第肆話 【2】 私、幽霊だよ?
僕は色々と思い出しながら、迷路を進みます。
迷路の前で突っ立っていても、突破は出来ないですからね。その間に、僕は決めました。
やっぱり僕は、彼の方が落ち着くし、何だかんだ許嫁だったからね。だからって訳じゃないです。
でも、思い出しちゃったから……黒狐さんと妲己さんの事を。それを考えたら、ね……。
『あっ、椿ちゃん。道が!』
そして、僕が決めた瞬間、いきなり前の道が開けて、その先の広い場所へと繋がっていきます。反応が早いですね。
とにかく僕は、そのまま先へ進もうとしたけれど、その前にカナちゃんが、好奇心旺盛な目を僕に向けてきました。何だか嫌な予感……。
『という事は……椿ちゃん、決めたの?!』
「うん。まぁ、一応ね……」
『えっ、どっち? ねぇ、どっち!』
「レイちゃん、口塞いどいて!」
『むぐぅ~!!』
レイちゃんが着いて来てくれて良かったかも……なんて思っちゃいましたよ。
「もう聞いてこないですか?」
そんな僕の言葉に、カナちゃんは素直に頷いています。
それは本当かなぁ? でも、ずっと口を塞いでいたら会話が出来ないしね。
『もう~椿ちゃんったら、恥ずかしがっちゃって。でもどうせ、白狐さんか黒狐さんのどっちかでしょ? それなら、何で言いたくないの?』
「だって僕はもう、二度と2人に会う気は無いから。だからこのまま、2人とも大好きなままで、終わりたいんだ」
『えっ? 何で……?』
「だって僕、2人を殺していたんですよ。ずっと昔に、既に2人に会っていて、そしてその時に……」
久しぶりのカナちゃんとの会話のせいなのか、僕は感情が抑えきれず、涙が溢れてきてしまいました。
「思い出しちゃったんだ、僕。封じられていた記憶の事を、全部! 僕の中には、危険な力があったんだ。僕自身も使いこなせていない最高神の力が、僕の中にあったんだよ!」
本当は、誰かに打ち明けたかった。でも、僕のこの記憶の事を言ってしまったら、皆が知ってしまったら、危険に晒されるかも知れない。
だから僕は、皆とお別れしたんです。僕と一緒にいたら、それだけで危ないから。
『そっか……それを椿ちゃんは、皆には言わずに出て来たんだ』
カナちゃんはそんな僕を、優しい目で見ています。だけどその後に、真剣な顔付きになりました。やっぱり、怒られるのかな?
『椿ちゃんのバ~カ』
「はい?」
あれ? バカって言われた。これって、怒られているんだよね?
それなのにカナちゃんの顔は、あんまり怒っている様には見えないです。
「あの……怒らないんですか?」
『ん~? それは、後ろからやって来る方達にして貰おっかな~』
えっ? あっ! この沢山の妖気は……しまった! 何でこんな所に?!
もしかしてこの中って、妖気を感知しにくくなっているの?! そうじゃないと、こんな近くまでやって来ているのに、僕が気付かない訳が無いですよ。
「あ、あわわわ!! か、隠れないと!」
『何処にですか? 椿ちゃん』
後ろの迷路がもう機能していなくて、隔てる壁がなくなっている!! ちょっと広めの広場みたいになっているじゃないですか!
あぁぁぁ……もう皆階段から降りて来ているよ!
「わわわわ!! レイちゃん! カナちゃんを降ろして!」
『えっ? きゃっ! ちょっと!?』
そして僕は、咄嗟にそのカナちゃんの後ろに隠れました。
もちろん、尻尾もはみ出ない様に、足の間に挟んでいます。その直後、この広場に良く知った沢山の声が響きました。
『椿!!』
そうです。白狐さん黒狐さん、そして美亜ちゃんに雪ちゃんに、楓ちゃんとわら子ちゃんと里子ちゃん。更には龍花さん達4つ子の姉妹に、酒呑童子さんまでやって来ていました。
そんな皆が、一斉に僕の名前を呼んできています。
「香苗?! えっ、嘘……何でここに?」
その後に、雪ちゃんがカナちゃんの姿を見て驚いていました。これは読んでいましたよ。
でもこの後、どうやって皆から逃げようかなって、そう考えていたんだけれど、その前に白狐さん黒狐さんが、僕に向かって叫んできます。
『椿よ! それは隠れているつもりか?!』
『まさかこう何度も逃げるとはな……いや、それだけじゃない! こんな危ない事を、1人でやろうとしているなんてな!』
あれ? もしかして、バレています?! な、何で? ちゃんとカナちゃんに隠れてーー
『椿ちゃ~ん。私、幽霊』
あっ……どうりで皆の姿が見えると思いました。カナちゃん、幽霊だから透けていました……バレバレじゃないですか。
慌てていたからって、何をやっているんですか……僕は。いや、まだ大丈夫のはずです。人形のふりをしていれば。
『何をしとるんじゃ、椿。聞いているのか?!』
大丈夫。僕は人形、僕は人形……。
「僕は人形、僕は人形……」
『人形が喋るか。たわけ』
「わぁぁあ!! 声に出てたぁ! 白狐さん離してぇ!」
だけど白狐さんは、暴れる僕を離さずに、そのまま抱き締めて来ました。
「ふえっ?! ちょっ、白狐さん……?」
あまりにも急な事で、僕は動きを止めてしまいました。駄目です、急いで逃げないと。僕と一緒に居たら危険なんだよ。
だけど、強く抱き締めてくる白狐さんからは、どうやっても逃げられません。
『どれだけ……いったいどれだけ心配したと思っているんだ』
「うっ……」
『たった1人でこんな所に乗り込むなんて、何かあったらどうしていたんじゃ』
駄目、駄目です。白狐さんの言葉に、耳をかたむけたら駄目です。だって僕は……もう、決めたんだもん。白狐さんに決めちゃったんだもん。だから、駄目なんです。
白狐さんの匂い、何故か存在するこの温もり。仮の体でも、温もりはちゃんとあるんだよね。
白狐さんの声。心配してくる気持ち。全部全部、僕の心を折るには、十分過ぎる威力なんですよ。
「嫌……白狐さん。離して……」
『離すものか』
そう言われても、何だか徐々に頭かぼうっとしてきて、息苦しくなってきて……。
『白狐さん。それ、絞めてる絞めてる』
「きゅぅ……」
『ぬぁっ!? 椿!!』
地獄で僕達は、いったい何をしているのでしょうか?
ーー ーー ーー
「椿ちゃ~ん!! 良かったよ~無事でいてくれて!」
「里子ちゃん……」
その後、白狐さんから解放された僕は、皆に囲まれてしまいました。
そして、白狐さんから解放されたのに、次は里子ちゃんに抱き付かれています。こんなに尻尾を激しく振られていたら、無下には出来ないですよ。
早く進まないといけないのに、何ですかこの展開は!
『全く。分かっているのか? 椿。結局、皆がお前を心配して、こうやって危険を顧みずにやって来たんだぞ。分かったのなら、少しは反省をしろ』
そう言いながら、黒狐さんも僕に近付いてきます。腕を広げながらね……。
黒狐さんも、僕を抱き締める気満々ですね! でも何故か、僕は黒狐さんから距離を取っちゃいました。
あれ? 無意識に体が動いちゃった。
『ぬっ? 何故逃げる、椿』
「あれ? いや……」
『ほっ!』
「はっ!」
あれ? ついつい避けちゃいます、黒狐さんのハグを。
それはやっぱり、黒狐さんには妲己さんがいるからって、そう思っているから、体が無意識に避けちゃっている? 多分そうかも知れません。
あっ、黒狐さんが落ち込んだ。まぁ、良いです。
「それよりも、何で皆ここに来たのですか? 僕を連れ戻す為にですか?」
すると、そんな僕の言葉に、龍花さんが答えてきます。
「違いますよ、椿様。皆、あなたを手伝いに来たのです」
手伝いに? いや、それこそ危険ですよ。
僕と一緒に戦ったら駄目なんです。でも、そんな戸惑っている僕に、酒呑童子さんが話しかけてきます。
「椿、てめぇ。これが、自分だけの問題だとでも思っているのかぁ? あぁ? 違うだろうが。これは、妖怪達全員の問題なんだよ」
お酒飲みながら言っているけれど、そんな事は僕だって分かっていますよ。だけどね、それ以外もあるんですよ。
「それでも、僕と一緒になんかいたら……」
「記憶、戻ったんか?」
僕の言葉に、酒呑童子さんが間髪入れずにそう言ってきました。
この妖怪はどこから聞いたのか、僕の過去の情報を持っていたのですよね。だから、ここで誤魔化しても無駄なんで、素直に頷いておきます。
「やっぱりな。それで? 力がまだ使いこなせていないのか? 使ってみたのか?」
「それは……」
「けっ、怖いのかぁ? あぁっ? 俺はお前を、そんな風にはーー」
ちょっとそれはカチンときましたよ。あなたは僕の何を知っているんですか?
「怖いですよ!! それがどうしたんですか! だって僕は、その暴走した力で、白狐さん黒狐さんを殺しているんですよ!!」
『…………』
『…………』
そんな僕の言葉を、白狐さん黒狐さんは黙って聞いていました。
つまり、この事も多分、酒呑童子さんに聞かされているのでしょうね。だから、僕は続けます。
「ううん、暴走じゃないですね。あれは、確固たる僕の意思で、2人を殺したのです。だから僕は、皆と一緒にいたら駄目なんですよ!」
そして僕のその言葉を、皆も真剣な顔で聞いています。やっと分かってくれたかな? 僕は、それだけ危険な妖狐なのです。