第拾伍話 【2】 黒い神棚への祈り
その後僕達は、公平にジャンケンをして、順番に教室を開けていく事にしました。
もちろん、開ける前に中の物音を確認してからですけどね。ただ、皆気絶していて静かだったとしたら、意味が無いですから、やっぱり教室の中を確認した方が確実なのです。
そして扉に触れるのではなく、どんな方法だとしても、扉を開けた時点で罠が作動するようです。
今は僕の番なんだけど……扉を開けた瞬間、巫女服を着たままなのに、真ん中に置いてある、湯気が沢山上がっている透明の湯船の縁に、四つん這いになって立ちたくなってしまっています。押されたら定番のやつをやりたい。
「はい!」
「いったぁい!!」
それを龍花さんが、何処から持ってきたのか、手に持ったハリセンで僕の頭を叩いてきます。それで正常に戻るんだから驚きです。
「う~いたた……龍花さん、ありがとうございます。でも、やっぱり気になります。そのハリセンって……」
「秘密です」
さっきから何回も聞こうとしているんだけれど、答えてくれません。何ででしょうか?
すると、何かの機を伺っていたわら子ちゃんが、頭を擦る僕に近付いて来て、コッソリ耳打ちをしてきました。
「あのね……実はあれ、いつもボケまくっている皆にツッコミを入れるためにって、龍花さんが魂を込めて作ったんだよ」
やっぱり自作ですか?! しかも入魂の一作! 逆に引きますね。
でも、それだけ魂を込めてくれたからこそ、効いているんでしょうね。この罠に。何て都合の良い状況なのでしょうか。
「聞こえていますよ、座敷様」
聞こえていたよ、わら子ちゃん。
表情は無表情だけど、龍花さんは恥ずかしがっていそうで、今にもわら子ちゃんのほっぺを両方から引っ張りそうですよ。
でも流石に、守ろうとしている大切な妖怪に、そんな事は出来ないみたいで、ハリセンを持ったまま僕に目配せをしてきます。まるで「早く次に行って下さい」と言わんばかりです。
「あの……また僕なんですか? 今やったのにーーあっ、分かりました。行きます」
右手に持ったハリセンの先を、左手で持たないで下さい。少し怖いです。
ーー ーー ーー
「はぁ、はぁ……あの、1階はこの教室で最後です」
『椿よ、大丈夫か?』
「白狐さん、心配してくれてありがとう。でも、体は疲れてはいませんよ。ただ、精神的に疲れただけです」
だってあの後、何個か教室を調べて行って、何回も龍花さんのハリセンの餌食になりましたからね。
そしてようやく、僕達は廊下の突き当たりに着き、1階では最後の教室にやって来ました。
問題なのが、ここにも何も無ければ、捕らえられた半妖の人や生徒達は、2階より上に居る事になります。つまり、またこの罠をかいくぐらないといけない事になります。
お願いします、ここに居て下さい。
そんな祈る様な思いで、僕はその扉を開けます。
するとそこには、沢山の人達が集まっていて、皆真正面に向かって正座をしていました。
居ました! こんな所に皆居た! 1階に居てくれて良かったです。何とか見つかりました。早くここから助けないと!
というかその前に、ここって教室ですよね?また空間を弄られたのかな?
この中とても広いです! まるで、何処かの神社の本殿みたいですよ。
「えっ?! 椿ちゃん!!」
「えっ? あれっ? 皆?!」
すると、僕がその部屋の中に入った瞬間、後ろから里子ちゃんの叫び声が聞こえたので、急いで振り返ってみると、そこにはもう扉は無かったです。
しまった。またやられた!
「嘘、また空間を……?」
これでも警戒はしていたんです。
だけど皆が、龍花さん達が対策しようとしている間に、僕はフラフラとこの中に入ってしまったのです。まるで、誘われる様にして……。
「皆……」
もうジタバタしていてもしょうが無いです。ここにも出口はあるはずだし、捕らえられた人達をそこから助け出す事も出来るはず。落ち着くんです、僕。これは逆に、チャンスなのです。
捕まった人達が1つの所に集まっているのは、とてもラッキーなのです。
もしバラバラに移されていたら、救出するのにも時間がかかり、下手したらその間に、相手に対策されてしまうかも知れなかったからです。
とにかく僕は、ゆっくりと皆の様子を確認していくけれど、正直怖くて仕方がないです。
だって、皆は一心不乱になっていて、その先の神棚の様な物を拝んでいるんですよ。しかもその中には、捜査零課の人達も居るんだけれど、僕の姿なんて見えていないようなのです。そしてこの神棚、黒いんですけど……。
「皆! 大丈夫ですか?!」
多分、これは聞こえていないと思う。それでも確認の為に、僕は叫んでみました。
うん、無反応ですね。駄目です。祈る行動に捕らわれていて、外的刺激は一切シャットアウトされている。
それなら、先ずは出口を見つけて、皆と合流しないといけない。ここは、このまま居たら危険です。
僕の全身の細胞が、そう叫んでいる。ここに居ては駄目だって。捕らわれた人達を助けるのが無理なら、今すぐ逃げろって。
だけど、僕が扉のあった方を振り返り、その一歩を踏み出そうとした瞬間、皆の拝む先、神棚みたいな物の横から、聞き覚えのある声が聞こえて来ました。
「全く。困った子だね、椿君。遂にこんな所までやって来るなんて」
僕にとっては、凄く久しぶりの声。だけど、色々と怪しんでしまっていて、今となってはもう、とても恐ろしい声に聞こえます。
お陰で足が竦んでしまって、僕はその場に立ち尽くしてしまっています。
逃げなきゃ。早く逃げなきゃ! でも、足が動いてくれない。この人はそう簡単に、僕を逃がそうとはしない。そんな先入観のせいで、ここから動けない。
それだけこの人の声が、以前とは比べ物にならない程に、凄みが増していたのです。
「や、八坂さん……あなたはいったい、何者なんですか?」
僕の口から出たのは、そんな言葉でした。何とか捻り出せた感じだけど。
自分の頭の中で、今までの情報がグルグルと駆け巡り、先ず真っ先に確認したい事が口から飛び出してしまいました。
「おや。私の事を『さん』付けか……校長とも呼ばないとはね。術が切れたのかい?」
やっぱり。僕も含めて、あの学校の生徒全員に、何らかの術を仕掛けていたのですね。
後ろでパチンパチンと何回も鳴るこの音は、扇子を閉じたり開いたりしている音ですね。
その度に僕の頭には「この人は学校の校長だ」という、変な概念が浮かんできます。
これ……前にやられた。あの時は抵抗が出来なかったけれど、今は違いますよ。
半年前、僕を女王気質にして操ったあの方法だけど、あれよりももっと強力で、縛り付けが強いですね。油断なんかすると、あっという間にまた「八坂校長先生」なんて、そう言ってしまいそうになります。
「くっ……それを止めて下さい、八坂さん! 僕にはもう、効きませんから!」
「ふむ……なる程ね。思い出した訳では無い。力を使いこなしている訳では無い。それなのに、その段階とは……」
そう言うと八坂さんは、再度強めにパチンと音を鳴らし、その後扇子を鳴らさなくなりました。ようやく諦めたのかな。
「はぁ、はぁ……もう一度言います。あなたは、何者なんですか?」
「それに答える義務は、私には無いだろう?」
「鎌鼬の半妖と偽り、華陽と裏で手を組んでいたり! いつから何ですか! 僕達をあざ笑っていたのは、いつから何ですか!」
「うん。その感情はよろしい。そして、1つ訂正をすると、私は華陽と手を組んではいない。つい最近、私のやろうとしている事を見せたが、共感はして貰えなかったよ。残念だ」
八坂さんは淡々と、何の感情の起伏も見せずに、そう話してきます。こんな八坂さんは怖いです。この人は、いったい何を見ているのか分からない。
「それと、君のもう一つの質問に答えるとしたら、最初から……かな?」
「最初から? それは、僕が妖狐になってから?」
「いや、君が入学してからだ」
「なっ?!」
八坂さんの言葉に、僕の心臓は一気に跳ね上がりました。それはどういう事? 入学の時からって、どういう事ですか?
「それは、いったいどういうーー」
「どういう意味も何も。私には最初から分かっていたんだよ。ある予言でね。君がこの学校に来る事は、ずいぶん前から分かっていたよ。とんでも無い神妖の妖気を持った妖狐が来るのをね」
「予言? まさか、件の……」
でもあの妖怪は、一説には凶事を占うって言われています。だから、そうピンポイントに僕の事なんて占える訳がないのです。
「いやぁ、それはたまたまだったよ。あの妖怪はたまに、世界が変わる重大な事を予言をする時がある」
「それと僕に、何の関係が?」
「鈍いなぁ、君は。君だよ。世界が変わる重大な事。それは君が、この世界に現れる事さ」
「ぼ、僕?!」
まだ僕は、八坂さんの方を向けない。
逃げないといけないと思っていても、つい聞いてしまう。だって、僕の封じられた記憶と関係がありそうで、もっと情報を聞きたくなっているのです。
駄目です。今は逃げる事だけを考えるんです!
だってここ……この場所に、僕がずっと感じていた、旧校舎のあの禍々しい気が溜まりまくっているんです。