第拾壱話 【2】 引き抜き交渉
その後に僕は、ある事を試します。
「金華浄槍!!」
浄化の炎を纏わせた尻尾を槍に変え、相手の出した岩に向かって突き刺します。これで貫けるかどうかの確認だけど……無理でしたね。かなり硬いです。
「どうしました? ご自慢の攻撃は、この私には通じませんよ!」
「少し黙りなさい。無なる者」
だけどそういえば、この人は以前、心が分からないと言っていましたね。でもさっき『屈辱』とか言いませんでした? それって、心が無いと言えない事ですよね。
相手の和月さんは次々と、本に記された妖怪と、自分の考えた妖怪を出してくるけれど、それって、どれだけの集中力が要るんだろう?
既に書かれているのはともかくとして、オリジナルなんて、変な考えが頭にあると中々出て来ないはず。
それさえ封じれば、あとは僕の想像の範疇で対応出来そうです。
何よりも恐いのは、オリジナル妖怪でこの辺りを吹き飛ばす……なんてやつを出される事です。
「……思った以上に、強くなっていましたね」
「当然です。あれから私は、お前に勝つ為に、お前を倒す為に、必死にこの精霊の妖具を使いこなそうとしていましたからね」
こんなにも僕に固執するなんて。それだけ、あの時の敗北が悔しかったんですね。でも、やっぱりそれって……。
「ふふ。あなたにも心が出来ましたか、無なるーーいえ、負なる者」
「えぇ、そうですね。これが感情と言うのなら、これが心と言うのなら、それを生みだしてくれたあなたには、感謝の気持ちも湧いてきます。しかし、それはそれ、これはこれ。私とあなたは敵同士。特にあなたは、私の金稼ぎの邪魔をする!」
「あら。私の下に来れば、もっと稼がせてあげますよ」
「んなっ?!」
お金儲けにがめついこの人の事。絶対に食いつくと思いましたよ。そのせいで、気持ちが乱れている様です。
だから、ここからもっと揺らがせて上げますよ。
この人も、亰嗟自体にはそこまで固執をしていない。丘さんと同じようにね。
金稼ぎが出来れば、それが莫大な額で稼げるのなら、どんな事だってする。何処にだって、誰にだってつく。それがこの人、和月慎太という人間なのです。それならば……。
「私は、特級のライセンスを持っています。特級でしか受けられない、最上位のSSランクの依頼も受けられますよ。内容は、妖怪、人間、国。その全てに関わる程の事。そこに、巨大なビジネスマネーがあるのは、当然ですよね?」
「くっ……」
揺らいでる揺らいでる。お金の事しか頭に無い人でも、自らの命の危険がある場所で、ずっと稼ぎたくはないはずですよ。
それでも、それだけの力を貰える事で、今までは何とか安全を保っていたのでしょうけれど……。
「このままここに居るようでは、あなた、丘さんの様になりますよ」
「…………」
遂には黙ってしまいました。だって、身近な人が2度敗北し、そして死んだのですからね。
自分も、ここで敗北したらそうなるのではないか?
そんな事が頭を過ぎったから、今僕に向かって、自分の出せる戦力全てを、投入しているんですからね。
だけど、それでも悩み揺らぐのは……丘さんが死んだのは、僕達の方についたからです。
だから、まだ疑っている。このまま僕達の方についたら、自分も同じ様にーーってね。でも、そこは僕もちゃんと考えていますよ。
「私達の下についたら、直ぐに殺されるんじゃないのか? そう思っているんでしょう? 大丈夫ですよ。鞍馬天狗の翁に頼んで、新センターの方で、裏方をやって貰います。もちろん私専属で、SSランクの任務を担当して貰いますよ。そこに巨額のお金が動くなら、センターに還元すると約束して貰えば、少しくらいは報酬として、それを分けても良いですよ」
「ふっ……それを私が、横領するかも知れんぞ」
「それが出来ると思いますか?」
おじいちゃんの家の妖怪さん達を、あんまり舐めないで下さい。それに、そんな事を考えているのなら、浮遊丸さんを付けますよ。
「まぁ、良いでしょう。しかし、この屈辱だけは拭い去れない。ですから、ここでの決着だけは、キッチリと着けーー」
「あぁ、それはもう着いていますよ。強化解放。神風、神威斬!!」
こうやって話している間に、浄化の風を溜めておきました。そしてあとは、一本だけ真空の刃を出して、そこに乗せるだけです。
それで相手の土の壁も、接着剤みたいな肉の壁も、全部綺麗に斬れました。
「なっ……!」
「チェックメイト、ですかね?」
和月さんは斬られていません。丁度その2つを斬ったところで、威力が落ちて掻き消えましたからね。計算どおり、上手くいって良かったです。
だからあとは、尻尾を槍にして伸ばし、相手の首元に突き付ければ、これで勝負有り、ですよね?
「ちっ……ここまで完膚無きまでにやられるとは」
「あなたのその妖具、面白いですが、出すのに時間がかかるのが厄介ですよね。だからこうやって、身を守らないと駄目。それも緊急事態が起きると、途端に動けなくなるんですよ」
だって僕は、自分の周りの壁にある肉の妖怪は斬っていません。つまり和月さんは、逃げ場無しなんです。出入口は、僕の後ろにあるだけ。
ここから脱しようとして、その肉の妖怪を片付けようとしても、本を閉じるその動作がいります。その隙に首を貫かれたら、一貫の終わりですよね。
「参りました。ここまで完敗すると、屈辱もなにもあったもんじゃないです。逆に清々しいですね。さて、約束して下さいよ。この妖怪エネルギーのビジネス、それ以上の稼ぎがある事をね」
「えぇ、私と居れば巨額の富どころか、もっと楽しい事が起きますよ。負なる……いえ、和月慎太さん」
そして和月さんは、少しだけ苦笑いし、僕に背を向けます。
「着いて来なさい……捕らえている妖怪はこっちです」
「あっ、その前に、扉の方をお願いします。その妖怪の息子さんが来ているので」
「んっ? あぁ……つい癖で、これを開けっ放しにしてしまいますね」
そう言うと和月さんは、手に持っている本を閉じて、扉を固めていた妖怪を消します。と同時にーー
「「「「きゃぁぁあ!!」」」」
皆がなだれ込んできました。
どれだけ必死に扉を開けようとしていたんでしょうか? 僕なら大丈夫なのに。
そして、僕がまだ金狐状態を解いていないのには、理由があります。
「椿君~!! 大丈夫かい?! 怪我をしていたら、私が舐めて消どーーく……」
やっぱり赤木会長は、変態会長なんでしょうか? とりあえず尻尾の槍を、今度は赤木会長の首元に突き付けておきます。
「お、落ち着け……これは私の能力なんだ。怪我を舐めたら、傷が綺麗に治るという能力なんだ!」
「本当ですか?」
「う、お……あっ、あぁ」
「それじゃあ、次お願いしましょうか。それで嘘でしたら、その舌……引っこ抜きますからね。負なる者」
「あ、あぁ……わ、分かった」
赤木会長が縮こまってしまいました。多分、嘘だと思います。でもこれで、大人しくしてくれるよね。
それに、赤木会長は僕の事よりも、お母さんの心配をしないと。
「あっ、そうだ! 母上!」
忘れていたんでしょうか? 赤木会長は、その事を思い出したかの様にして、和月さんの案内する先へと走って行きました。
とりあえず、感動の再会がありそうなので、罰は止めておきます。
そして僕は、ここでようやく元の姿に戻り、そのまま皆と一緒に、和月さんの後を着いて行きます。
『良くやったな、椿よ』
『しかし、あの亰嗟の人間を引き込むとは、椿も中々考えるじゃないか』
すると、僕の横に白狐さんと黒狐さんが来て、僕の頭を撫でてきました。
それは嬉しいけれど……ちょっと考え事をしているので、あとにして欲しいです。
『どうした、椿よ』
「う~ん。あの和月さんは、お金の為なら平気で裏切りそうです……それなら、今の内に」
そう言って僕は、巾着袋から例の首輪を取り出します。これで、言う事を聞かせれば……。
『止めろ、椿。これ以上奴隷を増やしてどうするんだ……』
黒狐さんに止められちゃいました。やっぱり駄目ですか。そうですよね……僕だって、奴隷を沢山増やすつもりは無いですから。
でもそうなると、和月さんには気を付けておかないといけません。何かで釘を刺せれば良いんだけど……。