03:麓の村
『ん? 村が見えてきたな』
「ああ、本当だ。
これがさっき言ってた村か?」
「ええ、そうです」
途中数回の野営を経て峡谷を越えたラスティス達の前に、小さな村が見える。
山の麓にあるこじんまりとした村で、素朴な雰囲気を感じた。
「見たところ、特に魔物の大群に襲撃されたような感じはないな」
「みたいですね。
もしもあれだけの魔物が襲っていたら、壊滅してる筈ですし」
遠目だが村の様子を見て不穏な気配がないことを確認したラスティスは、そっと胸を撫で下ろした。
この村はゲブリュールが縄張りにしていた森から最も近い場所にある。
もしも、あの強大な魔物と配下の群れがここを通っていれば、確実に襲撃されていたことだろう。
その恐れもあり得ると推測していた彼らにとっては、村の無事は朗報だった。
「取り敢えずこの村で宿をとって、そこを拠点に森の調査をしよう」
「はい!」
「分かりました」
『異論は無いぞ』
四人はそう言うと、村の中へと入っていった。
遠目にも見えたように小さな村であり、宿屋は一軒しかないようだ。
他に建っている店も、武器屋と食料なども含めた様々なものを一緒くたに取り扱う雑貨屋があるだけだった。
四人は店を覗くのは後回しにして、取り敢えず宿を取ることにした。
一軒しかないため、もしも部屋を取れなければ即座に野宿になってしまうためだ。
あまり人が来る場所ではなさそうなので取れないことはないだろうが、万一を考えてのことだった。
結論から言うと、その心配は半分正解で半分無意味だった。
「一人部屋が二部屋ですか……」
宿屋の受付で部屋が取れるかを女将さんに聞いたラスティスは、その答えを聞いて悩ましそうな顔になった。
彼のパーティは四人なのに、部屋は二人分しか空いていないのだ。
早目に取らないと取れなくなる恐れがあると考えていたが、既に足りないということまでは想定していなかった。
「ああ。今空いているのはそれだけだね。
行商人が何組か泊まっててね、二人部屋は一杯なのさ。
ただ、部屋はそれしかないけど、食事の方はある程度人数増やすことも出来るよ」
「……分かりました。
それではその二部屋を三泊でお願いします。
食事は四人分で」
「あいよ」
宿賃を支払って部屋の鍵を受け取ったラスティスは、ロビーで待っていた三人のところに戻ると事情を説明する。
「一人部屋が二部屋だけですか……」
「ちょっと狭いかも知れませんが、ベッドに二人ずつ寝ることも出来るのでは?」
『そうだな』
「え"っ!?」
エリザの発言は間違っては居ない。多少詰める必要はあるが、余程狭いベッドでなければ二人で寝ることも可能だろう。
食事が人数分用意出来るのであれば、多少の不便はあっても問題はない……同性であれば。
ラスティス一向は男性はラスティスだけ。残りは全て女性だ。
二人ずつ部屋に泊まるとしても、必ず男女のペアが出来てしまう。
それに気付いた瞬間、三人の目がギラリと光った。
三人は三人とも彼に好意を持っており、同室、それも同じベッドで寝るという大チャンスをなんとしても勝ち取りたいと考えたのだ。
『ならば、組み合わせは当然我とラスティス。フィオニーとエリザだな』
「な、なんで!?」
「納得のいく説明をお願いします」
いち早く同室を表明したエルヴィに、出遅れたフィオニーとエリザが噛み付いた。
しかし、エルヴィは余裕の表情を見せている。
『武具である我なら兎も角、女性であるお前達をラスティスと同じベッドで寝かせるわけにはいくまい?
その点、我は既に何度も同じベッドで寝てるからな。問題無い』
「うぐっ」
「そ、それは……」
エルヴィが言い放ったのは確かに正論であり、倫理面で言えば真っ当な意見だ。
異性同士が同じベッドで寝るというのは、倫理的に問題がある。そして、武具である彼女だけが対象外だと言えば対象外だ。姿は少女であるし、納得感があるかどうかは別の話だが。
「で、でも新しくパーティを組んだんだから交流を深める意味でも!」
「そ、そうです。ラスティスさんだって気分を変える機会があった方が!」
『……ベッドの上でか?』
「うぅ……」
「あぅ……」
苦しい反論をする二人だったが、エルヴィの放った言葉でその場面を想像してしまい、真っ赤になって黙り込んでしまった。
最早この時点で、ラスティスとの同室争奪戦の決着は付いたと言えるだろう。
『ラスティスもそれで良いな?』
「え? ああ」
目の前のやり取りに呆然としていたラスティスだったが、エルヴィに話し掛けられてハッと我に返って頷いた。
彼としても、三人の中で誰かと共に寝るとしたらエルヴィが一番選び易い。
『久々にベッドの上で寝れるな。
あ、勿論今晩はしっかりと手入れを頼むぞ?』
「ぐぬぬ」
「う〜……」
なお、ここまでの道中でも野営の度にラスティスはパイルバンカーの手入れを行っている。
その度にエルヴィのあげる悩ましげな声に、傍で聞いていたフィオニーやエリザですらも悶々としたものを抱いていた。
もしも、あれが宿の個室という密室で行われた場合、果たしてラスティスは手入れ以上に何もしないだろうか。
ただでさえ遅れを取っているところにこの追い打ちを受け、フィオニーやエリザは不安を掻き立てられる。
エルヴィがわざわざ口に出して手入れのことを言ったのは、二人に対する牽制なのだろう。
その証拠に、ラスティスに話し掛けながらもエルヴィの視線は横目でフィオニーとエリザの方へと向いていた。それも、鼻で笑うおまけ付きだ。
しかし、彼女はライバルに対する牽制のことしか考えておらず、肝心の相手の性格を忘れていた。
「ああ、勿論。
外より落ち着いて手入れ出来るからな。
今夜は隅々まで磨いてやるさ」
『ふぇ?』
「ひゃあぁ……」
「あわわ……」
エルヴィの発言をそのまま素直に受け取ったラスティスは、大真面目に答えを返した。
それを聞いたエルヴィは思わぬ回答に呆けた顔になり、フィオニーやエリザは赤かった顔を更に真っ赤にする。
『ま、待て、ラスティス。
さっきのは言葉の綾というやつで……』
「さて、それじゃ部屋に行くか」
『話を聞け〜〜〜!』
ラスティスに抱えられるようにしてその場から連れ出されたエルヴィは、墓穴を掘ったことに気付くが時既に遅し。
隅々まで磨くと言った以上、基本的に真面目なラスティスは本当に隅々まで丹念に磨くだろう。
その感触にエルヴィがどれだけ悶え、許しを懇願してもおかまいなしに。
『フィオニー、エリザ、我を助けろ!』
「ごゆっくり〜」
「ごゆっくり」
抱え上げられて運ばれながら先程まで牽制していたライバル達に助けを求めるエルヴィだったが、二人は薄く笑って布を振って見送るだけだった。
♂ ♂ ♂
翌日。
宿の食堂に集まったラスティス一向だったが、彼らの様子はお世辞にもゆっくり休めたとは言い難い格好だった。
ラスティスは体調も万全そうだったが、問題は残りの三人だ。
エルヴィは見るからにフラフラしており、今にも倒れそうに見える。
フィオニーとエリザは目元に大きな隈が出来ており、どうみても寝不足の状態だった。
勿論、原因は宣言通りに丹念に行われたラスティスの手入れだ。
宿の壁は薄く、隣の部屋に居たフィオニーやエリザにも声は丸聞こえだった。
ラスティスやエルヴィの泊まった部屋が角部屋で、他の客が居る部屋と面していなかったことは幸いだっただろう。
もしも面していれば、苦情が来たかも知れない。
「ええと、三人とも大丈夫なのか?」
『あまり』
「大丈夫では」
「ないです」
心配そうに尋ねたラスティスに、エルヴィ達は順繰りに答えると、食堂のテーブルに突っ伏した。




