第陸話 【2】 椿の妖術
色々とあって、とりあえず試験を受ける事にした僕ですが、早速今日やると言われ、そのままヘビスチャンさんに、地下へと連れて行かれました。
早すぎです。僕の心の準備というものが……。
だけど、もうとっくに準備が出来ているらしいんです。それ、僕が断っていたらどうしていたんでしょうね?
「さっ、椿様。こちらです」
人型になったヘビスチャンさんの案内で、家の地下にある大きな両扉の前にやってきたけれど、ここも確か使用禁止で、開かずの間になっていたような……。
だけど、その扉の向こう側から、色んな声が聞こえてきます。もう既に観客が入っているんですね。緊張しちゃいますよ、色んな意味で……ね。
そして扉の前に立っていた、手が体の半分くらいある妖怪さんに、その大きな扉を開けて貰いました。
その先は、薄暗くて良く見えないけれど、何だか物凄く広い様な気がします。
「ほほぉ、流石。どんな扉も、劇的な様に綺麗に開けると言われる妖怪ですね。素晴らしい開け方です」
それって、何か関係あるんですか? と、僕が不思議に思っていると、扉が開いた瞬間、そこから大歓声が僕の耳に響いてきました。あの開け方に、こんな効果があったんですね。
それにしてもうるさいです。家の中で、そんなに大きな声を上げたら迷惑なんじゃーーと思っていたら、そこは東京ドーム並の広さがある、大きなドーム状になっていました。
「この様に、扉の開け方1つで、その演出が変わってくるのです。開けるタイミング、角度、それが重要なのですよ」
「本当ですかぁ?」
ヘビスチャンさんの言っている事が良く分からないけれど、おじいちゃんの家の地下はまるで迷宮です。
色んな所に扉があって、そこから色んな広さがある広間に出るんだけれど、こんなドームみたいな場所まであるなんて……ここの地下はいったいどうなっているんですか?!
「つ・ば・き!!」
「つ・ば・き!!」
そして歓声がおかしいです。だからさ、僕はアイドルなんかじゃないってば!
それに、観客席からかかっている垂れ幕とかにも、僕の名前が……あっ、誰ですか、名前の横に『LOVE』って入れている人は。白狐さん黒狐さんに怒られーー
『椿よ! いつも通り、平常心じゃぞ!』
『俺達もいるし、暴走した時の対処もある、安心しろ!』
その白狐さんと黒狐さんでした!!
何しているんですか、最前列の席で?! 何だか凄く恥ずかしいんですけど……。
「さっ、椿様。いつまでも入口で突っ立ていないで、真ん中に」
そう言って、ヘビスチャンさんが僕の背中を押してくるけれど、ちょっと待って下さい。僕、こんな大勢の人前に出るなんて初めてで、どんな顔をして出れば良いのか、どんな出方をしたら良いのか分からないんですよ。
だから今だって、普通に歩こうとしたら、右手と右足が同時に出ちゃいました。
なんでそうなるの……僕。軍隊とかの行進をしているんじゃないんだから、ちゃんと歩かないと……って思っていても駄目です、体が硬いです。凄く緊張しちゃっています。
「さぁさぁ! 出て来ましたでぇ!! 我等が期待の星、妖狐椿ちゃん! えっ? もう幼いと書いて幼狐で良いって? それもありやーーぎゃぁぁあ!!」
「だ~れが幼いですって?」
何で浮遊丸さんが居るんですか?
条件反射で御剱を出して、上空に居る浮遊丸さんに向かって、真空の刃を飛ばしてしまいました。おかげでちょっとだけ、緊張が解けましたよ。浮遊丸さんには避けられたけどね。
「あっぶないやないかぁ!! 今回、自分はお情けをかけてもらえたんや! ここでしっかりと実況の仕事をすれば、限定的でも封印を解除してもらえんねん!」
「そうですか。でも浮遊丸さんの目は、ずっと封印しといて下さいね」
「おぉぉ……自分から光を奪うんかい……」
すると観客席の1番上、見晴らしの良い席に座っていた、天狗姿のおじいちゃんが立ち上がり、声を張り上げる。
「さて。準備は良いか? 椿。これより公開ラーー昇級試験を行う!」
今ライブって言おうとした? ねぇ、僕歌って踊らないと駄目なんですか?
「椿。この地下ドームが、何故開かずの間になっておったのか、その理由を言おう。それは、ある特別な効果があるからじゃ。今回お前さんには、その効果を受けて貰い、限定的な状態で、幻影の妖魔を倒して貰う!」
おじいちゃんが掌を開いて上に挙げると、天井に書いてある、漢字の張り巡らされた円上の陣を光らせててきた。
何で天井にこんなものが? しかも沢山あるんですけど? 妖気も感じるし、何だか嫌な予感がします。
「限定封印、対象椿! 神妖の妖気『浄化』、神妖の妖気『増幅』」
すると、その天井の陣から光が飛び出して、僕に当たりました。
「きゃぅ?! えっ? ちょっ……!」
その瞬間から、僕の中の神妖の妖気が消えた様な、そんな感覚に囚われました。まさか……封印された?!
「む? なんと……封印出来ても30分じゃと? 半永久的に対象を封じるこの封印でも、お前さんの神妖の妖気を封じられないとはな。あの2人は大したもんじゃ」
あぁ、良かった……30分だけなんですね。って、もしかして浮遊丸さんって、ここに封印されていたんじゃないんですか?
すると今度は、天井の上と四方から光を照らされ、薄暗かったドーム内が明るくなります。それと同時に、あるものが地面からゆっくりと出現して来ています。幻影の妖魔ですね。
でも待って下さい、その数が多いです。10体ずつ次々と出て来るんですけど。
「さぁ、手早くゆくぞ! 神妖の妖気を使えないその状態で、30分以内に、出来るだけ沢山の妖魔を捕まえてみよ!」
試験の中身は本気でした。
当然ですよね……皆浮かれ過ぎていたから、その実感が湧かなかったけれど、ちゃんと試験が始まって、ようやく試験の厳しさが分かりました。これ、尋常じゃないです。
だけど、そもそも他の妖怪さん達は、神妖の力なんて無いですから、これが一般的なんですよね。
「さぁさぁ! 始まったでぇ!! Aランク妖魔100体! Sランク妖魔50体! この暴れまくる妖魔達の中で、どれだけそのランクの妖魔を捕まえたか、それで昇級が決まってくる! 椿ちゃんは神妖の妖気を扱える様になって、圧倒的に強なったが、それが無いとどうなんや?! 自分的には、メソメソ泣いてしまう姿に期待や!」
うるさいですね。浮遊丸さんを泣かせますよ? この妖怪さんを実況にしたのは、間違いじゃないですか? 良く喋るし、とてもうるさいです。
とにかく、これだけ沢山の数がいるんだったら、1体ずつ相手にしていても、数で押されて負けてしまう。それなら……。
「普通の妖気は……良し」
そして僕は、白狐さんでも黒狐さんでもない、神妖の妖気でもない、僕自身の妖気を体に満たしていきます。
半年の修行で見つけた、小さくなっていた僕の妖気。人間にされていても、妖狐としての僕を、ずっと保ち続けてくれていた。
でも今は、しっかりとその妖気を増やし、使える様にしておきました。
「ぬっ……この妖気は?」
そして物を直す力は、その片鱗に過ぎませんでした。僕の妖気、小さい頃の僕が得意としていた妖術。それは……。
「妖異顕現。遊戯道具、生成!!」
そう言うと僕は、自分の手から竹とんぼを出現させます。
この妖術は文字通り、玩具を出現させる事が出来る妖術です。それ以外は出せないので、あまり戦闘向きじゃないと思われるけれど、僕の想像で、その玩具の性質を変えられるのです。
つまりこの竹とんぼは……。
「そぉ~れ!!」
「おぉぉ?! これは~!! 飛んでいる竹とんぼから、巨大な竜巻が発生して、妖魔達を巻き込んでいます! というか、私も巻き込まれています!! あぁぁぁあ?!」
それは知りません。
でも作戦通り、妖魔達が次々と吹き飛び、地面に落ちたり、壁に叩きつけられたりしています。
性質を変えれば、羽根を切れる様にして、鋭利な武器にする事も出来ます。つまりこの妖術は、発想次第という事なのです。
「なんと……小さい頃の自分の妖術を、戦闘用に改良して……」
でもこれは、酒呑童子さんのおかげなんですけどね。
自分の妖術を見つけて嬉しかったけれど、あんまり使えない事に落胆していたら、酒呑童子さんが玩具のままのそれで、僕を攻撃してきたのです。そして一言「使えるじゃねぇか」と。
その一言で、僕はこの妖術の使い方が見えたのです。
「さてと……あとは捕まえるだけ~」
そして竜巻が止んだ後、ドーム内で倒れて動けなくなった妖魔達を、僕は順番に巻物に封じていきます。といってもこれは幻影なので、巻物に封じても、そのまま消えてしまいます。
でも、この巻物も特別で、何体封印したのかがカウントされるので、ちゃんとその数を把握する事が出来ます。
だけど、やっぱり簡単にはいかなかったです。
「あ~Aランク妖魔は全部いけたけれど、流石にSランク妖魔は、起き上がりますか」
大型だから、巨大な竜巻で吹き飛ばしても、あんまり効いていなかったです。そうなると、白狐さん黒狐さんの力も使うしかないですね。
そして僕は、Aランク妖魔を全て封じると、起き上がったSランク妖魔の幻影と向き合います。