第伍話 【2】 お母さんの存在って怖いですね
それから僕のお母さんも、妲己さんに向けて攻撃をしかけていきます。
「金華業炎!」
あれ? 僕のお母さんは『妖異顕現』と言わずに、妖術を発動しています。そういえば僕のお父さんも、言っていない様な気が……。
「光弓銀矢!!」
ちょっとお高そうな弓矢みたいに聞こえますよ。って、妖術の感想を言っている場合じゃないです。
僕のお父さんは、銀色の尻尾の毛を何本も束ね、それを妖気で弓にして、また尻尾の毛で今度は矢を作り、それを華陽に放っていました。
僕のお母さんは、金色の炎を掌の上に展開させて、それを妲己さんに向けて放っています。
ただ、どちらも避けられています。華陽も妲己さんも、そう簡単にやられるはずがないですね。
「全く……相変わらずのチート能力ね。術名だけで妖術を放つなんて」
それを見て、華陽さんが文句を言っているけれど、僕のお父さんとお母さんは、少し偉そうにして返しています。
「別に術名が無くても出来るぞ」
そう言うと僕のお父さんは、今度は何も無い所に、銀色の雷を落としました。
どうせなら華陽に落とせば良いのに、と思ったんだけれど……ちょっと待って下さい。その雷、地面に潜りませんでした?
「あら。それなら何で、わざわざ術名を言っているのかしら?」
あれ? さっきの雷が地面に潜った所を、華楊は見ていないのかな? 放たれた雷の事は何も言わずに、僕のお父さんにそう言っています。
すると、僕のお父さんとお母さんは華陽を見て、そしてまるで、それが当たり前であるかの様な、そんな表情をしてきます。
「それはもちろん、かっこいいーー」
「ーーからよ!」
僕のお父さんが言った後に、お母さんか続いて言い切ったけれど、この考えは僕もやっていました。だから僕も、術名は残していたんです。だって、かっこいいもん。
僕は間違いなく、お父さんとお母さんの子供です。
「その感覚は分からないわね~」
「分からなくて結構だ。それよりも、足下には注意しておけよ」
「はぁ? そんなのーーぎゃぅ?!」
華陽が、僕のお父さんとお母さんの感性に首を傾げていると、さっき地面に潜っていった銀色の雷が、華陽の足下から飛び出し、彼女に襲いかかりました。
それに反応が出来ず、銀色の雷を避けられなかった華陽は、見事にその餌食になっています。やっぱり、あれに気付いていなかったようです。
「ぅぁぁぁあ!! な、何これぇぇ?!」
しかも、その銀色の雷は中々消えず、ずっと華陽を感電させています。何ですか? これは……。
「俺の銀雷は、受けたら最後、己の行動に反省するまで感電し続ける。ほら、反省して改心しないと、黒焦げになるぞ」
それはちょっと強すぎますよ。お父さん。
だけどこの時の僕は、そのお父さんの姿を見て、誇らしく思っていたんです。そして同時に、両親に対して尊敬の念が強くなっていました。僕もこんな妖狐になりたい。そう思っていましたよ。
だから僕は、先ず形からと思ったのか、尊敬するお母さんのあの言葉を真似したのでしょうね。
「さぁ、負なる者。あなたは動かないのかしら?」
すると、その様子をただ見ているだけの妲己さんに、僕のお母さんがそう話しかけます。
だけど、その僕のお母さんの問いかけに、華陽の方が答えてきました。あの雷に耐えながらとか、どんな体をしているんですか?
「あはははは!! 妲己~! あんたの目的は、私を止める事。だからあんたは何もせず、私がここでやられるのを見ているだけで良いのよね~!」
「それなら、何で私を連れて来たのかしら?」
華陽の言葉に、当然の様に妲己さんがそう返します。
当たり前ですよね。だって、味方じゃないって分かっていながら、何で妲己さんを連れて来たのか、謎でしょうがないですから。
だけど、それは次の華陽の行動で、全部解けました。
「分からないの? 完全な白面金毛九尾の狐。その意志と意思を司るのは、私なのよ! そして妲己! あんたは力そのものよ! さぁ、暴れなさいよ!」
「なっ?! あ……ぐぅ!!」
華陽がそう叫んだ瞬間、妲己さんの表情が急に険しくなり、苦しみだしました。
何だか必死に抵抗しているみたいだけど、ちょっと無理そうです。妲己さんは僕のお母さんに向かって、掌を向けていました。
「あらあら……厄介な妖狐達ね」
その様子を見た僕のお母さんは、また相手の影から、自分の分身の様なものを出して、妲己さんの腕を掴みました。
でもあれ、分身というか実体に近いんですよ。だから、妖気も同じなんです。お母さんも強過ぎでした。
「それにしても……さっきの口ぶりからして、白面金毛九尾の狐は、3つに体が分かれる時、その存在意義が、その九尾の狐の『意志』と『力』と『体』に分かれたのかしら? そして華陽、あなたは他の2人を、その意志で操れるのね」
「その通りよ。はっ!!」
すると、僕のお母さんの言葉にそう答えた華陽は、自らの妖気を一気に膨れ上がらせ、そしてそれで、僕のお父さんの雷を弾いてしまいました。どんな妖気の質をしているんですか……。
「ちっ……普通弾くか?」
「大妖、白面金毛九尾の狐が華陽を、舐めるんじゃないわよ!!」
そして再度、僕のお父さんを睨みつけた華陽がそう叫ぶと、それを合図に、妲己さんが急に僕のお母さんに飛びかかりました。
因みに、妲己さんの影から出ていた僕のお母さんの分身は、妲己さんが出した、妖気を食べる妖術で食べられてしまいました。ちょっと見たくなかったです。
「妲己。あなた、意識はあるのかしら?」
だけど僕のお母さんは、妲己さんに向かって冷静にそう言います。
でも、駄目みたいですね。妲己さんは容赦なく、その爪で僕のお母さんを引き裂こうとしています。
「どうやら、駄目みたいね」
その攻撃を避けながら、僕のお母さんはそう言います。
すると、また影から自分の分身を数人程出すと、妲己さんを取り押さえました。
「ごめんなさいね。今のあなたの動きは単調ですし、そんなものでは私の足止めにもならないわ」
そう言った後、僕のお母さんは華陽を睨みつけます。
「少し、おいたが過ぎたわねぇ。覚悟は良いかしら?」
「……マっズいわねぇ。な~に本気になっちゃってるのよ~」
「だって、あなたにはこれくらい本気でいかなくては。ねぇ? あ・な・た」
「う……おぅ」
僕のお父さんまで怖がっていますよ。お母さん、どれだけ威嚇しているんですか? 耳の毛も尻尾の毛も、全部逆立っていますよ。
「あなたぁ? いくらなんでも、遊び過ぎじゃないかしら? 純粋な体術だけなら、あなたの右に出る者はいないのでしょう? 何で先程から、妖術ばかりなのかしらぁ?」
「は、はい……いや、あの。何か、策があるのではと……」
お父さんが敬語になっちゃった!
いや、でも……このお母さんの迫力は凄いです。空気がビリビリと震え、地面にヒビが入り、石の螺旋階段まで崩れそうです。
「あ~な~たぁ?」
「わ、分かった!! 本気でやるから! って、何を逃げようとしている! 華陽!」
「ひぇぇ!! な、何よ! 夫婦喧嘩でもしときなさいよ!」
「その原因はお前だろうが!!」
お父さんが半ば必死です。
そして、そのまま華陽に一瞬で近付くと、咄嗟に鋭い爪で攻撃してきた華陽の腕を掴みます。
ただその瞬間、僕のお父さんの後ろの岩に、大きな穴が空いたんですけど……。
どうやら、華陽も本気で攻撃をしたみたいだけれど、僕のお父さんはそれを涼しい顔をーーしてはいないし、ちょっと焦っているけれど、それでも簡単に止めたのですね。
「なっ!? ちょっ、嘘でしょう?!」
「悪いな。こっちも、もう余裕が無いんだ!」
「何よ。そんなに奥さんが怖いの?」
「当然だ。だが、お前には分かるまい……正座で約半日、淡々と説教をされる気持ちなんてな!!」
その僕のお父さんの言葉に、華陽は目を丸くしているけれど、これを思い出しながら見ている僕も、目を丸くしちゃいました。
すいません……それ、僕が受け継いじゃっています。僕って、お母さん似なんですね。
幼い僕は、この時の事を脳に刻み込んでいたんですね。そして、例え記憶を失っても、この時のお母さんの言動だけは、無意識にでも覚えちゃっていて、強者の姿はそれなんだと、体と脳が勝手に認識しちゃったのですね。
うん。やっぱり、お母さんという存在は怖いのですね……。