再襲来 2
昔の夢を見た。あれは、そう、私とあの子がちょうど出会った頃の記憶だ。
リファールの片隅にあるバイト先から、私は家に帰る途中だった。中心部と違って、環境はあまり整っていない街だったが、それでも親しみの込める風景だった。日が沈むこの時間帯は、空間の境目がどことなく曖昧な感じがして、不思議な感覚になる。その中であの子を見つけた。なんとなくだが、興味本位で話しかけてみたくなってしまった。
『君見かけない子ね。こんなところでなにしているの?』
『………え、あぁ、うん。ここ何処だろうと思って』
『迷子?』
『…わからない。気がついたらここにいた』
『気がついたら…って、なんだかすごいね。それまでなにしていたかわかる?』
『………』
少年は黙り込んでしまった。あれ? なんかやばい事聞いちゃったかしら?
『多分死んだんだと思う…』
あぁ、今の間はなんて言おうか迷っていただけなんだ。それにしても、え? 多分死んだ? どゆこと?
『えぇと…どう見ても君、生きているよね?』
そう、誰がどう見ても少年の体は、欠損箇所なんて一つもないほど死とは関係なさそうだった。外傷じゃなければ薬物か呪いかの類かとも思ったけど、その質問に対しては違うとの答えだった。
少年言わく、家族もろとも”タイコウシャカラハミデタトラック”と衝突したらしい。そのまま気がついたらここにいたというわけだ。なんかの夢じゃないかと思った。
『お姉さん、ひとつ聞いていいかな?』
『いいよ。なんでも聞いて。あ、スリーサイズとかエッチなことはダメよ?』
『いや…違うから…』
うーん、ちょっと場を明るくしようと思ったけど、あんまり効果無かったみたい?
『ここってどこ?日本…じゃないみたいだけど』
そう言えば最初にここがどこか気になっていたわね。私が思いっきり話逸らしていたけど。それにしても、気になる単語があったわね。
『うーんと、ここはリファールの城下町って言うんだ。ほら、街の中心部に大きなお城みたいなのが建っているでしょ?あそこが都心で、ここら辺はまあ、都心から外れた田舎って思ってもらっていいわ。で、特徴的なのが、このリファールはが3つの壁で囲まれているの。で、外とリファールの間に一つ。これは主に魔物が中に入ってこないための物なのよ。で2枚目が都心とここの間にあるの。これは――』
『あの、街の構造とかまでは聞いていないです』
『え、ああごめんごめん。話それちゃったわね』
『とりあえず、ここがどこなのかは分かりました。少なくとも、日本…いや、俺の住んでたところと世界が違うことが』
『そういえば、君のその言う”ニホン”ってなに?』
『俺の生まれ育ったところですよ』
『ふーん、聞いたことがないわね。つまり君は、この世界の人じゃないことになるのかな?ということは、異世界人ってことになるわね』
『異世界、人』
『ふむ…てことは、住む場所も宛もないものよね』
『???』
『君、しばらく私のところこない?』
『ええ!?』
うーん、そんなあからさまに引かなくても。あ、これは驚いているだけか。
『拒否権なし!それに、この世界のこと何も知らないままでウロウロしたら、魔物か悪いおじさんたちに食べられちゃうから』
こういう子は自分の意思で決めようとしないから、ちょっと強引にしていく必要がある。逆に、私がここで引っ張っていかないと、本当に悪い意味で食べられちゃうしね。
『でも迷惑かけるわけには――』
『その分しっかり手伝ってもらうから心配しない。私はリリア・ファグネスよ。よろしくね!君は?』
『え、ええと、坂上紫音です。よ、よろしく…』
今見たのはシオン君との出会いの記憶ね。本当に懐かしいわ。あの頃のシオン君は頼りない感じだったなぁ。二人目の弟ができたみたいだったわ。私はいたってお姉ちゃんのつもりでいたのに、シオン君ったら「育ててもらっているから」の一点張りで親ということになっていたけど…
それからも色々あったわ。祭りの日に酔っ払いに絡まれてもみくちゃされていたり、2人で街の外に出てみたり、着替えを見られたり、一時的に帰ってきた弟とシオン君が喧嘩したり…最初は他人行儀なシオン君も、日に日に心を開いて行ってくれたことが嬉しかった。
いつからだったかしら…そう、私が病気になってからは家事も代わりにやるようになってくれていたわ。今まで以上に話もするようになった。私が病気になっちゃったのは残念だったけど、今までシオン君の心のどこかで引っかかっていたものが取れたみたいで良かったと思う。ううん、今までが気を使いすぎて距離感があっただけで、本当はよく話す子だったのかも。医師が言うには重い病気だけど、治療を重ねれば治るって言っていたから、病気が治ったらシオン君と思いっきり遊びたいとも思った――
――ん!――アさん!
声が聞こえる。そういえば私、どうしてたんだっけ…? あぁ、確かシオン君を庇ったんだ…それで…
「リリアさん!しっかりしてください!リリアさん!」
何度も呼びかける。イヤだ! 死んでほしくない! 溢れ出る血を抑えながら、大切な人の名を呼び続ける。
もう失いたくない! もう一人になりたくない! もう………!!
「…ぅ」
すると、僅かにリリアさんが反応を示した。
だけど傷口は間違いなく致命傷であり、もう長くはないのは確実だった。だけど、認めたくはなかった。
「リリアさん、今助けます…!ま、まず傷口を!」
リリアさんの傷口を塞ごうと手を当てるも、血はとめどなく流れ続けている。
と、リリアさんが弱々しくも俺の手を両手で包み込んでくる。
「大…丈夫……大丈…夫………」
目は伏せたまま、祈るかのように呟く。もちろん、傷は大丈夫という意味ではない。俺を思ってのことだ。
すると足音が近づいてくる。オーガを倒し終えた少女の足音だ。
「この近くに魔物は多分もういない。だけど、いつまたここに来るか…って、そんな状況じゃないわね」
少女の言葉は耳に入ってこなかった。それだけ目の前のことでいっぱいいっぱいだった。
するとリリアさんはうっすらと目を開けた。
「シオン君…手の甲が擦れて…わね……私の為…に頑張ってくれて…ありがとう……」
「リリアさ…ん」
声が震えてしまう。涙が流れて止まらない。
そしてリリアさんは顔を少し上げ、少女を見上げる。
「君も…ありが…とうね…シオン君を…助けて…くれて……」
「…当然の事をしただけです」
リリアさんは再び俺に視線を戻し、優しい笑みを向けてくる。
「シオン君は…強い男の子よ……私の自慢の…義弟……」
一つ一つ言葉を懸命に繋げていく。
「シオン君……私のお願い…聞いてくれる…かな…?」
「リリア…さんのお願い……聞きます…」
できれば最期のお願いみたいなのは聞きたくない。聞いてしまうと本当に最期になってしまいそうだから。だけど、リリアさんを安心させるためにも断ることができない。
「ふふ…ありがと………シオン君…」
「…はい」
「私がいなくなったら…多分、いっぱい…悲しむと…思う……でも…」
ゴフっと血を吐く。それでも言葉を懸命に繋げる。
「シオン君……君は…独りじゃない……君がここに来た時…みたいに……出逢いは必ず…やってくるから………運命なんかに…負けちゃ…ダメよ……絶対に……生きる希望は……失わないでね……約束よ……?」
「っ……リリアさん」
「…ごめん…今…シオン君喋ってくれた…みたいだけど…上手く…聞き取れなかったなぁ」
「!!!…リリアさん、俺は…ここに…!!!」
叫んでも反応を示してくれない。
「…おかしいな…シオン君の顔が…だんだん見えなく…」
リリアさんの瞳から光が失われていく。
そして――
「楽しい…思い出を…ありが…と…………………………」
リリアさんはそれっきり動くことはなかった。
――リリア・ファグネス。異世界に来てからの俺を本当の家族のように大切にしてくれた人。朗らかで人当たりがよく、ちょっと天然も入っているが、他人に気遣いができる人。
俺の脳裏に、リリアさんとの思い出がフラッシュバックされる。と同時に、日本で過ごしていた記憶もフラッシュバックされた。
一度目は大切な世界との別れ。
二度目は大切な人との別れ。
俺は二度も大切なものを全て失った。
しかし何故か、リリアさんが生きている間は涙が流れていたのに、今じゃ全く流れない。
悲しいことには変わりないが、同時に頭の中がクリアになっている。
真っ白とはまた違う。
絶望とも違う。
かと言って、希望なんて持っているわけがない。
自分の中で何かが吹っ切れたような感覚だ。
そんな中、リリアさんの死を一緒に見届けていた少女が声を掛けてくる。
「その人…リリアだっけ?大切な人との別れは悲しいと思うけど、早くここから去ったほうがいいわ」
少女の言葉を聞いて、改めて今の状況が何なのか思い出す。
「こんなところでグズグズしていたら、死ぬわよ…」
俺は冷たくなったリリアさんの体をそっと地面に置き、ゆっくりと立ち上がる。
だけど、少女は何が気に食わなかったのか、俺の顔を見たとたん、怒りを露にする。
「っ…!!あんた…なんでそんな平気そうな顔してるの…!!」
俺はリリアさんの最期の約束は破らない。絶対に自分の運命に負けない。絶望しない。悲しまない。生き続ける。
大切な人を失うと悲しむなら、自分の中で大切な人を作らなければいい。だから、これ以上人と深く関わるのはやめよう――
「リリアさん、今までありがとうございました。俺はもう、一人で生きていけます。もう、悲しんだりしません。約束は、守ります………だから――」
ひと呼吸置いて、リリアさんに向ける最後の言葉を言う。
「おやすみなさい、リリアさん」
静かに目を瞑り、黙祷を捧げる。
今までの思い出が脳裏をかすめるが、先ほどと同様に、涙は流れなかった。
そして黙祷を捧げ終えると、ツインテールの少々目つきが厳しい少女が目の前にいた。
少女は何故か怒りを顕にしている。
ああ、そうか。彼女の事を気にもせずここに居続けたんだ。迷惑だったよな。
「悪いね、リリアさんの最期を見届けるのに付き合わせてしまって。今ここから避難するよ」
言って俺は、街の中心部を目指すため踵を返し――
パン!
工場区間内に乾いた音が響き渡る。
少女がシオンに平手打ちをしたのだった。
呆気にとられるシオン。怒りを顕にする少女。
「あんた……大切だった人が死んだのに、なんでそんな平気な態度でいられるの!!!!」
怒声が響く。少女の怒りはこの程度では収まらない。
反面、シオンは冷静――冷め切った表情だ。
「………」
「ここまでされて反応が無いなんて…あんた、人のこと何だと――」
少女が言いかける前に、頭上に大きな影が現れる。
「リオ!その場から急いで離れろ!!」
太い声が少女――リオに叫ぶ。咄嗟に少女は俺を押し倒すような形でその場を離れる。
と、同時に赤い鱗の塊が、さっきまで俺がいた場所に自由落下の速度を上乗せした勢いで落ちてきた――いや、突進してきた。
だが俺は見てしまった。さっきまで俺が居た場所――つまり、リリアさんの亡骸もそこにあるわけで…
赤い鱗の塊――竜がリリアさんの亡骸に口を近づける。
その時、俺はどうしたか。勝手に体が動いてしまい、今まさにリリアさんの亡骸を捕食しようとしている竜の間に割って入ってしまった。
――あ
俺は何をやっているんだ?リリアさんはもう死んでいるんだ。守る必要なんてないのに。
どうやら、頭の中で割り切っていても、心の奥底では割り切れてはいなかったみたいだ。
(俺、何やっているんだろうな…)
竜の口が目の前に迫る。
静かに覚悟を決める。
――もう終わったな
「はああああああああああ!!!!!!」
ガキィ
少女が神速の如く間に割って入り、長剣で竜の牙を弾く。
「ぐっ…!あんた!早くここから――」
長剣で受け止めていた牙が、力押しで少女の左腕を挟む。
「っ…!あああああああああああああああ!!!!!!!!」
勢いを殺されて咥える形になっているが、引きちぎられるのは時間の問題だ。
俺はリリアさんの胸に刺さっていた鉄パイプに掴みかかろうとしたが、
「余計なことはしないで早くここから離脱して!!!」
苦痛に顔を歪めながら言う少女の腕からは、血が流れている。
「わたしの力、見くびらないで!!」
と、少女は自由な右手を、咥えられている左腕に添えて、
「レインフォースメント!!」
少女の左腕が不可視のオーラで包まれている。
と、同時に、
「このぉ!」
バキ
左腕を無理矢理引き抜いた。引き抜いたと同時に、長剣では傷をつけられなかった竜の牙の先端を少し砕いた。
だけど、少女の左腕は出血が酷く、腕をだらけさせている。
「くっ…思った以上にダメージが…!」
竜は少女の回復を待たず、再び獲物を捉えようとした。
少女は咄嗟に横に飛び、それを回避する。
少女の居た場所を竜の顎が通過し、地面を抉る。
(あの威力なのにあいつの腕、よく繋がっていたな…)
リリアさんの影響を受けてか、場にそぐわない感想を抱いてしまう。
俺が無駄な事を考えているとき、別の方から威勢のいい雄叫びが響く。
「オラオラオラァ!!!とっととくたばりやがれ!!!」
ズドン
筋肉質の男が、竜の首を叩き割るかのような一撃を放つ。
だがそれでも竜の首は落ちず、ただ地面に顔を食い込ませるだけに終わった。
「ちっ!どんだけ硬ぇんだよ!」
大剣を振りかざした男は一旦バックステップを踏み、その場から離れる。
「筋肉!こいつ、並みの攻撃じゃ効かないみたい!」
「だな。ったく、ユキの魔法も通らなかったくらいだからこのままじゃジリ貧だ」
「え!?ユキさんの魔法も通らなかったの!?」
「ああ、やっぱり竜なんてのは普通の魔物らと違って、ハンパねぇぜ!」
「筋肉!来る!」
少女の声と同時に、竜が突進してきた。
筋肉と言われていた男は、その場をサイドステップで普通の人間では跳躍できない距離を移動した。
少女も、筋肉さんとは逆方向に跳ぼうとした。が、踏み込んだ瞬間左腕に衝撃が走ったのか、その場で片膝をついてしまう。
当然、竜は勢いを増すばかりで止まってはくれない。
「くっ!レインフォースメント!」
少女は先ほどの言葉で、左腕と体に手を当てる。
少女の体が不可視のオーラで包まれると同時に、竜の頭突きを食らい、飛ばされる。
「が…はぁっ!」
俺の眼前まで飛ばされ、少女は激痛に呻く。
突進の勢いを殺さず、竜は更に少女――と、俺に向かってくる。
「早くそこから避けろ!」
筋肉さんの声が届く。だが、俺は避けれても少女はどうなる?間違いなく死ぬ。
じゃあ運んで避けるか?二人揃って死ぬ。
…ふざけんな! これが運命だって? リリアさんとの約束が守れないじゃないか! 俺は死なない! 絶対に死なない! 俺みたいな人生を誰かが送るなんてこともさせない! 俺は生きて、この理不尽な運命を覆してやる!
――その想い、確かに聞き届けた
瞬間、俺は紅い焔に覆われた。
熱い。体の内側から灼けるように熱い。だけど、嫌な感じじゃない。むしろ、不思議となんでもやれる気がしてきた。
そして、一つの単語が頭に思い浮かびあがる。
「クレスト」
全身を覆っていた紅い焔は、俺の体に吸い付くように消えた。
竜が目の前までやってきており、勢いに乗った前足の爪で切り裂こうとしていた。
ドオン!
だが俺はその前足を裏拳で弾いた。
勢いがあった竜の攻撃を弾く程の威力。
攻撃しか頭になかった竜は体勢を崩した。
「サモンズブレイド」
右腕に焔がまとわり、そのまま握った右手の中で何かの形を象った。
まとわりついていた焔が弾け飛び、姿を現したのは、
「日本刀…」
刃渡り90センチはあろう刀だが、形状は時代劇とかに出てくる刀ではなく、よくゲームなんかで見たことのある、ファンタジー世界の刀に似ていた。
「…っ!!あ、あんたそれ…!」
少女はシオンを見て驚く。それは、少女達が知っている能力の一つだったからだ。だが、その能力は何事もなく使えるようになるのは、普通不可能とされている。
「これなら…行ける!」
俺は刀を構えた。
アップ遅くなりました。すみません!
前半がリリアさんにスポットを当てて、後半はシオン君にスポットを当てている感じになっています。
大切な人との永遠の別れ。シオン君は果たしてどうなるのやら。
次回もお楽しみに!
誤字脱字の報告、感想などいつでも待っています!!