守護の刃 2
「――以上がこの依頼に対する詳細だ」
団長室の椅子に腰を掛けて喋るのは、我らがエヴェイユの団長ザック――ではなく、
「アカネさん。質問いいですか?」
「ん?なんだシオン」
腰まで伸ばしたポニーテールが特徴的な、堅物という言葉がよく似合う人物――アカネ・ランダ――は、依頼内容が事細かく書かれたボードの前で腕を組みながら言う。
「今回の依頼内容は十分理解できました。だけど、内容の割に人がかなり足りない気がするんですが…」
そう、内容自体はすごく簡単に理解できる。
――拐われた息子を盗賊から取り返してきてほしい。
ここから徒歩で2日3日程掛かるところにクレヴェス山脈があるのだが、その付近に盗賊のアジトがあるらしい。まずここで、アジトの広さや明確な場所は現時点で不明。また、盗賊は全部で何人いるかも不明。情報が不足しすぎている。更に、一週間以内にその拐われた子供は人身売買に賭けられるとの話だ。
その情報はどこからかというと、ここ付近で盗賊のアジトはクレヴェス山脈の付近以外無いこと、子供が拐われる時人身売買の単語が聞こえたことの二点。
本来なら不明確な部分はある程度調査してから作戦を練るものだが、今回は時間制限がある。もたもたしていると子供は売りに出されてしまうだろう。
よって、早急に向かうことになったのだが、不幸なことに、この依頼内容に適している人物が俺と――
「私も流石に人手が足りないと思うわ。ねえアカネ、もうちょっと増員できないの?」
リオが二本の髪を揺らしながら不満そうに講義している。
――俺とリオ。この二人が選ばれたのは、ほかの適任者は各地に散ってそれぞれの依頼を遂行中だからだ。一応何人かは候補がいるのだが、全員を向かわせるとこっちが手薄になる。もし手薄な状況で竜や魔獣の大群が押し寄せてきたら対処ができない。
つまり、何かあっても対処できるクレスト持ちの俺とリオが選ばれたわけだ。
「増員に関しては近々依頼を終えて戻ってくる者がいるから、そいつらを向かわせる。いざとなったらクレストもあるが…これに関しては、出来ることなら使わないでほしい」
――クレストを出来ることなら使わないでほしい。
個々の特徴で様々だが、クレストの発動は時間制限があり、限界を超えると活動の強制停止を食らう。また、竜に対しての特効が付く以外に身体の強化も行うため、一般の人間に向かって発動した状態で攻撃を行うと…
「どんな悪党でも、人間にクレストは使わないわ…」
リオは拳を強く握り震える声を必死に抑えながらゆっくりと吐き出す。
聞いた話によると、一度だけ人間に対してクレストを発動させた人がいたらしい。相手は手練の殺人鬼で、多くの仲間が返り討ちにあったという。そこに耐え切れなかったその人はクレストを発動させて殺人鬼に迫ったという。
結果は圧勝…いや、残酷な結果となった。攻撃が通らない竜に対して紙を切るような威力を持つクレストが人にもたらした結末は…
「――肉片の集まり…」
「っ!!」
俺がぼそっと、聞いた話を思い出して呟いたとたん、隣のリオの息を呑む声が聞こえた。
リオはその場に居合わせていたという。俺がつぶやいたことでその記憶が甦ったのだろう。
あたり一面血液の海が広がり、ぶちまけた内臓が辺りに飛び散り、骨は粉々に粉砕され、摩擦により皮膚は完全に焼け焦げ、かろうじて攻撃対象にならなかった身体の一部ですら原型が何なのか判断つかないほどに巻き込まれたという。
俺がいた地球でDNA鑑定でもしない限り元が誰かわからないほど――あまりの惨状だった故に、人間に対してクレストの発動はよほどのことがない限り、完全禁止された。
「そ、そういえばアカネ、筋肉とユキさんがいるじゃない。いくらかは残さなきゃいけないとしても二人の増員はだめなの?」
「今回は子供の救出が最優先だ。更に盗賊のアジトとなると挟所での戦闘が発生する可能性が極めて高い。確かに二人がいてくれれば心強いかもしれないが、今回の作戦は相性が悪すぎる」
言うに、ライガは戦略的な作戦が苦手だ。筋肉バカらしいといえばそこまでだが、一人で突っ走るのが余計に悪い。
ユキさんはライガとは違って理性のある人だが、今回の作戦の場が挟所なのが問題だ。ユキさんの攻撃方法は魔法――ただし高火力魔法――で、巻き添え、運が悪ければ崩壊しかねないとのこと。
よって今回の作戦に二人は除外された。
「心配するな、今回送る増援は期待していいぞ」
いやいや、アカネさん? 出来れば増援という形ではなくて最初から連れて行きたいんですが? と思うも、流石に残っているメンバーが相性悪いなら仕方ないけど…
あと、何げにそんなドヤ顔されても…
「さて、作戦内容を再度確認するぞ。今回の目的は少年の救出だ。その救出はリオにやってもらう。そして、盗賊を引き付ける役はシオンだ。作戦は5日以内にクリアすること。以上!」
「りょ…了解!」
なんだかんだで押し切られてしまった。アカネさん、もしかして考えるの…というより、説明するの苦手な人? と、俺が少し失礼なことを考えていると、
「シオン、今回の依頼、何か嫌な臭いがする。囮役とは言え、盗賊以外にも気をつけてくれ」
そっと俺に耳打ちしてきた。突然の行動にドキッとしてしまうが、その声量は真剣そのものだった。
――今回の依頼、何か裏がある。俺は気を引き締めるしかなかった。
――クレヴェス山脈ガルジ滝付近――
「話によればこの近くに盗賊のアジトがあるみたいね」
リオは地図を手にし話しかけてくる。
俺たちはあれからすぐに準備して目的地に向かったのだった。予定通りといえば予定通りだけど、2日は掛かった。道中は通過点となる村の宿を使ったため寝る場所には困らなかったが、女の子と一緒に宿に泊まるわけだ。そりゃ変な誤解はされる。だけど、それ以上はなかったのが救いだ。
「リオ、周囲に洞窟かなにかの入口は見えるか?」
「ちょっと待って」
言ってリオは目を閉じ、周囲の気配を探った。
「心眼…」
周囲に聞こえるか聞こえないかの声量でリオは呟いた。
――心眼。リオが呟いたその心眼とは、術系統の一つだ。魔法が外の力を借りて放出するのに対し、術は個々人が内に持っている力を最大限に発揮させる能力だ。
一ヶ月前にリオが使用していた自身の部位強化「レインフォースメント」がそれにあたる。中には相手に作用を効かせる術もあるが、大体は暗示の類だったり特殊な存在故の効果だったりと様々だ。
「…見つけた」
スっと目を細めて向かって右側の滝の奥を凝視する。
「…周囲に人の気配があるわ。多分見張りね」
「数は?」
「1…2…ここから滝までで、視界に映る限りだと多くて3人ね」
「”多くて”か。それよりも少ないかもしれないってことだな?」
「そこまではわからないわ。正直、人なのかどうなのかも判断がつかないわ」
「え…?どういうことだ」
「私に聞かないで」
「ま、仮に人じゃなくて魔獣であっても特に問題はないんだけどな」
これでも、リファールにいた頃は普通に魔獣討伐で生活金を得ていたくらいなんだから。
「シオンはここからまっすぐに見える木の上の見張りを攻撃して。私はあの岩の陰に隠れているやつを攻撃するわ。その後続けて謎の存在を攻撃する。攻撃タイミングは90秒後よ」
リオはさっさと目標に向かっていた。
え? 正面の木の上? ど、どれのことだ? どうやって登るんだ?
初撃から躓きそうだった。というか、俺が理解する前からいなくなるの、やめてもらえません?
「やるしかないか…」
心の中で秒数を刻む。正面には何本かが密集しているが、今の俺なら木から木へ飛び乗るのは簡単だ。問題は、気づかれて知らされる心配と、登るにあたって手頃な高さに枝が見当たらないことだ。
(時間がない)
考えるよりも体が動く。
目標地点真下までやってきて気づく。
木にはロープが上からぶら下がっていた。
よく考えたら相手は盗賊。超人でも何でもない、いたって普通の人間だ。ハシゴとかロープとか使わないと簡単に登れない。
もう一つ。木の上なんて聞いたから頂辺にいるかと思ったが、どちらかというと頂辺に近い中継地点にいる。はっきりとではないがこちらからでも確認できる位置にいる。
(にも関わらず、俺に気づいていない?)
観察を続けていると、寝ているのかサボっているのか、少しぐったりしているようにも見えた。
(と…そろそろ時間だな)
相手の状態がああなら、強襲気味でも問題ないだろう。
俺は助走をつけて走り、盗賊のいる木の隣の木を思いっきり蹴った。
そして勢いを殺さず蹴った足をバネにして隣の木に跳ぶ。そして再び蹴りを入れる。
跳ぶ。蹴る。跳ぶ。蹴る。跳ぶ。蹴る。
綺麗なとは言い難い不格好な三角飛びだが確実に盗賊のいる高さに近づいていく。
しかしここでふと違和感。
これだけ激しく木を揺らしているんだ。対応に遅れたとしても反応くらいは普通するはずだ。なのに盗賊は身ひとつ動かさない。揺れている木に合わせて揺れているだけだ。
そしてその違和感の正体に気付く。
シオンが盗賊と同等の高さまで登った。そこで彼が見たものは――
「なっ!?」
シオンは木の枝に着地する。
盗賊だ。どこからどう見ても普通に盗みを働きかける普通の盗賊だ。
だが、その盗賊は死んでいた。
何故死んでいるのか、答えは明確だった。
盗賊の額――眉間に鉄製の杭が埋め込まれていた。
さらに奇妙なことに、血が流れていなかった。
「っ!!」
急な嘔吐感。血が流れていないとはいえ、目の前で非現実的なことが起こっていたのだ。リリアさんの時とはまた別だ。あまりにもえげつない死に方だ。
俺は耐え切れず、その木から降りた。
木の根元に胃の中のものをぶちまけ、収まるのに数分は費やした。
「はぁ…はぁ……リ、リオはどうなったんだろ?」
ふらつく足取りでリオが向かったであろう岩めがけて歩き出す。
あれから数分は経ったのだ。もしかしたらもうひとつの存在の方に向かったのかもしれない。探すことになりそうと思ったが、案外簡単に見つかった。
「ん?無事…でもなさそうな顔ねシオン」
「あ、ああ、まぁ、色々とだな…」
何が起こったかをリオに話す。
一瞬難しい顔をするも、いつもの顔に戻った。
ちなみにリオの方はというと、盗賊は圧えられ後ろで伸びている。また、もうひとつあった謎の存在はポツリと無くなったそうだ。
「気になることはあるけど、今はこっちに集中するべきね」
後ろの滝を指差していう。
盗賊の死体に完全に意識を奪われていたが、今回の目的は少年の救出だ。そのために俺が盗賊の引きつけ役をやり、その隙にリオが救出をするのだ。
「シオン、辛いと思うけど気持ち切り替えて」
どこかそっけなく淡々と言うが、彼女なりに気を使っているのだろう。どうかは知らんが。
「大丈夫だ。行こう」
俺は歩き出す。
気を引き締めなくちゃな。
――今回の依頼、何か嫌な臭いがする。
――盗賊以外にも気をつけてくれ。
ふと、先日アカネさんが言った言葉が脳裏に響く。
盗賊以外…それは何を指すのだろう。考えるも答えは出ないが、警戒するにこしたことはない。
俺が先頭を歩き、はるか後方からリオが付いてくる。
このままうまくいけばいいけど、と俺は思った。
そして、そんな二人を二つの双眸がじっと見据えている事に、シオンたちは欠片も気付かなかった。
イラスト…ジカイノセマス。
ソウソウ、サイキンヨルガネムタクテ、ナカナカイラストトショウゼツガススマナイノデスヨ。
コウシンペースオソクテ、ホントウニスミマセン。デモ、ドンナニジカンガカカッテモ、チャントカンケツサセルマデカキツヅケマスノデ、コレカラモヨロシクオネガイシマス。