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乾坤一擲パイルバンカー♂  作者: 北瀬野ゆなき
【第一章】英雄の卵編
10/43

10:衣食住

「剣のことで騒いだせいで後回しになってたけど、お前の靴を買わないとな」


 ラスティスがそう切り出したのは、パイルバンカー少女が後輩の剣への指導を一通り終えた後のことだった。

 指導と言っても、自分の方が偉いということを繰り返し繰り返し述べていただけであるし、相手はただの剣なので独り言の域を出ない。


『靴? 何故だ?』

「何故って……いつまでも裸足で外を歩いているわけにもいかないだろう。

 尖ったものでも踏んで怪我でもしたらどうするんだ」


 既に散々裸足で歩き回ってたことを考えれば今更かも知れないが、そもそもエルヴィがラスティスが買った剣に嫉妬して騒がなければ既に靴を買っていた筈だったのだ。

 偶々宿からは武器屋の方が近かったため、先に剣を買うことにしたのだが、そのせいで靴を買う機会が大分遠退いてしまっていた。


『別に我はこのままでも問題ないぞ。

 人間と違ってその程度で怪我をする程、柔ではない』

「たとえエルヴィが良くても、周りからの視線が気になるんだよ」

『まったく、人間と言うのは時折どうでも良いことを気にするのだな。

 それなら、空を飛んでいれば問題あるまい』

「あるだろ!

 そっちの方が余計目立つって!」


 その後も何だかんだとごねるエルヴィを宥めすかし、彼らは靴を買いに改めて出掛けることにした。

 尤も、エルヴィも本気で靴を履くことを嫌がったわけではなく、ただラスティスに買ってもらうということが何となく照れくさかっただけである。

 その証拠に、いざ買いに行くとなればそれまで渋々といった様子を見せていたのが嘘のようには、ラスティスよりも先行して店へと足を進めるのだった。




 ♂  ♂  ♂




 ドアを開けて店内に入ると、そこには鎧や盾を始めとした防具が所狭しと並んでいた。

 二人がやってきたのは服屋や靴屋ではなく、防具屋だ。

 単純に靴を買うだけであれば前者の何れかの方が手っ取り早く、品揃えも良い。

 しかし、そこを敢えて防具屋に来たのは、単なる靴ではなく戦闘可能なものを選ぶためである。


 履き物が並べられている一角で良いものは無いかと眺める二人。

 戦闘可能な防具とはいえ、別に金属で出来ていたりするわけではない。材質として最も多いのは、硬い皮製のものが多いだろう。

 形状としては、足を保護するためにブーツタイプの物が一般的だ。

 一般的な靴に比べれば見た目の華美さよりも実用性を選んだそれらの靴は大分武骨だが、それでも女性用のものだけあってある程度はデザインも整っている。

 色々と目移りしてしまうが、ずっと眺めているわけにもいかないのでどれをかを選ばなければならない──。


『これしか履けんか……』


 ──という二人の意気込みは数分後には崩れ去った。

 選択の余地が無かったのだ。

 その原因は、エルヴィの足のサイズである。


 幼い少女の外見である彼女の足のサイズは相応に小さい。

 戦闘可能な靴でそんな少女用のサイズのものは稀であり、この店でエルヴィが履けるサイズの靴は一足だけだったのだ。


 それはくるぶしまでを覆う黒い皮のブーツだった。


『ふむ、悪くないな』


 履いた状態で二三度足踏みして感触を確かめたエルヴィはそう呟いた。

 なお、悪くないという言葉とは裏腹に、表情は嬉しそうに口元が上がっている。


「他の装備も何か買っていくか?」


 嬉しそうにブーツを踏みならす彼女に、ラスティスが声を掛けた。

 何しろ、今エルヴィが纏っているのはワンピースだけだ。とても戦闘が出来るような格好には見えない。

 ラスティスについて魔物と戦う場に同行するのであれば、防具も揃えるべきだろう。

 そう告げられた言葉に、エルヴィは首を横に振って答える。


『いや、必要ない。

 そもそも、伝説の武具の精神体である我を傷付けることはまず無理だし、

 仮に傷付いたところで本体が無事であればあっと言う間に再生出来る』

「そうなのか?」

『ああ、だから防具は必要ない。

 靴を買ってくれただけで十分だ』

「まぁ、そういうなら良いけど。

 それじゃ、宿に……いや、折角だから夕食は何処か外で食べてから帰るか?」


 外食しようというラスティスの案に、エルヴィは顔を喜びに輝かせた。


『おお、それは良い案だな。

 是非そうしよう』




 ♂  ♂  ♂




「うん、美味いな」

『はむはむ』


 防具屋を出た二人は適当に街を散策し、目に付いたレストランに入った。

 こじんまりとした店でテーブルも四つしかない店だったが、雰囲気はとても良い。


 そして、料理の味も良かった。

 目の前に運ばれてきた肉の入ったシチューとパンの攻略に掛かったエルヴィは、ラスティスの言葉に頷きながらも返事を返す暇が惜しいとばかりに食べる方へと注力していた。

 そんな銀髪の少女の姿に、ラスティスは思わずプッと噴き出してしまう。

 流石にそれを聞き咎めたのか、ジロッと睨み付けてきたエルヴィの追及を誤魔化すためか、彼は思い出したように別の話題へと話を振った。


「そう言えば、武具なのに食事が出来るんだな」


 笑ったことを誤魔化すためではあったが、密かに気に掛かっていたことでもあった。

 エルヴィはパイルバンカーの精神体であるのに食事をしている。

 果たして、彼女の食べたものは何処に行ってしまうのだろうか。


『出来る出来ないで言えば、見ての通り出来るな。

 別に食べなかったからと言って、支障があるわけではないが』

「食べた物はどうなるんだ?」


 反射的に彼女の顔から下の方に視線を下ろすと、エルヴィは顔を赤くして身を隠す格好を取りながら怒鳴った。


『って、何処を見ているか!

 食べた物なら分解して魔力に変換してるわ。

 契約者からのそれに比べれば微々たるものだがな』

「魔力に?

 どんなものでも食べれば魔力に変換出来るのか?」

『え? うむ……いや、どんなものでも良いというわけではない。

 美味しいものでないとダメだ。うん』

「それ、お前の願望じゃないだろうな……」


 誤魔化すように明後日の方向を向く少女に疑惑の視線を送っていた赤髪の青年は、やがてやれやれと言わんばかりに溜息を吐いた。




 ♂  ♂  ♂




「で、帰ってきたわけだが」

『どうかしたのか? ラスティス』


 宿の部屋の扉の前に立ってなかなか中に入ろうとしない彼の行動に、エルヴィは首を傾げる。


「いや、昨日は疲れててあまり深く考えなかったんだが、やっぱり同室ってのは拙くないか?」


 そう、目の前の部屋はラスティスの泊まっている部屋でもあり、同時にエルヴィの泊まっている部屋でもある。

 二人は同じ部屋に泊まっていたのだ。


『何を言うか。

 我はぬしの武具だぞ? わざわざ離れ離れになってどうする』


 ラスティスの言葉に呆れたように言うエルヴィ。

 確かに、文字通りの武具そのものであれば、彼女の言い分は正しい。

 ラスティスも、一振りの剣のために別の部屋を取ったりするようなおかしな真似はする気は無い。


 しかし、目の前の少女エルヴィはパイルバンカーという武具の精神体でありながら、外見は人そのものだ。

 それも多少幼い部分はあるものの神秘的な美しさを持った少女なのだから、意識するなと言う方が無理である。

 ラスティスとて男性だ。

 悟りを啓いているわけでもないので、異性に対する興味は多分にある。


 実際、昨晩も大分危険な状態だったというのが正直なところだ。

 休眠中はなるべく本体と接していた方が良いと言う本当なのか嘘なのか怪しい理論の下、彼の右腕にしがみ付くようにして眠る少女に、手を出さずに一晩乗り切ったことは奇跡に近い。


『む、さてはそやつと蜜月を過ごすつもりだな!

 ダメだぞ、そんなことは認めん!』


 エルヴィはラスティスが腰に差している剣にビシッと指を突き付けながら、同室でないと認めないと主張する。

 彼女にしてみれば、自分の居場所が後輩──剣──に奪われるのをみすみす見逃すわけにはいかないのだ。

 ……的外れも甚だしいが。


 結局、昨晩と同じように同室で過ごすことになり、ラスティスの寝不足の日々は続くのだった。

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