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乾坤一擲パイルバンカー♂  作者: 北瀬野ゆなき
【第二章】古の魔人編
30/43

09:フィオニーとの稽古

「ず、ずるいです!」

「え?」


 エルヴィとの見回りと言うなの散歩を終えて宿に戻ったラスティスを待っていたのは、フィオニーのそんな台詞だった。

 見ると、その横でエリザも不服そうな表情をしている。


「えーと、ずるいって何が?」

「ラスティスさんとのデートです!」

「私もデートしたいです」

「いや、あれはデートじゃなくて見回り……」


 二人の剣幕に圧され気味になりながらラスティスが返すが、それも彼女達にとっては言い訳にしか受け取られなかった。

 元々見回りといっても念の為以上のものではない。

 半ば宣戦布告に等しい挑発を行っていった魔人の襲撃を警戒してのものだが、流石に真っ昼間から村を襲撃してくる恐れは低いだろう。

 結局のところ、ラスティスに見回りを提案したエルヴィの狙いは見回りを名目にしたデートでしかなかったし、それはフィオニー達も理解している。理解出来ていないのは、ラスティスだけだ。


「だったら、私も見回りしたいです!」

「わ、私も……」

「い、いや、今行ってきたばかりだし。

 そんなに何度も見回りしても意味が無いと思うんだけど」

「う、それは」

「そうかも知れませんけど……」


 便乗して自分達も見回りと言う名のデートを堪能したいと主張するフィオニーとエリザ。

 だが、建前だけとはいえ見回りと称しているため、行ったばかりでもう一度しても意味が無いと言われてしまうと中々反論が難しい。

 しかし、めげない二人は対案を持ち出してきた。


「じゃ、じゃあ見回りじゃなくても良いから時間貰えますか?」

「あ、フィオニーずるい。私もお願いします」

「え、あ、ああ……構わないけれど」


 勢いに圧されて約束を取り付けられてしまったラスティスだが、嬉しそうな二人の様子を見ていたらまぁいいかと思うしかなかった。


『む〜』


 その横で、一人不満そうな顔をしているパイルバンカー娘が居ることには終ぞ気付かぬまま。




 ♂  ♂  ♂




「それで、こんなところで何をするんだ?」

「折角なので、稽古に付き合って貰おうかと思って」


 村の中の広場になっている場所で、ラスティスとフィオニーは二人で向かい合っていた。

 ラスティスとしてはフィオニーとエリザの二人に対して時間を割くつもりだったのだが、二人の要望によって一人ずつ個別にという話になっている。

 午前中はエルヴィと見回りをしていたため、昼過ぎはフィオニー、夕方はエリザとそれぞれ過ごすという時間配分だ。


「それはそれとして……」

『む?』

「……どうして貴女が此処に居るのよ?」


 フィオニーがジト目で横に目をやると、適当な切り株に腰を掛けて相対する二人を横から観戦する姿勢を見せているエルヴィの姿があった。

 フィオニーがジト目の理由は、「今は私の時間なのに」というものである。

 彼女としては、ラスティスと二人きりで健康的に汗を流したかったのに、午前中ずっとラスティスを独占していたエルヴィがこの場に居ることが不満だった。

 とはいえ、これは別にフィオニーがエルヴィのことを嫌っているとかそういうわけではない。

 個人的な好悪と恋愛的なライバル関係は別次元の話なのだ。


 しかし、エルヴィの回答は身も蓋もないものだった。


『どうして、と言われてもな。

 我はラスティスと一定以上の距離までしか移動出来ないのだから仕方あるまい』

「……そう言えば、そうだったわね」


 当然と言えば当然の回答に、フィオニーは内心で頭を抱えた。

 パイルバンカー「エルヴィアリオン」の精神体であるエルヴィは、ラスティスの右腕に装着された本体から一定の距離までしか離れることが出来ない。彼の右腕から装備を外すことも出来ないため、実質的にエルヴィは常にラスティスと一緒に居ることになる。

 勿論、フィオニーもそのことは知っていたのだが、ラスティスと二人きりで過ごすことで頭が一杯で忘れてしまっていた。


 何処に行くにもエルヴィが付いてくることになるため、二人きりというのはまず無理。

 甘々なデートもこぶ付きにならざるを得ない。

 下手をすれば、夜の一時すらエルヴィが同伴と言うことに……そこまで考えて、フィオニーは頭に浮かんだ嫌な想像を振り払うように大きく首を振った。


「同行は諦めるけれど……邪魔はしないでよね」

『普通に稽古をしている分には何もせんから安心していいぞ』

「うぐぐ」


 詰まる所、普通に稽古する以上のことをしたら邪魔するということだろう。

 稽古にかこつけて親密さを上げようと目論んでいたフィオニーは、盛大に顔を歪ませた。


「どうかしたのか?」

「いえ、何でもないです!」

『ああ、女同士のちょっとした相談ごとだ』


 睨み合っていたエルヴィとフィオニーを不思議に思ってラスティスが話し掛けると、それまでいがみ合っていた二人は途端に意気投合した様子に変わって肩を組みながら彼の追及を誤魔化した。

 彼の前ではあまりいがみ合っている姿を見せたくないという点で、二人の意見は一致している。

 よくよく見ると足元はお互いの足を踏み合っているし笑顔も大分引き攣っているのだが、ラスティスは彼女らの言葉を額面通りに受け取って納得したようだ。


「さて、それじゃ始めようか」

「はい!」


 ラスティスの言葉を受けて、フィオニーはエルヴィから離れて最初の立ち位置に戻った。

 彼女は剣を鞘から抜き、ラスティスを正面に見据えながら構えた。

 対するラスティスも左手に剣を持ち、右半身を引くような形で構えを取る。彼のこの構えは、右腕に装着されたパイルバンカーを意識したものだ。

 勿論、訓練でパイルバンカーを撃つことはあり得ないが、実戦に近い形で相手をするという意思の表れだろう。


「いきます!」

「来い!」


 掛け声と共に、フィオニーは正面から振り下ろす形で打ち込む。それをラスティスは、剣を斜めに翳して受け流すように対処した。


「まだです!」

「っ、と」


 剣を受け流された状態から切り返すようにフィオニーが連撃へと移行する。しなやかな身のこなしを持ち味とする彼女だから出来る動きだ。

 ラスティスは一瞬反応が遅れるも、何とかフィオニーの振るう剣と自らの間に手に持った剣を挟むことに成功する。

 鍔迫り合いの状態になった二人は、相手の剣を押し切ろうと互いに力を籠める。

 パワーではラスティスの方が上だが、無理な体勢で受けたこともあって押し切れずにいた。


「押し切ります!」

「それはどうか、な!」

「う、うわっ!?」


 有利と見て更に剣に力を籠めたフィオニーだったが、ラスティスは彼女が剣を押し切りに掛かる瞬間を見極めて唐突に力を抜いた。

 肩透かしを喰らったフィオニーは堪らず前につんのめる。


「し、しまっ!」

「ハッ!」


 体勢を崩したフィオニーに対して、ラスティスは突きを放つ。

 至近距離で放たれたその攻撃を対処出来るものは少ない筈だ。

 それでも、何とかそれを撥ね退けることが出来たのは、フィオニーがこれまで実戦で鍛えてきた賜物と言えるだろう。


 しかし、彼女はラスティスの武器が剣だけではないことを忘れていた。

 いや、仮に分かっていたとしても突きを防ぐので精一杯で対処は出来なかっただろうが。


「……参りました」

「ああ」


 ラスティスの突きを払うために剣を振り上げて無防備になったフィオニーの腹部に、ラスティスの右腕が突き付けられていたのだ。

 当然、彼の右腕に装着された最強の武具の切っ先を向けられており、これが仮に死闘であればフィオニーはトドメを刺されていただろう。


「もう、左手でも十全に使えるみたいですね」

「以前よりは大分形になってきたけど、まだまだだよ。

 右腕の時よりは若干落ちる」

「これでも、ですか」


 元々右手が利き腕のラスティスにとって、左手で剣を振るうのは困難事だ。右腕が重量のあるパイルバンカーによって封じられているとはいえ、その矯正には多大なる労力を要した。

 幾度もの実戦を経ることによって人並み以上に振るえるようになってきているが、彼の中ではまだ納得がいっていないらしい。

 そんなストイックなところも、フィオニーにとっては好ましい一面だ。


「それじゃあ、なるべく早く慣れるように、もう一本どうですか?」

「ああ、頼む」


 フィオニーの提案をラスティスは快諾し、立ち位置を先程の場所まで戻した。


 稽古にかこつけて親密さを増そうと企んでいたフィオニーだが、いざ始めてしまうとそちらに夢中になってしまい当初の目論見は忘却の彼方のようだ。


『やれやれ、似た者同士だな』


 そんな二人の様子を傍から観戦しながら、エルヴィは一人ごちた。

 ラスティスとフィオニーの二人は、その気質において近いものがあると彼女は感じていた。

 どちらも裏表がなく真っ直ぐ、そして……脳筋だ。

 ちなみに、脳筋度合いに関してはラスティスよりフィオニーの方が上である。彼女は基本的に猪突猛進だ。


 似た者同士である二人だからこそ、くっ付いてしまう恐れがあるのではないかとエルヴィは不安に思っていたが、今の様子を見る限り彼らの間に恋愛的な意味での進展は当分無さそうだった。

 その事実にホッと安堵しながらも、エルヴィは離れられる限界まで散歩してこようとその場を後にした。


 彼女が立ち去った後も、二人の男女は真っ直ぐな瞳で互いを見据えながら剣を合わせていた。

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