第拾話 【1】 酔っ払った椿
それから、僕の舞いが終わった後は、2人の神様と一緒に、白狐さん黒狐さんまで混じって宴会になっています。
神様の宴会なんて、ちょっと萎縮しちゃうけれど、チビ賀茂様が沢山料理を持ってくるし、お皿までちゃっかり僕達の分も用意されていたんですよね。
「いや~しかし。あれは良いものじゃったぞ、椿よ。心が洗われた。それに、何時までも小言から逃げてはいかんな。うむ」
そんな中、ほろ酔い状態の高龗神様がそう言ってきます。そうですね、逃げてばかりじゃ駄目ですよ。
そうだ。ついでに僕も、聞きたかった事を聞いておこうかな。
「あの……賀茂様と高龗神様に、ちょっと聞きたい事があるんです」
「ん? なんじゃ?」
「おぉ、何でも申してみい。答えてやるぞ」
お酒のせいで気前が良くなっていますね。
お酒って凄いです。僕も年齢的には飲めるんでしょうけど、ちょっと止めておきます。お酒の匂いだけでクラクラしてきましたからね。
「神様とか邪神の中で、人を操って集める神様っています?」
「沢山おるな」
「うむ。賀茂の言う通り、神なんて八百万の神と言うくらい、それこそ無数におるからな」
「あっ、そうでした……」
僕とした事が、肝心な事が頭から抜けていました。
日本にはそれこそ、無数に神様が居て、それぞれがそれぞれで色々な事をやっています。それこそ、悪い事や良い事等も色々です。
『ふ~む……そうなるとやはり、直接調べに行くしかないのか』
『しかし白狐、危険だぞ』
その言葉を聞いた白狐さん黒狐さんも、難しい顔をしながらそう言っています。
「あぁ、伏見区にある学校の旧校舎の事か。全校生徒がそこに集められてしまったという事件じゃな」
「うん? 賀茂よ。そんな事があったのか?」
「つい最近じゃ。それがどうも、妖怪の仕業では無い感じゃな」
「むぅ……あそこは多くの神が住む地でもあり、伏見稲荷では、天狐によるあの儀式が……いや待てよ、よもや脱神ではなかろうな?」
「なっ……!?」
高龗神様のその言葉に賀茂様が驚き、白狐さん黒狐さんも目を見開き、お酒の入った器を持ったまま硬直しちゃいました。
「お~い、白狐さん~?」
って駄目ですね。目の前で手を振っても、全然反応が無いです。
「高龗神、その……それは流石に……」
「無いと言いたいか? しかし、こそこそ動く者がおるんじゃろ?」
それって前の校長先生、八坂校長ですね。
未だにあの人の事を校長って言っちゃう程に、すり込まれてしまっています。
『えぇ、八坂と言う者が……』
「何じゃと? 八坂神社の守り人、八坂次郎の事か?!」
「あっ、はい。そうです……って、守り人? えっと、鎌鼬の半妖なのに?」
思わず僕が間に入っちゃいました。でも、それくらいびっくりしたのです。
名前からして、そこと何か関係がありそうとは思っていたけれど、深く考えてはいなかったですね。
「そう偽っておるのか……全く」
偽っていた? それなら八坂校長先生は、鎌鼬の半妖じゃないんですか? それなら、あの人はいったい何者なんですか?!
「ただすまんが、彼奴の事は妾にも分からん。数回会った事があるが、可愛らしい子供じゃったぞ」
それは、いったい何十年前なんでしょうか……。
今あの人が……えっと、何歳だっけ? 白髪だから、結構歳がいっている気がするけれど、そういえば知らなかったですね。
「高龗神様、それって何十年前ですか?」
「いや、数年前じゃぞ? 八坂神社の催事の時に、少し様子を見にの」
「へっ?!」
益々訳が分からなくなってきました……。
ちょっと待って下さい。そうなると、あの初老の男性の姿は、いったいなんなのですか?
妖気は殆ど無いので、変化も出来ないでしょうし、出来てもそんなに長くは持たないはずです。
『どういう事じゃ? 奴は半妖では無かったのか? それに、数年前は子供の姿だと? それならその後に……いや、その前から校長をやっていた様だ。つまり、子供の姿で数年間校長を?』
白狐さんまで混乱しています。
僕だって、八坂校長の正体が分からなくなってきて、その人物像がぼやけてきてしまっていますよ。
だって僕達を騙して、何か悪い事をしようとしているのなら、あの時の態度は……僕達への対応は、半妖への対応は、全てが嘘だったというのですか?
もう、何も分からないです。
でもとにかく、八坂校長という存在が、何か鍵を握っていて、華陽も茨木童子すらをも越える何かをしようとしているんですね。
そしてもう一つ。高龗神様が言った、謎の神様の名前。それについても聞いてみます。
「高龗神様。さっき言っていた脱神って、いったい何なのですか?」
「む? それはじゃな……ん~これは言って良いものなのか……? 妖怪センターから最重要機密事項として、硬く口止めされている。本来その名を言う事も、良しとはされていない」
「えっ、それじゃあ何で?」
「もう、隠している場合では無さそうじゃからの」
高龗神様がお酒を一口飲むと、真剣な顔で僕を見て、そう言いました。
「お主、妖怪への信頼が強そうだ。これは、聞くべきでは無いと思うぞ」
「信頼……ですか。でも、全ての妖怪が良い妖怪とは限ら無いですし、人々に存在を忘れられないようにと、色々やっちゃっていますから、もう今更ですよ。だから何があっても、僕の妖怪さん達への想いは変わらないよ」
だから僕は、真剣に見てくる高龗神様の目をしっかりと見て、そう言い返します。
「ふふ、臆さず返すか。良かろう」
「しかし、高龗神……」
「良い。小言が1つ増えるくらい、もう気にせんわ。あの素晴らしい舞いを見せて貰った礼もあるしの」
あの……高龗神様、それって完全に開き直っている気がしますよ。まぁ、それで教えてくれるのなら、舞って良かったかな。
その前に、緊張して咽が渇いてきたので、ちょっと飲み物をーーあっ、この白くて甘い匂いがしたの、凄く美味しそう。
「んっ……? あっま。なにこれ?」
「良いかの? 脱神というのはーー」
あれ? ちょっと待って下さい。さっきの飲み物を飲み干した瞬間、頭がフラフラしてきちゃいました。
『ん? どうした椿よ。顔が赤ーー』
「うゃは~! 白狐さ~ん!」
わ~い。何でだか知らないけれど、ちょっと気分が良いです!
それに何故か、白狐さんに抱き付きたくてしょうが無かったので、もう抱き付いちゃいます。
『ぬぉっ?! つ、椿よ。落ち着け! どうした?!』
『おい待て! 何故、白ーーんむっ?!』
黒狐さんにはキスしちゃいま~す。
あれぇ? 2人が慌てているのを見ていると、何だか新鮮で楽しいですね。もっとしたくなっちゃうよ。
「どうした? まるで酔っぱらっているようなーーはっ!? その手に持っているのは、甘酒か?!」
『いや、賀茂様。甘酒で酔うなんて、椿がそんなに酒に弱ーー』
「白狐よ。妾が特別に作らせて、アルコール度数を倍に上げとるぞ。ふむ、これは話どころでは無いの。よし、辛気くさいのは止めじゃ! 今は宴会中、楽しむぞ!」
あぁ、そうでした! 今は宴会中なんでしたね。それだったら、楽しまないと損なのです!
「ま、待ってくれ……! 高龗神、今のは結構重要な話では?」
「そんなのお前も知っとるだろ? 白狐と黒狐も知っている様だし、何ならセンターから許可を貰ってから話をせい!」
「そうですよ、賀茂様~そんなに気にしてばっかりいるから、小さい事まで気にしちゃって、それでこんなに小さくなっちゃったんでしょう?」
神様とかもう、そんなのは関係ないです。ここに居る全員、立場とかは無くなっています!
だから僕は、全力ではしゃぐんです。賀茂様の頭を上から軽く叩いても、子供みたいと馬鹿にしちゃっても、へっちゃらなのです。
「ふ、ふふ……相当酔っているな椿。酒の席だ。そういうミスもあろうが、そこはしっかりとしないとな。椿よ、罰として私とキーーんっ?!」
何だか、弟みたいで可愛いんです。もしくは、小動物みたいな可愛さ? だからこれは、愛情のキスじゃなくて、スキンシップみたいなキスです。
それなのに、白狐さん黒狐さんは目を見開いて驚いていて、その後凄く嫉妬していそうな表情をしています。しょうが無いなぁ。
それから僕は、放心する賀茂様を置いて、白狐さん黒狐さんの下に駆けよると、白狐さんからキスをします。でも、普通のキスなんかじゃないですよ。大人のキスです。
恥ずかしいとか、そんなのは無いです。ただひたすらに、この気持ちを伝えたいだけです。
僕の大好きを。
『んんぅっ!!』
「ん~ぷはっ……! 次、黒狐さん~!」
『何?! んぅっ!!』
勿論、黒狐さんの方にも大人のキスですよ。白狐さんと同じ位に好きですから。
でも何でかな? 2人とも僕からキスをした瞬間、鼻血出して倒れちゃいました。
「よ~し! それじゃあ、また舞っちゃうよ~」
「おぉ、良いぞ良いぞ!」
何故かバランスが取りにくいけれど、別に良いです。舞いたいから舞うんです! 狐のお面の子達が出て来なくても良いです。僕は舞います。
「ついでに脱いでしまえ~」
「分かりました~!」
『なぬっ?!』
『それだけは駄目だ!!』
「高龗神! それだけは止めて下さい!」
今ので、放心していた賀茂様と、気絶していた白狐さん黒狐さんが復活しました。あの言葉の何処が衝撃的だったんだろう? 別に脱ぐくらい、何ともないですよ!
「よ~し、ひっく……! それじゃあ上から!」
『止めんか、椿!!』
『もう完全に酔っているだろう!!』
「僕は酔ってな~い!」
『『酔ってる!!』』
2人に止められてしまって、服を脱げません。そんなに嫌なんですか? 僕の裸を見るのが……。
「ふっ……うぐ。僕の裸なんて、2人は見たく無いんですね」
『何でそうなるんじゃあ!』
『誰か、椿を止めてくれ!』
そんな事を言われても、僕は頭がフラフラして、体が浮かんでしまいそうなくらいの、そんな多幸感に包まれているんです。
だけど何だか、同時に……凄く、眠く……。
「う~白狐さん黒狐さんの、馬、鹿……」
『ん? 椿?』
『おぉ、寝たのか……た、助かった~』
「ふむ、残念じゃの。まぁ良い。十分に楽しめたし、妾は帰るとするか。椿に宜しくの。また吞もうと言っといてくれ」
『『もう勘弁して下さい!』』