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乾坤一擲パイルバンカー♂  作者: 北瀬野ゆなき
【第一章】英雄の卵編
19/43

19:乾坤一擲

 襲い掛かってくる無数の魔物達を斬り裂き、蹴り飛ばし、時には足場にして。

 ラスティスはただひたすら前へと突き進んだ。

 その勢いは凄まじく、もしもエルヴィが空を飛べなければ、とても付いていくことは出来なかっただろう。


 そうやって大群を矢のように穿ち、抉り、切り裂いたその先で、ソレは待ち構えていた。


≪ほう?

 まさか此処まで来られる者が居るとはな。

 ゴハハハ! 人間風情にしてはやるではないか≫

「お前がこの群れのボスか」


 それは、黒い体毛で覆われた巨大な狒狒(ヒヒ)の魔物だった。

 凶悪な顔に二本の大きな角が生えている。

 四つ足を地面に突いた状態でも、その高さはラスティスの三倍近い。

 もしも二足で立ち上がれば、おそらく五倍以上になるだろう。

 腕も太く、その剛力を受ければ人間の身体など一撃でひしゃげるであろうことは推測出来る。

 加えてエルヴィの言葉通り知能も高いらしく、低く聞き取り辛いながらも人語を話していた。


≪いかにも。

 儂はゲブリュール。

 山向こうに広がる黒の森の支配者よ≫

『山向こうの森から来たか。

 道理で、こちらの森の生態が荒れたわけだ』

「その森の支配者が、何故街を襲う?」


 ラスティスの問い掛けに、黒い巨猿……ゲブリュールは何を言っているのか分からんと言いたげに首を竦めてみせる。


≪何故? 何故だと?

 貴様は餌を喰うのにわざわざ理由を必要とするのか?≫


 人の表情とは異なる狒狒の顔でありながら、浮かべたそれが嘲笑であることは明らかだった。


「! 人を喰うのか」

≪当然であろう。

 人間は獣を喰らい、魔は人間を喰らう。

 それが自然の摂理よ≫

「たとえ自然の摂理でも、そんなことを許すつもりはない!」

≪強きものが弱きものを喰らう。

 それの何が悪い。

 もしもそれが嫌だと言うのなら、力尽くで止めてみるがいい!≫


 最初から期待はしていなかったが、言葉での交渉が決裂したことを悟り、ラスティスは改めて剣を構えた。


「最初から、そのつもりだ。

 いくぞ、エルヴィ」

『ああ!』


 戦闘態勢に入ったラスティスを見て、ゲブリュールも上体を起こし、二足で立ち上がる。

 四つ足で立って居た時よりも遥かに巨大に見えるその姿は、凄まじい威圧感を以ってラスティス達を襲う。


≪貴様はあの街の餌第一号だ。

 安心しろ、他の者達もすぐに再会出来る……儂の腹の中でなぁ!≫




 ♂  ♂  ♂




 先手を打とうとしたのはラスティスだった。

 まずは様子見とばかりにゲブリュールの足元に飛び込んで左手の剣で斬り付けようとしたその動きは、しかし巨猿の打った一手によって阻まれる。


「グオオオオォォォォーーー!!」


 ゲブリュールは大きく息を吸い込み、咆哮を放ってきた。

 その音と風圧は凄まじく、駆け出そうとしていたラスティスはその場に足を止めて耐えざるを得なくなる。


「くっ!?」

『きゃあああぁぁぁーーー!?』

「エルヴィ!」


 体重の軽いエルヴィは風圧に耐え切れず後ろに吹き飛ばされてしまったが、ラスティスはそれを追うことは出来なかった。

 足を止めてしまった彼に向かって、ゲブリュールが追撃を仕掛けてきたからだ。


 巨木のような太い腕が上から下へと叩き付けられる。

 その大きさ、そして勢いに受け止められないと判断したラスティスは敢えて前に踏み込んでかわすことを選択した。

 そして、巨猿の掌が地面に衝突して穴を開けるのとほぼ同時に、通り抜けるようにしながら今度こそ脚を斬り付ける。


「く、硬い!?」

≪儂の体毛は鉄よりも硬い。

 そんなナマクラでは傷一つ付かんわ!≫


 振り向きざまに放たれた裏拳をバックステップで回避しながら、ラスティスは先程斬り付けたゲブリュールの脚を見る。

 手応えでも察してはいたが、やはりそこには傷は無く、血も流れていない。

 鉄よりも硬いという言葉はハッタリではなく、真実のようだった。


 その後も何度か斬り付けるが、やはりダメージは通らない。


≪諦めの悪いやつだな。

 何度やっても無駄だ。

 大人しく、儂の腹に収まるがいい≫

「冗談!」


 試すように斬り付けながら、ラスティスの思考は対策を練り続けている。

 体毛が硬くて剣で斬り付けても傷付かないのであれば、採り得る手段は二つ。

 一つは、体毛に覆われていない顔面、特に目や口の中などを狙うことだ。

 しかし、これについてはゲブリュールも警戒しているだろうし、狙うのは難易度が高い。


 もう一つは、鉄よりも硬いという体毛の防御力すら超える攻撃を行うこと。

 そんなものはない、と普通なら諦めるところだが、彼にはその心当たりがある。彼の右手に装着されたパイルバンカーだ。

 おそらく、これならゲブリュールの体毛すらも貫いてダメージを与えることが出来るだろう。

 体毛の防御力に絶対の自信を持っている様子の巨猿を見れば、こちらの方が可能性が高そうだ。


 但し、パイルバンカーは連発が出来ない以上、無駄撃ちをするわけにはいかない。

 手や足に撃ち込んだところで、ダメージを負わせられても倒せない恐れがある。

 狙うなら、一撃で倒せる急所……頭か心臓に撃ち込む必要がある。


 問題は、巨猿が立ち上がっていると頭や心臓に撃ち込むのが難しいということだが……。


≪ええい! ちょこまかと鬱陶しい!≫


 ラスティスが考え事をしていると、なかなか彼を捉えられずに苛立ったのかゲブリュールは近くを囲んでいた魔物の一体を鷲掴みにし、ラスティス目掛けて投げ付けてきた。


「なっ!?」


 予想外の攻撃に、思わずラスティスの足が止まる。

 投げられた魔物は僅かに外れて彼のすぐ傍に叩き付けられたが、その衝撃でラスティスはバランスを崩してしまう。


「クッ、拙い!?」

≪死ぬがいい!≫


 倒れ込んだラスティスに向かって、トドメとばかりにゲブリュールが腕を叩き付けてくる。

 体勢の崩れたラスティスは、その攻撃をかわせそうにない。

 襲い掛かる衝撃に備えて思わずギュッと目を瞑ったが、次の瞬間に感じたのは不思議な浮遊感だった。


『大丈夫か、ラスティス』

「エルヴィ!」


 吹き飛ばされていたエルヴィが復帰し、間一髪のところでラスティスを横から抱き上げて掻っ攫うようにして巨猿の攻撃から逃した。


≪おのれ、先程の小娘か≫

『誰が小娘か。

 我は貴様の百倍は生きてるぞ』

≪戯言を≫


 エルヴィの言葉に、ゲブリュールは更に苛立ちを強め身を震わせる。

 彼女はそれを横目で見ながら、抱き上げていたラスティスを地面に下ろすと、小声で告げた。


『ラスティス、いつまで小競り合いを続けるつもりだ。

 一撃当てれば倒せるだろう』

「奴の頭か心臓を狙ってるんだけどな、身体が大きいせいでなかなか難しいんだ」

『ふむ……なら、それを狙う隙を作ってやる。

 しくじるなよ?』

「エルヴィ?」


 怪訝そうに問い掛けるラスティスを背に、エルヴィはゲブリュールに向かって歩き出す。

 それは完全に無防備で、巨猿が攻撃を仕掛けてくればひとたまりもない状態だった。


「な、エルヴィ!?」

≪何のつもりだ?≫


 あまりに無防備なエルヴィの行動に、ゲブリュールも不審そうに声を上げる。

 そんな巨猿の警戒を鼻で嗤いながら、エルヴィは煽り立てた。


『どうした? 攻撃して来んのか?

 まぁ、貴様の攻撃では我を殺すことなど絶対に出来んがな』

≪よかろう!

 自らの愚かさを肉塊になって悔いるがいい!≫


 言葉とともに、ゲブリュールはその剛腕を振り下ろす。

 微塵の抵抗もなく、それは地面へと叩き付けられた。


「エルヴィ!」

≪ゴハハハ、他愛もない……何?≫


 勝ち誇った笑いを浮かべたゲブリュールだが、振り下ろした手に何の感触も無いことに気付いて驚愕する。

 確かに逃さず叩き付けた筈なのに、そこには何の痕跡も無かったのだ。


『今だ、ラスティス』


 代わりに、ラスティスの右上で声が聞こえる。

 パイルバンカーの精神体であるエルヴィは実体を解けば本体に戻る。

 攻撃を受ける直前に本体へと戻り、再び実体を持ったのだ。


 そして、腕を地面に振り下ろした巨猿はその身を屈めた状態となっている。


「ああ、終わらせる」


 エルヴィが作った最大の好機を無にしないため、ラスティスは一気に距離を詰めると飛び掛かった。

 狙うは、巨猿の胸部だ。


≪ぬ? 莫迦め……儂の体毛の前では貴様の剣など通じんのがまだ分からんのか≫

「確かに剣は通じないな。

 だが、こいつは通じる!」


 体毛の防御力への自信からか、ゲブリュールは顔面への攻撃に備え、胸部は無防備だ。

 左手に持った剣による攻撃であれば、確かに通じなかっただろう。

 しかし、ラスティスが突き出したのは右手、そしてそこに装着されたパイルバンカーだ。


「なにせこいつは、世界最強の武具だからな」

≪ゴハハ、どんな武器だろうと儂には──≫


 嘲笑と共に告げられた言葉は、途中で轟音によって掻き消された。


 巨猿の大きな胴体に人の身以上の大穴が空く。

 そこに詰まっていた筈の肉も内臓も消し飛んだが、やがてその周囲から血が噴き出してくる。


≪ば、莫迦な……ゴハッ!≫


 ゲブリュールは驚愕と共にその口から血を吐き、数歩後ろに後ずさると、そのまま仰向けに地面へと倒れ伏した。

 そのまま痙攣するが、やがて動きを止めた。



 群れを統率していたボスが死に、その支配が解けると、街を襲っていた魔物の大群は一斉に混乱し始めた。

 そのまま逃げるものも居れば、同士討ちを始めるものもいる。

 中には人間への攻撃を続行するものも居たが、そんなものはほんの僅かで、すぐさま撃退された。


 やがて生きている魔物は居なくなり、街を襲った魔物の襲撃は終わりを告げた。

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