第捌話 【1】 第2の妖怪センター設立
妖界から戻った僕達は、早速おじいちゃんの部屋に向かい、今回の事を報告しました。
「ふむ……事態は思った以上に深刻じゃのぉ」
流石のおじいちゃんも、眉間にしわを寄せて、大量の書類と格闘しています。
新しいセンターでは、任務を選んで受注している為、小さな案件等はどうしても後回しになっています。
ただ、それがとんでもなく大きな案件に発展したりする事もあり、そうなった時には、今のセンターのやり方では、どうしても後手になってしまうのです。
そうして、痺れを切らした妖怪さん達が、こっちにすがりついているのが、今の現状です。
おかげでこっちには、事実上Aランク以上の任務が溜まっていくのです。
そして今回の騒動、その原因の妖魔。いや、妖魔人閃空と栄空の登場で、ようやくセンターが動いたものの、そいつ等を捕まえるのでは無く、僕を捕まえようとしたので、いよいよ無視出来なくなりました。
「こうなれば、私達でセンターに忍び込み、情報を集め、他の妖怪と一緒に抗議をーー」
「龍花よ、バックに亰嗟がついとる。そんな程度では、直ぐに潰されるわ」
確かにそうですね。そして龍花さんにしては、少し穏やかな方法です。
以前なら「邪魔をするなら潰す」って感じの、尖った言い方をしていたのですが、やっぱり滅幻宗の本拠地でのあの敗北を、龍花さん達はまだ引きずっている様です。
するとその時、おじいちゃんの部屋の扉が開き、酒呑童子さんが入って来ました。死角から僕に向かって、お酒の瓶を投げた後にね。
「じゃあよぉ、こっちで似たような組織を作れば良いだろぉうが。センターの様な組織をな~」
「酒呑童子さん。それをするにしても、センターが文句を言うでしょう?」
何とかキャッチをしたこの瓶の中、いったい何が入っているのかなと思ったら、何だか粘り気がありました。僕をどんな目に合わせる気だったんですか?
そして入ってくるなり、いきなりとんでもない事を言い出しますね。つまりここを、第2の妖怪センターにする訳ですか。
「むぅ……しかしそれは、直接喧嘩を売る事にーー」
「別に良いだろうがよ、喧嘩上等。俺が1番、このデカい喧嘩をやりてぇんだよ。んで、亰嗟の野郎共を引きずり出してやる」
「お~鬼丸格好いい!」
酒呑童子さん。格好をつけるのは良いですが、頭に美瑠ちゃんが乗っていますよ。角引っ張っていますよ。
美瑠ちゃんはずっと、酒呑童子さんにべったりですからね。それを、美亜ちゃんが引きずり下ろそうとしています。
「鞍馬天狗よ。この酒呑童子の提案、受けて貰えないだろうか」
すると今度は、酒呑童子さんの後ろから、前センター長の達磨百足さんが現れて、おじいちゃんにそう言ってきました。
「俺が長をやる。このままお前に、負担をかけ続けさせる訳にはいかんからな」
どうやら、今回の酒呑童子さんの提案で、少しだけ達磨百足さんに火がつき、立ち直った様です。
でもおじいちゃんは、まだその提案を受け入れるとは言っていないですよ。
「むぅ……しかし、危険過ぎる。既にここは、勝手に依頼を行ってるとして、センターに目を付けられ、亰嗟から襲撃をされとる。椿が戻ってからは無いが……」
「あっ、家の近くに居た怪しい半妖の人達なら、僕が倒しておきました」
「むっ、そうか……なぬっ?!」
おじいちゃん、反応が遅かったですよ。仕事のやり過ぎです。やっぱりここは、達磨百足さんにやって貰った方が良いと思います。
「鞍馬天狗、お前が無茶をしているのは分かっている。昔一緒に仕事をした仲だ、舐めるなよ。それに見ろ、この案件。見過ごしているだろう」
「うぬ……」
「お前は昔から、こういうのが苦手だったよな? だから無茶をするな、俺はもう大丈夫だ。鞍馬天狗、お前は皆を纏める事に徹しろ。お前が得意なのは、それだろう?」
あらら……おじいちゃんが黙っちゃいました。対等な立場でおじいちゃんに意見が出来るのは、この妖怪さんぐらいですね。
「納得出来んが……確かに、受け身ばかりでは事が進まんのも事実か……やむを得ん。皆、すまぬ。更に危険な事になると思うが、酒呑童子の案、受け入れようと思う。他の者には晩に説明をするが、今この場に居る者で、異論があるならーー」
「「「「「あるわけ無い!!」」」」」
「むっ? 何故全員ここに集まっとる?!」
おじいちゃん、それすら気付かなかったんですか?
達磨百足さんがこの部屋に来た時から、他の妖怪さん達も居ましたよ。
「大丈夫ですよ、翁! こっちには切り札的な妖怪が居るんですから! ねっ、椿ちゃん!」
「僕ぅ?! いや、僕は……」
「そうね。椿は狙われているから、切り札とは良い難いわね。その点、私の方が切り札になれるわよ」
美亜ちゃん、自信満々なのは良いけれど、家の前に張り巡らされた呪術、解除してくれませんか?
あれは多すぎです。また引っかかりそうになりましたからね。家に入るだけでも一苦労なんですよ。
「そう、椿は切り札じゃない。守られる側。つまり、妖怪のお姫様。だから、私が守る。切り札は、私。全部凍らせるから」
雪ちゃんまで?! それとさ、僕はお姫様じゃ無いってば。
「む~、椿ちゃんが切り札です! むちゃくちゃ強くなっているんですよ? 分からないんですか?!」
「里子ちゃん、あの……ちょっと落ち着こうか?」
そんな里子ちゃんを、わら子ちゃんが頭を撫でて落ち着かせているけれど……あの、里子ちゃん。いつの間に、わら子ちゃんに飼われたの? 尻尾振って嬉しそう。
「はっ! 椿ちゃん、違っ……これは違うの! いつもご飯を持って行っていたら、お礼に頭を撫でられて、あの……それで、その……」
「いや、別に。僕に謝らなくても良いですよ。皆仲良しで、僕は嬉しいですから」
「椿ちゃん……それなら、なんで尻尾を立ててるのかな? 怒ってるよね?」
「別に~僕には新しいペットが居るから」
そう言うと僕は、近くに居た楓ちゃんと菜々子ちゃんの腕を掴んで、そのままこっちに引っ張ってきます。もちろん2人とも、凄くビックリしているけどね。
「えっ? ね、姉さん? 自分、ペットっすか?!」
「ちょっ……椿ちゃんお姉ちゃん酷~い」
ゴメンね、里子ちゃんを困らせる為なんです。
2人の事を、本気でペットとは思っていないよ。可愛い妹みたいだからね。
「つ、椿ちゃん……うぐっ、ご、ごめ……」
しまった、やり過ぎました! 里子ちゃんが泣きそうになってる。
「わ~!! ごめんごめん! 冗談だってば。里子ちゃんの方がペットっぽいし、君の方がペットです!」
あっ……しまった。言った後に気付いたけれど、僕やってしまいました? 里子ちゃんが、僕の言葉のあとに、ニヤリと不適な笑みを浮かべて、ある物を取り出しました。
「じゃあ、はい。これ、私に付けて」
それは、隷属の首輪。
やられました……というかこれは、わら子ちゃんも一枚噛んでいるね。
「わ~ら~こ~ちゃ~ん?」
「な、何の事かな……わ、私、知らないよ」
「オドオドしたって駄目!」
もう、バレていますよ! それに、口笛を吹こうとしても吹けていないよ。わら子ちゃんは誤魔化すのが下手ですね。
「うむ! 良し、決めたぞ! ここを今から、第2の妖怪センターとする。達磨百足、頼んだぞ」
「おう、任せろ!」
びっくりしました。僕達がじゃれている間に、悩んでいたおじいちゃんが自分の膝を叩いて、しっかりと決意していました。
確かに、新たなセンターがやっている事は駄目だし、そもそも僕達の敵になってしまっています。
だから、それに対抗する為には、こうやって同じ組織を作り、それで潰すしかないですね。
「そして、このセンターの要はお前達だ! 椿、里子、座敷わらし、美亜、雪、楓。お前達でチームを結成し、任務に当たれい!」
「「「「「「「え~!!」」」」」」」
更に飛び出したおじいちゃんのとんでもない発言に、僕達全員が一斉に驚いてしまいました。
いや、チームで動けって言われても、白狐さんと黒狐さんはどうするの?! お払い箱……って訳ではないだろうけれど、僕達だけで出来るのか、不安になってきましたよ。
「翁! 何で私まで?! 私、お給仕が……」
そうですよ。里子ちゃんの役割は、いつもそれでしたよね。戦いなんて出来るのでしょうか……。
「儂が気付かんとでも思ったか、里子。半年前のあの事件から、実は夜遅くまで、こっそりと訓練していたのをな。眠気を押してまで、必死にな」
「わぅっ?! お、翁……見ていたんですか?!」
そっか。里子ちゃんまで、そんな特訓をしていたんですね。皆が皆、僕を守ろうとしているなんて。
皆、逆ですよ……今度は僕が、皆を守る番なんです。
「白狐、黒狐。良いか。以前のように、危機的な状況以外は手を出すな。出来るだけ、此奴等にやらせるんだ」
『分かった』
『今の椿なら、殆どの任務をこなせるだろう。だが……』
「分かっとるわ、黒狐。亰嗟が狙って来た時や、華陽とあの4人が来た時は、しっかりと守ってやれ。しかし、お前さん等の命を犠牲にせずにだ。分かったな?」
おじいちゃんの言葉に、2人とも「何て難しい注文を」って顔をしています。だけど、それは当然ですよ。
白狐さん黒狐さんまで失ったら、僕は今度こそ立ち直れないからね。お願いだよ。そしてそれを、しっかりと2人にも伝えます。
「白狐さん黒狐さん。僕、言ったでしょ? 自分達を犠牲にしてまで守ってくれても、僕は嬉しくないよ。僕と結婚したいんでしょ? その楽しみが無くなっちゃうよ」
あっ、2人とも目を見開いています。
あれ? 僕、2人のどちらかと結婚するって、そう言ってなかったっけ? 言っていたよね。忘れていたのかな。
『椿よ……正直言うと、我等はもう、半分程諦めておったわ』
『う、うむ。少し押し付け過ぎた。それにお前は、まだ半妖のあの子をーー』
むぅ……むしろそういう時にこそ、僕に寄り添って欲しかったんだけど。僕の心の支えは、白狐さん黒狐さんですからね。
「こんな事で、僕を諦めるの? 僕はもう、どっちと結婚するか決めているのに」
『なぬっ?!』
『何?!』
「椿ちゃん!! どういう事?! もう決めていたの? 誰、誰?! いや、どっち?!」
「椿……やっぱり私じゃなくて、そっち。いや、私は愛人で良い。でも、やっぱり気になる。教えて!」
うわぁ!! 里子ちゃんと雪ちゃんが真っ先に飛んで来ました! それに、他の皆にも聞かれていましたぁ!
というか、今ここでそれを言ったら、もう告白じゃないですか。今のゴタゴタしているこの状態で、言うわけないですからね! 全て片付けてからです。
「皆、ちょっと落ち着いて! ちゃんと全ての問題が片付いてから!」
僕はそう叫ぶと、皆を引き離します。そうしないと、根掘り葉掘り聞かれそうですからね。
『良し。直ぐに終わらせるぞ、黒狐よ』
『そうだな。いよいよ決着の時だぞ、白狐』
あの、まだ問題は山積みですから、まだまだ先になると思います。焦って失敗しないで下さいね。
でも今の様子だと、失敗しそうですね。しょうが無いですね……。
だから僕は、2人に近付くと、こっそりと耳打ちをします。
「あのね、まだちょっとだけ、そっちに傾いているだけだし、今答えたら答えられるけれど、僕は2人とも大好きなんです。本当は、選びたく無いくらいです。だから2人とも、焦らないで下さい。僕は逃げないから」
そして僕は、2人のほっぺにキスをする。だけど、白狐さんにだけはちょっとだけ、長くしておきます。これで分かったかな?
『ふん、なるほどな……だが、まだ勝負は決していないという事か。良いだろう。俺は諦めんぞ、白狐!』
『やれやれ。このまま諦めよ、黒狐よ』
そうそう、2人はそうじゃないとね。
それと、白狐さんを選んだ理由はですね、ちょっと黒狐さんの方は、僕にとって引っかかりがあるんです。妲己さんとの事でね。