第拾肆話 【1】 両親からの手紙
あれから何回か、虚さんの記憶を叩き出してあげて、ようやくこの虚ろな空間を解除してくれました。
その後は、僕の両親の情報と、手紙が置いてあるという場所まで、虚さんの頭を叩きながら進み、ようやく到着しました。
気が付いたら、虚さんの頭はコブだらけです。
「な、何て乱暴な女だ……」
「あなたの性質の問題です」
文句を言われても、あなたの能力が虚ろで、記憶すら虚ろになっているんですからね。こうするしか方法が無かったのですよ。
そして、その情報がある部屋の前にやって来たんですけど、この扉……取っ手が無いんですよ、どうやって開けるんでしょうか。
「虚さん。この扉、どうやって開けーー」
「あぁ……そうか。米でパンを作れば、朝に和食も食べられて一石二鳥……」
またですか……しかもさっきからずっと、朝ごはんの事ばっかりですよ。もうこうなったら……。
「よいしょっと……」
「んっ?」
虚さんの体に僕の尻尾を巻き付けて……っと、巨体だから、尻尾を大きく変化させないと駄目ですね。
そして白狐さんの力を解放して、虚さんを持ち上げると、扉に向かって叩きつけます。
「ぎゃぁぁあ!!」
「あっ、開いた開いた」
ちょっと乱暴だったけれど、開いて良かったです。
「お前、何するんだ!!」
「虚さんが悪い」
そのまま虚さんの体を跨いで、部屋の中に入って行きます。
「うっぷ。カビ臭い……」
長年使われていなかったようだけど、中はある程度の広さがあったし、何だか書斎っぽい感じがする部屋です。
高級そうな机と椅子が、正面の壁側にあって、左右には本棚、真ん中には来客用のソファと、長方形の机がありました。
もしかして、この本棚の何処かに、僕の両親の情報が? 手紙は机にありそうだけど、片っ端から調べるしかないのかな? というか、虚さんが知っているかも。
「虚さん、何処にあるか……いや、やっぱり自分で探します」
虚さんが虚ろな目をして、また何かブツブツと呟いていますよ。駄目です、この妖怪さんは頼りになりません。とにかく、先ずは机からですね。
「う~ん、ペンと……羊皮紙? 何時の時代の部屋ですか、ここは……」
何だか不思議な感覚です。この部屋だけ、時が止まったような……と言うか、止まっている? そう錯覚してもおかしくないですね。
それに、部屋に入ったら勝手に点いた、机の上の明かりも弱くて、探すのにも一苦労です。
そうやって机の上を探り、そして引き出しを開けていく。
すると、その3段目の引き出しに、ようやく何かの封筒を見つけました。多分これが、僕の両親の手紙ですね。
封筒には何も書かれていないけれど、封を開け、その中を見てみる。
ドキドキする。これが本当に、僕の両親の手紙なら、いったい何が……。
「え~と……『どの妖怪食にも合う、秘伝のタレの極秘レシピ。門外不出』って、そんなものをこんな如何にもな所に保管しておかないで下さい!」
あっ、でも、意外とこのタレの作り方は凄いですね。持って帰ろう……じゃなくて! 僕の両親の手紙は何処ですか!
でも、その下の引き出しを開けたら、そこにもう1つ、封筒がありました。その封筒には『椿へ』って書かれていたので、こっちで間違いないです。
今度こそ、緊張しながらその封を破き、中の手紙を取り出します。だって僕には、両親の記憶が無い。これでもし、僕の記憶が蘇る事があったら?
妲己さん、ごめんなさい。僕はやっぱり、両親の事を知りたい。過去の事を知りたいです。
そして僕は、意を決して手紙を広げ、その中身を読む。
『椿へ。この手紙は、私達が直接書いてはいません。ある術を使って代筆を頼み、その方に書いて貰いました。そして、これを読んでいるという事は、あなたは元の姿に戻ってしまったのですね。母である私も、父であるあの人も、それを望んではいません。ですが、どんな理由があるにせよ、あなたは戻ってしまった。それを受け入れて、前に進むつもりであるなら、この先も読みなさい。受け入れていないのなら、この手紙は焼却して、鞍馬天狗の翁の元で、穏やかに過ごしていなさい』
代筆……? 直接書いてはいない? 僕の両親に、いったい何があったの?
それに、今更受け入れているかって聞かれても、とっくに受け入れて、そして前に進んでいるよ。
だから僕は、2枚目に進み、その先も読み進めていきます。
『そうですか。やはり、この先を読むのですね。できたらこれは、書き記しておきたくは無かったのですが、仕方がありません。この先も読むという事は、あなたは何もかも受け入れる気で読んでいる。流石は、私達の子供ですね。ですが、全てを書き記す事は出来ません。危険ですからね』
何だか見透かされていませんか?
それに結局、ここに全部は書かれていないんですね。妖界の伏見稲荷で起きた事件。それは、書かれていない可能性が高いですね。
『先ずは、私達の事から。手紙を残そうと、この文面を考えたのは、あなたの母である私、金狐の金尾です。そしてあなたの父は、銀狐の銀尾。私達2人は、日本の建国前から、自然界にたゆたう存在として、長年連れ添って来ました』
建国前って……凄い昔じゃないですか。もしかして、あの卑弥呼よりも前ですか? そんなに長い年月を生きている妖狐なんて、聞いたことがないです。
『そんな私達には、特別な力が宿っていました。それは、今では神妖の力と呼ばれるもので、私達には2つ、元々から備わっていました。それは、強力な封印と解印です』
う~ん。僕の両親って、実は凄いのですか? 元々2つって……。
『私達は時にそれを使用し、人々を守って来たりしていました。そして私達は、いつしか姿を得て、その時既に存在していた妖怪センターで、力を振るいました。そんな中で、あなたを身籠もったのです。驚きました。私達にも、子を宿す力があったなんて』
僕はただ、一心不乱にそれを読み続けます。
何だか読んでいる内に、胸が熱くなってくるんです。ちょっとずつ、何かが思い出せそうな、そんな感じなんです。
『そんな私達の子であるあなたには、とてつもない力が宿っていました。まさか、あの神の力が宿るとは……それに気付かず、天狐のバカが余計な事を』
あの……ちょっと。稲荷のトップである天狐様を、バカ呼ばわりって……いや、でもよく考えたら、建国前からって事は、僕の両親は天狐様よりも長生きなんだ。
その前に、手紙にいちいち反応している僕は、いったい何なんでしょう? 虚さんが虚ろな性質を持っていて良かったです。だって、気付かれていないですからね。
『そのせいで、ある者が自身の野望を叶えようと動きました。椿。人間界で生活するのは良いですが、ある学校にだけは行かないで下さい。そこは危険です。詳細は、別の資料に書いていますが、この学校だけは避けて下さい』
この手紙と一緒に、封筒の中には1枚の古い地図と、危険と書かれた場所が書いてある資料も入っていました。
その地図と資料には、その学校の場所が記されていたけれど、そこはなんと、今僕が通っている学校でした。
何で……? 何で、この場所が? どうしてですか? 危険って……いったい何があるの? まさか、あの旧校舎……。
そして手紙の最後には、こう書かれていました。
『ここまで読んで、これを伝えるのは酷ですが……椿、あなたはとても危険な者から狙われています。しかも、複数にです。人間の組織など比べものにはならない程の、とても危険な力を持つ者に。抜け殻となった、神に。ですから椿、鞍馬天狗の翁に頼み、記憶を消して貰いなさい』
「そんな……神様? えっ? 抜け殻? 何なんですか、これ。僕はいったい、何に狙われて……それに、最後にこんな事を……? ねぇ、他に伝える事は無かったの? お母さんのバカ」
でも、更にその1番下、見落としてしまいそうになる場所に、こう書かれていました。
『それでも私達は、あなたの事を愛しています。私達が消滅するその一瞬まで、あなたの記憶に残らなくても、ずっとずっと、永久に愛しています』
「…………」
こんな事を書かれて、その後に記憶を消せると思う? それに、僕はもう決めているんです。僕の過去にどんな事があっても、何を知っても、僕は前に進み続けます。
だからね、記憶は消さないよ、お母さん。
あなた達の言葉は、ちゃんと受け取りました。絶対に忘れないから。そして、絶対に思い出します。あなた達の事を。