第玖話 【1】 怨念の日本人形
ようやく作戦が決まり、ぬいぐるみに変化した白狐さんを抱え、この家の裏手に来ました。
すると、釘で打たれていたはずの木の壁がめくれていて、その部分だけぽっかりと、大きな穴が空いていました。どうやら、ここから中に入ったようですね。まるで化け物の口みたい。
『ふん、ついでに妖気までプンプン漂っとるわ。人間が近づけんのを良い事に、悪霊や妖怪共が集まっとるようじゃな』
「うわぁ……これが任務だったら、かなり難易度高くなるよね」
流石に相手が相手なので、だんだん怖くなってきた僕は、ぬいぐるみの白狐さんをしっかりと胸に抱きしめる……けれど、ついついぬいぐるみだと思ってしまい、強めに抱きしめちゃったよ。
これって、白狐さんに胸を押しつけているのと、なんら変わらないんですよね。うん、ぬいぐるみなのに鼻血出してる。
『ふ、ふふ、役得じゃ。ジャンケンに勝った者の特権じゃな』
「鼻血出しながら言われてもなぁ……」
白狐さんと黒狐さん、両方を連れて行くとなると、外で何かあった時に、対応が出来ないという判断になったのです。
そこで、どちらか1人だけを連れて行く事になったんだけれど、その時の白狐さんと黒狐さんのジャンケンときたら、鬼気迫る感じになっていて、それで殺し合いでも始まるんじゃないかってほどでした。
「そして、何で2人も着いて来るんですか?」
ここは危険だから、外にいて欲しいって言ったのに、カナちゃんと如月さんまで着いて来てしまっていて、気合十分と言った表情を見せていました。
「椿ちゃん1人で、男子達を連れ出せると思ってるの?」
「何かあっても、守ってくれるんでしょ?」
如月さんにまで、そんな事を言われるとは思わなかったから、ちょっと驚いてしまいました。
「でも、如月さ――」
「雪、で良い。大丈夫、戦闘は出来るから」
えっと……名前で言って良いって事は、少しは距離が縮まっているのかな。とにかく、そう言われたのなら名前で呼ぼうかな。
でも、戦闘が出来るって言っても、妖具はいったいどこにあるのでしょう。
「えっと、雪ちゃん。戦闘が出来るって、妖具は何処にあるの?」
「これ」
そう言って見せてきたのは、右手の中指で、そこに雪の結晶の様なリングが、彼女の指にピッタリとはまっていた。
そしてそこから、多少の妖気と冷気が放たれている。雪女の妖気の籠もった、特殊な結晶なんでしょうね。
「だから、邪魔にはならない」
雪ちゃんもカナちゃん同様に、やる気満々です。その怖がらない姿勢、美亜ちゃんにも分けて上げて欲しいですね。
当然だけど、美亜ちゃんは外です。あの場から一切動けなくなってましたからね……。
さっきは強がって仁王立ちしていたけれど、この家の外観を見た瞬間、足がガクガクと震えていて、ちょっとでも歩こうとしたら、そのまま崩れ落ちる様な感じでしたよ。
とにかく、そんなにのんびりはしていられない。
さっきの亜里砂ちゃんとのやり取りでも、多少時間を取られちゃったし、いざ入ろうとした瞬間に、中から男子の悲鳴が聞こえて来ましたよ。もう最悪です……。
「椿ちゃん! 早く行こう!」
「分かった! 白狐さん、少しでも危なそうだったら言ってね」
『分かっとるが、お主自身も注意を払えよ』
白狐さんにそう言われたけれど、祟りなんて僕は初めてだから、どう注意をすれば良いのだろうか。
とにかく、ヤバいと思ったら近づかない。これですね。
「それじゃあ、僕が先に入るね」
このメンバーの中で、危険があった場合に、真っ先に対応が出来るのは、多分僕だと思う。
そして体を屈めて、外壁の穴の部分から中に入ろうとするけれど、下の方に穴を空けたらしいので、屈んでも通れなかったよ。這いつくばらないと通れないね、これは。
「ん、しょ……っと」
その時、白狐さんを胸で潰しちゃいそうになっちゃったけれど、鼻血出してるから別に良いよね。
「白狐さん。毎回思うんだけどね、僕のあんまり発達していない体の、いったい何処が良いの?」
『ぬぅ、何処がだと? 分かっていないな、椿よ。成長途中の体こそ、これから育っていく様を見られるのだぞ! 完成しきったものに、その様なものを求められるか?! 断じて否!』
「むぎゅっ」
『ぬぉっ?!』
ちょっと黙っていて下さいね。というか、僕の白狐さんへの評価が下がりそうなんです。
そんなに僕の胸が良いなら、こうやってずっと胸の前で、しっかりと抱きしめておいて上げますよ。
それにしても、家の中は真っ暗で何も見えないや。
ここは……何処かの部屋かな?
畳が敷いてあるけれど、それ以外は何があるか分からないです。
これは明かりが欲しいな――って、懐中電灯を持っているのはカナちゃんだった。
「カナちゃん、懐中電灯」
それと、カナちゃんが遅いです。何やっているんだろう?
そう思って後ろを振り向くと、そこには上半身だけが覗いている、カナちゃんの姿がありました。
それを見て、一瞬カナちゃんがやられたのかと思ったけれど、良く見たら途中で引っかかっていただけでした。
「ご、ごめん! 椿ちゃん、手伝って! お尻が引っかかって、う~!」
何やっているんですか……カナちゃん。
君のお尻って、そんなに大きかったんだ。スタイル良いな~とは思っていたけれど、そのレベルなんだ。
「この、デカケツ。早くして」
「きゃっ! 待って雪! お尻は叩かないで!」
本当に、何やっているんでしょう……。
―― ―― ――
そこから悪戦苦闘をして、ようやくカナちゃんが穴から入って来たけれど、ズボンが引っかかっていたらしいですね。
カナちゃんは、ショートパンツのボーイッシュな格好。
雪ちゃんは、スカートで少し可愛らしい感じなんですが、こんな時にズボンって、結構引っかかりやすいんですよね。ほら、雪ちゃんは割と簡単に入って来たよ。
それでも、僕の方が巫女服みたいな服装だから、こっちの方が引っかかりやすいけれど、ちゃんとそこは分かっていたから、引っかからずに入れたよ。
「も~お尻は関係無かったじゃん」
そう言いながら、カナちゃんはお尻の汚れを払い、懐中電灯で辺りを照らし始める。
「うわっ、何これ!」
そこで真っ先に声を上げたのは、僕です。
だって……この和室の部屋、そこら中にお札が貼ってあるんだ。もうこれだけで、恐怖映像なんだよ。
「ねぇ、椿ちゃん……あそこの布団入れの所から、何か出てるよね? あれって……」
「あ……ひ、人の髪の毛?」
四畳半程のその和室の部屋には、僕達が入って来た正面の方に、玄関に続く廊下があって、その横に布団入れがあったけれど、カナちゃんが照らしたその隙間から、黒い毛の様な物が垂れ下がっていた。
すると雪ちゃんが、何の抵抗も無くスタスタと、髪の毛の垂れ下がっている布団入れに向かうと、軽やかにそこを開け放った。
「少しは怖がってよ、雪ちゃん!」
「そう、言われても――あれ? これ、日本人形? 髪長い……」
その中にあった物を見て、雪ちゃんが言ってくる。
「雪ちゃん。お願いだから、もうちょっと警戒してよ」
「何で? 何かあっても、あなたが反応するでしょ?」
キョトンとした顔で言う雪ちゃんに対して、少し薄ら寒いものを感じてしまった。
『なるほど。中々に、肝っ玉の座った娘じゃな』
「感心しないで下さい、白狐さん……」
確かにね、それだけ信頼されているのは嬉しいよ。
初対面のはずの雪ちゃんが、なんで僕をそこまで信頼しているのかは、ちょっと謎だけど。
因みにだけど、そこからは妖気を感じられなかった。
でもね……。
「雪ちゃん、その人形には触らないでね。ちょっと、怨念が凄いから」
「分かった」
僕が言った後、雪ちゃんは布団入れの扉を閉めてくれた――けれど、隙間に何かが挟まった……。
あれは指、手? あれ……さっきの日本人形って、どういう格好をしていたっけ? 腕は真っ直ぐ、下に降ろしていたよね。
「……頑丈に、閉めた方が良い?」
「そ、その方が良いかも知れません」
もしかしてあれは、怨念だけで動く人形――とかいう類のもの?
冗談じゃないですよ。まだ入った所なんですよ。一刻も早く、男子が悲鳴を上げた場所に行かないといけないのに。
「椿ちゃん、とりあえず行こう。男子が悲鳴を上げたのは、この奥の部屋みたいだから、割と早くに、男子達を連れて脱出できそうよ」
果たして、そう上手く行くのかなぁ……。
奥の部屋って、変な気配がいっぱいある所だよね。それだけでもう既に、男子達が危ない目にあっているのが分かるよ。
そうなると、危険な事が起きている場所に、男子達を助けに行くよりも、何処かに居るはずの亜里砂ちゃんを見つけて、捕まえてしまった方が良いのかな?
いや、彼女がこの家の怪奇現象や、妖怪達を操っているわけでは無いかもしれない。
やっぱり、男子達を先に助けないといけませんね。
「とにかく、最悪の事態にはならないようにしよう……!」
「うん。そうだね、椿ちゃん――って雪、さっきからどうしたの?」
「いや……髪の毛が」
僕が和室の入り口に手をかけた瞬間、雪ちゃんがボソッと呟いた。
その理由は、直ぐに分かったよ。僕の足に、大量の髪の毛が絡まってきたのです。
その髪の毛は真っ直ぐに伸びていて、さっきの布団入れに続いていました。
「あ~駄目ですか……これを先に何とかしないといけないのですか」
何でそんなに怨念が溜まっているのかは知らないけれど、僕達の邪魔をするのなら、何とか処理しないといけませんね。