第漆話 【1】 拮抗する力
もう僕は、昔の僕じゃないんだ。こいつは、放っておいたら危険だ。だから、倒す。
ついでに華陽の居場所も聞けたら良いけれど、そこまで考えていたら隙を突かれてしまう。油断はしません。
「ふん。力の加減も出来ない暴走車が、たった半年で何が変わったと言うんだい?」
車でもね、半年の改良期間があれば、随分変わると思うよ。
やっぱりこの閃空は、精神が妖魔に寄生された時のまま、成長をしていない。考えが少し浅い。そしてそれを、長い年月を生きて来た経験だけで補っている。
「ほら、動かないならこっちから行くよ!」
すると閃空は、腕を折り、肘から伸びた黒い刃みたいになった骨のような部分から、真空の刃を生みだすと、それを僕に向かって放って来ました。
「浄化」
「へっ? えっ? な、何だって? 軽々と……僕の攻撃を?」
今までは遊んでいたけれど、今回は違ったのかな?
どうやら、結構本気で撃ったみたいです。でもだからこそ、閃空の打たれ弱さが露見しましたね。
こんな簡単に対処されるとは、思わなかった様です。
「どうしました? 負なる者。そんなに意外ですか? それなら、もっともっと心を折って上げましょう」
「くっ、この!!」
すると今度は、閃空が凄いスピードで僕に突進して来て、腕のその突起物を突き刺そうとして来ました。だけどそれも、受け止めるのは簡単でしたね。
「くっ……! なっ、なんで……」
「何で? そんなの、私がそれだけ修行をしたという事です。受けなさい。華螺羅狗斬!!」
この技名は、酒呑童子さんが付けました。酒呑童子さんには、子供の名前を付けさせたら駄目ですね。
技名はとにかく、これは浄化する真空の刃が、螺線状になって広がっていき、そのまま相手を切り刻む。そんな技なんです。
「ぐぁぁあ!!」
それでも、閃空の戦闘能力は高いです。咄嗟に身を守り、真空の刃に耐えています。
普通なら、かなりのダメージを与えるはずが、真空の刃が収まった後、閃空は倒れる事無く、僕を睨み付けてきました。
至近距離で、まともに全部受けたのに。膝くらい突くかなと思ったのに、それも無し。身体に切り傷を付けただけでした。
相手の方が硬かったよ。そうなると、ちょっとやそっとの技では倒せないですね。
「ふふ……あははは!! なぁんだ~結局修行って、剣術だけかよ。下らないね! そんなんじゃ僕はーーげふっ?!」
あのね、そうやって自信満々に胸を張っているから、僕のハンマーの餌食になるんですよ。だけど、前みたいな妖術ではないよ。
「黒槌地龍撃」
堅さも威力も、その重さも倍増です。
そして前みたいに、回転して威力を付ける事無く、ハンマーにした尻尾をしならせて、そのまま打ちつけます。まるで、龍が飛んでいるかの様にしてね。それだけで、閃空は後ろに激しく吹き飛んで行きました。
「あぁぁぁあ!!」
その後、建物にぶつかる音が聞こえたけれど、その直後に、閃空がこっちに向かって来ました。う~ん、これでも駄目ですか。
「こぉのぉお!! 雑魚妖狐がぁ!!」
「いやいや……この状況で、良く雑魚と言えますね。以前にも増して、負の感情が増えていませんか? 負なる者」
そのまま閃空は、両手両足を巧みに使い、殴った後に突き刺そうとしたり、蹴った後に突き刺そうとしていたけれど、僕はそれを全部交わします。
うん、酒呑童子さんからの奇襲攻撃を交わす方が、遥かに難しいかも知れません。だって、閃空の攻撃は安直だから。
真っ直ぐに拳を打って来て、それを避けられたら、肘に付いている突起物で刺して来る。正直言うと、予測していれば避けられます。他の人から見たら、全く見えない程のスピードだとしても、です。
「どうしました? 負なる者。当たっていませんよ?」
「ふん! 僕がただ、めちゃくちゃに攻撃をしているだけだと思うなよ!」
分かっていますよ。周りの妖魔だよね。集まっているのは、さっきから分かっていたよ。だから、ハンマーから戻した尻尾を、今度は炎に変えます。
「黒炎尾、槍華繚乱!」
そして、尻尾の毛をいくつもの炎の槍に変え、その妖魔に向けて放ちます。小さくて細いけれど、あの消えない黒焔ですからね。当たれば良いんです。当たったら貫いて、燃やし尽くすけどね。
「なっ……なぁ!」
「さっきから、な~な~うるさいですね。猫ですか、あなたは」
次々と、妖魔を燃やし尽くしていっているのが意外なのかな?
確かに相当妖気を使うけれど、今の僕はかなりの妖気量なのです。これくらいはもう、朝飯前です。
でも、その殆どがAランクの妖魔ですね。という事は……。
「ふ、ふん。精々雑魚妖魔を倒して良い気にーーあっ?」
「あぁ、居ましたね。やはり隠れていましたか。ですが、今の私には奇襲すら無意味ですよ」
建物の影とか、自身の能力を使って、Sランク妖魔がそこら中に隠れていたけれど、そいつ等の妖気を察知して、影の妖術で捕まえました。
そのまま逆さまにぶら下げる様にして、全員引っ張り出したので、まるで魚を釣った様になってしまいましたよ。
これは、全員巻物で捕まえておかないといけないですね。Sランク妖魔を浄化するには、ちょっと時間が足りないです。
「白狐さん黒狐さん。この負なる者の捕獲、お願いします」
『うぉ? お、おぉ……わ、分かった』
だから、何で皆呆然と見ているんですか? まるで、あり得ない景色を見ているかの様な、そんな表情をしていますね。
『しかし椿。お前、捕獲するって……滅したりはしないのか?』
「黒狐さん。今の私は、ただ無闇に負なる者を滅しようとする存在ではないです。浄化に時間がかかって、面倒くさいというのもありますけどね。ただ、この者は別です」
そして僕は、再び閃空に向き合います。もちろん、相手は意外な展開の連続で、最早余裕なんて無くなっています。
いける。このまま何も無ければ、閃空を。
「あ~なんで……こぉんな面倒くさい事に。なんで……」
閃空がフラフラしながら、何か呟いていますね。何でしょうか……。
「なぁんで、本気を出さなきゃいけないんだよ!!」
「なっ? ぐぅ!!」
嘘、見えなかった。は、早い! 一瞬で刺された。
ダメージはそんなに無かったので、咄嗟に体勢を立て直したけれど、また同じ場所を刺されました。
しかも、僕の足を狙って来ています。立てなくする気? 嫌らしい手を使って来るけれど、常套手段ではあるよね。
「なる程。それがあなたの本気ですか」
「あはははは!! そうさ! だが、絶対最強じゃないさ。それならさ~とっとと本気を出しているだろう?!」
確かにその通りですね。つまり、弱点があるんでしょうけど、それを教える訳はないですよね。
だけどそのスピード、閃空は見えているのかな? 見えていないのだとしたら、感覚が頼り。それなら、落ち着いて深呼吸して、妖気を乱さず、空気の流れを読み取ります。
微かな空気の流れの変化。それだけで、捕らえる!!
「そこです!!」
「くっ……! ざ~んね~ん!」
残念、掠っただけですか。逆にカウンターで、僕の方が少しダメージを受けてしまった。そうなると、もうこの手段は対策を取られたと思う。次ですね。
「仕方ありません、次の策です」
「へぇ、まだ何かあるのかな? でも、させなーーいっ?!」
浄化の神風を、爆発させるようにして一気に広げ、その衝撃で吹き飛ばします。
広範囲に渡って吹き飛ばせるので、凄いスピードで動いていて、それが見えなかったとしても、これなら当てられます。
「うわぁぁあ!! なっ……ち、力が、力が抜けていく!」
「当然です、浄化の風ですよ。そのまま消え去りなさい。負なる者」
例え踏ん張って対抗しても、僕の浄化の力も上がっているんですよ。だから、そのまま消えて下さい。
だってあなた達は、江戸時代の人間。
この時代に居ては、駄目なんです。ちゃんと眠って下さい。然るべき場所でね。