第陸話 【1】 特別な昇級試験
それから数日間、学校に行けなくなった僕は、それを忘れるかの様にして、ひたすら任務です。と言っても、実は僕はまだ5級で、妖魔を捕まえられないのです。ちょっともどかしいけれど、規則なのでしょうがない……。
するとある日、朝食が終わった僕の元に、ヘビスチャンが現れました。
お茶を飲もうとして、湯呑みを手にした右手に巻き付いて来ないで下さい。もう驚きませんからね。
「だいぶ肝も据わってきて、これ位では驚きませんか。成長なされましたね、椿様。このヘビスチャンの目に、狂いは無かったようです」
だから、いつの話をしているんですか?
最近妖怪の皆さんは、僕の成長を見る度に、こうやって昔の事を引っ張り出します。お年寄りみたい。
「それで、なんの用ですか? セバスチャンさん」
「むっ……これはまだ覚えられないのですか?」
「わざとです」
「ほぉ……」
「いたたたた!! ごめんなさい! 絞めないで下さい!」
ちょっとしたお茶目じゃないですか……全くもう。腕の血が止まるかと思いました。
「さて……椿様。実はそろそろ、ライセンス昇格試験を行おうと思うのですが、どうされます?」
「えっ? もう? 確か、半年に1回なんじゃ……」
僕が取ったのが去年の夏です。それを考えると、もう昇格試験の時期は過ぎているはずなんです。それなのに、今行うのは何で?
「これは、翁とセンター長が決めた事なのですが、椿様はもう既に、5級の実力以上になっているはずです。そうなると、逆にその5級のライセンスが、重荷になっているんじゃないかと。そこで今回、特別に椿様だけの昇格試験を行うと、そう決定されたそうです」
「何でわざわざ、僕にだけそんな事を?」
確かに、5級であるからこそ動けない事があって、それでおじいちゃんに頼んで、特別な許可なんかを貰ったりして補っていました。
でも、それだとライセンスの意味も無いし、他のライセンス持ちの妖怪さん達への示しにもならないから、ちょっと後ろめたかったんです。
だから、ちゃんと正式な昇格試験を受けて、昇級しないといけないと思っていたのです。
それなのに……何でまた、そんな特別扱いを? 恨まれるじゃん。
「実は一部の妖怪達から、是非椿様の実力をと、そう申し出る方々が相次ぎまして。そこで折角なので、公開式にして、昇格試験をやってしまえと、そう考えられたそうです」
「いや、待って下さい……僕の知らないところで、何でそんな事に? それって、僕が特別扱いされているのを、快く思っていないからですよね? それなら、また特別扱いなんてしたら、どう思われるか……」
「それ以上の実力を見せれば宜しいでしょう?」
ヘビスチャンさん。僕の両肩に、更なる重荷がかかりましたよ。
その妖怪さん達の中に、僕以上の実力を持った妖怪さんがいたらどうするんですか。
「それにどちらかと言うと、疑い等よりも、是非神妖の妖狐の力を見てみたいと、そう思った方の方が多いですよ?」
「何で言い切れるんですか?」
「全員、こういうのを持っていましたからね」
そう言ってヘビスチャンさんが出してきた物を見た瞬間、僕はフリーズしてしまいました。
どこかで見た事があるパンフレット、そこには……。
『妖怪のお姫様、妖狐椿ちゃんを守る会』
「…………」
とりあえず会長は……うん、雪ちゃんですね。
「雪ちゃ~ん!!」
そして僕は、雪ちゃんのお部屋に全速力です。
「あっ、椿。どうしたの?」
「どうしたの? じゃないです!! これ何?!」
そう言って雪ちゃんにパンフレットを見せるけれど、雪ちゃんは平然としています。
「私が、継いだ。それが?」
「……継いだって、何を勝手にーー」
「今までもそうだったけど?」
そうなんですけどね、またパワーアップしているんですよ。
それに、これは何時撮ったんですか? こんな写真! おじいちゃんの家で修行している、ごく最近のものまであるじゃないですか。えっ、ちょっと……休憩中にドリンク飲んでる姿まで?! いったいどうやって……。
「今や、妖怪人間合わせて、会員数1000万人突破。やったね」
「あぁぁぁ……」
もう僕は脱力してしまって、そのままへたり込んじゃいました。いつの間にか、妖怪さんまで巻き込んでいましたよ。
そんな熱心に活動していたなんて……最近どうも、妖怪さん達の僕を見る目がおかしいな~と思っていたんですよ。そうですか、これでしたか。
「私、大忙し。そうそう、公開式昇格試験、やるよね? もうそれで特集組んだから、ファイト。あっ、そうだ。意気込みのコメントと、写真頂戴」
「君は記者か何かですか!!」
テキパキ働く雪ちゃんが怖いですよ! 僕はアイドルなんかじゃな~い!
「あっ、因みに私も、椿様のファンクラブの会員です。ふふ、こうやって椿様に巻き付けるのは、会員の中でも私くらいです」
「あ、あは……あははは。何やっているんですか、ヘビスチャンさん」
僕が悪かったです。もうセバスチャンさんなんて言わないから。お願いですから、これ以上僕を困らせないで下さい。
すると突然、僕の後ろから凄い嫉妬の視線を感じました。
誰かなと思って振り返ると、人魚の海音ちゃんがいました。凄く悔しそうな顔をしながらね。
「私より……人気ある」
「へっ?」
「あぁ、そうそう。海音も、数ヶ月前からアイドル活動を始めたらしいけれど、人魚の歌は魅了されるし、人間には良いけれど、妖怪には受けず、総評では椿が勝ってる」
そういえば、海音ちゃんも見ないな~っと思っていたら、そんな事をしていたんですか。というか、歌で魅了しているって……それって良いんですか? 色々と問題なんじゃ……。
「去年の夏も私は負けて、今回も……でもね、今に見てなさい。人間達全員、私の歌で魅了させて、妖怪の皆にも認めさせてやるわよ!」
もうヤケですね。僕への対抗心が凄いです。
それを後ろにいる楓ちゃんが、いつもの事の様に見ているけれど、止めて下さいよ。友達なら、止めた方がいいんじゃないんですか?
「楓ちゃん……友達なら、言って上げた方がいいんじゃない? 人に迷惑かけたら駄目って……」
「昔から何回も言ってるっすけどね。無駄っす。でも、大丈夫っすよ。そろそろっすから」
何がですか? と、僕が首を傾げていると、今度はおじいちゃんがやって来て、海音ちゃんの首根っこを掴んで持ち上げます。しかも、何だか怒っている感じがしますよ。
「茶釜から聞いたぞ、海音。貴様、昔からその歌声で、人々を魅了しているようじゃな。しかも、裏でコソコソと隠れる様にしてな」
「はわっ!? ち、ちが……翁さん、違います! わ、私はただ、人間達に癒しをと……」
「そういう慈善活動をするにしても、申請をせぇ!! それに、今回のは完全に私怨じゃろう? 今後30年間、能力使用禁止じゃ!!」
「えぇぇ!? ちょっと、それは厳し過ぎーー」
「お前さん、ネットでも活動しているようじゃな」
「あ~えっと……」
海音ちゃん、おじいちゃんから目をそらさないで下さい。無許可で活動している、中・高生の闇アイドルみたいじゃないですか。駄目ですよ、そんなのは。
「来い! 今回は特別に、儂の説法付きじゃ!!」
「えぇ!? 楓ちゃん~助けてぇ!」
「いってらっしゃいっす~」
「楓ちゃん?!」
あらら……バッサリ切りましたね。何だかその瞬間だけ、楓ちゃんがくノ一っぽく見えました。
でも、ちょっと待ってよ。僕の問題は何も解決していないし、天狗の姿をしたおじいちゃんの、その修験装束の背中に、見ちゃいけない文字が見えちゃいました。
《TU・BA・KI♡》
「あの~おじいちゃん……?」
「おぉ、忘れとった。儂もお前さんのファンクラブの会員じゃ」
「いつの間にですか?!」
「昨日からじゃ。全く……これがあると知っていれば、もっと早くに……とにかくじゃ、ファンクラブの会員として、妖怪の纏め役として、期待しとるからな」
そう言うとおじいちゃんは、そのまま海音ちゃんを引きずっていきました。鼻歌交じりで、嬉しそうにしながら、ね。
これって、僕はもう逃げられないのですか?
いったい何が嫌だって、公開式だから嫌なんです。人前でだなんて、万が一暴走でもしたらどうするんですか。
「ファイト、椿」
「は、あは、あははは……」
もう僕は色々とパニックになっちゃって、ただおかしな笑い方をするしか無かったです。
ねぇ、僕の意思はどこ? 修行をしたらした分だけ、何でこんな事になるのですか? もしかして、賀茂様が何かした? 神の力とか何かでさ……。
でも、こうなってしまったらしょうが無いです。今回はやらざるを得ないですね。
それならせっかくだし、Sランク妖魔を退治出来る級まで、一気に上げちゃいましょう。