第拾肆話 【2】 一息に飛び降りろ
その後僕達は、ここのダルマみたいな妖怪さんに案内され、この屋敷の屋上に戻って来ました。というか、割と簡単に外に出られましたよ。
僕が落ちて来たあの場所は、どうやら悪霊さん達が出入りする場所だったらしく、色々と細工をしていて、幻覚とかが見えるようにされていたようです。
そんな中を、良く一発で厨房に辿り着けたなと、凄く感心されちゃったけれど、良い匂いに吊られて辿り着いたなんて言えません。だって、僕が食いしん坊みたいになっちゃうもん。
それから、屋敷の屋上に出て来た僕の姿を確認したのか、あの黒い大蛇がまた迫って来ます。
「さてと。何があるか分からないし、金狐の状態にはならずに倒したいですね。それならーー玩具生成!」
そう言うと僕は、自分の妖術でけん玉を出します。もちろん、普通のけん玉じゃないですよ。黒い炎の塊を、けん玉に付いている玉の代わりにしています。
「そしてこれを……っと、たぁっ!!」
そして僕は、けん玉の持ち手をしっかりと握り締め、その黒い炎の玉をクルクルと縦に回し、勢いを付けた後に、黒大蛇目がけて飛ばします。紐は自由に調整出来るので、便利な飛び道具という訳なのです。
「シャァァア!!」
まぁ、こんなのでダメージは与えられ無いし、弾かれてしまいましたね。だけど……。
「よっ……! ほっ!」
そこは上手くけん玉の台を動かし、長い紐を使って玉を動かせば、また攻撃する事が出来る。だけど、今度は攻撃はしません。黒大蛇の口元、その周りを回転させます。つまり。
「キ?! シィィ……!!」
けん玉の紐で、蛇の口を縛り付けたのです。それでも威嚇音が出るなんて、蛇って怖いですね。しかもこの蛇は、まだ僕達に向かって来ます。他にも攻撃方法があるからね。
そう、僕達を締め殺そうとして来ています。だけど、僕はそれを待っていました。
「甘いです。狐狼拳!!」
「シ……ギィィィイ!!」
そのまま突進して来た黒大蛇の顔面に、火車輪で加速させた僕の拳を叩き込みます。
すると黒大蛇は、変な音を発した後に、霧で全く見えない下に向かって倒れて行き、そのまま姿を消しました。
あの……地面に倒れた音がしないんですけど。
「…………」
「…………」
そして皆も、無言で下を眺めています。
そうですよね。さっきので、地面が無いかも知れないと、皆思っちゃっているんでしょう。
だけどこれは、また空間が別の所に繋がっているという事かも知れないです。
そう思うと、皆よく飛び降りたよね。一か八かの賭けが当たっただけだったんだ。もう2度として欲しくないけど。
実は黒大蛇は、僕の舞いで何とかしたかったんだけれど、そんな暇が無さそうだったから、力ずくで気絶させました。
駄目だったかな……? そのまま地面の無い空間に、真っ逆さまに落ちて行っているんじゃないのですか?
「それで、誰が行くの?」
そんな沈黙を破ったのは、美亜ちゃんでした。
流石ですね。堂々としていて、何の気兼ねもせずにそう言ってきましたよ。
「もちろん、高い所が大好きな美亜ちゃんから……」
「嫌よ」
そうですよね。そして今気付いたけれど、何も旧校舎への道が、霧の下にあるとは限りません。
「とりあえず、下は危険そうなので、他の屋根に飛び移ーー」
そういえば、他の屋根が無いんですけど……。
周りには何もなくて、この屋敷の屋根しか無いです。どうしましょうーーと言っても、もうこれは飛び降りるしかないじゃないですか。
それに、白狐さんと黒狐さんがスマホで色々と探っているけれど、表情は曇ったままで、成果は無いみたいなのです。
「う~む……この霧もしや……」
すると、ダルマみたいな妖怪さんが、唸り声を上げてそう言うと、何かに気付いたような顔をして、僕に近付いて来ました。何でしょうか?
「やはり、間違い無い。よし、この事は翁に連絡しておく。あとでセンターから、空間を直せる妖怪を送って貰おう。お前達は、その旧校舎とやらに急ぐのだろ? ほれ、今は大丈夫だから飛び降りろ。旧校舎に向かいたいと、強く念じるだけで良い」
「えっ……?」
するとその妖怪さんが、いきなり僕を突き飛ばしました。
「きゃぁぁぁあ!!」
この際、悲鳴なんて何でも良いです!
黒大蛇の巨体が地面に落ちる音がしなかった、この底無しの空間に、僕は落とされてしまいました!
落とされた瞬間に、皆の悲鳴も聞こえてきたけれど、それよりも、僕はこのままどうなっちゃうの?!
物凄い落下の速度が体を襲い、あの屋敷の屋根から落ちた時を思い出してしまうけれど、短時間で何回も高い所から落ちるとは思わなかったです。今日の僕はツイていません。
「あぁ……このまま僕は、永遠に落下する運命なんだ。皆ーーごべっ?!」
するといきなり、目の前に地面が現れて、そのままの速度でその地面に落ちてしまいました。
だけど、そんなに痛くない。急に落下の速度が減速した? いや、違います。これは単に、それ程高くない所から落ちた感じです。な、なんで……?
それと、急な出来事だったから、僕は大の字で地面に落ちてしまい、鼻を思い切り強く打ってしまいました。
「う~いたた……って、このボロボロの廊下。ここはまさか、旧ーーぎゃうっ?!」
「いったたた……あ~ビックリした。何よ? これ。何が起きたの?」
ちょっと待って下さい。
ボロボロの廊下に、ホコリとカビ臭い臭い。ここが旧校舎の中なんじゃないのかと、そう判断しようとしたら、上から美亜ちゃんが落ちて来ました。それも、僕の頭の上に。首がおかしくなるところでしたよ。
「あら、椿。ごめんなさいね」
「そう思うなら、早くそこから退いて下さい」
美亜ちゃんのお尻は、あんまり大きくないのですね。ちょっと骨が痛かったけれど、黙っておきます。怒られそうだから。
だけど、このパターン。まさか他の皆も、上から落ちて来るってオチなんじゃ……。
「美亜ちゃん。早くここから離れないと……」
「えぇ、分かっているわよ」
僕の上から退いてくれた美亜ちゃんにそう言うと、僕は素早くその場から離れます。だけど……。
「きゃぁぁあ!!」
「えっ? 僕の上から悲鳴? って、ギャフン?!」
また僕の上から誰かが落ちて来ましたよ! 何で場所を変えたのに、きっちり僕の上に落ちて来るんですか!
「わぅ……び、びっくりした……」
このフサフサ尻尾は、里子ちゃんですか? そして、また僕の頭の上に……。
「って、椿ちゃん!?」
だけど、里子ちゃんは直ぐに僕に気付いてくれました。気付いてくれたんだけれど、なかなか退きませんね。嫌な予感がします。
「あぁ……椿ちゃんが、私のお尻を」
「快感に打ち震えないで下さい!」
「きゃぅん!!」
僕は何もしていませんからね。僕の後頭部の上に乗っかられていたから、何も出来ませんよ。
とにかく、僕は慌てて起き上がり、里子ちゃんを頭の上から落とすと、また急いでその場から離れます。
それなのに……。
「ぁぁぁあ!!」
「またですか?! ぎゃぅ!」
今度は雪ちゃん。慌ててそこから移動しても、また僕の上から、今度はわら子ちゃん。そして楓ちゃんまで落ちて来ました。わら子ちゃん……幸運の気を張っておいて欲しかったです。
「はぁ、はぁ……もう、これ以上は」
もう立てなくなって、その場から移動しない方が良いと思ったんだけれど……。
『うぉぉぉ!!』
「やっぱり駄目なんですか~!! ぎゃぅう!!」
白狐さんが落ちて来ました。ここからは重量が違うから、僕死んじゃうってば!
『うぉっ! 椿よ。何故我の下に?!』
「あっ、白狐さん。できたらそのままでお願いします」
『何?』
その後、白狐さんが倒れた僕を抱き抱えてくれたので、次は大丈夫そうです。だって、この状態なら……。
『おぉっ?!』
『ぐわっ!』
黒狐さんが落ちて来て、白狐さんの頭とごっつんこしました。
何で頭を下にして落ちて来ているのですか? というか、皆順番に落ちたの?!
「さて……あとは4人と、レイちゃんですか……」
それから僕は、もう覚悟を決めて立ち上がり、天井を見上げます。だけど、そこから現れたのは……。
「あっ、椿様、座敷様。それに他の皆さんも、無事でしたか!」
朱雀の羽を広げ、他の3人を担いだ朱雀さんでした。
ついでにレイちゃんも、フワフワと飛んで降りて来ましたね。どうやら、この人達は心配する必要無かったです。
とにかくあの霧は、思った場所に転移させる妖具なのですね。旧校舎に行きたいと思っていたら、本当に行けましたから。
という事は、皆が最初に飛び降りた時も、僕の所に向かいたいと、そう思ったからなんですね。そして今もね。だから、ピンポイントに僕の真上に……。
もう最初から、一息に飛び降りてしまえば良かったんですね。無駄な時間を過ごしてしまった気がします。




