19:高き壁
青年の腕回りに装着された螺旋が音を立てて回転する。
その異様な武具の姿に警戒しながらも、ラスティスは魔人王に正面から向き合った。
彼の態度と表情を見て、魔人王はその目を更に鋭いものとし、睨み付けてくる。
「私の道を阻むことを選択した、そう受け取って構わぬのだな?」
「ああ、お前を放っておくわけにはいかない」
「私もよ!」
「わ、私もです」
魔人王と相対したのはラスティスだけではなかった。
彼の後に続くように、フィオニーとエリザも決意に満ちた表情で寄り添う。
どうやら二人も魔人王に対して戦いを挑む覚悟を決めたようだ。
当然、ラスティスの半身であるエルヴィもパーティの後列に浮かび、援護の構えを取る。
その様子を見たモルドーラとアルトは魔人王に加勢しようと彼の背後に並ぼうとしたが、彼の挙げた手で制止される。
「陛下?」
加勢を止められたモルドーラは怪訝そうな表情を王へと向ける。アルトの方は無言だが、疑問には思っているらしく軽く首を傾げていた。
「構わん、彼らの相手は私が一人でする」
「な!? し、しかし……」
ラスティス達に対して一人で戦うと宣言した魔人王の言葉に、モルドーラは血相を変えて喰い下がろうとする。
しかし、彼の鋭い眼で睨まれて言葉を失った。
「二度言わせるな」
『マスターのご命令です。引きなさい、モルドーラ』
「……承知致しました」
アルトの方は主の意を受けて即座に従い、モルドーラを諌めに掛かった。それを聞き、渋々ではあるものの納得し、モルドーラはアルトと共に邪魔にならなそうな部屋の隅の方へと下がる。
「待たせたな」
「別に構わないさ、おかげでこちらも準備が整えられた」
「ふむ?」
準備という言葉に怪訝そうな表情を浮かべる魔人王。
先程、彼とモルドーラ達がやり取りしている間に、ラスティス達は手短に話し合い作戦を決めていた。しかし、どうやら彼はそのことには気付かなかったようだ。
「今だ、下がれ!」
「なに!?」
出方が分からずに様子を窺っている魔人王に対して、彼らは合図と共に一斉にその場から後方へと跳び退いた。
様子見に徹していた魔人王はそれに反応することが出来ず、両者の距離は一足飛びでは届かない程に離れる。
「エリザ!」
「はい!」
距離を取った直後、ラスティスはエリザに向かって合図を出す。彼女の方も事前に知らされていたおかげで、即座に反応を返す。
彼らが取った作戦は徹底した遠距離攻撃だ。
距離を取ってエルヴィが防御魔法を行使、ラスティスとフィオニーが魔人王の接近を牽制した上で、エリザが魔法で攻撃する。
立ち位置やパーティ構成などの差はあるが、それはモルドーラがラスティスに対して採った作戦と近いものがある。
魔人王の左腕に装着された武具は、どう見てもラスティスのパイルバンカー同様に接近戦特化だ。
エルヴィも「回転によって対象を穿つ武具」と説明しており、相手に接触してダメージを与えるものであることは容易に推測出来る。
エルヴィアリオンと同等と言われるその武具の威力がどれほどのものかは分からないが、近付くことは危険ということは誰も異論は無かった。
しかし逆に考えれば、接触してダメージを与える武具である以上、近付かなければ怖くはないとも言える。
それ故に、彼らは遠距離攻撃主体での戦い方を選択した。
ラスティス達が魔人王の持つドリルを警戒するのと同様に、敵もパイルバンカーのことは警戒しているだろう。
油断なく待ち構えていればそう簡単には接近してこられないだろうというのが、ラスティス達の判断だった。
彼らの判断は正しい。
採った作戦も的確だった。地味ではあるが、確実に勝利をもたらす戦法だ。
──相手が魔人王でなければ、だが。
エリザが最初から全力で放った無数の炎の矢は、黙して立つ魔人王に向かって降り注いだ。
埃と煙が巻き起こり、彼の姿を覆い隠してしまう。
「やったか?」
姿は見えないものの、直前まで相手が動かないまま火魔法を受けたことは間違いなかった。
倒せたか、それでなくても確実に大きなダメージを与えただろうと踏んだラスティスの想像は、真逆の結果となる。
姿を覆い隠していた煙が晴れた時、そこには無傷で周囲に光の壁を纏った魔人王の姿があった。
「なっ!?」
「嘘!? ノーダメージ!?」
「そ、そんな……」
『あれは、高位の対魔法結界か!』
エルヴィが、魔人王が纏っている光の壁の正体を看破する。
彼らの誤算、それは相手が「魔人」の王だということだ。
これが普通の人間がアルトシュピラーレを持っただけであれば、今の攻撃で倒すことが出来ていただろう。
しかし、相手は強力な魔法の使い手ばかりである魔人。それもその頂点に立つ者なのだ。
エリザは優秀な魔法使いであるが、相手が魔人では分が悪い。
魔人王が接近戦の武具を掲げていたために強力な魔法を使いこなすイメージを持てていなかったラスティス達だが、冷静に考えれば彼が姿を見せた時に強力な雷撃を撃ち込んで来ていたことを思い出せた筈だ。
そして、魔人の王はそれを思い出させるが如く、その場で右手を突き出してラスティス達の方へと向けた。
「っ! 散るんだ!」
ラスティスは仲間達に向かって叫ぶのと同時に、その場から横へと跳んだ。
一瞬遅れてフィオニー達が退避するのと、それまで彼らが居た空間が極光によって薙ぎ払われるのはほとんど同時の出来事だった。
「くっ!」
咄嗟の判断で間一髪回避することが出来たラスティス達だが、既に彼らの作戦は破綻している。
魔法の撃ち合いであれば分があると踏んでいたが、今の魔人王の雷撃を見てはそんな目論見は吹き飛んでしまった。
更に、攻撃をかわすのがやっとだったため、パーティの位置取りはバラバラになってしまっているし、ラスティスと異なりフィオニーやエリザは直撃は免れたもののダメージを完全に防ぎ切れなかったらしく倒れ伏している。
このままでは各個に攻撃されてあっと言う間に全滅してしまう、そう考えたラスティスは前へと踏み込んだ。
「近付いてくるか」
「近付かないと、お前を倒せないからな!」
『待て、ラスティス! 危険だ!』
「はあああああーーーーーっ!」
エルヴィの制止を振り切って、ラスティスは魔人王に向かって吶喊する。
パイルバンカーを撃つ……そう見せ掛けておいて直前で止め、代わりに左手に持つ剣で切り掛かった。
再装填に時間が掛かるパイルバンカーを撃って外してしまえば、後が無くなってしまう。それならば、確実に当てるタイミングを計るため、剣による攻撃で隙を窺う。それが彼の選択だった。
しかし、彼の剣は魔人王がいつの間にか右手に持っていた細剣により、そっと軌道を反らされてしまう。
それどころか、周りを軽く捻るように滑った細剣によって、剣はラスティスの手から零れ落ちてしまった。
「なっ!?」
「生憎と、剣には私も多少の心得がある」
ラスティスも、一流の冒険者として剣技にはそれなりの自信があった。
そんな彼の手からあっさりと剣を弾く魔人王の剣技はどう考えても多少の心得どころではない、神業の領域だ。
「くっ!?」
『無理だ、ラスティス! そのような攻撃ではその男には……』
剣を失ったラスティスは、苦し紛れに唯一残った武器であるパイルバンカーを向けた。
至近距離であり外しようがない、そう考えて轟音と共に放たれたパイルバンカーの杭は、魔人王ではなく空中に向いてしまっていた。
ラスティスが撃とうとした瞬間、剣先で上方に逸らされたのだ。
「あ……」
「ラスティスさん!?」
「逃げてください!」
必勝の武具であるパイルバンカーをあっさりと防がれ、呆然とその場で立ち尽くすラスティス。
それは、あまりにも大きな隙だった。
フィオニーやエリザが上げた悲鳴が何処か遠くに聞きながら棒立ちになるラスティスの胸を目掛けて、魔人王の左腕に装着された滅魔の螺旋槍アルトシュピラーレが凄まじい回転音で唸りながら迫った。




