第玖話 【1】 急がば回れ
あれから僕達は、急いでおじいちゃんの家に戻り、任務の報告をして、レイちゃんが復活した事をおじいちゃんに言いました。
「ご苦労じゃった。それに、霊狐が復活したと。つまり、またあの旧校舎に入れると……」
「そうです、おじいちゃん。だから今すぐーー」
「ならん」
「な、何で?!」
「危険過ぎるわ」
おじいちゃんの言っている事も分かるけれど、それでもこれは、チャンスなんです。
向こうは……八坂校長はもしかしたら、僕達が結界を壊す方法を、かなり限定的なものだと、そう認識しているかも知れないのです。
だから今なら、奇襲出来るかも知れないのですよ。
「でも、向こうが何もして来ないのは、その結界が安全だって思っているからで」
「八坂はそうは思うとらん。それに忘れたか? 妖魔人を出入りさせているのを。むしろこれは、罠じゃと考えるべきじゃ」
「そんな……」
確かに、罠と考えた方が説明は付くよ。
妖魔人の出入りを隠そうとしていないのは、堂々と出入りさせているのを見せて、僕達に妖魔人の居場所を教え、奇襲させるのが目的かもしれないよね。
でも、あんな強い妖魔人が居ると分かったら、奇襲も襲撃も成功しないと思って、余計に罠かもって警戒させちゃうよ。
わざわざ堂々と見せるかなぁ……?
『椿よ、また頭から煙が出とるぞ』
「うぅ……また考え過ぎちゃって……」
「椿、焦る気持ちは分かる。じゃが、もう少し情報収集をしてからの方がーー」
だけど、おじいちゃんがそう言い終わる前に、酒呑童子さんが僕達の居る部屋に入って来て、スマホの画面を見せて来ました。
「そうも言っていられない事態が起きたぞ」
その画面には、情報サイトのニュース動画が流れていました。
『今日お昼頃。伏見区の学校で、その校内にある旧校舎に、全生徒が入って行き、そのまま出て来なくなるという事件が起きました。現在警察では、調査に乗り出していますが、何故かその校舎には入れず、捜査は行き詰まっております』
「おじいちゃん、これ!」
「む、むぅ……」
これはもう、じっくりと調べている時間なんて無いんじゃなのですか?
「ぷはっ……あ~ヒック。お~、翁よぉ。心配なのは分かるが、もう敵さんも待ってはくれないって事なんだろう。八坂の野郎は何かしようとしていやがる。それなら、早めに潰しておかねぇと、これで亰嗟にも動かれたら、もうどうしようもねぇだろう?」
相変わらずお酒を飲みながら、おじいちゃんに話しかけている酒呑童子さんですが、おじいちゃんの目が険しくなっていっていますよ。
「亰嗟の方は、お前さんが何とかせぇ」
「んなっ?!」
「元々お前さんが何とかすると言ったじゃろうが!」
「いや、確かに言ったがよ! あいつ等……」
「なんじゃ?」
「いや、まぁ……なんだ、分かった。そっちは、俺が何とか抑えておく」
何だろう。酒呑童子さん、歯切れが急に悪くなりましたね。何かあるんですか? それと、随分久しぶりに美瑠ちゃんを頭に乗せていますね。
「鬼丸。鬼丸。あれ、言わないの?」
「うるせぇ。まだ時期じゃねぇ。こいつらには先ず、目先の事を何とかして貰わないといけねぇ。そもそも今の亰嗟は、華陽の行動を見ているに過ぎない。それまでは、ただ領土拡大をしているだけだ」
酒呑童子さん。重要な情報だったら言ってくれないとダメなんですけど。
だけど、皆がそれに文句を言う前に、酒呑童子さんはおじいちゃんの部屋から出て行っちゃいました。それなら僕は、酒呑童子さんを信じますよ。
「全く……彼奴は相変わらずじゃな。こうなっては仕方ないの。白狐黒狐、それに椿。旧校舎に向かい中を調査し、可能ならば捕らわれた者達を救出するんじゃ。椿はあのメンバーと一緒にじゃぞ? 分かったか」
「うん、分かった」
「亰嗟の方は、酒呑童子が押さえてくれるじゃろうから、鬼達の心配はするな」
そしておじいちゃんは、テキパキと僕達に指示を出し、ついでに手元のスマホで、誰かに連絡もしています。達磨百足さんとか、捜査零課の人達かな?
それにしても。おじいちゃんのその妖怪専用のスマホって、画面の表示形式が大きいですね。あれって人間が使っているような、お年寄り向けのスマホみたいな物なのかな?
「むぅ……この妖怪用の“すまほ”とかいう携帯は、未だに慣れんのぉ……今までので良いと言うたのに、折り畳み式のコンパクトな物を廃止するとはのぉ。人間達の方はまだ廃止されとらんのに……」
それって、ガラケーの事でしょうか?
やっぱりこっちも、時代の流れに乗ってという事なのでしょうね。それでも、その携帯を一気に廃止にするなんて、妖怪の方は思い切った事をしますね。
すると今度は、僕の妖怪専用のスマホの方に、メッセージが来ました。
「あれ? これって」
「いや、なに。これはやっておいた方が良いんじゃろ?」
おじいちゃんから、チャットアプリの友達承認が来ていました。
人間達の方も有名な物が沢山あるけれど、僕達の方は1種類だけです。
その名も『KAINE』です。
チャットと通話、更には日々の呟きまで出来るのです。
チャットではスタンプも送れるし、無料通話も出来て、人間達のものと機能はさほど変わらないです。
ただ1つ。妖怪専用のこのアプリは、手配書アプリや、妖気感知アプリとも連動しているので、任務の手助けをして欲しい時に、その手配書と妖気を送り、その妖怪にヘルプ信号を出す事も出来るのです。
今までもそれで、増援を頼んでいたりしていたのです。結構便利なんですよ。
そんなアプリをようやく、おじいちゃんも使えるようにしたのですね。これで、増援の連絡がまた取りやすくなったんだけれど……1つ、問題が発生しました。
「おじいちゃん。それスタンプだって……」
「うっ……ぬぬ。ちょっと待て、文字はどうやって打つんじゃ?」
「あ~もう、下の方にねーー」
おじいちゃんがこれを使いこなすのに、時間がかかりそうな事ですね。
ぬりかべさんのどや顔がある、OKスタンプばっかり送ってこないで? あの妖怪さんあごが凄いからさ、このどや顔はキツいってば。
「あっ……! だから、そっちは違うよ。それ、写真選択だから」
「ぬぬ、下に空白等……」
「空白と言うか、ラインが入ってーーだから、そこじゃなくて!」
何でしょう、これ。何というか……。
『端から見たら、孫娘がおじいちゃんに、スマホの操作を教えているみたいじゃの』
それです白狐さん。
早くこんな事は終わらせて、皆に集合して貰って、今回の事情を説明して、旧校舎に行きたいのに~!
「まぁ落ち着け、椿よ。今さっき任務を終えたばかりじゃろうが。そんなに連続で任務をしても、疲れるだけじゃ。先ずは捜査零課の調査を待ってから、旧校舎に向かえば良い」
むっ……確かにですね。何の準備も無しに向かって、敵の策略に嵌まってしまったら意味がないです。
でも、全校生徒達の安否も気になるし、何よりその学校側が、何をするか分からないのです。最悪、取り壊しを進める場合もある……。
それも、ニュースで会見とかすれば、直ぐに分かるんでしょうね。
人間達の出方。捜査零課の動き。それを全て見てから動いた方が、スムーズに動けるかも知れませんね。
「ふぅ……分かりました。それなら今日はたっぷりと、おじいちゃんにスマホの操作を教えて上げます」
「ぬっ? いや、これは儂1人でも……」
「いや、スタンプ連投しないでくれます?」
それ、戻るボタンじゃないから。おじいちゃん、ちょっとボケて来ましたか? 鞍馬天狗なのに。
そして今度は、氷雨さんが項垂れているNOスタンプばっかり送らないで。雪女さんだから、落ち込み方が凄いです。何だか、気持ち寒くなってきているんですけど? 画面から、冷気出てないよね?
『翁、墓穴を掘ったな』
「ぬぐっ……」
黒狐さん。それはどういう意味でしょうね。
「よっしゃ……! 今日の特集はこれでOKやな」
ん? 更に上空から、浮遊丸さんの声?
何だか気になったので、僕は上を見上げます。すると浮遊丸さんが、僕とおじいちゃんの様子を写真に撮っていました。
「浮遊丸さん。それ、何に使うの?」
「何って、そりゃあ……」
そう言って向かったのは、おじいちゃんの部屋の出入り口。そしてそこには、雪ちゃんの姿がありました。
「ありがとう。カメラマンさん」
「いやいや~どういたしましてや~報酬はもちろん?」
「はい」
「うっひょぉ!! 椿ちゃんの未洗濯のお洋ふーーあっ」
「ん? 椿からカインのスタンプメッセージ。お母さんのNOスタンーーあっ、ちょっと、椿待って……!」
待ちません。なに裏で手を組んでいるんですか?
なんとなく気付いてはいたけどね。僕のファンクラブの写真、浮遊丸さんが撮っているんじゃないかなってね。
でもね、その報酬はなんですか? 最近僕のお洋服が、洗濯に出した後、戻って来るのに時間がかかっていたんだけれど……なるほど、そういう事でしたか。
そして、それを堂々と見せていると言う事は……。
「僕にーーいえ、私に罰して欲しいという事ですね。十分に分かりました」
「待って、椿。金狐モードは流石に……」
「雪さ~ん! 今自分の居る場所、忘れてたやろう!」
「そう言う、浮遊丸こそ……」
厄介な人達が手を組みましたね。これ以上、僕への被害が拡大する前にーー
って、何だか沢山のスタンプが送られて来ているんですけど!
「ちょっと、何をやっているんですか? 変なスタンプばかり送らないで下さい! おじいちゃん!」
通知音が連続で鳴って、気になるってば!
それに送られて来たのは、達磨百足さんのガッツポーズと、ヘビスチャンさんが仕事をしている姿と、最後は浮遊丸さんの疑問顔ですか。
何だかどれもしっくりときているけれど、最後のは少しイラッときましたよ。
「いや、じゃから。文字がのぉ……」
「ですから~!!」
まさかの金狐状態のままで、僕はおじいちゃんに再び操作説明をしているけれど、後ろの2人が逃げそうです。
「よっしゃ、今の内や!」
「あっ、無理……」
「そうですね。逃がしませんよ」
影の妖術で捕らえておきましたからね。さて、おじいちゃんに説明をしている間、くすぐりの刑です。
「あひゃひゃひゃひゃ!! 待て! ちょい待ちぃ! これは流石にあかんてぇ!」
「椿、ごめん。悪かったから……くっ、あはっ、あはははは!!」
実は何気に、雪ちゃんが笑ったのって初めてかも。何だかちょっと、嬉しいですね。