20:エピローグ
群れを統率していた高位の魔物との戦いは街から少し離れた場所で繰り広げられたこともあり、街の中から目撃した者はいない。
事の顛末を知っているのは、当事者であるラスティスとエルヴィ、それから討伐されたゲブリュールだけだ。
しかし、ボスを倒しに行くと告げて塀を飛び降りたラスティスの姿を見ていた者は複数居り、それと胸部に大穴を開けられて絶命している巨大な狒狒の死骸を結び付けて考えれば、推測することは可能だった。
ボスが倒されたことで街を囲んでいた無数の魔物達は散り散りとなり、戦いは終結した。
それをやってのけた赤髪の青年と銀髪の少女が街を救った英雄と看做されるのも、無理はないことだろう。
人々は街を救った二人のことを探そうとした。
特徴的な二人だったのですぐに泊まっていた宿は分かったが、人々が訪れた時には既にその姿はなく、荷物も無くなっており、ただ宿代だけが置かれていた。
『良かったのか?』
「良かったって、何が?」
『いや、あのまま街に残っていれば、街の者達はぬしのことを英雄と称賛しただろうに。
何故逃げるように出発しなくてはならんのだ』
フード付きのローブを羽織った二人が街の外の街道を歩きながら話している。
二人の内の背の低い方が問い掛けた質問に、背の高い方の人物は苦笑しながら答えた。
「それは魅力的だけど、今の俺にはそんな評価を受ける資格がないって思ってしまったからな」
『何故だ、ラスティス?
不利を覆して魔物の大群を突破し、敵の首領を見事打ち倒した。
英雄と称されて良いだけの成果を上げていると思うが』
背の低い人物──エルヴィは、不思議そうに首を傾げながらラスティスに問い掛ける。
巨猿ゲブリュールを倒したラスティスとエルヴィは、戦いの後の混乱に乗じてこっそりと宿に戻り、荷造りをして街から立ち去っていた。
フードで顔を隠したその様は、まるで夜逃げか何かのようだ。
ラスティスに懇願されて一先ずその行動を受け入れたエルヴィだが、理由までは説明されておらず、不満を露わにしている。
「あれはたまたまに過ぎないだろう。
ちょっと何かが不利に動いてたら、全滅してたかも知れない」
『それはまぁ、そうかも知れんが……』
もしも群れに空を飛ぶタイプの魔物が居たら、ゲブリュール自身が街への攻撃に参加していたら、あるいはもっと単純に群れの規模が更に大きかったら、街の防衛は失敗していたかも知れない。
その点を指摘されると、エルヴィも反論は難しかった。
「どんな逆境でも跳ね返せる──なんて自信を持って言える程、俺はまだ強くない。
それは、俺の考える英雄像とは合致しないんだ。
だから、英雄になるのはお預けだ」
『むぅ……難儀な奴め』
ラスティスの言いたいことを理解したのか、エルヴィは渋々ながら納得した様子を見せる。
ここまで来れば大丈夫だろうと、フードを外してその銀色の髪を流すように下ろす。ラスティスもそれを見て、自らのフードを外し、赤い髪を手で撫で付けて揃えた。
『それにしても……』
「うん?」
街を出てきたことについては納得したエルヴィだが、彼女の不満はそれだけではなかった。
あの街で関わりのあった二人の少女のことを思い出しながら、指を頬に当てて呟いた。
『フィオニーやエリザくらいには挨拶をしたかったのだがな』
「……………あ」
エルヴィの告げた名前を聞いたラスティスが、ポツリと呟くと同時にピタリとその場に立ち止まった。
数歩歩いてからその様子に気付いたエルヴィが、振り返りながら不思議そうに問い掛ける。
『ラスティス?』
「………………」
エルヴィの問い掛けに、ラスティスは答えなかった。
それどころか、顔から汗を流して顔面を蒼白にしている。
『お、おい!? ラスティス!?
ど、どうしたのだ?』
尋常ではない様子の彼の姿に、エルヴィは慌てて駆け寄るとラスティスの身体に身を寄せるようにして顔を覗き込んだ。
少女の爽やかでありながらほのかに甘い体臭を間近で感じ、ラスティスがハッと我に返る。
しかし、その表情は相変わらず蒼白で、事態が切迫していることを示していた。
「まずい、どうしよう?」
『い、一体何がだ?』
どうしようと問われても、何のことだか分からないエルヴィには答えようがない。
彼の様子が急変したタイミングといい、フィオニーとエリザに何か関係があると言うことは分かったが……。
「実は──」
♂ ♂ ♂
『最低だな』
「うぐ……」
ラスティスの説明を聞いて、エルヴィが思わず呟いた言葉に、彼は胸を押さえて呻き声を上げた。
『告白まがいのことをされて戦いの後に答えを返すと言いながら、忘れてそのまま置き去りか。
ぬし、女心を何だと思ってるのだ』
「面目ない」
正確には告白されたというよりは一方的に口付けされただけだが、彼女達がどんな思いでそれを行ったか分からぬ程、ラスティスは鈍くはない。
勿論、どんな答えであれどきちんと返すようにしようと考えていた……のだが、戦いの後の混乱で頭からスコンと抜け落ちてしまっていた。
先程二人の名前が出て、ようやく思い出したのだ。
なお、エルヴィの言葉が若干辛辣なのは、自分とあんなことをしながら他の女性との関係を相談されたことへの不満が多分に占めている。
「今からでも街に戻って回答を……」
『たわけ。
英雄と評される資格がまだないと逃げるように出てきたところなのだぞ。
今、戻れるわけがなかろう』
「それはそうだが、このまま彼女達に答えを返さないで旅立ってしまうわけには……ッ!」
『まぁ、その気持ちは分かるが』
告白の答えをすっぽかされたフィオニーとエリザには気の毒だが、エルヴィとしては街に戻るという選択肢は無かった。
でないと、なんのためにこっそり抜け出してきたのかが分からないからだ。
勿論、他の女性に告白の回答をする彼の姿を見たくないという思いなどではない。ないったらない。
『次の街から手紙でも書いたらどうだ?
許して貰えるかどうかは分からんが』
「それしかないか……」
せめてもの代替案に、ラスティスは苦い表情をしながらも頷いた。
エルヴィは許して貰えるかどうか分からないと言ったが、内心では確実に許して貰えないだろうと思っている。
かと言って、フィオニーやエリザがラスティスを嫌いになるとも思えないが、少なくとも激怒するのは間違いない。
『なるべく早い方が二人の機嫌も治まり易くなるだろう。
そうと決まれば、次の街へ急ぐと……いや、どうやら手紙を出す必要は無くなったようだぞ』
「え?」
話の途中で後方を見たエルヴィが、何かに気付いたような仕草をしながらそう告げた。
ラスティスも彼女の言葉を受けて後ろを振り返り、その意味を悟る。
二人の後方、街から繋がる街道の向こうの方に二人の少女の姿があった。
一人は栗色の髪の皮鎧を纏った少女、一人は緑色の長い髪を下ろしたローブを着た少女。
今しがたラスティスとエルヴィが話していた話の当事者である、フィオニーとエリザの二人だ。
二人とも獲物の他に大き目の荷物を背負っている……まるで旅支度のように。
『ふむ、いざ姿が見えるとこのまま捕まるのも癪に思えてきたな。
走るぞ、ラスティス!』
「え? いや、何で?」
『いいから来い!』
先程まで会って話さなければならないと言っていた二人と話す機会が得られそうだったにも関わらず、その二人から逃げると言い出したエルヴィに、ラスティスは目を白黒させる。
しかし、彼の左腕を掴んで走り出した少女に何故か逆らう気は起きず、内心でフィオニーやエリザに謝りながらも走り始めた。
「あ〜、逃げた!?」
「追いかけるわよ!」
ラスティスとエルヴィが二人から離れるように走り始めたのを見て、フィオニーとエリザもその後を追うように駆け出した。
二人からは逃亡者達は手に手を取り合って逃避行を繰り広げているように見える。
『ラスティス!』
「なんだ、エルヴィ?」
『我と契約して後悔してないか?』
「勿論、後悔なんてしてないし、これからもするつもりはないぞ」
『良いだろう!
なら夢に向かって一直線に突き進んでいけ……パイルバンカーのようにな!』
「ああ!」
英雄を目指す青年とパイルバンカーの旅は未だ始まったばかり。
俺達のパイルバンカーはこれからだ!
──で、サクッと完結にするのが当初書き始めた時の予定だったのですが、少し迷っています。
パイルバンカー娘を弄り足りない……訂正、書き足りない気持ちもありますし、続きのプロット立てて続けるべきかと思い始めてます。




