第拾陸話 【2】 奇妙な動き
その後僕は、里子ちゃんから菜々子ちゃんを助けだし、この家の地下にあるもっと広い場所で、皆と晩御飯を食べています。
もう1階の大広間じゃ無理なんで、地下の大きな宴会場で食事をする事にしています。そして、これだけ沢山集まって食事となると……。
「あ~僕のから揚げ誰か取った~!」
「姉さん、油断する方が悪いっす!」
「ちょっと椿! それ、私の佃煮!」
「良いじゃないですか、美亜ちゃんどうせ食べないでしょ!」
こんな風に取り合いが起こります。
給仕係の皆で、1人1人小分けして作るなんて事は、この人数ではもう限界だったらしく、大皿で持って来るのです。
ちゃんと自分の分を小皿に分けるけれど、そこでまず最初の取り合いがあって、小皿に分けた後でも、何故か皆に取られたりするので、ここは最早戦場です。しかも食材が動きますからね。
「妖異顕現!」
「あっ、こら! がしゃどくろ! 妖術は卑怯だぞ!」
「ふん。嫁の為なら、そんなのは関係無い!」
妖気を補充する為に妖術を使うなんて……本末転倒ですね、がしゃどくろさん。でもそうまでして、口裂け白骨女さんに料理を渡したかったんですね。嬉しそうですね、口裂け白骨女さん。
それと、妖術ならとっくに僕も使っています。僕の大好物のいなり寿司、こっちではおいなりさんって言う事もあります。実は影の妖術を使って、全部ゲットしていました。
そしてそれを机の下に隠し、僕自身が出来るだけ机に近付いて、体を使って更に見えない様にしています。これで完璧です。
こんなに沢山は食べきれないので、あとで白狐さん黒狐さんに分けてあげよう。と思っていたら、誰かの視線を感じます。
「あ~!! 椿お姉ちゃんずるい~! こんなに沢山おいなりさん隠してる!」
「わぁ!! 菜々子ちゃん駄目! 僕のおいなりさんだから!」
「こんなには要らないでしょう?!」
「要ります!!」
おいなりさんは、全部僕の物なんです! 出来るだけ沢山食べたいの! それに、白狐さん黒狐さんにも上げたいんですよ。だからお皿ごと持って行こうとしないで、菜々子ちゃん!
それでも、菜々子ちゃんより僕の方が力が強いので、何とか取り返しましたよ。これは僕のです。白狐さん黒狐さん以外、誰にも上げません!
とにかく絶対に取られないようにする為に、僕は自分の体を使っておいなりさんに覆い被さり、耳と尻尾を逆立てて威嚇します。
「ウ~!!」
「椿お姉ちゃん必死過ぎ~本当のお稲荷さんみたい」
それでも別に良いです。とにかく、早く自分の分を食べましょう。その後直ぐに、白狐さん黒狐さんにも渡すんです。
「相変わらずですね、椿様は」
そんな僕の近くで声がしたので振り向くと、そこには龍花さん達が立っていました。ちょっと呆れた顔をされているのは、気のせいでしょうか?
「あっ、お帰りなさい~龍花さん虎羽さん、朱雀さん玄葉さん」
その4人全員に、わら子ちゃんはきっちりと声をかけています。大変ですね、わら子ちゃん。
「おぉ、帰ったか。して、どうじゃ?」
すると今度は、おじいちゃんが4人にそう言ってきます。そっか、この人達はまた任務に? 働き過ぎじゃないのですか? 大丈夫でしょうか。
そして龍花さん達は、そのままおじいちゃんの元に向かい、小さな声で何か報告をしています。
皆に聞こえないようにでしょうか? でも残念ですけど、僕には聞こえますよ。これだけの雑踏の中でも、そっちに集中をすれば、聞きたい音や声を拾えるんです。
「華陽こと亜里砂の姿は確認出来無かったのですが、妖魔人となったあの5人。その彼等が出入りしている場所は、見つけました」
今、何て言いましたか? あの5人。玄空、閃空、栄空、峰空、そして湯口先輩が出入りしている場所を、龍花さん達が……。
その報告内容に、僕はお箸が止まってしまいました。だって……だって、あの妖魔人の4人ですよ。そして、湯口先輩を助けに行ける。いや、もう助からないかも知れない。でも、僕は諦めませんよ。
どうにかして龍花さん達から、その場所を聞きたいです。だけど、どうやって聞けば良いんでしょう。もう、気付かれてしまったみたいなんです。僕が聞き耳を立ててるの。
「あぁ、すいません翁。椿様が……」
「むっ? こりゃ椿! 耳がこっち向いとるぞ!」
「ふえっ?! あぅぅ……耳が……」
しかもその後に、おじいちゃんに大声を出されてしまって、集中して音を拾おうとしていた耳に響いてしまいました。
更にその隙に、菜々子ちゃんにおいなりさんを取られてしまいました。しかも、もう口に入っちゃっています。しょうが無いです、影の妖術でくすぐりの刑です。
「ぶむぅぅう!!」
それでもおいなりさんを吹き出さないなんて……菜々子ちゃん、君もおいなりさんが好きなんですね。
「椿、こっちへ来い! どうせ聞かせない様にしていても、聞くのじゃろう?」
「あっ、はい!」
とにかく、おじいちゃんに呼ばれたので行きましょう。おいなりさんは、もう満足するまで食べたので、残りは向かう途中で白狐さん黒狐さんに渡します。そしておじいちゃんの横に来ると、そのまま正座をしました。
おじいちゃんの近くでは、どうしても正座をしちゃいますね。おじいちゃんも特に気にしていないし、寧ろ当たり前の様に振る舞っています。
「さて、龍花よ。話してくれ」
「はい……ですが、椿様。何を聞いても、驚かれない様にして下さいね」
龍花さんが、かなり真剣な顔でそう言ってくるので、僕もちょっと緊張してしまいます。何を言われてもって言われても、驚くものは驚いちゃいますよ。
だけど龍花さんは、僕の確認を取らずに、そのまま話を続けます。
「私達はセンターが乗っ取られた時、その近くまで来ていたのです。椿様の手助けをする為にですが……実はその時に、妖魔人の内の1体、玄空を見つけてしまったのです」
あの時、龍花さん達は近くに居たんですね。
大変な事態になっていたので、そこまで周りの妖気を探る事が出来なくて、全く気付かなかったです。
「しかしその後、椿様の気配が消えたので、無事に脱出が出来たのだと思い、私達は急遽、玄空の後を追う事にしたのです」
そんな危険な事を? もし見つかっていたら、4人とも大変な事になっていたかも知れないじゃないですか。
だけどこの4人は、高難度の任務をこなしていたから、これ位は問題無かったりするのかな。こうして無事に帰還していますし。
「そして玄空が辿り着き、ある所に入っていった場所で、私達は暫く様子を伺っていました。すると、椿様が言っておられた先輩という方以外に、他の4人の妖魔人達も、そこから出入りしているのを確認しました」
「それは、何処なんですか?」
とにかく、早くその場所を教えて欲しかった僕は、急かすようにしながらそう言います。
「場所は、妖界です。ですが椿様、その場所は……あなたが毎日通っている場所、八坂校長が就任している、あの学校がある位置なんです」
えっ……つまり、僕が通っている学校の妖界側? そんな所に? な、何で……。
それにそこは、一度だけあの旧校舎から行った事があります。禍々しい程の気配。見る度にそれが濃くなっていっている場所。それを隠している校長先生……。
「ま、まさか……」
「椿、それ以上考えるのはよせ。儂も考えたくは無い。だが……」
すると、僕とおじいちゃんが考えてしまった嫌な予感を、白狐さんが僕の後ろから言ってきます。
『あの校長。八坂が、そいつ等と手を組んでいるのか? もしくは、そいつ等を利用しようとして、そこに匿っとるのか? どちらにせよ、怪しくなってしまったな』
そうですね、白狐さん。だから最悪なんです。あの人はまだ、僕の中では味方として見ていました。だって、カナちゃんや半妖の人達に、あんなに親身になっていたんですよ。
だけどそれも、あの人の邪な計画の一部なんだとしたら、それはもう最悪です。学校の半妖の子達を使って、いったい何をしようとしているんですか?
するといつの間にか、僕の横に雪ちゃんまで居ました。
雪ちゃん、今の聞いてしまいました? 駄目です。雪ちゃん、ショックを受けたんじゃーーと思ったら、何故か納得したような顔をしています。あれ? 何でですか? ショックを受けていないみたいです。
「そっか……それで、半妖の生徒達が……」
「何かあったの? 雪ちゃん」
その話し方……僕が修行に行っている間に、学校で何かあったんですね? ドタバタしていたから話すタイミングがなくてーーって顔をしていますね。
「椿、ごめん。中々切り出せなかった。学校が始まるまでにはと思っていたけれど……」
「何かあったの?!」
「終業式に八坂校長が、自分も含めた半妖の事、そして半妖の生徒達の存在を公表した。更には、これでは気味悪がられるからって、半妖の生徒達は強制退学。そして八坂校長も、そのまま辞任したわ」
「……嘘、でしょう。何で……何でそんな事を?」
だって八坂校長先生は、半妖の生徒達の事を思って、あの学校を作ったんのでしょう? 正確には、引き受けた学校をそうしたのだろうけど。何で、そんな真逆の事を……全部嘘だったのですか? その時言った事全部……。
「椿、しっかりして。とにかく、私も退学にされてしまったから、学校にはもういけない。悔しい……私は、何も出来なかった」
雪ちゃんはそのまま涙を流し、泣き出しました。
そうですよね。信じた人に、裏切られているかも知れないですからね。見極められなかった、手のひらで踊らされていた。そう考えたら、悔しいですよね。雪ちゃんは僕よりも、その人との付き合いが長いですから。
僕はゆっくりと、泣いている雪ちゃんを宥める様にしながら、頭を撫でました。
でもいったい、あの人は何を考えているんですか?
僕と美亜ちゃんが、その学校をまだ退学になっていないのなら、美亜ちゃんと一緒に学校に行って、出来るだけ調べた方が良いですね。それと、退学になった半妖の人達の様子も気になります。
とにかく、あっちでもこっちでも、色々な事が起こり始めています。僕達の知らない所で、何が始まろうとしているの?