08:エルヴィとの語らい
「で、魔人の襲来に備えるって話になった筈なんだが、こんなにのんびりしてていいのか?」
『実際、今見回りしているではないか。
それに、あまり張り詰め過ぎても参ってしまうぞ』
「それはそうだけど」
魔人と魔人王について話した翌日、ラスティスとエルヴィは宿泊している村の周囲を二人で並んで歩きながら会話を交わしていた。
今この場に居るのは二人だけで、フィオニーやエリザの姿は無い。
見回りとエルヴィは言ったが、傍から見れば精々が散歩、あるいはデートにしか見えなかった。
ここ最近はフィオニーやエリザが一緒に行動していたため、中々二人きりで過ごす時間というのは取れていない。
勿論、夜のお手入れタイムは二人だけと言えなくもないが、それ以外で二人だけというのはなかった。
「そう言えば、一つ聞きたいことがあったんだ」
『ん? 我にか? 一体何だ?』
「例の魔人王が持っているっていう武具についてだ。
エルヴィと同格って言ってたし、よく知っている間柄なのかと思って」
『あぁ……それか』
ラスティスの疑問を聞いたエルヴィは、何処か遠くを見るような表情になる。
その様子に、ラスティスは思わず聞いてはいけないことを聞いてしまったかと怯むが、エルヴィは何かを振り払うように軽く首を振って彼に提案してきた。
『少し長い話になる。
こんなところで立ち話もなんだ、何処かで座って話すとしよう』
「あ、ああ。分かった」
いつになく真剣な声で告げてきたエルヴィの様子に戸惑いながらも、ラスティスは周囲を見回して村の外れにある木材が積まれていた場所に座れる場所を見付けた。
「あの辺でどうだ」
『うむ、良いだろう』
二人はラスティスが見付けた座れそうな場所に移動すると、ゆっくりと話し始めた。
♂ ♂ ♂
『最初に改めて言っておくが、我はそなたと契約を結ぶまで長きに渡り契約者を得ることが無かった。
そなたが我にとって初めての契約者だ』
「ああ、それは確かに最初に聞いたな」
『勿論、エルドラリオールに存在する数多の武具の中で、一度も契約者を得たことがない武具は我だけではなかった。そんなのは沢山居る。
しかし、それは比較的最近に生まれた武具を含めればの話だ。
太古の時から存在する中では、一度も契約者を得たことが無いのは我を含めてたった三振りしか居なかった。
何れも、最古から存在する強力な武具だ……我と同じようにな。
尤も、それこそが中々契約者を得られなかった理由だったりもするのだが』
昔を懐かしむように告げながらも、エルヴィの額には青筋が浮かんでいる。
長きに渡って契約者を得ることが無かったエルヴィ達は、口さがない武具から密かに「嫁き遅れ三武衆」などと呼ばれていたのだ。
勿論、ラスティスの前ではそんなことはおくびにも出さないが。
なお、強力が故に契約者を得られなかったというのも、負け惜しみではなく事実である。あまりの強力さ故に、使用者に求める素質が必然的に高くなってしまうのだ。
『我らとて好きで契約者を得なかったわけではない。
中々契約の機会を得ることが出来ないが、何とかそこから脱しようとしていた。
同じ嫁き遅……じゃなかった、未契約者の中でも、我こそが先に契約者を得てみせると競い合っていたものだ。
しかし、ある時我と争っていた二振りのうちの一振りに契約者が現れたのだ』
「もしかして、それが?」
『うむ、昨日話した魔人王と契約した武具だ。
尤も、契約者はその時点ではまだ魔人を統率していたわけではないから、魔人王とは名乗ってなかったがな』
そこまで話したエルヴィの表情が暗い笑みへと変わる。その変貌ぶりに、ラスティスは思わず戸惑った。
「エ、エルヴィ?」
『くくく、あやつが契約してエルドラリオールを出てゆく際に我に向けた表情は今でも忘れられん。
優越感と憐れみが混ざり合ったような、あの屈辱的な視線!
そう言えば、昔からあやつは我のことをコケにしてくれていたな。
だが、我もこうして契約者を得たからには最早あやつに負ける部分はない。
もしも出会ったら、必ずやぎゃふんと言わせてくれる……っ!』
「ああ、エルヴィ?
全部口に出てるんだが」
『へ? あ、いやその……今のはっ!?』
溜まりに溜まった恨みつらみを知らず知らずの内に口に出してしまっていたエルヴィは、ラスティスの指摘に慌てて手を顔の前で振って誤魔化そうとする。
勿論、手遅れだ。
「取り敢えず、関係については分かった。
エルヴィにとっては因縁の相手ってわけだな」
『ま、まぁ、そうなるな』
誤魔化せたとばかりにホッと安堵するエルヴィだったが、先程の台詞はラスティスにバッチリと聞かれている。
尤も、彼の方は多少苦笑する程度で微笑ましく見ているため、それ程問題はないのだが。
「で、聞きそびれたけど、結局その武具はどういう武具なんだ?」
『ドリルだ』
「??? どりる?」
聞き慣れない武具の名前に、ラスティスは首を傾げた。
彼とて冒険者として武具にはそれなりに詳しい方なのだが、パイルバンカーの時もそうだったように、未知の武具のようだ。
尤も、ラスティスが知っているのはあくまで一般に流通している武具に限定されるため、そこから外れるような武具については知らないのも無理はない。
『ああ、ドリルと言っても分からんか。
螺旋状の刃を持つ円錐で、回転によって対象を穿つ武具と言ったところだ』
「その話を聞く限り、パイルバンカーと同じように近接戦闘向けの武具みたいだな」
『ああ、合っているぞ。
遠距離には向いていない武具だ』
「それで、そのどりるとパイルバンカーだったらどっちが強いんだ?」
『それは勿論、パイルバンカーの方に決まってる!』
「………………」
理屈とかを完全に置き去りにしたパイルバンカー推しだった。とはいえ、彼女がパイルバンカーを贔屓したい気持ちを持つのも当然である。何しろ、自分自身のことなのだから。
聞く相手を間違えたと悟ったラスティスだが、他に聞ける相手も居ないので考えても仕方の無いことだった。
それに、実際のところ威力と言う意味ではパイルバンカーに軍配が上がるのも確かだろう。それが即座に実戦での勝敗と結び付くわけではないのも事実だが。
「そのどりるって武具も、昔は大勢が使っていたのか?
……その、パイルバンカーみたいに」
実際には、かつての世においてもパイルバンカーはマニア向けの武具だったので、大勢が使っていたわけではない。
しかし、ここでそれを言ってもエルヴィの機嫌を損ねるだけなので、ラスティスは敢えて持ち上げることにした。
そんなこととは露知らず、エルヴィはラスティスの問い掛けに少し考えてから答えた。
『いや、我の知る限りではそんなことはないな。
外の世界でドリルがあると言う話は聞いたことがない。
下手をすれば、アヤツが世界で唯一のドリルかも知れんな』
「そうなのか」
『まぁ、強力とはいえ使い勝手の問題があるからな。
あまり流行らないのも無理はない』
きっとそのドリルが今の彼女の言葉を聞いたら、お前が言うなとツッコミを入れるだろう。
実際のところ、使い勝手の悪さという点においてはパイルバンカーも同じ……どころか、パイルバンカーの方が悪い部分もあるのだから。
ラスティスもその言葉にツッコミたい衝動に駆られたが、何とか抑えることに成功していた。
話が一段落したところで、エルヴィはラスティスの手を引っ張って散歩の続きに誘う。
『さて、話はこんなところで良いだろう。
そろそろ、見回りを再開するぞ』
「あ、ああ。分かった」
「そう言えば、契約者が居なかったのは三振りって言ってたよな?
一振りはエルヴィ、もう一振りは魔人王の武具として、最後の一振りはどうなったんだ?」
『ん? ああ、アヤツなら我とラスティスが契約した時にもエルドラリオールに居たぞ。
勿論、一度も契約者を得ないままでな。
結局、我らの中で最後まで契約者を得られないまま残ったのはアヤツということになるな』
実は内心で最後の一振りにならずに済んでホッとしているエルヴィだったが、それを表に出すことなくラスティスに答えた。
契約者を得ることが出来た幸福を改めて深く噛み締めながら、エルヴィは自然にラスティスと手を繋いで歩いていた。




