02:パイルバンカー
まだ少ない字数にも関わらず、ブクマ&評価ありがとうございます。
非常に励みになります。
なお余談ですが、タイトルの「♂」は形がパイルバンカーっぽかったので付けただけです。
ですので……(後書きにつづく)
「パイルバンカー?」
『うむ、その通りだ。
この武器はかつてそのように呼ばれていた。
今の世の中には存在せんのか?』
「少なくとも俺は初めて見るし、聞いたこともないな」
『うーむ、これも時代の流れか……』
エルドラリオールの丘陵で、ラスティスは自身の右腕に装着された見慣れぬ武器を眺めながら、そう告げた。
どうやら、この武器はパイルバンカーと呼ばれるらしいが、彼にしてみればそんな武器は見たことも聞いたこともない。
しかし、どうやら過去にはこの武器が世に出回っていたことがあるらしい。
「昔はこんな武器が沢山あったのか?」
『ああ、そうだ。
かつてパイルバンカーの全盛期と呼ぶべき時代があった。
その頃には何十ものパイルバンカーが用いられていた筈だ』
「少なっ!?
え? 何十って全世界でたったそれだけってことか?
それ、ほとんど使われて無かったってことなんじゃ……。
そんなマイナーな武具よりも剣とかの方が」
『なにをーーー!?』
ラスティスのもっともなツッコミに、少女は顔を真っ赤にして憤りを露わにした。
『ぐぬぬ……ぬし、パイルバンカーを莫迦にするか!』
「いや、莫迦にしてるわけじゃないんだが……。
そもそも俺はまだこれがどんな武器かもイマイチ分かっていないんだ。
そんな状態で評価なんて出来るわけないだろう?」
『ふむ、それはまぁやむを得んか。
よかろう!
それではぬしにパイルバンカーの何たるかを──』
「あ、その前に聞きたいことがあるんだけど」
『──って何だ!?
今、折角パイルバンカーについて説明しようしていたというのに!
ええい、問うならさっさと問え!』
「ああ、うん。
聞きたいんだが………………君は誰なんだ?」
『へ?』
ラスティスがそう問い掛けると、少女は埴輪のように大きな口を開けて硬直する。
誰も居なかった筈のこの場所にいつの間にか姿を現し、彼が手に入れた武具について説明をしていたのは宙に浮かぶ不思議な少女だった。
外見上の年齢で言えば、幼女に近いがギリギリ少女の範疇に含まれるくらいの幼い少女である。
白い薄手のワンピースを着ており、腰まで伸ばした銀色の髪に神秘的な黄金の瞳をした美しい顔立ちも相俟って、外見だけで語るなら神秘的な容姿に見える。宙に浮いていることも、その理由だ。
しかし、先程から顔を真っ赤にして両手を振り上げながら憤ったり、大口を開けて間抜けな顔を見せたりとオーバーリアクションのせいで大分神秘性が損なわれていた。
ラスティスの問い掛けに少女は暫く固まった後、ギギギと軋むような音を立てて首を傾げた。先程とは別の理由で顔を赤く染めながら、彼女はおずおずとラスティスに疑問を投げ掛けた。
『い、言ってなかったか?』
「聞いてないな」
『それは、その……すまなかった』
居た堪れない口振りで謝罪を告げる少女に、ラスティスは気にするなと言うように首を振る。
「それはいいんだけど、さっきの質問に答えて貰えるか?」
『うむ、我はエルヴィアリオンだ』
「エルヴィアリオン?
それって……」
少女の答えに、ラスティスは改めて自身の右腕に装着された武具に視線を落とす。
記憶が正しければ、エルヴィアリオンとはこの武具の名前であった筈。
『そうだ、それが我だ』
「?? どういうことだ?」
ラスティスの視線で考えたことを察したのか、少女は肯定の意を示す。しかし、ラスティスは彼女の言葉にますます意味が分からなくなり、首を傾げた。
『つまりは、今ぬしの右腕にあるパイルバンカーが本体で、
その意思が具現化しているのが、こちらの我なのだ』
「なるほど」
『分かったのか?』
「いや、考えても分からないだろうと理解した」
『莫迦者』
彼はそこまで考えることが得意ではないため、早々に思考を放棄してしまった。
少女──エルヴィアリオンは自らの契約者が脳筋であると思い、先行きの暗さに頭を抱える。
しかし、「そういうものだ」と受け入れたラスティスの考えは決して間違いではない。原理などで深く悩むよりも、そちらの方が有益だろう。
それはある意味、天性の素質であるとも言える。
「過去の伝承とかでそんな話は聞いたことが無いんだが、他の武具も同じように人の姿になれるのか?」
『全てではないな。
特に力の強い者だけが、こうして意志を実体化させることが出来る。
まぁ、あとは当人の性格にも拠るな。実体を取るのを嫌がる者も居るからの』
彼女の説明によれば、意志を持つ伝説の武具の中でもランクがあり、より上位に位置するもの程強い自我を持っている。
今エルヴィアリオンがそうしているように実体化することが出来るのは、伝説の武具の中でも一握りのようだ。
また、仮に実体化出来るだけの自我と力を持っていても、するしないは当人(?)次第という話だった。勿論、解くことも出来る。
高位の精神体である彼女達は補助や支援に特化しているものの一通りの魔法が使え、使用者の支援を行う。
攻撃力こそ低いものの、サポートとしては非常に有効な存在だ。
なお、低位のもので実体化をするほどの力を持たないものも、一時的に他者に憑依して物理的な影響力を持ったりすることは可能らしい。
「でも、なんで女の子の姿なんだ?」
『え? いや、特に理由は……他の姿になれないわけではないのだが、
本質に一番近い姿の方が負荷が少ないのだ。
あと、性別は契約者と対になるようになっている。
……その、この姿ではダメか?』
エルヴィアリオンは上目遣いで恐る恐るラスティスに問い掛けた。
「いや、ダメではないし嬉しいけど」
『そ、そうか! それは良かった!』
返答を聞いた瞬間、パァッと彼女の表情に笑顔が戻った。
なまじ外見が整っているだけあり、その笑顔はとても魅力的だった。
一言で言えば、かわいい。二言で言うなら、すごくかわいい。
ラスティスは顔が赤くなるのを誤魔化すように、別の方向へと話を逸らした。
「しかし、このゴッツイ武具の意思が女の子の姿ってのも不思議なものだな……」
『ひゃん!?』
「うん?」
不思議そうに右腕に装着したパイルバンカーの方のエルヴィアリオンの表面を指でなぞったラスティスだったが、突然横から上がった声に怪訝そうにそちらを向いた。
見ると、少女の方のエルヴィアリオンが自身の身体を庇うように抱きながら、顔を真っ赤にしている。小柄な体躯に似合わぬ豊かな胸元を自身の手で隠した彼女は、ラスティスの方を睨み付けた。
『ど、何処を触ってるのだ!』
「いや、何処って言われても……」
ラスティスが撫でたのは、パイルバンカーの上部である。当然、普通に使っていれば触れるような普通の場所にしか見えない。
しかし、エルヴィアリオンにとってはそうではなかったらしい。
『変な所を触るな!』
「へ、変な所なのか此処!?
じゃあ、何処なら大丈夫なんだ。此処か?」
顔を真っ赤にして涙目になった少女に責めるように叫ばれ、ラスティスは慌てて別のところに触れた。
冷静に考えれば他の部位に触れる必要は全く無いのだが、焦った今の彼はそのことには気付かない。
『ひぅ!?』
「げ!?」
ラスティスが触れたのはパイルバンカーの先端部分、杭が僅かに突き出ている辺りだ。
しかしその瞬間、少女の方のエルヴィアリオンは悲鳴を上げながらバッと下半身を手で押さえた。
その様子を見たラスティスも、どうやらまずい部分に触ってしまったことに気付いて顔を引き攣らせた。
エルヴィアリオンは涙目になってぷるぷると震えていたが、やがてキッとラスティスを睨み付ける。
『この……』
「ま、待て! 落ちつけ!
話せば分かる!」
『莫迦者〜〜〜ッ!』
「げふっ!」
小柄な体躯からは信じられないような威力のストレートが、ラスティスの顔面に突き刺さった。
♂ ♂ ♂
顔を真っ赤にして憤っていたエルヴィアリオンだったが、ラスティスが謝ることで何とかその機嫌も回復した。
「しかし、全く触らずにいろというのは結構難しいと思うんだが。
戦闘中とか、どうするんだ?」
『むぅ……戦闘中は流石に仕方ないか。
やむを得ん、それくらいは大目に見る。
但し、それ以外で破廉恥な真似は許さないからな』
ラスティスがパイルバンカーに必要以上に触れないように細心の注意を払いながら聞くと、エルヴィアリオンは渋々と頷いた。
実際、戦闘を行っている際に武具に触れるなというのは無理があるのだから、仕方ないだろう。
「手入れとかはしなくて良いのか?」
『良いわけあるか! 毎日磨くのが契約者としての義務だ!』
初耳だった。
しかし、どんな武具であっても普通は手入れを必要とする。意志を持った伝説の武具とはいえ、それは例外ではない。
実際、彼女の言い分ではやはり手入れは必要らしい。
しかし、それに対してラスティスはツッコミを入れた。
「それって、結局触ることになると思うんだが……」
『そ、それは……分かった。手入れは許す』
触らずに手入れをするというのは不可能なので、それも認めざるを得ない。
結局、戦闘中と手入れの際を除いて不用意に触らないという約束となった。
『さて、予想外のことで話が逸れたが、パイルバンカーについて説明するぞ!』
「ああ、そう言えばその話だったな」
『パイルバンカーは、杭を打ち出すことで敵にダメージを与える武具だ』
「打ち出す?
遠距離武器なのか?」
ラスティスはエルヴィアリオンの説明に首を傾げながら、自身の右腕に装着されたパイルバンカーの先端を眺めた。
そこには、彼女の言葉を裏付けるように一本の杭が僅かに突き出ている。
『いや、そうではない。
それどころか、超至近距離専用の武具と言えよう。
密着状態で杭を打ち出すことで、刺突と衝撃によってダメージを与える武器だ』
「なるほど、威力は高そうだな」
『うむ、人が手に持つ武具としてはトップクラスの威力があるのは間違いない
普通のパイルバンカーでもそうだ』
「普通じゃないパイルバンカーもあるのか?」
言葉の中にあった「普通の」という部分に引っ掛かりを感じたラスティスが問い掛けると、エルヴィアリオンはその身の丈に似合わぬ大きな胸を張りながら答えた。
『何を言っている、ここに居るではないか。
普通のパイルバンカーは内部の機構によって杭を打ち出すが、我は違う。
契約者の魔力を使って打ち出される攻撃の威力は、あらゆる武具の中で最強と断言出来る』
「へぇ、最強か。良い響きだな」
『そうだろうそうだろう。
剣を求めて来る者が多いが、こと威力においてはパイルバンカーの方が上なのだ!
どうだ、良い武具を手に入れられただろう!』
どうやら、エルヴィアリオンは先程のラスティスの言葉に対して根に持っているらしく、殊更に剣よりも良いとアピールを仕掛けてきた。
『そう。剣などありふれていて持っていても大して目立たん!
その点、パイルバンカーはぬしだけの武具、さぞかし注目を集めることだろう。
そしてなによりも……』
「なによりも?」
『カッコいいではないか、パイルバンカー!』
エルヴィアリオンは指をビシッと彼に突き付けながら、自信満々の表情で言ってのけた。
ラスティスは、その勢いに圧されてパイルバンカーを眺めて首を傾げながらも、彼女の言い分を認めるのだった。
「うーん、まぁ格好良いと言えなくもない……か?」
彼が想像していた英雄譚の武具とは大分趣を異にするが、確かに重厚な威圧感を持ったその武具は格好良いと言えなくもない。
『まぁ、こればかりは使ってみないと分からんか。
それでは、さっさと下界に降りようぞ』
「ああ……しかし、今度はあの試練の塔を降りなきゃいけないのか」
ここまで辿り着くまでの苦難を思い出したラスティスは、顔を顰めた。しかし、そんな彼の不安もエルヴィアリオンの言葉で払拭される。
『安心しろ、一方通行だが転移門で地上まで瞬時に行けるようになっている』
「あ、そうなのか? それは正直助かる」
『うむ、案内をするから着いてくるのだ!』
ふよふよと浮かびながら移動する少女の後ろを、ラスティスは追い掛けていった。
こうして、英雄を目指す青年とパイルバンカーの旅路が始まった。
(前書きから)……男の娘ではありません。
 




