第拾弐話 【2】 そこは母として
その後、また元の姿に戻った僕は、赤木会長のお母さんである垢舐めさんと一緒に、その会社のビルを出ます。
三間坂さんは、捕まえた亰嗟の人達の処理に追われる事になり、僕達と離れました。
それから、美亜ちゃんも呪術を解きました。
1度呪術を張ったらそのまま張り続けられるから、本当に美亜ちゃんの能力は凄いです。
「ふぅ……今回は終始、椿がやったわね。まぁ、私はこれ以上戦うとちょっとヤバかったし、別に良いわ」
あぁ、美亜ちゃんもしかして、精神が負の感情に蝕まれていました?
そこはやっぱり呪術ですね。使いすぎると、精神を蝕まれていきますから。今回は無茶をさせすぎました。
「ごめん、美亜ちゃん。無理させーーふやっ?!」
「はぁ~気持ちを落ち着かせるには、椿の尻尾を触るのが1番ね~」
そんな事を言われたら抵抗出来ないし、反論出来ません。美亜ちゃんの馬鹿野郎。
それに気付いた皆まで、触りに来ちゃったじゃないですか!
「姉さん~自分も今回、超~疲れたっす。緊張もしたし、気持ちを落ち着かせる為に、触らせてくれっす!」
「ちょっと、楓さん。椿ちゃんの尻尾は、先ず私が触るんだから!」
「あの~とりあえず、皆の物でしょ? だから、順番に触っていきましょう」
「賛成賛成~」
「僕は癒し道具じゃな~い!!」
放っておいたら、皆勝手な事をしていきます。勘弁して下さい。僕の意思は無視ですか?
すると次の瞬間、大きな平手打ちの音が辺りに響きました。
なんだか清々しい程の綺麗な音だったので、これは相当痛いはずです。
そして僕は、音のした方を確認します。
するとどうやら、見事な平手打ちをしたのは、垢舐めさんですね。相手はもちろん、赤木会長です。やっぱりこうなるんですね。赤木会長が、変態だから。
でも話を聞いていると、何か違うような気がする。
「宗二。あなたは、親不孝者です」
「母上……」
うわ、いきなりその言葉は応えるんじゃないんですか? 赤木会長が呆然としていますよ。
「親の言う事を聞かず、親の心配を他所に、こんな危険な事をするなんて、何を考えているんですか?」
「しかし、母上」
「黙りなさい。あなたはまだ中学生、未成年ですよね? 保護者の同意も無しに、こんな事をしてはなりません」
「だけど、私は半妖で……」
「半妖だろうと人間だろうと関係はありません。子供と同じです。おとなしく大人の言う事を聞かなければなりません」
垢舐めさんの言っている事は、痛い程に分かる。
だけどやっぱり、自分の親を助けたいと思うのは、子供としては当然だと思いますよ。
だけど、僕もお父さんとお母さんに怒られるのかな?
あれだけ止めてと言われている事を、進んでやってしまっていますから。それでも僕は、お父さんとお母さんに言いたい。一緒に生きたい、ってね。
それと、赤木会長を動かしたのは僕ですから、今回責められるのは僕だと思います。
そう思った僕は、垢舐めさんにそれを言おうとしたけれど、また白狐さんと黒狐さんに止められてしまいました。
『まぁ、待て。あの者はちゃんと、母親に事情を説明している。椿に言われてという事もな』
『その上で、垢舐めは赤木会長を怒っている。分かるか?』
「うっ……」
そうでした。赤木会長の方が年上なんだから、本来は止める立場だ、という事を言いたいんですね。
それでもやっぱり、理屈で感情を抑えるのは難しいと思いますよ。特に、自分に近しい者になればなるほどね。
「母上……言いたい事は分かりました。しかし、それでも私は……!」
すると垢舐めさんは、急に赤木会長を抱き締めてきました。
「それでも、私を助ける為にと、心強い仲間を作ったのですね。危険な事に変わりはないけれど、それでも宗二、あなたのその勇気ある行動に、母は嬉しいですよ」
「母、上……すみません……ごめんなさい」
いつものあっけらかんとした赤木会長は、いったい何処へやらですね。
母親に抱き締められて、号泣して、まるで小学生みたいですよ。それだけ、お母さんの事が心配だったんですね。
「ごめんなさい。あんな人を父にしてしまって……あれでも、若い頃は良い人だったのに。そのせいで、あなたの中学入学と同時に、私達は引き離されてしまいましたからね」
「良いんです。母上……あなたが無事なら、私はそれだけで」
そう言いながら、お互いの無事を再確認しています。
だけど、そんな早くに引き離されていたという事は、その時には既に、赤木会長のお父さんは、垢舐めさんの正体を見抜いていたんですね。
本当に人間って、時としてあり得ない考えに至る時があるし、自分では理解出来ない事象を、あっさりと認める時があります。
だけど、赤木会長のお父さんの恐い所は、その妖怪の存在に恐怖せずに、逆に利用しようとした事。でもそれは、和月さんも一緒ですね。
「おほん。親子の感動の再会は、もう宜しいかな? 垢舐めさん。申し訳ないですが、少しお話しの方を……」
するといつの間にか、三間坂さんが僕達の方にやって来ていて、垢舐めさんにそう言ってきます。
「あっ、えぇ。分かりました。私に分かる事は、全てお話しします」
そう言うと、垢舐めさんは立ち上がり、赤木会長に一言言うと、三間坂さんの後を着いて行きます。ちゃんと、赤木会長に手を振ってです。
そして赤木会長、振り返さなくても良いですよ。その行動で、十分マザコンって分かりました。ちょっと反応が、普通とは違いますからね。
「ん? あぁ、失礼! みっともない所を見せてしまったね」
そして赤木会長は、僕達の視線に気付いて振り返るけれど、ちょっとどころじゃない様な気がします。だけど、気にしない方が良いですね。赤木会長には、僕も聞きたい事がありますから。
「赤木会長。あの、校長先生……あっ、八坂校長先生が何処に行ったか、分かります?」
「やはり、それか……」
僕のその言葉を聞いて、赤木会長はあからさまに表情を曇らせました。という事は……。
「すまない。あの人は、私達生徒会にも、全く何も言わずに姿を消したのだ。だから私でも、その居場所は分からない」
やっぱりそう簡単には、あの人の居場所は分からないですね。それだけ、何もかもが謎なんです。
だけど僕の予想では、恐らくあの学校の旧校舎に隠れているんじゃないかなって、そう思っています。
だって強力な結界があるし、1度レイちゃんの力で破って、出入りをした事があっても、結界自体が壊れた訳ではなかったんです。それに合わせて、あの禍々しい気もあります。
何だか、嫌な予感がするんです。
またレイちゃんの力で破ればと思うけれど、出会った頃の小ささに戻ってしまったレイちゃんには、結界破りの能力は無いみたいなのです。
あの時、レイちゃんが最初に取り込んだ妖怪の魂、あれが相当強力だったようで、今も頑張って大きくなろうと、レイちゃんは色んな妖怪の魂を取り込み、その妖気を吸っているけれど、あんまり大きくなっていません。
つまり、今僕達には、あの旧校舎に入る術は無いんです。
『椿、そう難しい顔をするな。引き続き、あの4つ子に調査をさせれば良い』
白狐さんがそう言いながら、僕の頭を撫でてくるけれど、僕の不安は拭い去れません。
華陽よりも亰嗟よりも、八坂校長先生の方が危ないんじゃないでしょうか?
今は校長先生じゃないし、八坂さんと呼ぶ方が良いんだろうけれど、これがどういうわけか、まだ校長だと思っちゃっている所も、あの人が何かしていった証拠なんでしょうね。
だけど今は、皆を信じて待つしか無い。
そしてそのまま、僕は白狐さんにもたれかかります。それと同時に、お腹まで鳴っちゃいました。
『馬鹿者。妖気の使いすぎじゃ。だからあれほど言っただろうに……』
「ご、ごめんなさい。白狐さん……」
そしてどういう訳か、今僕は、お腹の音を聞かれて恥ずかしいと、そう思っちゃっています。
おかしいな……別にお腹の音くらいって思うけれど、何で白狐さんと黒狐さんの前だと、こんなにも恥ずかしいんでしょう。
『よし、白狐。俺が椿を抱っこして連れて行く』
『いいや、我だ』
その後はいつも通り、白狐さんの後ろから黒狐さんがそう言ってくるから、また喧嘩が始まっちゃいました。
どっちでも良いから、早く僕を抱っこして連れて行って下さい。足に力が入らなくなってきました。早く妖怪食を食べないと、このまま倒れちゃいますよ。
「あの……白狐さん、黒狐さん。早くして?」
このままじゃあ埒があかないので、僕は白狐さんにもたれ掛かったまま、上目遣いでそう頼んでみます。あっ、両方とも顔が赤くなっています。
『『うぉぉお!!』』
「わぁっ!? ちょっと?!」
するといきなり、2人が一緒になって僕を担いで持ち上げると、そのまま頭の上に掲げて猛ダッシュして行きます。
ワッショイワッショイじゃないです。流石にこれは目立つから、むちゃくちゃ恥ずかしいってば! 何しているんですか、2人とも!
あっ、だけど目付きがおかしいので、僕の言葉なんて聞いていないですよね。
そして、僕はおじいちゃんの家に着くまで、2人にそうやって運ばれてしまいました。