第肆話 【1】 鬼から逃げろ!
北野天満宮の鳥居の前で、十極地獄の鬼と相対している僕達だけれど、勝てそうに無いのは見て分かります。
僕達がここから逃げる為、こっちに近づく白狐さん黒狐さん、そして酒呑童子さんと合流しないといけない。
こうなったら、僕が元々持っている本来の神妖の力『増幅』を使うしか無いですね。
「ははっ! 逃げないとはな。諦めたか」
「逆ですよ。逃げる為です」
そして、そのまま突撃してくる鬼、厚雲の攻撃を避けると、御剱で相手を斬りつけます。だけどやっぱり、相手は硬かったです。これではビクともしません。
「何かしたか? ふん!」
「つ……! この化け物。やはり、これしかないですか」
勢いは止まらず、鬼が思い切り腕を横に振り抜き、僕を攻撃してきたけれど、それは御剱で受け止めます。防御力は上げていたので、何とか耐えられました。ただ、少し相手の腕が熱かったような……。
「さて。では、見せて上げましょう。私の……僕の、本当の力をね!」
僕は自分人身の神妖の力を、自分の内側からちょっとずつ解放していく。今回は、長く繋ぎの状態になっていたからかな? 凄く安定しています。
因みに、繋ぎである金狐の状態から、この白金の妖狐になったら、長髪ではなくなるし、普段の僕の容姿に戻るんです。つまりあの浄化の力は、後から付けられたもので間違い無いのです。
「つ、椿ちゃん。尾が2本とも、白金に……」
「へっ? あっ……!」
何故か里子ちゃんが、驚いた様子でそう言ってきたので、僕は自分の尻尾を確認します。
確かに、2本の尻尾が白金に……という事は、妖気の絶対量が増えているってことだし、この状態でも暴走せずに、妖術が2個以上使えるかも。それと、金狐の状態と同じように、同時に神術も使えるかもしれない。
試しに僕は『増幅』の神妖の力を、美亜ちゃん達に向けて放ってみます。
そしてその後に、自分の様子を見てみると、毛色が元に戻っていないし、内側から何かが湧いてくる様な、そんな暴走しそうな気配も無しです。
「よし、これなら! 皆! 遠慮無く妖術を使って、相手を足止めして!」
「ちょっ……! そんな事を言われてもーーって、きゃぁあ!!」
お~美亜ちゃんがちょっと木に呪術を使っただけで、大木が何本も生えてきて、相手を捕まえようとしています。
「何これ、何これ?! ちょっと椿、何したの!?」
「増幅させました。それが、僕の本当の神妖の力なんだよ」
それを言った瞬間、皆固まりました。
ちょっと、固まっていないで動いて下さい。例え大木で捕まえようとしていても、相手は強大です。次々と妖術を使わないと……。
「ぐわははは!!」
あぁ……ほら。下顎から突き出た牙で突進し、大木に穴を開け、容赦なくこっちに攻撃をしてきましたよ。
「くっ!」
「ぬぅ?!」
もう一回御剱で受け止めるけれど、そう何回も相手の突進を受け止められはしないからね。
「皆、早く!」
「分かった。動き、止めてみる」
今度は雪ちゃんが、妖具を付けている方の掌を広げ、相手にかざすと、目を閉じて集中し始めました。すると次の瞬間。
「あっ……嘘」
鬼も含めて、僕まで凍らされてしまいました。
増幅し過ぎて、範囲の調整が出来なくなっちゃったの? 雪ちゃん。僕は脱出出来るけれど、これでこの鬼が止まるかな……。
その後、御剱で僕の周りだけ氷を割って、そこから脱出します。流石に夏はまだなんで、流石に寒いです。夏にお願いしたかったかな、これは。
「あ~びっくりした……」
「ご、ごめん、椿。まさか、こんなに上がっているとは、思わなかった」
それは分かりますよ。僕の方が、なんの説明もしていなかったのですから。
本当はね、この任務を終えてから説明しようとしていたけれど、こんな事態になってしまったので、ぶっつけ本番になってしまいました。
「むん!!」
それと案の定、鬼も雪ちゃんの氷を割って出て来ました。これ位では、足止めにもならないですね。ということは、やっぱりーー
「これで吹き飛ばさないと駄目ですか?!」
僕は自分の尻尾をハンマーに変化させます。白金の、巨大なハンマーにね。
そのまま尻尾をしならせ、勢いを付けると、向かってくる鬼に向けて打ち付けます。
「白金の地龍槌!!」
「おぉっ?! っと、ぐぅぅ!!」
えっ? 両手で掴んで受け止めた? 嘘でしょう?! でも、まだ暴走しそうに無いです。それならーー!
「白金の火焔槍!!」
「何っ?! ぐがぁぁあ!!」
僕のもう1本の尻尾を槍に変え、更に白金の炎を纏わせ、それを相手のお腹に突き刺しました。
このまま真っ直ぐ槍を伸ばして、あとはハンマーに変えた尻尾を同じように伸ばし、2つの力で相手を吹き飛ばします。
「たぁぁ!!」
「ぐがっ! この……しつこいぞぉぉ!」
鬼は驚いた表情で吹き飛んでいくけれど、そんなに遠くまで飛ばせなかったよ……直ぐに戻って来るよね。だから今の内に……。
「皆、撤退!! わら子ちゃんは、幸運の気を僕達の周りに展開して! 楓ちゃんも、跳ね返す妖術を常に張っていて! 僕の『増幅』は、付加したら暫く効果が続くから、全力でお願いします!」
「分かったわ!」
「了解っす!」
これであとは、僕と里子ちゃんで警戒し、雪ちゃんの氷で壁を作りながら逃げれば、何とか合流出来るかも知れません。
そして僕達は、急いでその場を後にします。
妖界に逃げても、そっちの方が相手のテリトリーなので、この方法は危ないです。だからこうやって、ひたすら屋根伝いに逃げるしか無いです。因みに、僕が雪ちゃんを抱っこしてだけどね。
「ふふ……椿にお姫様だっこされてる」
「雪ちゃん……もう少し緊張感を持って下さい」
すると、鼻をヒクヒクさせて後ろを警戒している里子ちゃんが、嫉妬の目を向けてきました。
あのね……里子ちゃん。それは、既に後ろから追って来ている、あの鬼さんから逃げ切れてからにして下さい。多分、炎も効いていないですよ。
それと、僕は既に白金の妖狐じゃなくなっています。流石に、妖気の減りが早すぎました。
もう一度使おうとしても、丸1日は休んで、減った妖気を回復させないと。つまり、あとはもう『増幅』で力を増した皆に、頼むしか無いのです。
「美亜ちゃん、来てる!」
「分かったわよ! 雪!」
「任せて……!」
すると美亜ちゃんは、また呪術を僕達の後ろに展開し、地面から沢山の木を生やしました。
もう周りの目なんて関係無いです。僕達が死ぬかも知れないんだから、そんなの気にしていられないです。
そして、樹海が出来上がった所で、雪ちゃんがそれを一気に凍らせました。
つまり、氷の中に木を埋め込んだ、自然の強固な壁の完成――
「ぐわははは!! 良いぞ! そうでなくては、面白くない!」
――を、簡単に壊して僕達に迫って来ました。この鬼、チート過ぎますよ!
そして今度は、楓ちゃんが相手の攻撃を跳ね返そうとしているけれど、これはごめんなさい、今気が付いたよ。楓ちゃんって、術しか跳ね返せないんだった。
「くっ! 楓ちゃん、駄目だ! 相手は素手の攻撃だから、君の妖術じゃ跳ね返せないよ! 忘れてました!」
「わあぁぁあ!! どうするんっすか~!」
「とにかく逃げるんです!」
それに、白金の妖狐にもなっちゃったから、そろそろ僕が限界なんです。白狐さん黒狐さんはまだなんですか?!
「くっ……! はぁ、はぁ、流石の私も、限界が……あっ……!!」
「美亜ちゃん!?」
しまった! 美亜ちゃんは元々、妖気がそんなに多くない。
少ししか使わないとは言え、あれだけの呪術を何回も使ったんです。美亜ちゃんの方が、先にスタミナ切れを起こしてしまっていました。
そして美亜ちゃんは、屋根から飛び移る際に、バランスを崩してしまい、後ろに倒れ込みそうになっています。その真後ろには、あの鬼が……。
「里子ちゃん、雪ちゃんをお願い!! 美亜ちゃん!」
そんな事はさせません!
僕は雪ちゃんを里子ちゃんに任せ、美亜ちゃんの元へと向かうと、腕に付けている火車輪を広げるようにして展開します。
「先ずは、1匹。邪魔する奴は殺せと言われている。悪く思うな。これもまた、地獄」
「そんな地獄は、僕が消してやります! 狐狼拳!!」
「なっ? ぬぅ?!?!」
鬼の大きな拳が、美亜ちゃんを貫こうと突き出された瞬間、何とか間に合った僕の拳で受け止めた。
もう、誰も失いたくない。
だからカナちゃん。ちょっとでも良いから、僕に力を貸して下さい!
「ぁぁぁあ!!!!」
「ぬぅ……ぐっ! ガキが……何処にこんな力を?!」
「ガキじゃないですよ!! はぁぁあ!!」
それでも、相手の方が強い。
だから僕は、全力で相手を押し返す。あわよくば、そのまま殴り飛ばす勢いでね。
だけど、そう簡単にはいかなかったです。
僕の拳と相手の拳の間に、凄いエネルギーが溜まっていたのか、いきなりその間から、爆発した様な衝撃が発生し、僕は後ろに吹き飛びました。
違う。これは……僕が吹き飛ばされた?
吹き飛ばされながらも前方を確認したら、鬼の方は後ろに吹き飛んでいなくて、そのまま腕を後ろに引いていました。そして再度、僕に向かって突進してきます。
「厄介だな、貴様。やはり、回収対象なだけはある。とっとと行動不能にしておくか」
「くっ……!」
何とかして体勢を立て直さないと、このままじゃ僕がーーと思った瞬間、いきなり白いフサフサの毛に包まれました。
『椿、よく頑張ったの』
「白狐さん?!」
そこには、待ちわびた妖狐の顔がありました。そして……。
「ぬっ?!」
「お~う、随分やんちゃしてくれたなぁ? だが、悪いが俺の弟子に用があるなら、俺を通せや。まぁ、てめぇは許可しねぇがな!」
鬼の牙を持ち、相手の攻撃を止めた酒呑童子さんが、そのまま鬼を持ち上げ、思い切りぶん投げました。相変わらず、この妖怪もチートです。
だけど、何とか白狐さん黒狐さん、そして酒呑童子さんと合流が出来ました。