13:窮地
森に入っていったラスティス達は順調に調査を進めていった。
襲ってくる魔物も居たが散発的で、精々が一度に二〜三匹といった状態だ。
それくらいであればラスティスもパイルバンカーを封印して、左手に持った剣だけで対処が可能な範囲だった。
複数の敵が出没してもフィオニーと分担することが出来たし、エリザの攻撃魔法やエルヴィの補助魔法による援護もあってそれほどの苦戦はせずに済んだ。
尤も、調査が順調過ぎることにフィオニーやエリザは不安を募らせていった。
「……やっぱりおかしい」
「ええ、これは……」
森の中の拓けた場所で何度目かの戦闘を終えて一息吐いたところで、彼女達はそう呟いた。
それを聞き付けたラスティスは、二人に問い掛ける。
「何がおかしいんだ?」
「今倒した魔物も、本来この森に棲息する種類ではありません」
その言葉に、今しがた倒したばかりの巨大な芋虫のような魔物を見ながらラスティスは首を傾げた。
「それのどこがおかしいんだ?
最初からそう言う話で、それを調査しに来たんだろう」
元より、本来この辺りに居ない筈の魔物が出没していることを受けて、それを調査するのが今回の依頼だ。
見慣れない魔物が居るのはむしろ当然であるため、彼には何がおかしいのか分からなかった。
しかし、フィオニーとエリザは顔に悩みを浮かべたままだった。
「そうはそうなんですけど……幾らなんでもそういう魔物の数が多過ぎるんです。
この前此処に来た時には精々数匹程度見慣れない魔物がいるなってくらいだったのに」
「たった数日でここまで増えているのは想定外です。
それに数が多いだけじゃなくて種類も増えています」
二人の言葉を受けて、漸くラスティスも彼女達が悩んでいた理由が分かった。
「成程、異常が加速しているってことか」
「そうなります」
『増えているのは繁殖によるものではないな。
何処か他の場所からこの地に流れて来ているのか』
エルヴィの言う通り、この地で繁殖して数が増えたにしては前回彼女達が訪れてからの期間が短い上に、魔物の種類まで増えるのはおかしい。
考えられる可能性としては、別の土地から大量の魔物が移住してきたというものだ。
否、移住し続けていると言った方が正解か。
『だとするとその理由は……餌か脅威か』
続くエルヴィの推測に、エリザは頷いた。
こうした魔物の棲息領域の変動は、頻繁ではないものの時折起こることではある。
その主な理由としては、元居た場所で餌が不足したことにより移り住んできたか、何らかの脅威から逃げてきたかの二通りが考えられる。
「餌は考え難いかと思います。
それにしては、見慣れぬ魔物に飢えている様子が見られません」
「確かに、そうだな。
そうすると、脅威の方か……。
ギルドに報告して警戒を強めた方がいいな」
「はい、幸いにも証拠は十分集まっているので、依頼はこれで達成出来ます」
魔物を元の場所からこの森へと追い立てた「脅威」が、その場に留まるなら問題ない。
しかし、そうでないとしたらこの森や近くにある街にも被害が出る恐れがある。
速やかに街に戻って防備を強めた方が良いというラスティスの判断に、フィオニー達も頷いた。
『待て』
「エルヴィ、どうした?」
報告のため街に戻ろうとしたラスティス達を鋭い声でエルヴィが呼び止めた。
その表情はいつになく険しいものとなっている。
『囲まれてるぞ』
「え……ッ!?」
その言葉に、三人も周囲に警戒を向ける。
すると、いつの間にか多数の魔物が彼らを取り囲むように周囲に身を潜めていることを感知する。
「チッ。いつの間に……」
思わず舌打ちするラスティス。
取り囲む魔物達は彼らに気付かれたことを感じたのか、既に身を隠すのをやめて姿を見せ始めた。
人型の亜人や先程倒したような巨大な芋虫、角の生えた狼などの様々な種類の魔物が彼らを取り囲む。
その様子に、フィオニーやエリザが驚愕する。
「そんな、どうして?」
「別々の種類の魔物が群れを……?」
魔物は種類によっては群れを作って獲物を襲ったりすることも珍しくはない。
尤も、それはそういった種類の魔物だけであり、同種の魔物の中だけの話だ。他種の魔物と群れを作ることは通常あり得ない。
しかし今、そのあり得ない光景が彼らの目の前に広がっていた。
(これはもしや……)
その光景に、エルヴィは何かを思い当たる。
しかし、今はそれについて思索を深める余裕はなかった。
「疑問は後にしよう。
今は兎に角、この場を切り抜けることを考えるんだ。
フィオニー、反対側を頼む」
「っ! 分かりました!」
前衛であるラスティスとフィオニーはそれぞれ背中合わせに両側の魔物と相対する。
背に後衛であるエリザとエルヴィを庇うような形だ。
「攻撃は俺達が防ぐ。
エリザは密集している場所に向かって範囲の広い魔法を、エルヴィは相手を撹乱するような補助魔法を使ってくれ!」
「はい」
『任せておけ』
続くラスティスの指示に、エリザとエルヴィも身構える。
森の中での死闘が始まろうとしていた。
♂ ♂ ♂
「ハッ!」
フィオニーが裂帛の気合と共に剣を振るった。
その剣閃は角の生えた狼の胴体を一撃で斬り裂き、絶命させる。
中型なら兎も角も大型の魔物となるとそうはいかないが、そういった相手に対しては牽制と防御だけに専念し、相棒であるエリザによる魔法に頼っていた。
「そっちお願い!」
「任せてください」
普段からコンビを組んでいる二人の連携は淀みが無く、効率的に魔物を倒していく。
二人とも、多少の傷は負っているものの、動けなくなるような深手はない。
疲労は溜まっているものの、まだまだ動きに陰りは出て居なかった。
「はぁ……はぁ……」
一方、反対側ではラスティスが荒い息を吐きながら必死に剣を振るっていた。
その身は至る所に傷が出来、血が流れている。
以前、エルヴィアリオンを手に入れる前であればこれくらいの魔物を相手にしても一人で切り抜けられたのだが、生憎と今の彼は慣れない左手で剣を振るい、魔法による身体強化も出来ない状態だ。
『ラスティス、大丈夫か!?』
背後に居るエルヴィが彼の身を案じて叫ぶが、それに言葉を返す余裕もない。
彼女による敵の撹乱と身体補助魔法が無ければ、ラスティスはとっくに動けなくなっていただろう。
「っ!」
剣で相手をするのが難しい大型の魔物が飛び掛かって来るのが視界の端に映り、咄嗟に右手のパイルバンカーを突き出す。
轟音と共に、飛び掛かって来ていた魔物は跡形も無く吹き飛んだ。
しかし、これでまたパイルバンカーは百をカウントする間使えない。
その間に同じような大型の魔物に襲われたら、ひとたまりもないだろう。
パイルバンカーの威力と轟音に警戒した魔物達が及び腰になって攻勢が緩んでいるのが、せめてもの救いだった。
そうやって戦い続け、どれだけの時間が過ぎただろうか。
「──────ッ!」
気力も体力も限界に近付きつつあったその時、襲って来ていた魔物達は、唐突に何かに呼ばれたようにその場から去っていった。
「何?」
突然の終幕に、エルヴィは呆然として周囲を窺うが、先程まであれだけ残っていた筈の魔物の姿は既にない。
辺りには斬り捨てられたり炎で焼かれた無数の魔物の死骸だけが転がっている。
「切り抜けた、か?」
何故魔物達が戦いを途中でやめて去っていったのかは分からないが、一先ずの脅威は去ったようだ。
『ラスティス?』
エルヴィの視界に剣を構えて立ったままのラスティスの背中が映り、彼女は彼に声を掛けた。
まるで石化したようにいつまでも動かない彼に、不審と不安を抱いたからだ。
「………………」
しかし、それに対する返答は無く、ラスティスはそのまま崩れるように地面に倒れ込んだ。
『ラスティス!?』
「ラスティスさん!?」
「しっかりしてください!」




