20:敗北
時が止まったかのように周囲の光景がゆっくりと流れる。
冷徹な瞳で目の前の敵に向かって必殺の一撃を繰り出す魔人王。
それを見て歓喜に満ち溢れるアルトとモルドーラ。
その一方、間逆の悲鳴を上げようとしているフィオニーとエリザ。
そんな中、反応出来ずに棒立ちになっていた筈のラスティスの右腕だけが、動いた。
「え?」
ラスティスが動かしたわけではない。その証拠に、彼は思わぬ動きを見せた自らの腕を呆然と見詰めている。加えて、彼の腕は「動かした」というよりも「動かされた」と言った方が適切な不自然な動き方をしていた。
吊り上げられるような形で右腕が上がり、装着されたパイルバンカーが彼の命を狙うドリルの射線上へと割って入る。
「エルヴィ!? 駄目だ!」
ラスティスは瞬時に起こっていることと誰がそれを行っているかを悟って反射的に叫んだ。
彼が自らの意思で腕を動かしていない以上、考えられる可能性は一つだけ。右腕に装着されたパイルバンカーが、彼の盾になろうと彼の腕ごと動いたのだ。
普通の武具なら、自ら動くことなどあり得ない。しかし、彼の右腕に装着されている武具は違う。彼の相棒であるエルヴィアリオンはエルドラリオールの意思持つ伝説の武具であり、傍らにはその精神体であるエルヴィが居るのだ。契約者の危機に、黙ってみていることなどあり得ない。
「くっ!」
『な!? やめ……』
そんなことが出来るということすら知らなかったラスティスだが、エルヴィが自らを犠牲にして自分を助けようとしていることを理解するやいなや、パイルバンカーに動かさた右腕をドリルの射線上から逃がそうと腕に力を入れる。
ラスティスの身を自らの本体を盾にして守ろうとしたエルヴィと、彼女を救おうとそれに反発するラスティス。お互いを想う二人の意思がせめぎ合い……そして、パイルバンカーは僅かに射線上からズレた。
箱の中央に垂直に突き刺さる筈だったドリルの先端は肘の外側を斜めに抉り、そのままラスティスの右脇腹を掠めて抜けた。
『あぐうううぅぅっ!』
「ぐっ……うぁ……! エ、エルヴィ!」
金属片と鮮血が飛び散り、武具の精神体である少女が激痛に悲鳴を上げる。
ラスティスは苦痛に顔を歪めながらも、何とかその場から後ろに跳び下がろうとする。しかし、上手く着地することが出来ずにそのまま伏せるように倒れ込んでしまう。
魔人王のドリルは彼を掠めただけだったが、剣や槍のような武具と異なりドリルは回転し相手を抉るように突き立つものだ。螺旋の切っ先が掠めたラスティスの脇腹は、当たった部分以上に大きくダメージを受けている。
辛うじて致命傷ではないものの、重傷だ。これがもう少し体幹に近い場所だったら、おそらく即死していたことだろう。
エルヴィの方も、本体の損傷がフィードバックしたのかその身に大きな傷を負っている。奇しくも彼女の傷は、ラスティスと同じ右脇腹だった。
「ラスティスさん! エルヴィ!」
「しっかりしてください!」
フィオニーとエリザが二人に駆け寄る。しかし、今は深手を負った二人に応急手当てを施すことすら許されない。
何しろ、目の前には彼らを一蹴した強大な敵が居るのだから。
「ふむ、辛うじてとはいえ死を免れたか。大したものだ。私の一撃を受けて生き永らえた者はそうは居ない」
ドリルの回転を止めた魔人王は、何処か感嘆の色を滲ませながらラスティス達を見下ろした。しかし、それは彼に余裕があるからこその言葉であり態度だ。
悠然と立つ魔人王と倒れ伏すラスティス、二人の姿がそのまま両者の力関係を表している。
「尤も、その傷ではまともに戦うことは出来ぬだろう」
魔人王の言葉は正しい。ラスティスは重傷で早く手当てをしなければ命が危ない状況だ。エルヴィも本体のパイルバンカーも深く傷ついており、今も再装填のためのカウントが進んではいるが後一度撃てるかどうかも怪しい。
フィオニーやエリザは無事だが、果たして魔人王の前でどれだけの抵抗が出来るだろうか。
絶体絶命──その四文字が四人の脳裏を過ぎった。
『……フィオニー、エリザ。この後、我が彼奴らに隙を作る。そうしたら、ラスティスを抱えて逃げろ』
「エルヴィ?」
「だ、大丈夫なのですか?」
『我は大丈夫だ……尤も、損傷の修復のために、暫く実体化を解いて本体に戻る羽目になりそうだが』
深く傷付き倒れ伏していたエルヴィの小声の囁きに、フィオニーとエリザの二人は魔人達に悟られないように小声で返した。
「隙なんて出来るのですか?」
『ああ、必ず出来る。パイルバンカーの再装填が済むまで、後五秒だ。それだけもてば……』
五……。
エルヴィの額に浮かび上がる数字を見ながら、固唾を呑んで胸の内でカウントダウンを行う。
しかし、そこで魔人王が再びドリルを回転させ始めた。
四……。
「さて、そろそろ引導を渡してやろう」
「くっ!?」
三……。
悠然とラスティスに向かって歩いてくる魔人王。
残り三秒のカウントが果てしなく遠い。
二……。
目前まで迫った魔人王がその左腕に装着したドリルを振り上げた。
「さらばだ」
一……。
『今だ!』
「っ!?」
トドメが刺される直前、ギリギリのところでエルヴィのカウントが終わった。
先程の焼き回しのように、ラスティスの右腕が勝手に動く。しかし、今度は盾になろうとしたわけではない。
再装填が完了したパイルバンカーから逃れようと、魔人王が素早く跳び下がる。
「そのような鈍重な攻撃を喰らうと思うか」
『鈍重とは言ってくれるな……しかし、我が狙っているのは貴様ではない』
「なに?」
地に膝を突いたラスティスの射程では、跳び下がった魔人王には届かない。彼の方もそれは理解しており、余裕の表情だ。
しかし、パイルバンカーの切っ先は魔人王ではなく床に向けられた。
「エルヴィ?」
「? 何を……」
『貫けぇえええ!』
床に当てられたパイルバンカーの先端から、轟音と共に杭が打ち出される。
粉塵と共に床に穴が空き、そこから放射状に罅が走ってゆく。否、床だけではなかった。罅は壁や天井など至る所に縦横無尽に広がっている。
その光景を見て、魔人王は彼女の思惑を遅まきながらに悟った。
「この砦を倒壊させる気か!?」
「なんだって!?」
元より、かなり古い時代の遺跡でいつ倒壊してもおかしくない……と言うよりも、倒壊していない方がおかしいと言っても過言ではない程のボロボロの砦だ。加えて、ラスティス達がこれまで進んで来る中であちこちを壊したせいで、倒壊は秒読み状態だった。
そこに、先程エルヴィが撃たせた床へのパイルバンカーの一撃がトドメとなったのだ。
一度何処かで倒壊が始まれば、連鎖的に砦全域が崩れ落ちることだろう。
『フィオニー! エリザ!』
「分かった!」
「はい!」
エルヴィの合図を受け、二人の少女がラスティスの身体を支えてその場から逃げ出す。それとほぼ同時に、エルヴィは力尽きて実体を失い、本体へと還ってしまった。大きく傷付いた状態で無理をしてパイルバンカーを射出したため、限界を迎えたのだ。
「………………」
魔人王は逃走する三人の背を見ながら、僅かに逡巡した。深手を負った青年を抱えて逃げる二人の少女に追い付くことは容易い。彼にトドメを刺すこともだ。しかし、彼の見込みでは砦は最早倒壊間近。ラスティスにトドメを刺そうとすれば、倒壊に巻き込まれる恐れがある。
迷った末に、彼は後ろを振り向いた。
「戻るぞ」
『よろしいのですか?』
「問題ない。あの者では私に対抗し得ないことは分かったからな。それに、そもそも倒壊する砦から逃げ切れずに死ぬ可能性が高い」
「かしこまりました」
魔人達は窓から外に飛び出し、空へと姿を消す。
その数分後、砦は轟音と共に崩れ去った。
──青年と二人の少女を中に残したまま。
英雄の卵とパイルバンカー娘達が敗北したところで第二章完となります。
「え? ここで章区切るの?」と思われるかも知れませんが、予定通りです。
言い忘れましたが、本作はベタとも言える「王道」がコンセプトの一つです。
一度ボコボコにやられてから這い上がるのは古今東西の王道パターン。
なお、少々立て込んでおりまして次章の開始は年明けになる予定です。
(一言で言えば、追い詰められてます)
ご了承ください。




