第漆話 【1】 椿の舞い
Sランクの妖魔は50体。そのどれも、全くダメージを受けていないです。おじいちゃんはやり過ぎですよ……。
だけど、これくらいは神妖の妖気無しでやらないと、妖魔人も十極地獄の鬼達も、どれも倒せないんですね。
それなら、何とかやってみるしかないです。
すると僕の目の前から、大きくて尖った顎をした妖魔が突進して来て、その顎を地面に突き刺すと、思い切り地面を捲れ上がらせてきました。
「このっ!」
とりあえず、自分の妖術でけん玉を出し、紐で繋がった先の玉を大きくします。
そのままそれをぶつけて、倒れてくる地面を壊して瓦礫にします。でも、さっきの妖魔が居ません。
「妖気は……上!」
僕は咄嗟に妖気を察知して、相手が上から迫ってる事を理解すると、上を確認するよりも、先ずはその場から離れる事にして、後ろに飛び退きます。
もちろん、白狐さんの力を解放して、出来るだけ遠くにです。
同時に、さっきの妖魔が地面にその顎を突き刺し、地面を陥没させてきました。どんな破壊力ですか。
「先ずは君からーーって、あれ?!」
う、腕が上がらない?! 石みたいに重い。他の妖魔に何かされた?
辺りを確認すると、丁度僕の真横から、大きな目をした細長い妖魔が僕を見ていました。あいつですね……。
催眠? 目を合わせずにはおかしい。微かに聞こえるのは……変な音? あの目から、そんな微弱な音を? おかしな能力を持った妖魔です。
それよりも、この数を相手にするのは流石にキツいですよ。
更に上から、大きな翼を付けた、プテラノドンみたいな妖魔が迫って来ている。違うのは、口が横に長い事。
あれはどうやって使うのかな。と、そう思っていたら、普通に刃みたいになっていました!
「さぁさぁ!! 早速3体にロックオンされたで! しか~も! 何かされたのか、腕が上げられ無いようやでぇ! おおっと?! 更に地面の下から、何かが迫っている!!」
実況の浮遊丸さんは楽しそうです。
それよりも……確かにもう1体、地面の下から僕に向かって迫って来ていました。
逃げまくっていたら駄目でしたね。
妖魔の能力を次々と分析して対処し、そして封印。これをほんの数十秒でやらないと、とてもじゃないけれど、Sランク妖魔全捕獲は不可能ですね。
だけど僕は、それをやってみます。
皆を心配させない為にも、白狐さん黒狐さんに頼られるようになる為にも、僕はここで、妥協をしてはいけないんです!!
「よ~し……たぁ!!」
「うぇ? なんやぁ?! 椿ちゃんが、めっちゃ高くジャンプした!」
あれ? 知らないんですか? ホッピングって玩具。あれを小型にして、両足に取り付けたんです。そして、思い切りジャンプをしただけです。
ついでに白狐さんの力も使わせて貰ったから、天井ギリギリまで一瞬で跳べましたよ。天井に頭が付きそうでした。
でもそのおかげで、目が大きい妖魔は僕を見失ってしまったようで、能力が解除されました。腕が動きます。
その後、空を飛んでいた妖魔さんが僕に向かって来ましたけどね。
先ずは、この妖魔さんからやらないといけませんね。
「相手の影は地面だし、遠いですね。それなら、黒槌岩壊!」
そして今度は、黒狐さんの力を解放して、ハンマーにした尻尾を相手に向かって振り抜きます。
ただ、相手は飛んでいるので、これは避けられます。そのまま相手は、横に長い嘴の刃で、僕を斬りつけようとして来るけれど、まだ僕の攻撃は終わっていませんよ。
「黒焔狐炎尾!」
尻尾のハンマーを黒い炎に変えて、相手に巻き付かせます。
「……!!」
逃げても駄目。このまま大人しく捕まって下さい!
だけど相手の妖魔は、凄いスピードでその場から逃げようとしています。
でもね、それも読んでいましたよ。だから、僕が狙っていたのは、相手の翼です。
とにかく妖魔は、その炎から何とかして逃げようと、燃え移ろうとしている炎を消そうと、むちゃくちゃに飛びまくっています。
おかげで、地面に近付いているのにも気付いていません。射程距離ですね。
「影の操!」
「!!」
これで1体捕まえました。
そのまま巻物にーーと思ったけれど、地面から迫っていた妖魔が飛び出してきました。
まるでクジラの様にして、地面から飛び出すと同時に大きく口を開け、僕を飲み込もうとしています。
「嘘でしょう?!」
とにかく急いで、さっき影で捕まえた妖魔を封じると、咄嗟に僕自身の妖術でヨーヨーを出し、それを観客席に投げて椅子に巻き付かせると、そのまま巻き取って、自分の体を引っ張り移動です。
閃空の真似事みたいだけど、千一君の技だと思えば、あんまり嫌な気分にはならないかな。あの子も犠牲者だったんだから。
そう思いながら観客席に着地して、どうやって巻物に封じようかと考えていたら……。
「おぉぉ!! 椿ちゃんのフサフサ尻尾!」
「ずるい~! 私も触る!」
「俺もだ!」
「次、僕~!!」
「いやはや……この歳になっても、こんな思いをするとはな」
近くの観客の妖怪さん達が、僕の尻尾を触ってきました! しまった、全員魅了されている。
「あわわわ!! 皆、僕の尻尾を見ないでぇ!」
ついでに言うと、今試験中ですからね。邪魔しないでぇ!! って、あっ、そうか! これを使えば……でも、妖魔に効くかなぁ?
駄目で元々! Sランクは1体捕まえているし、昇級は出来そうです。だから後は、思うがままに暴れてみます!
「ほっ!」
そして僕は、その場で飛び上がり、尻尾を触ってくる皆から脱すると、再びSランク妖魔がひしめくドームの中央に降ります。
「さてと。上手くいくかなぁ? 踊った事が無いから、こういうのは良く分からないけれど、妖魔を全員魅了させるとしたら、これしか無いよね」
人語を理解していなくても、その目も鼻も、耳だって機能しているはず。それなら捉えられるはずですよ。僕が踊っているのをね。
すると、僕が「踊ろう」とそう考えた瞬間、不思議な事が起こりました。
自分の頭の中に、踊り方が流れてきたのです。それと同時に、曲まで頭に響いてくる。
封じられていた何かが紐解かれるみたいにして、次々と湧いてくる。
トントンと響く太鼓の音。
踊りを彩る横笛の音色。
全て……知っている。僕は全部知っている。この曲を、この踊りを……。
踊りたい。妖魔を捕まえるとか、そんなのはもう関係ないです。ただ踊りたい。この場に居る全ての者を、癒す為に。
足が動く。手が動く。
自然に、昔からこれを踊っていたように、ただしなやかに。そして気が付くと、僕は左手に扇子を握っていた。いったい、いつの間に?
ううん。これは、妖気を含んでいる。僕がずっと、持っていたもの。ある妖具で隠していたもの。巾着袋とは違った、空間に物を隠す小さな風呂敷の妖具。
そして、これは妖気を含んだ祭器。それと、この踊りは……。
「つ……椿ちゃん。何か踊って、何しとるんや?」
「こ、これは……!」
気持ちが落ち着く。でも、僕の心臓の鼓動は早い。集中して、ただ僕は舞う。しなやかに、でも綺麗に、ゆっくりと丁寧に。
見ている人、妖怪、その全てを落ち着かせ、癒す為の踊り。いや、これは舞いですね。
気が付くと、どこから現れたのか、狐のお面を被って、白い袴と、白い薄手の着物を着た少年少女達が、僕の周りを囲うようにして座り、僕の頭に響いていた曲を演奏していた。
ついでに、この人達も知っている。夢の中? とにかく、そんな場所で1回会っています。
『やっと……だね』
『うん、やっとやっと』
演奏しながらも、僕の頭に声が響いてくる。でも、僕も舞いは止めない。
『神休めの舞い』
『椿ちゃん。君は、選ばれたんだよ。だから、あの力が宿ったんだよ。そしてこの舞いを、舞えるんだよ』
どういう事でしょう? でもとにかく、君達はまだ僕に、何も教えてくれないよね。
『反動が……ね』
『でもね……君は、どの妖狐よりも強いよ。そして、可愛いくても妖艶で、どの妖怪、どの妖魔の癒やしにもなれるんだよ。それが幻影だろうとね。ほら、見てごらん』
そう言われ、僕は舞いながら辺りを確認すると、残りの妖魔全てがその動きを止めていて、僕の舞いを見ていました。ジッと、ただジッとね。
気が付けば、浮遊丸さんも実況せずに見入っていました。
自分の無粋な実況で、この舞いを汚したくない。そう思ってくれたのでしょうか? あれ、でも浮遊丸さん、泣いていませんか?
そして、観客の皆もただただ見入っています。感想も何も無く。この舞いの終わりまで、静かに……ただ静かに見ていてくれました。
流石にそんなに見られると恥ずかしいけれど、まぁ良いです。僕もちょっと、気分が良いですから。
だからもうちょっとだけ、舞っておきますね。