第拾話 【3】 椿の看病
何とか皆のご飯を作る事が出来て、一安心です。基本的に残っていた食材だし、時間があれば炊き込みご飯なんかも作ったんですけど、それはまた今度ですね。
白狐さん黒狐さんも凄く喜んでいたけれど、僕ってば、お稲荷様である白狐さんになんて粗末な物を……と思ったんだけど、それを見抜かれたのか、白狐さんは微笑みながら、僕の頭を撫でてくれました。
どんな供え物でも、心がこもっていればそれで良いらしいです。うぐぅ……何もかも見透かされている。
なんだか凄く恥ずかしかったので、僕は慌てて立ち上がって、里子ちゃんの為に作ったお粥を持っていくと言い、その場を後にしました。
う~ん、徐々に女の子の気持ちが分かってきた様な気がします。
だけど僕は、まだ翼だった頃の感覚が残っています。もう殆ど無いんだけれど、偶にそれが顔を出す時があって困ります。
「そんな訳で里子ちゃん、あんまり僕に甘えないで下さいね。僕はまだ、男の子として生きていた感覚があるからね」
作ったお粥を持って来た時、里子ちゃんは僕の行動に驚愕したけれど、その後泣き出しちゃいました。感動で驚愕するなんて、僕は里子ちゃんにとって、それだけの存在になっているんですか?
そして、そのまま僕に寄りかかると、わざとらしく具合が悪いフリをしてきたけれど、動けるなら多少はマシになっているよね? 妖怪用のお薬も飲んだみたいですし、流石にわざとは駄目です。
「全くもう……里子ちゃん!」
「きゃぅん! 尻尾動かさないで~もっと触りたいのに~もう、椿ちゃんったら……私病人なんだから、もうちょっと優しくおそ――」
「襲いません。あんまりふざけていると、お粥食べさせてあげないですよ」
「はぅ?! つ、椿ちゃんが……た、食べさせて、くれるの?」
あっ、里子ちゃんの目がキラキラしている。お粥を食べさせる位ならと思ったけれど、里子ちゃんには何をしても危険な事に……。
とにかく、お粥をスプーンですくって早く上げちゃいましょう。
「変な反応しないで下さい。ほら、熱いから冷ましてあげる。フーフー」
「あぁぁ……そ、そんな事まで。つ、椿ちゃんの息がかかった、お、お粥……」
どうしよう……里子ちゃんが口をだらしなく開けて、舌を垂らして涎も垂らして、尻尾も激しく振っちゃって興奮しまくっています。本当の犬みたい。
もうこの子には、何をしても変な反応をされちゃいます。でも、我慢ですよ僕。里子ちゃんは今、風邪を引いている病人なんです。怒っちゃだめ。
「はは、里子ちゃんらしいですね。はい、あ~ん」
「ふやぁぁ?! そ、そんな事まで! も、もう私、死んでもい――ふぐっ?!」
「いいから早く食べて下さい!」
いちいち僕の行動1つ1つに反応しないでよ。結局里子ちゃんの口に、乱暴にお粥を突っ込んじゃったじゃないですか。
「んぅ?!」
「えっ、どうしたんですか? 里子ちゃん?!」
何故かお粥を食べた瞬間、里子ちゃんが倒れちゃいました。もしかして、まだ熱かったのかな? それとも、不味かったの?!
「出汁もしっかりしていて、とっても美味しい……椿ちゃん、いつの間にこんなに料理が上手に……? わ、私のアイデンティティが……もう、もう椿ちゃんの犬としてしか、生きて――」
「お粥だけでアイデンティティ崩れないで下さい!」
最後にさらっと何を言おうとしたんですか?
それに里子ちゃんの方が、もっと美味しい料理を沢山作れるのに。しかも、僕よりも手際良く素早くね。
「ほら、よく食べてしっかり寝て、早く元気になって下さい。その為に、ちゃんと別で梅干しも――おっと!」
危ないです、梅干しさんに噛まれる所でした。ちゃんと妖怪食の梅干しなので、口がついています。
「あっ、椿ちゃん。私、梅干しは良いよ」
「えっ? でも、梅干しは風邪にいいですよ?」
それでも、里子ちゃんは梅干しから目を逸らしています。もしかして……。
「里子ちゃん、梅干し嫌いなの?」
「んっ? いや……うん、ごめんなさい。酸っぱいのはちょっと……」
そうですか。それなら無理して食べさせるのも悪いし、あとで僕が梅茶にして飲んでおきますよ。
「で、でも、椿ちゃんが口うつしで食べさせてくれるなら、頑張って――ふぐっ?!」
「僕に風邪を伝染す気ですか?」
変な事を口走るこのお口さんには、暫く僕のお粥を味わってもらいますね。
それに、こんなに乱暴に食べさせているのに、里子ちゃんは喜んでいますからね。本当にこの子は、どういう感覚をしているんでしょうか。
◇ ◇ ◇
その後、僕のお粥を完食した里子ちゃんは、またお布団に潜り込みました。食欲はあっても、体の怠さはあるようですね。そうなると、とにかく寝るしかないですね。
「それじゃあ里子ちゃん。あとはしっかりと寝――んくっ?!」
どういう訳か、里子ちゃんに尻尾を掴まれました。
いや、訳なんて分かります。きっと、添い寝をして欲しいと言って来るに決まっていますよ。
今僕はラフな服装だし、それは出来るけれど、相手は里子ちゃんなんだから、添い寝なんかしたら、何をされるか分かりません。
「ん~椿ちゃん……」
「わわわわ! さ、里子ちゃん。離して~!」
添い寝をして欲しいと言われずに、そのまま僕の尻尾を引っ張って、布団に引きずり込もうとしているよ! 病人なんだからって、何でも許される訳じゃないですよ。
「椿ちゃん……お願い。今日だけ、お願い……」
「うぐ……」
「だって、椿ちゃん頑張り過ぎてるもん。恐いよ。それで椿ちゃんが壊れちゃったら、私……」
「里子ちゃん……」
あれ? 皆に心配されないようにと、修行を頑張っていたのに、何故か前より心配されている? な、何で……。
「あのね……1人で何でも背負い込むのは駄目なんだよ。今の椿ちゃんは、そんな感じがするの。だから皆、心配しちゃっているんだよ?」
「うっ……そ、そうなんですか?」
やっぱり心配されていました。
あぁ……だから今日も、龍花さん達は僕を遊びに誘ったんですね。
すると、僕をお布団に引きずり込んだ里子ちゃんは、そのままこっちに引っ付いてきます。
「だから、このまま椿ちゃんに風邪を伝染して、無理やり休ませてあげる……」
「えっ? ちょっと里子ちゃん。は、離れて! それに、Tシャツの肩の部分がズレてるよ?! 胸が……里子ちゃん!?」
里子ちゃんって、着痩せするんですね――じゃなくて!
ほら、こういう時なんだよ。こんな時に、僕の男としての精神が、その心が顔を出してくるんです。落ち着け、僕。
「はぁ……はぁ、椿ちゃん……」
顔を近付けないで、里子ちゃん。風邪の熱で出来上がっていて、目の焦点があっていませんよ。色っぽさまで出てきていて、普通の男子ならもうアウトです。
そのまま僕は、暫く布団の中で里子ちゃんに抵抗していたけれど、相手は病人なんだって事を忘れていました。
「はぁ……つ、ばきちゃ……あ、つい」
「えっ? 里子ちゃん? 里子ちゃん!」
里子ちゃんが僕の胸に倒れ、そのまま肩で息をし出してしまい、そこでようやく気付きました。里子ちゃんの熱が上がっている事に。やっちゃいました……ごめんなさい、里子ちゃん。
◇ ◇ ◇
翌日。
僕に代わって、里子ちゃんの看病をする氷雨さんに、彼女は必死に懇願をしていました。
「椿ちゃん、椿ちゃんに……看病……」
うなされながらも、まだ僕の看病を懇願しますか……。
「駄目です。風邪が長引いていたら、看病の意味がありません!」
「はい、ごめんなさい」
そして、里子ちゃんの部屋の外で正座をする僕。因みに僕は、この通りピンピンしています。風邪なんか伝染っていません。忘れていましたよ。
だって僕の中には、浄化の力があるからね。妖怪の風邪の原因になっている妖怪ウイルスなんて、伝染っても浄化しちゃいますから。
「椿ちゃん……何で、伝染って無いの……?」
「ウイルスなんて、浄化しちゃいますから。僕は風邪知らずですよ」
「あっ……そ、そうだったわ……そう言えば昔も……忘れ、てた。ガクッ」
そのまま大人しく寝ていて下さい、里子ちゃん。
君のご飯の方が美味しいんだし、皆待っていますよ。早く治して下さいね。