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覚醒の竜殺し  作者: えーりゅー
第一章 三度目の人生
10/22

決意

 いつかの夢。いつかの記憶。随分と懐かしく感じることもあれば、昨日のことのように思えることもある。

 はて、この記憶はいつの頃のだっけ?

 見渡す限りの人だかり。いつも以上に活気あふれる街並み。隣に並んで歩く少し年上のお姉さん。


 「――――――――」


 こちらに何かを語りかけてくるが、なんて言っているのか聞き取れない。こうも人のガヤつきが大きくなるとなかなか聞き取れないものだ、困ったことに。

 でもおかしい。街中がこうも騒がしいのに、背景が真っ暗なせいで”何”で盛り上がっているのかわからない。異変に気づいたのはその時だった。

 すれ違い歩く人の顔が黒く塗りつぶされている。いや、顔そのものが深い闇で覆われているのだ。

 怖くなった。俺の記憶であって記憶にある出来事じゃない。

 俺が一歩下がったとき、それまでの活気が嘘のように消え、居心地の悪い静寂が訪れる。

 ひとつの顔がこちらを見る。続けてもう一つもう二つと、次々とこちらに顔の無い顔を向けてくる。ただひたすら俺の次の行動を探るかのようにジッと。

 やがて一人が俺を指差した。


 「イブツダ」


 変声期でも使ったかのような耳に悪い声。


 「イブツダ……イブツダイブツダ……」


 一人の声の後にまた違う方から同じ言葉を投げかけられる。


 「イブツダ……イブツダイブツダ……イブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダイブツダ」


 皆が俺を指差し、壊れたテープレコーダーかのように同じ言葉を繰り返す。

 耳が痛くなる。心が磨り減っていく。俺は異物なのか? この世界にいちゃだめなのか? 俺だって好きでこの異世界にきたわけじゃない。

 帰りたい……日本に帰りたい……


 「異物はあなたたちでしょ! とっととここから消え去りなさい!!」


 短い銀髪を揺らしながら、隣を歩いていてくれた少し年上のお姉さんが、顔の無い”奴ら”にそう叫ぶ。

 すると”奴ら”は忽然と姿を消した。


 「リリアさん……」


 俺がこの異世界に来たとき、快く俺を迎え入れてくれた、母とも言えるべき存在。エヴェイユに入る前はこの人に依存していたくらいだ。


 「こーらシオン君、また気持ち的に負けているでしょ。そんなんじゃいざという時動けないわよ」


 コツンとデコピンで弾かれる。


 「いてっ! はは、リリアさんのデコピン懐かしいな」


 「えー、シオン君ってデコピンくらって喜ぶとか、マゾなわけ」


 「違いますよ。夢であっても懐かしくてちょっと……嬉しいんです」


 ……そう、リリアさんはもう死んでいるのだ。だからこうやって夢の中でのやりとりであっても、リリアさんと触れ合えるのが嬉しいのだ。


 「ま、まあ、シオン君がそういうのなら追加してあげてもいいけど」


 「あ、いや、デコピンはもういいんで」


 お互い声を出して笑う。


 「ふふ、さて、シオン君が落ち着いたところで本題に入ろっか?」


 「本題?」


 「そうよ。シオン君に大事なお知らせがあるんだから」


 そう言ってさっきまで表情の柔らかかった彼女は、真剣そのものの表情になった。

 この時のリリアさんの表情は滅多に見たことはないが、この時は決まってとても重大な事だ。


 「さっきの”奴ら”だけど、多分近いうちにぶつかる敵だと思うの」


 「”竜”じゃなくて?」


 「”竜”もそうだけど、”竜”を相手するということは”奴ら”との戦いは避けられないわ」


 「それは一体どういう……?」


 「私にもわからないわ。でも、何故か絶対そうだと言い切れるの」


 わからないけどわかる、か。矛盾しているけど、本人がわからない以上これ以上聞いても意味がない。心に留めておくことにしよう。


 「それと、シオン君がこことは違う空間であった男には気をつけて」


 こことは違う空間であった男……あの赤毛のことか。でも何でリリアさんがそのことを知っているんだろう?


 「何で知っているか疑問そうな顔しているわね。」


 考えが伝わっちゃうか。

 嬉しいような複雑のような……


 「簡単に言うと、死んだ私の魂をここに運んだのはその男なのよ。”暫くの間少年の助けになってやってくれ”って。だからこうやってシオン君とお話が出来るわけ」


 なるほど。だからこうしてリリアさんとここで話せるわけか……死後の世界じゃないよね?


 「あ、そうそう。気をつけてって言うのは、全面的に信用はしない方がいいって事。自慢じゃないけど、私人を見る目は確かなのは知っているでしょ? でもあの男は白か黒かとても判断できなかったの。だから全部信用するなとは言わないけど、警戒はしておいて」


 なるほど、リリアさんでも判断できないなら警戒はしておいたほうがいいか。一応助けてはもらった身だけど、ただの気まぐれの可能性もある。運命に抗う姿を見たいと言っていたし、もうひとつの理由がまだ分かっていない。

 考え事をしていると突然視界に霧が掛かってきた。

 いや、霧ではなく空間が白くなっているの方が正しいか。


 「時間のようね」


 「また、会えますか?」


 リリアさんは考え事をするフリをして顎に手を当てる。


 「んー、シオン君が私の言うことを聞いてくれるなら、また会いに来るけどー?」


 このパターン、イエス以外の選択肢が無いのが辛い。


 「ええと、言うことって?」


 「それはもちろん、女の子の体をねっとりじっくり深く触ったんだから、責任ちゃんと取るのよ?」


 は? 今なんて……


 「それじゃ、また会いましょう」


 「ちょっ! リリアさん、それ誤解――」


 最後まで言い終える前に視界は完全にホワイトアウトした。




 外は雨だった。窓に打ち付けられる雨の音が何となく心地よくも感じられた。こんな時に思うのもなんだが、リオがオフで本当よかった。あいつ朝弱いし機嫌悪いし、油断してるとあいつの事でからかいのネタ増えるし(主にライガに)

 

 (しばらくこのまま雨の音でも楽しんでるか)


 しかしこの静かな時間は5秒たりとも続かなかった。

 ドゴン!


 「シオン!! 起きてるならさっさと起きやがれ!」


 「ぬな!?」


 部屋の扉がシオンの前を通り過ぎ、窓ガラスをぶち破って外へ吹っ飛んでいった。

 俺の位置がもう少し前だったら完全に首吹っ飛んでいたよ!


 「む? あの攻撃を避けるとは流石リオ仕込みの回避テクニックだなぁ!!」


 「え、は? はあ!?」


 狙っていやがった……この筋肉、俺を狙っていやがっただと!?


 「ガハハ! 雨で憂鬱な気分になっていても敵は待ってはくれんぞ!!」


 筋肉――――ライガは助走を付け、天井に当たらないギリギリの高さまで跳躍し、落下の勢いをつかって俺めがけて拳を振り下ろしてきた。


 「うわあああ!!」


 俺は避けた。ベッドは真っ二つ。床に穴。入口に――――


 「よくぞこのオレ様の攻撃を二度も避けたな! 褒めて――――」


 「ブリッツシューター!!」


 稲妻が走った。筋肉に直撃した。外へ吹っ飛んだ。ここ2階だよな……


 「まったく、朝から騒ぎを起こしおって……」


 稲妻を帯びた槍を握りながら副団長――――アカネさんはため息を吐きながら言った。

 

 「怪我はないか? シオン」


 「俺はないですけど、部屋が大怪我……重傷かもしれません」


 「はは、そのくらいの冗談が言えるなら問題なさそうだな。とはいえ、これじゃ部屋としての機能は果たせないな」


 やや考えたあとアカネさんは何か閃いたかのように手を叩く。


 「ライガと同室――――」


 「却下で!」


 即答した。あの筋肉としばらく同室とか考えただけでも頭がどうかしそうだ。

 おい誰だ、今受けと攻めを考えた奴、と、ここが日本の学校なら言っていたかもな……ホームシックなのかなぁ……


 「いや冗談だぞ」


 その冗談は笑えないですよ……


 「いやまあ、空いてる部屋でライガの部屋から遠くかつ、掃除がしっかりと行き届いている部屋が一箇所あるぞ」


 「本当ですか!」


 と、案内されたのはいいが――――


 「確かに、ライガからは遠いです」


 「だろ?」


 「部屋はもしかしたら前より綺麗かもしれないです」


 「だろ?」


 「でもまさか」


 「まさか?」


 「あら? どうしたのですか? アカネちゃんにシオン君」


 隣の部屋から出てきたのは、エヴェイユメンバーの一人であり、数少ないクレスト継承者のナターシャさん。

 だが、彼女が出てきた部屋は彼女の部屋ではない。


 「ナターシャ、様子はどう?」


 「あ、そうですそうです。多分もう少しで目が覚めると思うのでアカネちゃんを呼びに行こうとしていましたわ。シオン君も一緒にどうぞ」


 「え、あー、俺は――――」


 「行くぞシオン。相棒のお目覚めだ」


 そういい、アカネはシオンの手を無理矢理引っ張り、先ほどナターシャが出てきた部屋の中に引きずり込んだ。

 この部屋は昨日も入ったばかりで、特別感じるものはないのだが、何故か胸騒ぎがする。


 「んぅ……」


 眠っていた少女――リオがゆっくりと目を覚ます。


 「リオ!」


 アカネはリオの手を咄嗟に握った。涙腺が緩いのか、涙を流しそうになりながら。

 対するリオは、目の前にいるアカネではなく、その後ろにいるシオンに目を向け、視線が合ってしまう。


 「~~~~」


 何故かそのまま布団に潜り込んでしまった。

 シオンだけではなく、他の女性陣も理解ができなかった。


 「お、おいリオ、どうした?」


 「……胸」


 聞き取れるか取れないかの声量で答えた。


 「だ、大丈夫かリオ! 胸が痛いのか? 苦しいのか?」


 心配するアカネ。もしかしてと思いシオンに向き直るナターシャ。頭が痛くなってきたシオン。


 「シオンに……胸……見られた」


 泣きながらとんでもないことを暴露するリオ。

 言っとくが、語弊だ。出血が酷かったリオに包帯を巻くのは必要な処置だったのだ。


 「シオン君……あ、いえ、わかってますから」


 そんな目で見ないでくださいナターシャさん。


 「シオン……お前……」


 アカネさん、顔真っ赤で震えないでください。何もしてません。


 「ま、待って。た、確かに見られたかもしれないけど、そ、その……こうして生きていられるのはシオンのおかげというか、何というか……助かったわ。ありがとう」


 「お、おう」


 ナターシャさん、そんなに微笑まないでください。

 アカネさん、なんかやったんだろみたいな顔しないでください。何もしてません。

 

 「リオ、まだ本調子までは時間かかると思うが、しっかりと休んでくれ。そ、それとだな……」


 アカネは顔を真っ赤にしながらシオンとリオを交互に見やる。


 「え、えっちな事をされて嫌なら、し、しっかりと断るんだぞ」


 そう言いながら部屋を後にするアカネ。


 「というわけで、後は二人でごゆっくり~」


 空気を読んだのか読んでいないのか、ナターシャも部屋を出る。

 シオンとリオ。二人きりになってしまった。

 流石に気まずいと思い、シオンも去ろうとする。


 「待ってシオン」


 リオに呼び止められシオンは立ち止まる。


 「こっち……来てくれない、かな」


 シオンとしては早々とこの空間から抜け出したかったのだが、何故か夢で会ったリリアさんの言葉が頭を過りそうしなきゃいけない気がしてきた。

 リオの横たわるベッドのすぐ隣ある椅子に腰を下ろすシオン。

 リオは手を伸ばしシオンの手を握ってくる。


 「!?」


 シオンはリオの行動に理解できず驚くが、リオはそれに気づく様子はない。


 「暖かい……私、生きているんだね」


 「ああ……」


 「私、あの時死ぬんじゃないかと思って、すごく怖かった。でも、シオンは私の前に現れて助けてくれた。すごく嬉しかった……」


 「……」


 「でも、同時にすごく悔しかった」


 「リオ?」


 「私に出来なかったことを私に見せつけられて、正直複雑だった。私ね、妹がいたの」


 リオから妹の存在を初めて聞かされた。


 「もう、5年くらい前かな。私の故郷って竜に滅ぼされたの。両親は私たちを庇って食べられたの。残った私と妹は竜から逃げるために走ったわ」


 妹の存在だけに留まらず、過去を打ち明けてきたリオの声は震えていた。

 無意識に握られている手を強く握り返した。


 「走って走って、もうどこまで走ったか覚えていないわ。でもね、そんな必死な私たちをあざ笑うかのように目の前に竜は降り立ったの」


 トラウマを抉るかのように、リオの震えは更に大きく、瞳に涙が溢れていた。


 「リオ! もういい、無理に話すな!」


 しかしリオはフルフルと首を横に振った。

 何がリオをここまで動かしているのだろう。所詮シオンはリオにとって赤の他人だ。そんな他人に、わざわざ自分の心が抉られてなお話し続ける事に、シオンは驚きを隠せない。

 また、リオのことも心配だが、シオン自身も聞きたくはなかった。

 過去を知るということは相手の領域に足を踏み入れることだ。他人を知りたくないシオンはどうしても聞きたくはなかった。

 しかし何故だろう? シオン本人は聞きたくないのなら聞き流せばいい。だがそれができない。どうしても耳を傾けてしまう。


 「逃げようとしたのに私は転んでしまったわ。そうしたら妹はどうしたと思う? 普通の子ならそのまま逃げるか、転んだ私を起こそうとすると思うのだけ……れど、妹は違った」


 呼吸に乱れが現れてきた。


 「あの子……は、私を置いて逃げれば良かったのに……竜から私を守ろうと……手を広げて庇おうとしたわ……」


 気力だけで話している状態だった。


 「そして、竜に立ち向かったの。なんて言ったと思う? 『お姉ちゃんはわたしがまもる』って言ったのよ……そして竜に向かって走り出したわ」


 嗚咽を漏らしながら語るその姿は見るにたえなかった。


 「その時……竜は翼で突風を巻き起こして妹は……ぅぁ……瓦礫の……ぁぁぁ……」


 このあとはエヴェイユの団長であるザックに助けられ、今に至るという。


 「私にはっ……!」


 涙を流しながら叫ぶその声は悲痛だ。


 「私には、守る事ができなかった! 妹を……あなたの大切な家族さえ!!」


 「!!」


 リオはごめんなさい、ごめんなさいと泣きじゃくる。

 家族、リリアさんの事を指しているのだろう。あれは完全に俺の実力不足だったが、リオも気にしていたみたいだ……もう少し早く到着できたら、と。家族を失うことに大きな傷を負っていたのだろう。それが他人のだとしても。

 暫くの間リオは泣いていた。シオンはその手を離さずただただそこにいた。


 「……ごめん。いきなり泣いちゃって……」


 少し恥ずかしいのか、シオンから目をそらして喋るリオ。

 その仕草が何となく可愛いと思ってしまった自分が情けないと思うシオン。


 「少し、泣き疲れちゃったからもう一回寝るね」


 そんな弱々し笑顔を向けないでほしい。いつものリオらしくない。

 だけど、色々言いたかった事は胸の内に止め、ただ一言「おやすみ」とだけ伝え、部屋を出る。

 すすり泣く声が聞こえたが、聞こえないふりをする。

 少し廊下を歩いた先にずぶ濡れのライガがいた。


 「よお」


 「……雨に濡れて頭でも冷やしたのか?」


 「さあな。ところで、テメェはどうなんだ?」


 「どう、とは?」


 「リオの過去を知っているのは少数。団長、アカネ、オレ、ユキ、そしてテメェだけだ。だが、オレら四人は当時現場に居合わせたメンバーだから必然的に知った。だがテメェの場合はリオが直接話した。これがどういう事かわかるか?」


 「別に、知りたいとも思わない」


 低く、声を落として答える。今の俺、最低だなと理解はしている。


 「リオはな、努力してんだよ。人目のつかないところで、夜一人で。妹を救えなかった、今度は繰り返さないって。だが、テメェの家族が死んだあとこっちに戻ってきて皆が寝たあと、また救えなかったって、一人で泣いていたんだよ!」


 「それがなんだって言うんだよ……リリアさんが死んだのはリオじゃなく俺のせいだろ! リオには関係ないだろ!」


 ついつい声を荒らげてしまう。


 「あいつはそういうやつなんだよ! テメェみたいに人を避けているような奴とは違って、真っ直ぐ向き合って、全て自分ごとに考えるんだよ!!」


 「何が言いたいんだよ……」


 人を避けている事に気づかれているとは、流石に思っていなかったわけではなかったが、少し驚く。


 「たった数日だけで、リオにできなかった事をテメェがやってのける。しかも、自分にだ。いつも救えなかった自分が救ってもらったことに罪悪を感じてしまったんだよあいつは。その重圧に耐えかねてテメェに過去を話したんだ」


 「そんなの、自分の勝手じゃないか……」


 やめろ。


 「俺を巻き込むなよ。俺が何で」


 やめろ。


 「人を避けているか」


 言うな、やめろ。


 「わからないくせに!!」


 バキィ

 ライガの拳がシオンの顔面を捉え吹き飛ばす。


 「確かに、テメェの事情は知らねえ。だがな、テメェは男として最低なクズ野郎だ」


 「……」


 「巻き込むな? 人を避ける? 逃げてんじゃねえよ。それで守るとか言ってんじゃねえ!!」


 痛いところをつかれたのか、シオンの瞳に鋭さが増す。

 同じく、ライガもシオンを睨みつける。


 「お、おい! また何暴れ――」


 騒ぎに駆けつけたアカネ二人の様子に驚く。


 「表でろガキ。その腐った根性ぶっ潰してやる」


 「おいライガ、もう少し穏便に――」


 「アカネさん、黙っていてください」


 「なっ!?」


 止めに入ろうとするアカネを制して、シオンはライガと共に表に出る。

 ザアァァァァァァ――

 雨足がさっきより強くなっている。

 雨が邪魔して視界で相手を捉えるのが精一杯だ。


 「さっきの話の続きだ。シオン、リオがあの話をするときどうだったか覚えているか?」


 「ああ、声も体も震えながら、苦しそうに話していたな」


 「どう思った?」


 「赤の他人であるこの俺に何でここまで話すのか理解できなかったよ」


 違う、そうじゃないだろ。


 「そりゃそうだろうな。逃げ腰のテメェにゃ理解しようとする脳みそ持っていねえんだからよ。そんなんじゃテメェに誰かを守る資格なんてねえ! 一生逃げ回ってろ!!」


 「!! 知ったような事を!」


 運命に抗い続けるって決めた俺が逃げ回る? ふざけるな!

 頭に血が上って冷静に判断できなくなり、ライガに殴りかかる。が、先ほどと同じところに拳をまともに食らう。

 口を切ったのか、血の味がする。

 立ち上がり立ち向かう。飛ばされる。

 また立ち上がり立ち向かうが、また飛ばされる。

 起き上がっては倒され、起き上がっては倒され、もう何度目になるか。


 「テメェ、一生倒れていれば楽なものを」


 「俺は……逃げない……運命に抗うって……リ……リアさんと、約束……したん、だ……」


 もう一度起き上がって立ち向かうが、今度は胸ぐらを掴まれてしまう。そのまま腹部にまともな一撃を受ける。


 「が……はぁっ!」


 呼吸ができない。頭がクラクラしてきた。だけどここで眠ったら逃げることを認めてしまいそうで、それだけは避けたかった。


 「一つ聞く。テメェ、人を知ることの何が怖い」


 「……答えて……なんになるん……だよ」


 「いいから答えろ」


 「……」


 暫く無言を貫いたが、答えるまで状況が変わりそうもなかった。


 「怖いんだよ……」


 「……」


 「親しくなれば親しくなるほど、失ったときが怖いんだよ」


 そう、俺は一度死んでるはずなのだ。だがこの異世界に転移した時は生きていた。日本という慣れ親しんだ土地を一瞬で離れ失い、親しい家族友人と離れ失った。

 そしてこの世界で親しくしていたリリアさんも失った。

 もうこれ以上悲しい思いをするのは嫌だ。だから最初っから何も手にしなければ悲しむこともない。


 「それが理由か?」


 「ああ、そうだ」


 バキィ!

 殴なれ地面に倒れる。


 「くだらねぇ理由だぜ」


 「な!? ふざけ――」


 最後まで言い終える前にライガに手で制された。


 「オマエの理由そのものがまず破綻している事に気がつかねぇのか?」


 「どういうことだよ」


 「親しい、とまではいかなくても、オマエは既にオレらと関わっている。この時点でそもそもの理由が破綻しているってわけだ。さらに言うとな、オマエに少しでも人間の良心ってものがあるなら、エヴェイユの誰かが死んだら例えあまり親しくなくても、悲しんだりするはずだ」


 「……」


 「オマエは、もう失うのは嫌だと言ったが、それは守れる力がなかったからだろ。だが今のオマエは人を守る力がある。人を避けていたらその力はただの無力な力と変わらん。誰かを守りたい、そう思えない思わない力は、意味なんてない」


 ライガは語り続ける。


 「自分の力に自信を持て。誰かを失って悲しむのが嫌なら、他人としっかり向き合え。強くなりたければ人を知れ。現にお前は、ここで付き合いの長いリオを守ったんだからな」


 「!!」


 リオを守った。そう言えば、いつも何かを失っていた時は力がなかったが、今は他人を守る力がある。


 「リオがシオン、オマエに過去を話したのは罪悪の重圧耐えかねたのもあるが、他にも理由がある。聞くか?」


 ここでうなずけばもう後戻りは出来なくなると思う。

 だけど、迷わない。覚悟はさっきの時点でできている。

 俺は逃げない。現実からも他人からも。そして、自分からも。

 おれは頷く。


 「さっきも言ったが、リオが直接過去を語ったのはオマエが初めてだ。それはな、あいつがオマエをパートナーとして認めて心を誰よりも開いているからだ」


 「あいつが俺を……」


 「他にも理由はあるが、他についてはオマエが直接確認しろ。」


 気が付くと雨足はだんだんと弱まり、雲間から光が差してきた。


 「そして、オレがオマエにミッションを与える」


 「ミッション?」


 倒れていた俺をライガが無理矢理起こさせる。


 「リオを救ってやれ。オレが見たところ、それができるのはオマエしかいない」


 買いかぶりな気がする。流石にそこまでは今できる気がしない……

 いや、ライガはそれには気づいているはずだ。恐らく、リオを救える段階まで自分で上り詰め、そのままリオを救えってことだろうな。

 まあ、やるだけのことは――――


 「あれ……」


 ああ、気力で意識を保っていたような状態だったから、気を抜いた途端意識が遠のいていくのか。

 シオンはそのまま気を失った。




 「さて、目覚めの刻は近づいてきたみたいですね。くくく……我ら一族が受けた屈辱、身を持って味わっていただこうじゃないか」


 大きな水槽の中で巨大な生物が大きく脈を打っている。

 男は、近くにあったビンを手にし、一気に飲み干す。


 「くはー! やっぱりシンプルな真水が美味しいですね」


 多くの生物の死体が転がっている中で、男は作業の続きに取り掛かる。


シオン君は一歩前進したんじゃないでしょうか? ライガもただの腐れ外道かと思いましたがそうではなかった(普段のあの行動の理由は出てないですが)


一歩前進したシオン君が今後どのような人付き合いをしていくか、ちょっと楽しみですね。


それではまた次回でノシ

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