第漆話 【2】 酒呑童子からの免許皆伝
茨木童子の寿命が、あと残り数日だとは思わなかったです。いったい何があったら、そんな事にーーあっ、まさか……。
「茨木童子って、確か……」
「そうだ。源頼光だけじゃなく、あいつは綱とも戦っている。幾度もの激戦で受けた傷が、悪化していたのさ」
そう言いながら、酒呑童子さんはひょうたんのお酒を飲みます。
流石の大妖でも、それだけの傷は治せなかったんですね。それで遂に、限界がきてしまったという事ですか。
だけど、以前に茨木童子と会った時は、そんな風には見えなかったんだけど……。
「まぁ今までは、自身の鬼の力で踏ん張っていたに過ぎない。だが、昔からの計画は進ませたい。だけど、お前の記憶は一向に戻らない。そうこうしている内に……」
「僕の方の記憶の封印が、61年のタイムアップで、永久封印されそうになった……そこで更に無茶をして、こんな策を?」
「まぁ、そう言うこった。俺にしてみりゃ、あの十地獄が出た瞬間に、決着が着いたようなもんだったんだ。慌てなくても、奴は自滅するはずだったーーが!」
すると酒呑童子さんは、また僕のほっぺを引っ張ってきました。何回引っ張るんですか!
「お前ぇ、なぁに記憶を蘇らせてんだ? あぁ?!」
「ほ、ほうひわれても……!」
とりあえず、酒呑童子さんの手の甲をタップです。流石に痛いってば!
「……ったく、どうせ両親の記憶を無くしたくないとか、そんな程度の理由なんだろうが」
「うっ……」
はい、図星です。何で分かっちゃうのでしょうか……? 酒呑童子さん、恐すぎです。
「それで? お前はこの落とし前を、しっかりと付けられるんだろうなぁ?」
それから酒呑童子さんは、僕のほっぺから手を離して、そう言ってきました。
そんな事は当たり前です。僕だって、それを分かった上で、記憶を戻したんですから。だから、しっかりと酒呑童子さんの目を見ます。
「ふん……分かったよ。良いか? 絶対に敵の思い通りにはなるなよ?」
「当然です」
それが通じたみたいで良かったです。
あっ、でも……あんまり酒呑童子さんとこういう事をしていると、また白狐さん黒狐さんがーーって、あれ? 皆、どうしたんですか? まるで、何かに騙された後の様な、そんな不思議そうな顔をしていますよ。
『椿よ。お主、先程の怪我は……いったいどうした?』
「んっ? あっ……」
白狐さんに言われて思い出しまた。そういえば、妖狐特有の幻術で、怪我をしたように見せていたんでした。
敵を騙すにはまず味方からって事でやってみたけれど……その後に説明をしていなかったですね。
『椿、お前……まさか、怪我をしたふりか? なんだか、狐につままれたような……はっ?!』
「だって僕、妖狐だも~ん。コンコ~ン」
妖狐は騙しが得意なんでしょ? だから、ようやくその事に気付いた黒狐さんに、僕はおどけた感じでそう言います。
ついでにクルッとその場で一回転して、その後に手を狐の形にしてから、指で作った口の部分を動かしています。それを見た白狐さん黒狐さんが、そのまま気絶しそうになりました。危ないなぁ、もう。
「その調子で浮かれていると、足下救われるぞ」
「そうかな~? てぃ!」
「甘いぞ」
酒呑童子さんがそう言ってきたから、逆にこっちが足を引っ掛けようと思ったんだけれど、やっぱり駄目でしたね。しっかりと止められちゃいました。
だけど、酒呑童子さんの後ろにいる僕はどうかな?
「ほいっ!」
「んなっ……?!」
あれ? 酒呑童子さんが、後ろの僕の足に見事に引っかかって、勢い良く転んでしまいましたよ。
しかも、酒呑童子さんも意外だったのか、目を丸くしてそのまま呆然としています。
「えっと……」
「免許皆伝ですか?」
『椿が2人いる?!』
『お、落ち着け黒狐! これは分身だ!』
白狐さんもちょっと慌てていますよ。でもね、僕のお母さん程じゃないんですよ。僕が出せるのは1体だけだから。僕のお母さんなら、2体以上は出していました。
とにかく僕は、しゃがんで酒呑童子さんにそう言うけれど、酒呑童子さんは何か言いたそうにしながら起き上がりました。
「まぁ、良いんじゃねぇか。お前の母親が得意だった妖術だな?」
「うん、そうですよ」
「それで? 免許皆伝は? ねぇねぇ」
「だぁあ!! 両方からやっかましい! お前、性格変わっていないか?!」
えっ? だって記憶が戻ったんですよ? 幼い時の僕の感覚が戻ってきているんですよ?
もちろん、今まで生きてきた僕の人格や性格は変わっていないと思うよ。ただ、昔の僕を思い出して、何処か吹っ切れてしまったというか、スッキリした感じがするんです。
「ちっ……!! 分かった分かった! もうお前は十分だ! 免許皆伝でも何でもくれてやる!」
「本当ですか? やったぁ!!」
その酒呑童子さんの言葉に、僕は分身を消して、喜びの声を上げます。尻尾も思い切り振っちゃっています。だって、僕がそれだけ強くなったっていう証拠なんだもん。
『ふふ。椿ちゃんったら、可愛い。それが本来の椿ちゃんなんだね。あ~あ、今の椿ちゃんとも仲良くしたかったな~』
「それなら僕を庇わずに、カナちゃんの力で何とかして欲しかったです」
『む、無茶言わないでよ~私半妖なのに~それに、あの時は体が勝手に……』
「ふふ、冗談です。助けてくれてありがとう、カナちゃん」
『つ、椿ちゃん……』
これもずっと言いたかったんです。それでも、流れ的に中々言えなかったのです。あっ、カナちゃんが泣きそうです。
「よし、お前等。次に行くぞ。準備は良いか?」
すると、階段の先を眺めていた酒呑童子さんが、僕達にそう言ってきます。
あれ? いつの間にか、酒呑童子さんが仕切っちゃっています。別に良いですけど、考え事はもう良いのかな?
「あの……酒呑童子さん。ずっと難しい顔をしていたから、何か考えていたんじゃないのですか?」
「んぁ? ったく、人の心を読むのが上手いな、お前は」
「完璧に読んでいる訳じゃないけどね。何となくですよ」
相手が人間なら、これで怖がられていたかも知れないけれど、僕の周りは皆妖怪ですし、こんな事では怖がりません。だから、遠慮なく言うよ。
「茨木童子の事を考えていると、どうしてもなぁ」
「裏切るつもりじゃないよね?」
「お前なぁ……」
あれ? 何だかこの感じ、昔の僕みたいな……。
いけないいけない。昔の性格に戻ったら駄目ですよ。今までの経験から、今の僕になったんだから。それを変えては元も子もないです。
過去に戻ったら駄目。これを受け入れて糧にして、前に進まないと。
それはそれとして、やっぱり気になりますからね。
「裏切るとか、そういう考えは俺にはねぇ。ただ、茨木童子は止める。俺がな。お前じゃないぞ、椿」
あっ、もしかして。僕が1人でここに突撃したから、酒呑童子さんは焦っちゃったのかな?
茨木童子を倒すのは自分なんだって、そんな義務感に囚われていそうです。
ただ、それを僕が言おうとする前に、酒呑童子さんは階段を降りて行っちゃいました。
いきなり降りて行ったから、僕も含めて皆も、慌ててその後に続きました。
そして、その階段を降りて行くにつれ、下から何かが聞こえてきます。人を嘲笑する声が、大笑いする声が、耳に響いてきました。
やっぱり次の地獄の「呵呵」は、その意味通りの地獄なんでしょうか?
そうだとしたら、その管理者の鬼は、いったいどんな能力を……? 何て、そんな事を考えていても、あんまり攻撃的な能力じゃない様な気がしちゃいますね。
例えば、相手を笑わせるとか、もしくは笑えなくするとか? いや、笑いが止まらない様にして、窒息させるとか? それはそれで恐ろしいかも知れませんね。
『雪。ちゃんと写真撮ってる?』
「バッチリだよ、香苗」
そして、君達は相変わらずですね。もうちょっと真剣になって下さい……。
だから僕は、影の妖術で雪ちゃんを捕まえ、レイちゃんにカナちゃんを捕まえて貰い、そのまま2人を引っ張っていきます。くすぐりながらね。もちろん、レイちゃんにもそう指示しています。
『ちょ、ちょっとレイちゃん! くすぐらないでって! きゃはははは!』
「うっ……くっ! 椿、悪かったから。ちゃんと真剣になる。だからーーあはは」
そう言っておきながら、しばらくしたらまた戻っちゃうんだよね。だから2人とも、くすぐりの刑続行です。