第伍話 【1】 また皆で
その後僕は、皆に記憶の事を話しました。
僕が白狐さん黒狐さんを殺したと言っても、あんまり信じてくれそうになかったのです。だって今までも、僕は暴走とかしていて、危なかった時があった。だけど、結局は押しとどまっていました。
つまり皆に、僕は精神力が強いんだと思われていそうなんですよ。
そんな事はないんだと、自分では思っていたとしても、他人の評価って、意外と分からないんですよね。
だからもう、話すしかなかったのです。
妲己さんの体とか、危険に繋がるような情報は伏せてだけどね。
『なる程……我等の妖気が回復しにくかったのは、仮の体だったわけか』
『しかし何故、俺達はその時の記憶が無いんだ?』
「多分。僕の力が、強すぎたんだと思います。それで、一時的に記憶が……」
さっきはちょっと、感情的になっちゃったんだけれど、よく考えてみたら、皆こんな所にまで来ちゃったんだから、今更家に帰ってと言っても、その道中でまた危険な目に合うかも知れない。
外でまた、沢山の鬼達が復活して、暴れている可能性もあるからね。
だから、ちょっとだけ冷静になった僕は、正座しながら皆に話をしています。
皆の様子を見ていると、僕の話を信じてくれているようです。やっぱり、酒呑童子さんがある程度話していますね……。
『ふむ。全てを滅ぼす程の力、か……しかし、天照大神の力なら、そんな事には……』
「白狐さん。相反する天津甕星の力も混ざっているんですよ? 力が変異しちゃっていて、もうオリジナルの神の力になっちゃっているんです」
多分、僕のあの時の攻撃で、魂ごと破壊しようとした攻撃で、記憶にまで影響を及ぼしていたんだと思う。
白狐さん黒狐さんは、記憶が封じられているんじゃなくて、本当に記憶を失っていたのです。仮の体になる前の、全ての記憶が……。
2人を殺しただけじゃなく、僕はそんな事までしてしまったのです。だからもう、二度と会わないって、そう決めていたのです。
それなのに、そっちからやって来るなんて……卑怯です。
「僕は2人に、とんでもなく酷い事をしているんです。それなのに、妻にとか結婚するとか、そんなの……そんなの駄目なんです。僕なんかじゃ……!」
すると今度は、白狐さん黒狐さんから同時に手を引かれ、2人の間に連れて来られました。
ちょっと、いったい何を……? しかも近いです。2人の良い匂いが、僕を緊張させてしまって、顔が熱くなって……あれ? おかしいな。今まで僕は、こんな反応なんてなかったのに、何で急に?
『椿よ。そんな理由で、我等がお主を怒ったり、お主を嫌ったりすると思うか?』
『その通りだ。むしろ、また会えた奇跡に感謝するしかない。もしかしたら、そのまま二度と会えなくなっていたのだろう?』
なんで? なんで2人は、こんなにも僕の事を。
だけど、僕の中に湧いてくるこの感情。溢れてくる想いは、白狐さんにだけです。
黒狐さんに対してだけは、どこか遠慮みたいなものが出てしまっています。妲己さんがいるしって思っちゃう。
「そんな事言っても、僕が危険なのには変わりないんですよ! だから、僕はもう……」
すると、また白狐さんが僕を抱き締めてきます。そして……。
『大丈夫じゃ。今度は、その力をしっかりと扱える。自信を持て、我は信じているぞ』
「ふぐっ……なんで。なんでそんなに、ハッキリと言えるんですか? 僕なんか、僕なんかじゃ……」
『椿よ。お前は今まで、何を得てきた? もう過去のお前とは違うじゃろう? 自分なんかがとは言うな。大丈夫じゃ』
「うっ……ぐす」
何だろう……? 何でだろう。白狐さんのその1つ1つの言葉は、僕を安心させていく。本当に大丈夫なんだと、そう思っちゃいます。
とにかく僕は、涙を拭って皆をもう1度見ます。
皆、もう何を言っても戻らない。といった様な顔をしていますよ。龍花さん達は、ちょっと怒っている様な……う~ん。表情が読めないから分からないけれど、多分そうだと思う。
「本当に、厄介な妖怪さん達に、僕は好かれちゃいましたね」
「厄介とはなによ。凄く厄介と言いなさいよ」
まさか美亜ちゃんが反応してくるとは思わなかったです。しかも、更に上を言ってきましたからね。
「はは……うん。皆、ごめんなさい。僕また、1人で抱え込んじゃっていました」
良く注意されていたんですけどね。これ、中々直らないです。
でもそれを、皆がこうやってフォローしてくれるのなら、例え僕が暴走しても、今度は誰も死なずに抑えられるんじゃないかなって、そう思っちゃいました。
だから、また皆に頼るのも良いんじゃないかなって、そう思っています。
「ごめんなさい、皆。僕に力を貸して下さい。茨木童子を止めないといけない。そしてついでに、華陽と八坂さんを、ここにおびき寄せます」
その僕の言葉に、皆真剣な表情をしながら頷いてきました。
ここからは、皆を守りつつ、僕自身も暴走をしないように意識しないといけません。
「ふふ。まぁ、私の呪術の力で、存分に相手を翻弄してあげるわ」
美亜ちゃんは、自分の事が良く分かっているみたいです。冷静に、僕のフォローに回ると言ってくれています。
「我慢していた分、椿ちゃんと一緒に……」
「里子さん。ちょっとは抑えましょう?」
わら子ちゃんの言う通りですね。里子ちゃんの事だから、僕がいなくなってショックだったんだろうし、何か凄く変な思いを募らせている様な、そんな気がします……。
ただ、わら子ちゃんは緊張した表情をしていて、それを心配した龍花さん達に囲まれています。
問題なのが、それ僕を含めているんですよ。
別に僕はもう、龍花さん達に守られる程じゃないですよ? とにかく離れましょう。
「あっ、椿様。危険です! それに、あなたには少し説教をーー」
「それを察知したからです」
でも、やたら僕に引っ付いてくるよ。もう……。
あれ? 楓ちゃんは震えている様な気がする。流石に、この子には荷が重いかも知れません。地獄のこの怖さに、震えているんですね。
「ここで活躍すれば、一気に姉さんと同じ級に? いやいや、それは無理でも、一級くらいにはなれるっすよね! そしたら自分、もうくノ一って言っても過言ではないっすよね!」
違った。やる気に満ちていて、興奮して震えていました。どんな神経しいるのでしょうか?
「ちゃんと試験受けないと駄目ですよ」
「あっ……」
忘れていたのでしょうか?
それから、今気が付いたけれど、雪ちゃんとカナちゃんはいったい何処に?
あっ、後ろの方でコソコソしている。そっか、感動の再会をしてーー
『雪、良く頑張ってくれたね。ありがとう』
「香苗……うん、約束守ってる。ちゃんと椿を、一人前のアイドルに!」
そっちの話でしたか! あぁ……でも、カナちゃんのキラキラした目を見ていると、何も言えなくなるよ。積もる話もあるみたいだけど、いつまでもここでジッとしている訳にもいかないのです。
「よし、皆。とりあえず先に進みます。今の僕でも、十極地獄の鬼を1体倒すのがやっとだったから、気を抜かないで下さいね」
僕がそう言った瞬間、また皆が驚いた顔をしました。あれ? どうかしました?
『椿よ……1体とは? まさかだが、先程通った所に倒れていた、あの鬼を? 厚雲とかいう鬼を、椿が倒したのか?!』
「はい。そうですけど」
『誰か別の者が倒していて、ラッキーと思って先に進んだのかと。だから、警戒をしておったのだが……』
「白狐さ~ん?」
あぁ……どうりで、1階から降りて来るには遅いと思いましたよ。
確かにね。今までの僕じゃ、絶対に倒せなかったですよ。でもね、記憶が戻ったって言いましたよね?
「あのね、僕は記憶が戻ったんです。自分の妖気が、使えるようになったんですよ? 半分だとしても、それでも相当だったんです。今までは、白狐さんと黒狐さんの妖気、そして自分の中から漏れていた、その僅かな神妖の妖気を使っていました。だけど記憶が蘇って、自分の妖気の使い方が、ちゃんと分かったんです」
そして僕は、自分の手から狐火を出して、皆に見せます。それこそ、業火の様な燃え方をする狐火をね。
『ぬぉ……』
『これは……』
それを見た白狐さん黒狐さん、そして皆も驚いちゃっています。
「僕の妖気は、少し特殊だったんです。神妖の妖気が混ざっているから、使う妖術全てが強力になるんです。しかも、今はそれが半分だけなのです。だから、神妖の妖気を使う要領で、少し抑えておく必要があったんです。そうしないと……」
そして僕は、その抑えた状態を止めます。するとその瞬間、僕の掌の炎が爆発します。
「……こんな風になっちゃいます。これ、僕の妖気が半分無いからだと思います」
ちょっと熱かったです。咄嗟に防いだけれど、やっぱり抑えていないと危ないですね。
すると、それを見た白狐さん黒狐さんが、僕を心配してきました。
『大丈夫か、椿。全く……そんなに強力になっているなら、気を付けないと駄目じゃな』
『本当だ。椿の綺麗な手に傷が……』
「さっ、と」
黒狐さんが僕の手を握り締めようとしてきたけれど、何だかやっぱり遠慮しちゃいます。
『な、なんでだ? 椿。さっきからおかしくないか?』
「おかしくないです。だって黒狐さんには、妲己さんがいるんだもん。昔は2人とも、仲が良さそうでしたよ」
『んなっ?!』
あっ、黒狐さんがショックを受けています。記憶が無いって大変だよね。
僕も、まだちょっと整理が出来ていないですからね。でもそれを、体を動かす事で何とかしようとしています。
『ふっ、なる程。残念だったな黒狐よ。これは、勝負ありではないか? なぁ、つばーー椿?!』
「ふえ?! あっ、えっ? えと……うん。そ、そそ……そう、そうなの、かな?」
駄目です。白狐さんと目が合った瞬間、顔が熱くなって、心臓までドキドキしちゃって、何だか胸の辺りまでキュウって締め付けられちゃう。
これ以上白狐さんの顔が見られないよ!
『椿よ……もしかして、完全に女の子に……?』
「え、えと……男の子だった時の記憶はあるよ。だから、まだ『僕』って言っているんだよ。でも、あの……本質はもう、女の子かな?」
それで感極まって抱き締めないで下さい、白狐さん!
それと、黒狐さんが分かりやすく項垂れているけれど、大丈夫なのかな? 別に、黒狐さんを嫌いになった訳じゃーー
『ふ、ふふ……こうなったら略奪だ。白狐、油断するなよ。俺はまだ、諦めていない!!』
いや、そこは諦めて下さいよ!!
普通だったら諦めそうなものなのに、やっぱり黒狐さんはしつこかったです。
本当に僅かな差なんだよ。本当は、僕は黒狐さんを……それを、ただ白狐さんで紛らわしているだけです。そっちに気持ちを全振りすることでね。卑怯ですね、僕は。
それとここに来てから、酒呑童子さんの口数が少ないです。何か考え事をしているみたいで、ずっと難しい顔をしています。
やっぱり、茨木童子の事なのかな? 何があったのか聞いてみたいけれど、言ってくれるかな?