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乾坤一擲パイルバンカー♂  作者: 北瀬野ゆなき
【第二章】古の魔人編
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06:魔人との邂逅

 木の枝から飛び降りた者は人間の女性に似た姿をしていた。

 しかし、明らかに人では無い特徴も有しており、ラスティス達は困惑と警戒の表情を浮かべる。


 肌の色は灰色で、瞳の色は真紅、豊満な肢体を露出度の高い衣装で包んでいる。

 年の頃は人間と同じ基準で考えれば二十代前半というところだが、エルヴィのような例もあるため判然としない。

 そして極め付けはその背から伸びている皮膜付きの黒い翼だ。

 顔立ち自体は非常に美しいといってよいものなのだが、その異形の特徴から逆に不気味なものと化していた。


≪モルドーラ様、申し訳ございません≫

「構わん、お前は十分に役目を果たした。

 ここは私に任せ、傷を癒やすがいい」

≪……はっ≫


 パイルバンカーによって深く傷付けられたレンドが灰色肌の女に謝罪するが、彼女はそれに対して気にするなと首を振る。

 後は任せろという言に従い、レンドはゆっくりと森の奥の方に姿を消していった。

 ラスティス達はそんな巨狼のことを黙って見逃すしかない。

 あの巨大な狼は勿論脅威だが、目の前の女に対処する方が優先度が高いと判断せざるを得なかったのだ。


『その肌の色、そして黒い翼……まさか、魔人か?

 まだ生き残りが居るとは思わなかったぞ』

「ほう? 流石は悠久の時を在り続けた伝説の武具だな。

 世界からとうに忘れ去られた我が一族のことを知っているとは。

 その通りだ。私の名はモルドーラ。

 かつてこの世界に覇を唱えた魔人の末裔だ」

『我のことまで──っ!?』


 エルヴィが信じられないような表情で告げると、灰色肌の女──モルドーラは腕を組みながら感心したような声を上げる。

 どうやら、彼女はエルヴィが伝説の武具の意思が具現化した存在であることを見抜いているようだ。


「エルヴィ?

 この女性のことを知っているのか?」

「魔人って言ってたけど……」

「魔人……おとぎ話で聞いたことがありますね」

『ああ。だが、悪いが説明は後回しだ。

 今はこやつをどうするかが先決だ』

「……分かった」


 唯一目の前のモルドーラのことを知っているような口振りだったエルヴィに、ラスティス達が問い掛ける。

 しかし、エルヴィは彼女が「魔人」と呼んだ目の前の女から視線を外さずに、彼らの問いに答えることを保留する。

 その真剣な表情に、ラスティス達も引き下がるしかなかった。


『遥か昔に姿を消した筈の魔人に生き残りが居たのは……まぁいい。

 それよりも、先程の巨狼を操っていたのは貴様なのか?』

「操ったと言える程のものではないな。

 単にけしかけただけのこと」

「──────ッ!?」


 モルドーラの言葉に、ラスティス達の間に緊張が走った。

 先程のレンドとのやり取りを見る限り、彼女はあの強大な魔物よりも上位に位置していることは間違いない。

 ラスティス達に向かって巨狼をけしかけたと言うのだから、警戒は幾らしてもし足りないことはなかった。


「以前この森を縄張りにしていたゲブリュール。

 アイツに街を襲わせたのもお前か?」

「ああ、あの大狒々か。

 それは少々正確ではないな。

 別に私が街を襲わせたわけではない。

 単に縄張りを取り上げてレンドに任せることにしただけだ。

 まぁ、街を襲うのも想定の範囲内ではあったし結果的に勢力範囲を広げることになるので黙認したが、

 まさか人間に倒されるとは思わなかったぞ」


 ラスティス達一向がこの森の調査を行うことにしたのは、ゲブリュールが突然街を襲ってきた理由を探るためだ。

 モルドーラの答えは襲わせたわけではないと言いつつも、実質的には彼女の行動が結果的に街への襲撃に繋がったことは想像に難くない。

 ならば調査に関してはこれで達成出来たとも言えるが、新たな問題も発生している。


「エルドラリオールの伝説の武具、か。

 確かにそれがあれば脆弱な人間でも脅威となり得る。

 早い段階でその存在に気付けたのは僥倖だったと言っていいだろう」


 ラスティスの右腕に装着されたパイルバンカーへと視線を向けながら、モルドーラは薄い笑みを浮かべる。

 そこには明確な敵意と、それ以上に余裕があった。


「やる気か?」

「いや、今日のところは挨拶程度だ。

 流石にその武具を相手取るなら万全の状態で相手をしたいからな」

『万全の状態であれば、この最強にして最古の武具であるエルヴィアリオンに勝てるとでも言うつもりか?』


 エルヴィが憮然とした表情を浮かべながら問い掛けるも、モルドーラの余裕は崩せない。

 大仰に頷きながら、彼女は勝てるかという問いに是と答えた。


「勝てるとも。

 その為の戦力分析も既に終えた」

「っ! 先程の巨狼を俺達にけしかけたのはそのためか!」

「そういうことだ」


 先程モルドーラは巨狼レンドをラスティス達にけしかけたと言っていた。

 今の言葉を信じるなら、それはラスティス達の戦力分析のためだったのだろう。

 レンドに対して、役目を果たしたと言っていたのも、それを裏付ける。

 勝てばそれでよし、負けても彼らの保有している戦力をつまびらかに出来ればそれでよし、何れにしても彼女の目的は果たせていたというわけだ。


 モルドーラの言葉に、固唾を呑んで話を聞いていたフィオニー達が武器を構えた。


「そこまで聞いて、私達が貴女を逃がすとでも思うの?」

「ええ、逆に言えば今の貴女は万全ではないと言うことなのでしょう。

 ここで倒して拘束してしまえば何も問題ありません」

『ま、待て! フィオニー! エリザ!

 迂闊な真似は……』


 モルドーラに対して今にも仕掛けそうなフィオニーとエリザに、エルヴィが慌てて止めに入る。

 しかし、結局二人が目の前の魔人に戦闘を仕掛けることは無かった。


「勘違いするな、お前達程度の相手なら今すぐにでも倒せる。

 伝説の武具さえなければ、この場で皆殺しにしているところだ」


 それよりも早く、魔人から魔法が放たれたためだ。

 モルドーラが両の手を交差するように振ると目に見えない風の刃が二閃放たれ、それぞれフィオニーとエリザに襲い掛かった。


「きゃっ!?」

「う、嘘でしょう!? 早い!?」


 襲ってきた風の刃をフィオニーは身体の前に構えた件で、エリザは準備を始めていた火魔法を当てることで何とかダメージを免れる。

 エリザの方が先に詠唱を始めていたにも関わらず、モルドーラの放った魔法の方が早かった。

 そのことに気付いたエリザの顔色が変わる。


 二人が風の刃を凌ぎ切って魔人の方を見ると、そこには誰も居なかった。

 気配を感じて上空を見ると、翼を広げて空中へと飛び上がったモルドーラの姿が見えた。


「そうそう、お前達の名を聞いていなかったな。

 遠からずまた相見えることになるだろうが、聞いておこうか」

「ラスティス、だ」

『最強にして最古の武具、エルヴィアリオン』

「フィオニーよ、さっきの攻撃の借りは必ず返すわ」

「エリザです。私も同じです」


 四人がそれぞれ武器を掲げながら名乗りを上げた。

 それを聞き、中空に浮かんだままのモルドーラは満足そうに頷くと、彼らに背を向けた。


「フッ、よかろう。

 それでは今日のところはこれで去ろう。

 何れお前達の前に再び現れるその日を、首を洗って待っているがいい」

「それはこちらの台詞だ」


 突然吹いた風に乗って森の奥の方に向かって滑空するように飛んでいった魔人の姿が視界から完全に消えると、四人は肩から力を抜いた。


『行ったか。

 取り敢えず、森の調査はこれ以上続けても仕方あるまい。

 一度村に戻るとしよう。

 色々と話をしなければならんしな』

「ああ、そうしよう」


 エルヴィの言葉にラスティスが頷き、一向は森の調査を切り上げて帰路に着くことになった。

 新たな敵との邂逅に、緊張を滲ませながら……。

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