第漆話 【3】 地獄の新作かき氷
まさか如月さんが来るとは思わず、僕達は大人しくテーブルで、カナちゃんのかき氷と混ぜた、もの凄い色をしたかき氷を食べています。
甘くて苦い……けど、食べ過ぎたら気持ち悪くなっちゃうかも。食べ物を粗末にしてはいけませんって言う、良い例ですね。
「それ、おいしいの?」
僕達のかき氷を見て、正面に座った如月さんが話しかけてくる。
「いや、その……」
当然美味しいとは言えず、俯いて反省しています。責任持って、僕が全部頂きますよ。
「もう、椿ちゃんったら。それで、雪は何でまたここに?」
「別に。いつもここで、かき氷を食べて帰るのが日課だから」
なるほど。かき氷が好きだから、僕達が居ようが居まいが来ていたのですか。ちょっとだけ期待してしまいました。
すると突然、如月さんがジッと僕の方を見てきた。
いったい何でしょうか。その少しキツい目で見られると、虐められた時の事を思い出してしまいます。おかけで、ちょっとだけ耳がピクピクと動いてしまっていて、警戒モードです。
「……その耳、触りたい」
「えっ?」
「ここの新作。奢るから、耳触らせて」
「えっと……」
お店の新作? そういえば、そんなのがあったような気がする。
そこで僕は、その新作がどんなのかを見る為にと、一旦お店の看板の方に目をやった。
『当店オリジナル! 辛さと冷たさの夢のコラボ! 激辛かき氷!』
それを見た瞬間、顔が青ざめたのは言うまでもないです。
「何あれ……激辛シロップに、ハバネロとか入ってるじゃん」
もしかして、かき氷のひんやり感で、辛さが和らぐのかな――と思ったら、その氷まで赤いんですけど。
「なになに……氷にも唐辛子を大量に混ぜ――って、止めて下さい! これってコラボも何も、ただの罰ゲーム用じゃないですか!?」
「おすすめ」
「何処かですか?!」
どうやら如月さんは、これを美味しいと感じたらしいです。彼女は、辛いのも大好きなのでしょうか。
「好きな物が合体するなんて、まさに夢のよう。絶対おすすめ。だから奢る。代わりに耳、触らして」
「うぅぅ……」
「椿ちゃん、チャンスなんじゃない?」
分かってます、分かっていますよ。如月さんと仲良くなれるチャンスなんだよ。
せっかくの好意、無駄には出来ない。出来ないんだけれど……僕、辛いの苦手なんだよ。
「椿ちゃん、大丈夫。私も少し、手伝って上げるから」
そんな時、カナちゃんが僕に向かって、とても嬉しい言葉をかけてくれた――のだけれど、手汗が凄いですよ。もしかしてカナちゃんも、辛いの苦手なのかな?
だけど、辛いのが苦手じゃなくても、これは誰でも引いちゃうよね。ただ、2人なら何とかなるかも知れません。
「わ、分かった。ありがとう……カナちゃん」
そして決心をした僕は、如月さんの提案を受け入れ、その恐怖の新作かき氷を奢って貰う事にした。
その後お礼に耳を――って、僕にとっては損でしかないよね、これって……。
そして数分後。
その手に、地獄の炎の様に真っ赤っかなかき氷を持って、如月さんが僕達の元に戻ってきた。
「んっ」
そして、若干目が嬉しそうになりながら、如月さんが僕達の前にそれを置いた。それを見ているだけで、もう目が染みてきそうです。
ニヤニヤしている如月さんは、多分絶対分かっているんだろうね。この後の、僕達の姿を……。
「ふぅ……い、頂きます」
このまま睨めっこしていても、かき氷が溶けるだけだよね。
せっかく奢って貰ったんだし、話のネタになると、そう思って食べれば良いんだ。
そして僕は、意を決してほんの少量を、本当に小さじ一杯くらいの少量を、一口だけ食べてみた。
「っ~~!!!!」
辛いとかじゃない! 舌が痛い、これ! 口が……口の中が火傷するよ!
「椿ちゃん大丈夫?! 店員さん、水!」
足をバタバタさせて、ひたすら口の中の辛さと戦っているけれど、駄目ですギブアップです。とにかく消火、消火をさせて!!
「はい、椿ちゃん水!」
「ん、んぐんぐんぐ……ぐっ、ゲホゲホ……! し、死ぬかと思った~」
カナちゃんから水を受け取ると、直ぐにコップの中の水を飲み干す。それでもまだ、口の中がヒリヒリするよ。何これ……こんなの食べられる人いるんですか……。
「うぅぅ……胃の中も熱い……お腹壊しちゃいそうだよ」
「やっぱり、駄目か」
「如月さん、“やっぱり”って何ですか?」
もしかして、既に何人かに試したの? そうだとしたら、僕は実験として犠牲になったのでしょうか……。
「実はこれ、私が考えた」
その言葉に耳を疑ったけれど、かき氷屋の店主さんが、店先から困った顔を向けているのを見ると、あながち嘘では無いようですね。
すると、僕の様子を見ていたカナちゃんが、スプーンを手にし、目の前の激辛かき氷を掬った。その量は、僕よりも多い。
「カナちゃん、や、止めた方が……」
「いや、私も辛いのは平気だよ。ハバネロのポテトチップス、食べた事あるもん」
そんなのもあるんですか。それも僕は、絶対に食べられ無いよ。
だけど、そんなお菓子を食べるくらいだから、カナちゃんなら案外いけるかも――と思ったら駄目でしたね。一口食べただけで、僕と同じ事になっています。
「カナちゃん、はい水!」
さっき食べる前に、店員さんに持って来て貰って正解でしたね。
カナちゃんは、僕の手から咄嗟に水を受け取ると、やっぱり同じ様にして一気飲みしました。
あっ……でもこれ、さっき僕が使ったコップ。ということは、か、間接キ――いやいや、女の子同士だから普通だし。
「はぁ、はぁ……雪、これハバネロだけじゃ無いよね? この氷に入れた唐辛子、なに?!」
「ジョロキア」
「死ぬわ!!」
カナちゃん、落ち着いて下さい。スプーンを投げないで。えっと……携帯で調べたら出て来ましたね。
ブート・ジョロキア。ハバネロの2倍の辛さ。これ、人間に食べさせたらいけませんね。僕達だから死ななかったとしか言いようが無いです。
「美味しいのに」
そう言うと如月さんは、鞄から真っ赤なペースト状の何かを取り出し、僕達がギブアップしたかき氷に、それをかけ始めた。もしかして、それって……。
「如月さん、それって……」
「うん、唐辛子ペースト。通称デスソースってやつ。辛さ足りないから」
開いた口が塞がりません。そして、それはカナちゃんも一緒というか、呆れた顔をしていました。
平気でパクパクと、その殺人かき氷を食べている如月さんは、何だかどこか幸せそうです。表情は変えずにいますけどね。
むしろ、表情を変えて欲しかったかな。辛そうにする様子も無く、普通に食べているその姿は、少し恐ろしいです。
「あっ、そうだ。耳、触らして」
そうでした……僕は更に、この耳を触らして上げないといけないんだった。僕、損ばっかりしてませんか?
「ど、どうぞ」
とにかく、約束は約束ですからね。
僕が如月さんの方に少し頭を傾けると、待ってましたと言わんばかりに、凄い速さで手が伸びて来て、僕の耳を触り始めた。
尻尾より敏感ではないので、まだ我慢は出来ます。くすぐったいけどね。
「触り心地、良いね」
だけど、おかしいな……如月さんは、学校ではもっと近寄り難いオーラを出していたのに、何で今は、こんなにもフレンドリーなんだろうか。
あれ、でもそれは、カナちゃんも一緒のような……。
「椿ちゃん、必死にくすぐったいの我慢してる。可愛いな~」
あっ、待って。何でカナちゃんまで触ってるの? しかも如月さんよりも、カナちゃんの方が触り方がいやらしいんですけど……。
「な、何でカナちゃんも触ってるの?」
「え~良いじゃん。友達でしょ?」
僕、その言葉には弱いんですよ。逆らえないです。
卑怯だよ、カナちゃんってば……こんなの、必死に悶えるのを我慢するしかないじゃん。
ちょっと待って、店員さんが変な目で見てる。ねぇ、2人とも、僕の耳は一般の人には見えないって事、分かってるのかな。
「やっぱり、香苗は分かってるね」
「あのね、雪。言っとくけれど、最初に私が目を付けたのよ?」
あれ……しかも、何その会話。待って、待って。2人とも知り合いなんでしょうか。
だけど、良く考えたら――そうか。
クラスに1人は必ず半妖が居て、交流もあるって言ってたじゃんか。だからカナちゃんに、如月さんの紹介を頼んだんだった。
「香苗ばっかり……ズルい」
「それなら、もっと早くにアプローチしなさいよ」
確かに、カナちゃんの言うことにも一理ありますね。何でもっと早くに、僕と会ってくれなかったのかな。
「でも……」
だけど如月さんは、そのまま黙り込んでしまった。僕と会わなかったのには、何か理由がありそうですね。
もしかして、それがこの人の悩み? 母親の氷雨さんにも、それを打ち明けられない程の悩みなのかな。
でもその後は、僕の耳をずっと無言で触り続けるだけで、何も話してはくれなかった。
そろそろいい加減、くすぐったさで悶えてしまいそうですよ。
「ちょ……もういいでしょ? 如月さんだけじゃなく、カナちゃんまで触ってくるし、それはもう我慢出来ません」
すると如月さんは、また僕の顔をジッと見た。まだ何かあるような、そんな目をしています。
さっきも思ったけれど、そんなに見られたら恥ずかしいんだってば。
「それじゃあ、1つお願いを聞いて」
「えぇ!? 何だか、お願いがどんどん増えてませんか?」
もしかして……如月さんって、最初から僕に頼み事があったんじゃないの?
それだったら、わざわざかき氷を奢るとか、そんな事をしなくても良かったのに。
そう思ったんだけれど、これはこれで、自分の開発したかき氷の反応が欲しかっただけなのでしょうね。
「嫌なら、このまま帰りもずっと触り――」
「聞きます! 聞きますよ!」
冗談じゃないです。帰りもずっと触られていたら、それこそ腰が抜けちゃいます。それなら、彼女の頼み事を聞いた方が良いです。
新作かき氷の試食会じゃなければ良いけどね……。