13:人質
「ん……うぅ……」
薄暗い部屋の中、一人の少女が目を醒ました。
緑色の長い髪をした少女だ。
しかし、彼女の目覚めはまともな目覚めとは言いづらいものだった。
目を醒ました途端、彼女は肩と手首に掛かる痛みに顔を歪めた。
彼女が上を見ると、自らの両手が上に掲げるような形で縄で拘束されているところが目に入る。
肩に掛かる痛みといい、どうやら彼女は天井から吊るされているようだった。
「目が醒めたようだな」
「──────ッ!」
前方から掛けられた聞き覚えのある声に、吊るされている少女の意識は一気に覚醒へと向かった。
それは、彼女の記憶にある最後に聞いた声と同じものだった。攫われる直前に聞いた声だ。この状況を作り出したのは、目の前の相手であることは間違いない。
「貴女は……」
天井から吊るされた少女──エリザの目の前に立っていたのは背中から翼を生やした妖艶な女性、魔人モルドーラだ。
エリザは自らを攫った犯人であるモルドーラをキッと睨みながら問い掛けた。
「此処は一体何処ですか?」
「我らの拠点の一つとしている昔の砦だ」
「砦?」
モルドーラの言葉に、エリザは周囲の様子を窺う。
石造りの堅牢そうな部屋、しかし窓は少なく中は薄暗い。魔人の言う通り、砦だと言われればしっくり来る光景だった。
しかし、部屋の中は多くの罅が入っており、壁は崩れている部分も多い。
かなり古い時代のものであると思われ、最早遺跡と言った方が良さそうな状態だ。
もしかすると、かつて人間と魔人が相争っていた時代の遺物なのかも知れない。
遺跡の状態はあまり良いとは言えず、下手なことをすれば崩壊の危険すらあった。
「この拘束を外してくださいと言っても無駄なのでしょうね」
「当然だ。言われて外すくらいなら最初から吊るしたりはせん」
「それはそうでしょうね。
でも、何故吊るされているのかくらいは教えてください」
口ではそう言いながらも油断なく拘束から逃れる手段を探るエリザ。
しかし、彼女に施されている拘束はかなり厳重であり、エリザが自力で逃れるのは困難だった。
なにしろ、両手を合わせるようにしてその上から縄でぐるぐる巻きに固定されている。
魔法使いであるエリザは火で縄を焼いて拘束を外すことも出来るのだが、こうされてしまうと迂闊に魔法を使うことも出来ない。自分の手を焼くことになるからだ。
逆に言えば片手を犠牲にすれば拘束から逃れることは出来るわけだが、それを実行に踏み切るには覚悟が要るし、魔人の目の前でそれをやってもすぐに再び捕らえられてしまうだろう。
エリザは内心で、今この場所で拘束から自力で逃れるのを諦めた。
「お前を此処に連れてくる前にも言ったが、あの危険な武具を持つ男に対する人質にするためだ。
尤も、此処まで誘い込むことが出来れば十分。
お前は決着が付くまで逃げずにそこで大人しくしていればいい」
「そんな卑怯な真似でラスティスさんを誘き出す程、彼が怖いんですか。
魔人と言うのは人間よりも強いと聞きますけど、実際には大したことないんですね」
「ふん、怖いのは武具であってあの男ではない。
人間の強さなど、高が知れているからな。
しかし、あの御方と同格の武具を持っているとなれば、警戒に値する」
挑発するようなエリザの口振りに若干の苛立ちを見せながらも、モルドーラは鼻で嘲笑う。
彼女が口にした「あの御方」と言う言葉に、エリザは目を細める。
「あの御方……魔人王ですか」
「ほう? 我らの王について、知っているのか」
エリザが呟いた言葉を聞き付けたモルドーラが、感心したように告げた。
その反応に、エリザは内心で掛かったとほくそ笑む。
拘束されて抵抗出来そうにない彼女だが、せめて情報を集めようと考えたのだ。
「伝承の中で、ですけどね。
しかし、魔人王といっても数百年前に倒れた人物でしょう?
魔人の寿命は知りませんが、会ったことも無い相手に忠誠を捧げているのですか?」
「ハッ、一瞬感心したがやはり人間は愚かだな。
陛下は倒れてなどいない。ただ、卑劣な封印によって動けなかっただけのこと。
その封印も解けた今、我ら魔人の理想国家再建の日は近い」
「──────ッ!」
魔人王の復活、それはエルヴィも可能性として述べていたことだ。
しかし、こうして魔人の口から語られるとなると一気に真実味を帯びてくる。
「直に起こされる戦争において、陛下に唯一対抗出来る手段を持っているあの男は此処で潰す必要がある」
「こんなあから様な罠に、彼が引っ掛かると思ってるんですか?」
エリザは平静を装ってそう言ったが、内心では逆の事を考えていた。
ラスティスの性格を考えれば、仲間を攫われて黙っているわけがない。
加えて、相棒であるフィオニーも直情的な性格であり、真っ向から突っ込んできそうだ。
唯一ストッパーになれるのはエルヴィくらい……と考えたところで、エリザは首を振って思い浮かべたことを自ら否定した。
よく考えたらあの娘は突貫・力技の代名詞のようなパイルバンカーの化身だった。
三人とも罠と悟りながら真っ向勝負を仕掛けるところしか想像出来ない。
「別に、来ないなら来ないで構わん」
「え?」
モルドーラの思わぬ回答に、エリザは唖然とした表情になる。
しかし、女魔人は不敵な笑みでその理由を語った。
「此処で逃げるような腰抜けなら、我らの敵として立ちはだかることもなかろう」
「………………」
魔人としては、何れ引き起こす戦争でラスティスが敵とならなければ構わないのだ。
仲間を見捨てて逃げるような男であれば、魔人に対抗するために立ち上がることもないだろうというモルドーラの言葉には、エリザも異論は無かった。
「尤も、その可能性は低いと考えているがな。
わざわざ森を調べに来たあの男なら、このまま逃げ帰ることはないだろう」
エリザもそう思っている通り、モルドーラもラスティスが逃げ帰る可能性はないと考えているようだった。
「ラスティスさんが来たら、貴女も終わりですよ。
今の内に逃げた方がいいんじゃないですか?」
「ふん、そんなことをする筈ないだろう。
それに、する必要もない。
あの武具の特徴は陛下の側近から聞き及んでいる。
対策は万全だ。この砦があの男の墓となるだろう」
モルドーラはエリザの言葉を一蹴し、余裕の笑みを浮かべた。
その言葉に、ポーカーフェイスを保ちながらも内心では焦燥感を抑えることが出来ないエリザ。
その時、遠くで物音が聞こえた。
「……どうやら、招待客が来たようだな。
さて、この部屋まで辿り着けるか見学と行こうか」
その音を砦に侵入したラスティス達によるものと判断したモルドーラは、既に勝利を確信したような表情で彼らが居るであろう方向を見ながら言った。
エリザは天井から吊るされたまま、自分を助けに来た仲間達の無事を祈ることしか出来なかった。




