第拾参話 【1】 賀茂様からの呼び出し
おじいちゃんの家に帰ってきた僕達は、早速おじいちゃんと達磨百足さんに、色々と報告をしました。
僕達の方は、あんまり収穫は無かったのですが、和月さんを連れて来たので、この人からある程度聞き取りを行い、信頼出来るかを確認するそうです。だって敵だったんだもん、当然です。
それは和月さんも分かっていたようで、納得していました。だけど、和月さんも丘さん同様、あんまり情報は持っていないようです。
そんな事後処理も終わり、軽く妖怪食も食べ終えた僕は、少し休もうと自室へ向かっていたのですが、そこに賀茂様の式神が現れました。
「椿よ、任務は終わったか?」
「びっくりした……えっ? 任務に行っていた事、何で知ってるいるんですか?」
咄嗟にそう返しちゃいました。いきなり現れたから、敵かと思って身構えちゃったよ。
だけどチビ賀茂様は、気にする様子も無く続けてきます。流石は神様の使いですね。
「ふっ。我々は気に入った者に対しては、いつでも何処でも目を光らせて見ているのだぞ。気を付けよ」
つまり、僕は常に監視されていたと……落ち着いて生活出来ませんよ、それは。
「あぁ、安心しろ。何処に何しに行っているか程度しか分からない。だから、着替えやプライベートを見ていたりはせん」
咄嗟に体を隠して、目を細めて見ていたから、感づかれてしまいました。
「それで、何か用ですか?」
「うむ……私の本体が呼んでおる。一緒に来てくれんか?」
「賀茂様が?」
いったいどうしたんでしょう? 何か緊急事態でも起きたのかな。
だけど、僕が不思議そうな顔をしていても、チビ賀茂は何も言わず、僕の返事を待っています。
「分かりました、行きます……でも」
「分かっている。白狐と黒狐も一緒にと言っている」
因みに、物陰で見ているのもバレていますよ、白狐さん黒狐さん。出て来た方が良いと思います。
「白狐さん黒狐さん。そういう訳なんで、出て来て下さい」
『ぬぅ……バレておったか』
『白狐、最初からバレている感じだったぞ』
そうでしょうね。チビ賀茂様がチラチラと、2人が隠れていた方を見ていましたからね。
「まぁ、2人は椿の夫だ。一緒に来るのは当然だろう」
「夫……」
もう僕は、それでは反応しませんよ。動揺なんかしません。
それなのに何故か、2人に笑顔で頭を撫でられました。
『顔が真っ赤じゃぞ、椿よ』
『恥ずかしいのを我慢しているのがバレバレだ』
後ろから覗き込まないで下さい。別に、恥ずかしがってはいません。慣れていないだけです。
そして僕は、早く賀茂様の所に行こうとして、足早に玄関へと向かうけれど、チビ賀茂様に止められました。尻尾を掴まれてね……。
「くっ……! チ、チビ賀茂様……い、いきなり尻尾は……」
「いや、まさか先に行こうとするとは思わなかったのでな。なに、わざわざちんたら移動しなくても、式神の能力で、上賀茂神社まで飛べるわ」
えっ? そんな能力があるんですか?
それなら最初から言って欲しかったです。そうしたら、無駄に尻尾を掴まれる事はなかったのに。
「は、な、して、下さい!」
「いやぁ……思った以上の触り心地で、手が離れんのだ」
僕は尻尾を思い切り縦に振って、手を振り払おうとするけれど、チビ賀茂様は離すどころか、より強く握ってきます。それ、手が離れ無いじゃなくて、離さないですよね?
『おほん。申し訳ないですが、それ以上は遠慮して貰いたい』
『俺達が嫉妬して、椿に迷惑をかけてしまう』
白狐さん黒狐さん。あのスキンシップ、ちゃんと迷惑な事だと分かっていたんですね。分かっていてやっていたんですね。
もう今更なんで責めないけれど、結局僕はまだ、2人にいいようにされていたんですね。
「分かった。では、こちらだ。広い方が良いのでな」
そう言うとチビ賀茂様は、おじいちゃんの家にある広い中庭へと向かって行きます。
あの……出来るだけ皆にも、この事を気付かれないようにしたいんだけれど、そういえば他の皆は、おじいちゃんに別で何か言われていました。
他の任務でも入ったのかな? それなら僕達だけで、この方法でお邪魔できるかな? 集団で行くのは、お正月くらいにしておくべきですね。
ーー ーー ーー
そして僕達は、中庭に出た後、おじいちゃんに見送られ、上賀茂神社へと飛んできました。
庭にあっという間に、転送する為の陣を描いちゃったので、流石神様の式神ですね。
「凄~い、チビ賀茂様! あっという間にーー紙になっちゃってる?!」
チビ賀茂様を誉めようと下を見たら、人型の紙がヒラヒラと舞って、地面に落ちました。
な、何で? 何か想定外の事が起きたのですか? 急にこんな……
「おぉ、来たようだな」
「あ、賀茂様! あの……賀茂様の式神の、チビ賀茂様が、転移した後に紙になっちゃった!」
「ん? あぁ、そりゃ転送なんて事をしたから、私の力を使い切ったのじゃろう? ほれ」
そう言って賀茂様は、地面に落ちた紙に手をかざすと、途端にその紙が、さっきのチビ賀茂様に変身しました。
「あっ……」
何だか……その、色々と恥ずかしくなってきてしまいました。
僕ってば、真剣に心配しちゃって……というか、白狐さん黒狐さんは分かっていただろうから、言って欲しかったですよ。それなのに、ニヤニヤと後ろで眺めているだけなんて……。
「いや~、まさか私の式神に対して、そんなに心配をしてくれるとはな~可愛い奴じゃな」
『賀茂様。私の嫁ですからね? 手出し無用です』
『白狐、俺のだ。良いですか、賀茂様。まだ椿は、どちらにするかは決められていない。そこに賀茂様まで入ってこられると、椿が混乱してしまう』
「ふむ、残念だな。まぁ、良い」
でもさ、その前にね……。
「2人とも。とりあえず、正座してくれますか?」
『あっ、しまった!!』
『一旦逃げるぞびゃっーーこぉ?!』
逃がしません。僕は2人の尻尾をしっかりと掴んで、そのまま笑顔を向けます。
「座って?」
『『はい……』』
それでも、説教は後です。
それよりも先ずは、賀茂様が僕を呼んだ理由を聞かないといけません。
「それで、賀茂様。今日は、何でお呼びしたのですか?」
「おぉ……2人は、そのまま正座かの? はは、椿は良き妻になるな」
「それは良いので、早く話して下さい」
賀茂様は、神様なんです。無礼は駄目、無礼は駄目です。だから、ちょっと怒りたくなっても、それは抑えないと。良き妻というかね、2人が悪いんですよ。
「うむ、実はの。つい先程、北区の船岡山で、邪気を感知した。しかもこれは、相当な負のエネルギーでな、人々に影響が出るかも知れん」
「邪気って、そんな……いったい何が?」
「分からん。それを調べて欲しいのだが……」
『敵が、椿をおびき寄せる為に、何か仕掛けたかもしれない……と』
「うむ」
白狐さん、それは僕も考えましたよ。それでも、妖怪が人に迷惑をかけていたら、僕の描く理想の世界を作れないじゃないですか。
だから、何としても止めます。例えそれが、敵の罠だったとしてもです。
「白狐さん。念の為に、おじいちゃんの家に連絡をして下さい」
『分かった。翁もとっくに気付いているかも知れないが、それでも報告は重要だからな』
そう言って、白狐さんはスマホを取り出し、電話をかけ始めます。
多分わら子ちゃんか、龍花さん達が来るんじゃないでしょうか。
「黒狐さん。妖気が厳しそうなら、白狐さんと一緒に、おじいちゃんの家に戻って下さいね」
『大丈夫だ。無茶しない程度にサポートしてやる』
言うと思いました。本当にもう……せっかく心配したのに、そう返されたら何も言えません。
それになにより、2人と一緒に居ると、僕の心が落ち着きます。結局僕は、2人に居てくれた方が戦い易いです。
それだけ、白狐さん黒狐さんを頼りにしているんです。だから、消えないで下さいね。