守護の刃 4
「結果から言ってしまえば“罠”というわけね」
アカネがシオンからの報告を受け、そう結論づける。
「それにしても、不可解な点が多いわね」
そう、今回のミッションはいくつか不可解な点があった。
見張りの死体。クレスト持ちを狙った罠。クレスト状態のリオと対等に渡り合う人間。そして――
「女の死体が消えてたのよね……」
シオンたちの援護に向かった人物からの報告では、女は殺したと聞いていたが、シオンが手負いのリオと外に出た時には何も見ていないとのことだった。
「それにしても……」
アカネはベッドの上で眠る人物に向き直る。
問題は山積み。無視できない案件がいくつもあるがそれよりも――――。
「誰も死ななくて……よかっ……た」
ベッドの上で眠るリオの姿を見て、ボロボロと泣き崩れる。
シオンがリオを背負って帰投したとき、全身包帯のリオは今でも死ぬのではないかと思った。事実傷は複数有り、銃創、割創、切創、擦過傷、刺創に出血と、酷い状態だった。それでも今こうやってベッドの上で静かに寝息をたてられているのは、シオンとナターシャのおかげだ。
本当に自分は大事な時に何もできないなと、自虐と後悔の念に押しつぶされそうになる。
「もう……誰も失いたくない」
リオの傍らでつぶやいたその一言は、やけに耳に響いた。
「てことで、テメェのセフレのリオが復活するまではこのオレ様が指導役だ。わかったなヘタレ」
「ちょっと待ったぁ!!」
とりあえずいきなり過ぎて言葉が出なかったので、全力でツッコミを入れた。
「何? 何? セフレって何!? 何なの!? いやその前に、そんな事実はないから!!」
「だが歓迎会でおっぱい揉んだのは事実だろ? で、どうだった?」
「いやアレはライガが勝手に俺を使っただけだろ!!?」
「この前なんか、背負って戻ってきただろ。豊満なおっぱいを背中に感じながら」
「じゃあどう運んでこいって言うんだよ! クレスト使って安定して運べる結果がそれだっただけだよ!!」
「なんでも、包帯を巻くときねっとりじっくりと撫で回したそうじゃないか。おっぱいとか」
「語弊があるよ! 包帯巻いたことないから念入りってだけだよ!?」
「柔らかかったか?」
「それはもちろんすべすべしててほどよい……って、何言わせてんの!?」
「元気出たか?」
「いや元気ってナニ!?」
「オマエ、戻ってきたときかなり青ざめていたからよ。暫く考え事してたみたいだしよ」
「え……元気ってそっち?」
「むしろどれだ?」
「……」
話の流れであらぬこと考えてしまったが、ライガなりに気にかけていてくれたみたいだ。
「あ、ええと。ちょっと誤解を解くけど、青ざめていたのは、クレスト使った状態といっても本来なら2日は掛かる距離を全力で走った後だったから。あと、考え事はリオとは全く関係ないよ」
「オマエ、結構ドライなんだな」
「ドライ、というか、あの程度でリオは死なないとわかっていたから心配はしていなかっただけかな」
「アカネとは随分と違う考え方だな」
「アカネさんですか?」
ここでいきなりアカネさんの名前が挙がったので少し何が違うのか気になってしまった。
「おうよ。アカネのやつ、リオのあの姿見たあと部屋でずっと泣いていたんだぞ。今頃、リオの部屋はアカネの涙で満たされてんだろうな」
あー、そういえばアカネさんって涙脆いんだっけか。
最初会った時も傷だらけのリオを見た瞬間泣き崩れていたし……
でも、あの泣き方といい、今回の事といい、少しばかり泣きすぎなんじゃないか?
「シオンよ、一応もう一回言うが、リオが復活するまではオレ様が指導役になるからな」
「聞き逃してもいないし、覚えているよ」
うん、出来ればこのままなかったことにしたかったけど、そんな甘くはないか。しかし、ライガが指導役か……さっきの事といい、見た目や性格からしても、人に物事教えれるのか不安だ。
「んな不安そうな顔すんなって」
バンバンと俺の背中を叩いてくる。ああ、筋肉すごくて勢いあって、正直むせるしむさ苦しい。
「リオは主に技術を教えていたみたいだから、オレ様は”最強”を教えてやるぜ」
うん、何を言っているんだろこの筋肉は。
「不安しかないな」
「安心しろ、自分に自信を持てば不安なんかなくなるぜ」
不安の対象が違う。俺自身の不安じゃなくて、ライガへの不安だよ。
「さて、オレ様は寝るが、テメェにひとつ宿題をやろう」
「こんなタイミングでかよ」
「何を目指すか考えとけ」
「目指す……」
「じゃあな」
ライガは俺の抗議を聞かず去ろうとするが、最後に「見舞いにでも行ってやれ」と言ってきた。
ナターシャさんのおかげで容態が安定しているならわざわざ行く必要もないと思うが、まあ、一度くらいは様子を見に行ってもいいか。
リオの部屋のドアを軽くノックする。
しばらくしてドアが開く。中から出てきたのはアカネさんだった。目が赤いのは気のせいじゃないだろうなきっと。
「シオンか。こんな遅くにどうした?」
「あー、ライガに言われて見舞いに、かな」
自分の意志できたわけではないので何となく歯切れが悪い。
「? まあいい、入れ」
言われるがままにリオの部屋に入る。
部屋は基本的に片付いており、ベッドの他に机や本棚、クローゼットと必要最低限の家具が置かれているが、それだけだった。一応他に目につくものといえばくまのぬいぐるみが目に付くくらい。
「シオン、あんまり女の子の部屋をまじまじと見ないほうがいいと思うのだが……?」
「え、ああ、そうですねすみません」
視線をリオに戻す。
ナターシャさんから聞いたとおり、容態はかなり落ち着いているみたいだ。
規則正しい寝息に連動してリオの胸が上下……こんなこと考えてしまうのはライガの所為だ。
回復しているリオを見たら普通なら安心をすると思う。しかし、俺は安心より自責の念が沸々と沸き上がってくる。
俺がもっと早く駆けつけられれば怪我なんてしなかったのでは?
探索の時もっと注意深く探っていればなんとかなったのでは?
見張りの変死体の時点で警戒することができたのでは?
依頼主を警戒していればこんなことにならなかったのでは?
結果として誰も死ななかったのが救いだが、それは結果論なだけだ。
(例え死ななくても、女の子の体に傷なんか残ったら俺は多分一生後悔する……)
「アカネさん、リオが完全に回復するのって、あとどのくらい掛かりますかね?」
「ふむ、ナターシャの報告によると、大体一週間位とは言っていたな」
リオが回復するまでの一週間はライガが俺に指導してくれるってことか。
なら、短いけどその一週間で強くなろう。今度は護れるように……
「誰かを護る力を得ること、それが当面の目標かな」
「なんか言ったか?」
「いいえ何も。あ、夜遅いんで俺もう寝ます」
「そうか、おやすみ」
「はい」
俺は明日に備え、寝ることとした。
ライガが指導となると、リオ以上に何が起こるかわからないから……
暗い空間でローブを纏った青年が薄く笑みを浮かべている。
赤い髪の毛の隙間から、闇より深い碧い瞳が一点を見据えながら。
「異物が入り込んだ歯車に更に異物が混ざったか。さて、未来はどっちを指すかな」
暗い世界。ただただ闇が広がるそこで声だけが通り過ぎていく。
「彼らはいつ気づくかな。クレストの謎と竜の存在を」
誰もいない世界。誰かに聞かせるためでも自分に聞かせるでもない、独り言。
闇はどこまでも広がっていく。
長らく更新がストップしていてすみません。
物語はまだ本筋には突入していないのでしばらくはクエスト的なものが続くと思います。