑っている間に当初の方向からは逆の方向に来すぎてしまい、元の方向に戻るよりは反対方向にある筈の街に向かった方が近いと判断したのだ。
エルヴィも浮くのをやめており、前を歩くラスティスの様子をチラチラと窺いながら申し訳なさそうに追い掛けている。
自身が魔法を殆ど使用出来なくなったことを知ったラスティスはエルヴィの予想以上に落ち込み、あれから殆ど口を開かなくなってしまった。
その様子を見て初めてエルヴィは致命的な過ちを犯したことを悟ったが、後の祭りだった。
エルヴィは一つ大きな勘違いをしていた。
戦士タイプに見えたラスティスは、魔力の大半を使用してしまっても問題ないと思っていたのだ。
しかし、実際にはラスティスは純粋な戦士タイプではなく、魔力の運用によって身体能力を向上させたり、魔法と剣技を組み合わせて戦う魔法戦士と言うべき者だ。
そのラスティスにとって、魔力の運用が制限されたことは致命的である。それだけで、戦闘能力の大部分が奪われたといっても過言ではない。
そして、それは同時に英雄になるという彼の夢が断たれたにも等しい事実である。
『あの……』
そう言った事情の全てを理解していたわけではないが、エルヴィも自身と契約したことが彼に想像以上の悪影響を齎したことは察することが出来た。
お世辞にも人とのコミュニケーションに慣れているとは言い難いエルヴィだが、このような時にはせめて謝るべきだと思い、おずおずとラスティスに声を掛けようとした。
「待った、今何か聞こえなかったか?」
『む?』
しかし、エルヴィが謝罪を口にする前に、ラスティスはそう告げると周囲を探り始めた。
一瞬驚くも、エルヴィも彼に倣って耳を澄ませる。
すると、少し離れたところから人の争うような声が聞こえてきた。
『あちらだ!』
「行くぞ!」
『え? お、おい!? ええい、やむを得ん!』
言うなり駆け出してしまったラスティスに、エルヴィも仕方なく彼の後を追い掛けた。
♂ ♂ ♂
「そろそろ観念しやがれ」
「くっ」
森の中の拓けた場所で、剣を手にした少女がローブを羽織った少女を庇うように立っていた。
周囲はお世辞にも清潔とはいえない男達が各々武具を持って囲んでいる。
男達の持つ武具も身に着けている防具も不揃いで、真っ当な集団にはとても見えない。どう見ても、野盗や山賊の類である。
「フィオニー。私のことはいいから、貴女だけでも逃げて」
「何言ってるのよ、エリザ。そんなこと出来るわけないでしょ!?」
エリザと呼ばれたローブを羽織った少女は、緑色の長い髪を下ろしており、ロッドを持っている。
彼女は今、地面に座り込んでおり、その脚からは血が流れていた。
傷はそれほど深くはないようだが、彼女の顔色は蒼白であり、まともに動けるようには見えない。
彼女を庇うように立っているフィオニーと呼ばれた少女は栗色の髪を肩口まで伸ばしており、右の一房を編み込んでいる。
皮鎧を纏い剣を持ったその姿は彼女が剣士であることを示していたが、囲まれた状態で動けぬ少女を庇いながらでは何処まで戦えるかは分からない。
「麻痺毒を受けた私が逃げられないのは分かってるでしょう。
二人とも捕まるよりはマシよ」
「だったら尚更、抵抗出来ない貴女を見捨てて逃げるなんて出来ないわよ!」
「おいおい、何をくっちゃべってやがる。
そもそも、逃がすわけねぇだろうが」
「まったくだぜ。こっちはこんなに人数が居るんだ。
女は多いに越したことはねぇ。
じゃねぇと、中々順番が回ってこねぇしな」
「ちげぇねぇ」
下卑た笑みを浮かべた男達の言葉に、フィオニーとエリザの二人は嫌悪感に顔を歪ませた。
彼らが何を考えているかは一目瞭然だった。
フィオニーは勝ち気な印象で、エリザは深窓の令嬢のような大人しい印象でそれぞれタイプは異なるものの、二人とも容姿はかなり整っている。
野卑な男達にとっては獣欲をそそる御馳走に見えるのも無理はない。
しかし、嫌悪感を抱きながらも二人に現状を乗り切ることは困難だった。
二人ともそれなりに実力のある冒険者で、本来であればこの程度の野盗に遅れを取ることはない。
エリザが万全であれば、彼女の魔法の援護とフィオニーの剣技で対処出来たであろう。
しかし、今の彼女は奇襲で毒矢を受けてしまい、全身が麻痺した状態だ。喋るのがやっとで、魔法を使うどころか立ち上がることさえ出来そうにない。
男達が一歩その輪を狭める。
フィオニーは気圧されるように後ろに下がるが、そこまでだ。彼女のすぐ後ろには動けないエリザがおり、これ以上下がることは出来ない。
「フィオニー。ごめんなさい、私のせいで……」
「諦めないで、エリザ!」
最早、動けないエリザを見捨てたとしてもフィオニーは逃げることは出来ないだろう。
それを悟ったエリザは足を引っ張ってしまったことを謝罪するが、フィオニーはそれを止めて励ました。
フィオニーとて、現状が絶望的なことは理解出来ている。
この状況を切り抜けることは出来そうにないし、捕まれば慰み物にされた挙句、殺されるか奴隷として売られるろくでもない未来しかない。
しかし、せめて最後まで抵抗して一矢を報いてやろうと、フィオニーは闘志を高めた。
「こんな時、颯爽と助けてくれる王子様とか居てくれないものかしらね」
「そんな素振りは見せなかったのに、意外と少女趣味だったのね。エリザ」
「最後くらい良いじゃない」
物語に登場するような、窮地に陥った女性を颯爽と助ける主人公。
そんな都合の良い存在は早々居ない。そんなことは一握りの英雄だけが出来ることだからだ。
しかし、英雄は居ないとしても、英雄を夢見る一人の青年がここに居た。
「お前達、何をしている!」
「ああん?」
フィオニー達を囲んでいる野盗達の更に向こう側から、鋭い声が投げ掛けられた。
男達とフィオニー、エリザが声のした方向を見ると、そこには奇妙な武具を右腕に装着した赤髪の青年が立っていた。
更にその後ろには、銀色の長い髪をした神秘的な少女が立っている。
「なんだ、テメェは?」
「もしかして、コイツらを助けようってのか?
すっこんでやがれ!」
「まぁ、いいじゃねぇか。
上玉を更に一人くれるっつうんだからよ」
「そうだな。ちっと餓鬼過ぎるが、ツラは極上だ。
あれなら使えそうだ」
男達は彼らを止めた青年に殺意を剥き出しにする。
中には、彼の後ろに居る少女に対して欲情を向けている者も居た。
『やれやれ、どうやら下衆の類のようだな。
で、いきなり突っ込んでどうするつもりだ? ラスティス』
「勿論、こうする」
「シカトしてんじゃ──」
男達を無視して会話を続ける二人に、先頭に居た野盗が怒鳴り声を上げる。
しかし、それは最後まで続かなかった。
ラスティスと呼ばれた青年が右手の武具を地面に向けた次の瞬間、凄まじい轟音が響き渡ったのだ。
同時に、彼の武具が向けられた地面は爆発し、石や砂利、大量の砂が吹き飛ばされた。
粉塵は男達にぶつかり、彼らは堪らず顔を隠して蹲る。
撒き上がった砂埃は暫く舞い続けていたが、やがて収まってゆく。
恐る恐る目を開けた男達の視線の先にあった光景、それは武具を下に向けた青年とその後に浮かぶ少女、そして信じられない程の巨大な大穴が開いた地面だった。
目の前の現実感の無い光景に口を開いたまま硬直している野盗達の前で、赤髪の青年はゆっくりと立ち上がった。
そして、右腕の武具に左手を沿えながら底冷えするような冷たい声で言い放った。
「言っておくが、俺のこの武具は威力の調節が出来ない。
こうなりたい奴から掛かって来い」
そう言って右手を前に向けたラスティスに、男達は思い出したように悲鳴を上げた。
「ひぃぃぃ!?」
「じょ、冗談じゃねぇ! こんな化け物相手にやってられるか!」
「に、逃げるぞ!」
蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく野盗達。
後に残ったのは密かに冷や汗を拭うラスティスとエルヴィ。それから呆然としたままのフィオニーとエリザだけだった。
 




