第参話 【1】 天狐様の居所へ
幼い僕の爆弾発言で、黒狐さんが慌てふためいているけれど、そこはお稲荷さん、直ぐに立ち直りました。
「全く……何という奴だ。白狐が苦労する姿が目に浮かぶ。それはそれで面白いがな」
「それならさ~あなたも一緒に、私の旦那さんになったら良いのに」
「それはそう簡単に約束するものでは無い」
「それじゃあ、どうやったら約束してくれるの?」
食い下がるね、幼い頃の僕は。この頃の僕は、諦めるという言葉を知らなかったんですよ。
「諦めん奴だな。良いだろう。この少しの間でも、お前が中々に面白い奴だと分かった。だから50年後、もう1度ここに来い。その時、俺が変わらずここに居たら、結婚を考えてやろう。その代わり、その時は白狐と別れろよ」
「えっ? 2人一緒には駄目なの?」
「駄目では無いが……くっ、分かった分かった」
多分、黒狐さんは独り占めしたいタイプなんでしょうね。何だか、ごめんなさいとしか言えないです。
するとその時、大きなお稲荷さんの石像が向いている道から、お父さんとお母さんが戻ってきました。
「全く、天狐ったら……」
「待て、あいつの方が位は高い、皆の前では……」
「分かっているわ。あっ、お待たせ椿。良い子にしていたかしら?」
今の会話はいったい……。
やっぱり僕のお父さんとお母さんは、天狐様より長生きなんですね。でも立場では、天狐様の方が上なのかな?
「うん! パパ、ママ。黒狐さんと、仲良くしていたよ」
そして、また元気に返事をする幼い僕だけど、お願いだから変な事は言わないでね。
「黒狐。娘に手は出していないだろうな?」
「ふん……こんなガキに手なんか……」
「え~? 結婚を考えてくれる約束したのに~?」
本当にさ……今ここで、幼い僕の口を押さえたいです。
だけど、これはもう過去の事。僕の頭の中には記憶として蘇り、しっかりと残されています。
だからもう、変更のしようが無いのです。我慢するしかいの? この羞恥的な出来事を見るのを。
その後にお父さんが、黒狐さんの肩に手を置きました。笑顔だけど、何だか迫力があるから、怒っているのかな?
「待て! 俺は何もしていないぞ! 寧ろそっちの教育の仕方に問題があるぞ! 誰かれ構わず求婚しているんじゃないのか?!」
「失礼な!」
「椿は気に入った妖怪にしか求婚しません!」
「それはつまり、気に入った奴には求婚しまくっているって事じゃないのか?!」
幼い僕の性格は、両親の過保護によるものだったようです。黒狐さんがツッコんでいるよ。
「貴様……!! 我が愛娘の求婚を拒否する気か!」
「手を出すなと言っているのに、求婚を断るなとくるか! いったいどうしたいんだ!」
「「椿の可愛さをアピールしたいだけ!!」」
お父さんとお母さんが揃って叫んでいます。
もう……僕の両親は、本当の親バカです。しかもそれを、幼い僕は嬉しそうにして見ているので、僕も僕でしたね。
「くそ……! とにかく、天狐様には話しがいったのだろう? 許可が出たのなら早く行け」
「あぁ、分かった。良いか、黒狐。例えそちらの嫁が2人になろうと、椿の旦那が2人になろうと関係無いからな。嫁には貰って貰うぞ。しかし、それまでは手を出すなよ」
「分かった分かった。早く行け」
「ふひひ~黒狐さん、約束だよ!」
何だかご機嫌な様子の幼い僕の言葉に、黒狐さんは後ろを向いたまま手を振っているけれど、何だか口元が緩んでいるような気がしますね。
でも、幼い僕はそれには気付かず、お父さんお母さんの後を追いかけて行きます。
とにかく、この先に天狐様が居るのですね。
やっと僕が知りたかった、過去の事件というものに迫ってきている気がします。きっと、その天狐様の所で、何かあったんだと思います。
「そうだ。良いか、椿。天狐様はな、稲荷の最上位の方だ。妖狐の中で1番偉いんだ。だから粗相の無い様、礼儀正しくな」
「は~い!」
1番強いとは言わなかったですね。そこに引っかかりを感じるけれど、まぁ良いです。どうせお父さんとお母さんが1番強いんだと、そう思っていそうです。
それから、鬱蒼とした茂みをかき分けて進むと、その先からまた石の階段と、千本鳥居が続いていました。しかも今度は、その鳥居の間の左右に1体ずつ、お稲荷さんの石像が置いてあります。
更に、石の階段は左に向けて、ゆっくりと曲がりながら山の上へと続いていました。その石階段の真ん中は、大きな吹き抜けになっていて、底が見えない程に深くなっていました。ここに落ちたら大変ですよ。
「パパ、ママ……」
「あぁ、ここには落ちないようにな。しっかりと手を繋いで行くぞ」
「あなたは左ね」
「おぉ……吹き抜けの方か」
「愛する者を守る姿って、素敵ね~」
「しょうが無いな」
僕のお父さんって、少しチョロく無いですか?
でもそこはやっぱり、お母さんの夫として、僕のお父さんとして、しっかりと守ってくれていたんですね。ちゃんと吹き抜け側に立って、僕達が落ちないようにしてくれているんだもん。
それにしてもこの吹き抜け、落ちないように柵を付ければ良いのにって思ったんだけれど、当時はまだまだ安全基準なんてものがあんまり無かった時代でしたね。
そして僕達は、また他愛ない話をしながら、先へ進んで行きます。だけどその途中で、お稲荷さんの石像から「お疲れ様です」って聞こえてきたりするんです。
お父さんとお母さんがそれに返している所を見ると、その石像って、本物のお稲荷さんが化けているものなのかな?
幼い僕も、首を傾げてその様子を見ています。
「気になるか? こいつらは、ここで修業中のお稲荷達でな。100年間こうやって、石像で過ごすのさ」
「100年も?! もしかして、私もそれをやらないと駄目なの?」
「ふふ。あなたは良いの、よ椿。この修業は、強力な妖気を手に入れる為のものなのよ。ここ妖界に溢れる妖気を、その身に取り込んでいく為のもの。あなたには既に、私達から受け継いだ強力な妖気があるわ。だから、これはしなくて良いわ」
お母さんのその言葉を聞いて、幼い僕はホッとしています。そっか、この時は確か、さっきの黒狐さんや、白狐さんとの約束が果たせなくなるかも知れないって思ったんだ。そうじゃなくてホッとしたんだ。
それにしてもこの階段……どこまで続いているんですか?
この姿になった直後にも、夢でこの場所を見た気がします。怖いイメージしか無かったけれど、今だとあんまりそれは無いですね。
寧ろ、徐々に神秘的な空気が漂っていくこの場所に、何故か懐かしさを感じてしまっています。
それは幼い僕も同じみたいで、キョロキョロと辺りを見渡しては、何かを思い出そうとしています。
「どうした? 椿」
「ん~ん、何でも無い」
だけど、ここが何で懐かしく感じるのか分からずに、心配するお父さんとお母さんに、幼い僕はそう返しました。
今の僕でも、ここが何で懐かしく感じるのかは、分からないです。何でなんだろう?
するとようやく、長く続いていた石階段の頂上が見えてきて、一際大きな鳥居が視界に飛び込んで来ました。
「あっ、やっと着いたの?!」
「あぁ、そうだ。あの鳥居の先が、天狐様の居る社だ」
お父さんが指差す先をジッと見る幼い僕だけど、10分程この長い階段を歩いたはずです。息が切れていないのは、どういう事かな?
それも僕のお父さんお母さん譲りで、体力が多いとか、そういう理由なんでしょうか?
そして僕達は、その大きな鳥居の前に辿り着き、その鳥居をくぐります。
するとその途端、また景色が一変して、神社の境内の中に入っていました。
もちろんそこには誰も居なくて、辺りには霧までかかっています。
こんな所に1人で来てしまったら、恐怖からその場で佇んでしまうと思いますよ。
すると、その霧の中から誰かがやって来ました。白い着物に白い袴を履いた、少年みたいな人です。
でも、僕の両親がその名を言った瞬間、僕は驚きのあまり心臓が高鳴ってしまいました。
「おぉ、八坂。どうだ? 天狐様の準備は出来たか?」
「はい、何とか」
八坂?! ってまさか、僕の通っていた学校の校長先生をしていて、僕達を騙し、脱神となった天津甕星に力を与えて復活させた、あの八坂さんですか?!