第肆話 カナちゃんのお墓参り
その日、お昼ご飯を食べ終えた後に、僕はある場所に向かいます。
ずっと行きたかったんだけどね。結局色々あって、こんなに遅くなっちゃったよ。
だけど僕としては、ここにカナちゃんが居るなんて思えない。こんな、石の造形物の下に眠っているなんて……。
ここは、伏見区のお寺にある、カナちゃんのお墓です。
お葬式の方は、僕がカナちゃんの死をどうしても認めたく無くて、それには行かなかったんだけど、今はしっかりと、君が居ない事を認識したよ。
だけど、カナちゃんの魂の一部は、ここに……この火車輪にいるんですよ。何だか変な感じだね。
『椿よ、本当に大丈夫なのか?』
そして何故か、白狐さんと黒狐さんまで一緒に着いて来ています。1人で大丈夫だって言ったのに……2人は相変わらずですね。
「大丈夫だよ、白狐さん。あっ、お花、変えてあげないと」
でも、萎れてはいるけれど枯れてはいない。ということは、割と最近、誰か供えてくれたんだね。クラスの誰かかな? 今は春休みだし、頻繁に誰か来ているのかも知れない。
「よいしょ……」
僕は背伸びをしながら、カナちゃんのお墓を掃除していく。何だか、クスクスと笑い声が聞こえて来る気がします。
そう言えば、僕って感知能力が高いから、幽霊も偶に見えたりするんだけど、カナちゃんの霊は見えません。出て来て欲しかったのに……。
それとも、君には未練なんか無いのかな? 火車輪に魂の一部を封じて、僕に引っ付いているからかな? だけどやっぱり、姿を見せて欲しい……話がしたい。
今度は、君の気持ちから逃げたりしない。ちゃんと、向き合いたい。
「ん~」
やっぱり、色々と考えちゃう。お墓参りって、こんなにも色々と考えちゃうものなんですね。
一生懸命にお墓を掃除しながら、僕はそんな事を考え、1人唸っています。
『椿、手伝うぞ。無理はするな』
「あっ、大丈夫です。1人でやらせてください」
そうやって、僕の気持ちを整理しないとね。カナちゃん、ちゃんと見ててよね。
「うひっ?!」
『ん? どうした、椿よ。可愛い声を出して』
なんか今、尻尾を触られたような……。
「白狐さん、今僕の尻尾触った?」
『いや、触っとらんぞ。そりゃ、可愛くフリフリと振っているから、触りたくて仕方がないが。我慢しとるぞ』
黒狐さんは僕の横に居るし、手を伸ばしたら分かる。ということは、もしかしてカナちゃん?
あり得るかも……カナちゃんって、僕が真剣な時に限って、尻尾や耳を弄ってーー
「いっ?! ひぅ!!」
今度は耳?! もしかして遊ばれてる? カナちゃん、大人しく寝ていてよ。火車輪もちょっと熱いし、もう間違い無いです。でも見えない、あ~もう。
「カナちゃん、いい加減にしてよ! 君のお墓、掃除出来ないでしょ!」
『椿、少し静かにした方が良いぞ。墓参りだろ?』
黒狐さんに注意されちゃいました。カナちゃんのせいだ。
どうして君は、しんみりさせてくれないのかなぁ。それがカナちゃんなんだから、しょうが無いのかも知れません。
「あら? あなたは……」
すると僕の後ろから、突然女性の声が聞こえてきました。
ちょっと騒ぎ過ぎたかも知れません。謝ろうと思って、慌てて後ろを向くと、そこには意外な人が居ました。
「えっ……? カナちゃんの、お母さん?」
カナちゃんに似た顔付きで、顔半分にある火傷を髪で隠している、カナちゃんのお母さんが立っていました。
「確か、あの子の親友の、椿ちゃん……でしたっけ?」
「あっ、はい。そうです」
何で、この人がここに? カナちゃんの事を娘とも思わず、殺そうと考え、滅幻宗に依頼をしたんだよ。それなのに、何で……。
するとカナちゃんのお母さんは、少し苦笑いをして、僕に近づいて来ると、お墓の前で屈み、周りのゴミを拾い始めました。あの時と、雰囲気が全然違います。
刺々していて、憎しみの感情を僕達に向けていたのに、今はそれが全く無いです。
そして、カナちゃんのお母さんは立ち上がると、お墓を見渡しています。
「綺麗にしてくれたのね、ありがとう。あの子も喜ぶわ」
「あっ、いえ……」
喜んで僕の尻尾や耳を触りまくっていましたからね。これからお墓参りに来る度に、こうやって触られるのかな?
「あの時はごめんなさい……って、今更言ってもしょうが無いわね。あなたにも、キツくあたってしまったわね」
すると突然、カナちゃんのお母さんが僕の方に向くと、頭を下げてきました。
いきなりの事で面食らってしまったけれど、急にこんな事をされても、どう対応したら……。
「あっ、えと……大丈夫です。そちらにも、事情があったんですよね?」
とにかく丁寧に、大人な対応をしないと。
僕の方が60年以上生きているから、年上なんですよ。見た目は僕の方が年下だから、関係ないかな。
「あら? あなた……雰囲気が。そう、やっぱり妖狐は違うわね。私達人間とは、感性が違うのかしら」
「そうじゃないです、一緒ですよ。僕がちょっと、無理しているだけです」
何だか誤解されそうだったので、素直にそう言っておきます。そうしないと、またギクシャクしそうだったよ。せっかく相手の憎しみが無くなっているのに。
「そう……そうなのよね。一緒なのよね……例え人間じゃなくても、私が心から信頼し、愛した人の子供。お腹を痛めて産んだ子。何も、変わらないのよ」
とにかく僕は、カナちゃんのお母さんの言葉をジッと聞いています。こういう時は何も言わずに、ただ聞くのが1番ですから。
「あの子が死んだと、学校の校長から聞いて、真っ先に湧いたのは、悲しみだったわ。やっと、憎い妖怪が死んだ……と、清々すると思ったのに、そうじゃなかったわ。私の本心は、子を失い、とても悲しいと、そう言っていたのよ。あの子の小さい頃の姿が、脳裏に浮かんで……その時の、幸せな時間を思い出しちゃって……」
そしてカナちゃんのお母さんは、お線香を取り出すと、マッチでそれに火を点けます。僕も持って来ているけれど、そのまま半分渡してくれました。
「あなたーーその目。既に前に進むと決めているわね。それにあの子の死が、あの子の想いが、あなたの糧になってくれている。見たら分かるわ。私は、それだけ分かれば十分よ。だから、私からは何も言いません。許して欲しいとも、思っていないわ。だからーー」
「カナちゃんは、僕と一緒に居るよ。今もね……」
そう言って僕は、自分の腕に付けた火車輪を、カナちゃんのお母さんに見せます。このままだと、この人はずっとずっと、ここで悔やみ続けるよ。
本当は、カナちゃんに直接謝りたいんだと思う。だからカナちゃん。今だけで良いから、ちょっと出て来てよ。尻尾掴んでないでさ。
「そこに……香苗が?」
「うん。カナちゃんは死ぬ瞬間、最後の力を振り絞って、ここに魂の一部を移したんだ。しかも僕を守る為にって、その力全てを、ここに込めて。だから、カナちゃんはここに居るよ」
「あっ……」
あれ? 肩に温かい感触が……誰か、僕の肩に手を置いてる? 誰かって……この流れだと、もう誰かは分かっていますよ。
後ろを向くとそこには、透けた体に揺らめく炎を纏った、カナちゃんの姿がありました。もちろん、片方の手は僕の尻尾にあるけどね。離してくれるかな……?
「香苗……っ! ごめんなさい……ごめんなさい、私は……」
『良いよ、お母さん。謝らないで、私は幸せだったから。だから、ありがとう』
「えっ……?」
『私を産んでくれて、ありがとう』
「あっ……あぁ、香苗……あなた。馬鹿ね、私が謝らなきゃいけないのに。うっ……」
そしてカナちゃんのお母さんは、僕の腕に着いている火車輪に手を伸ばし、それにソッと触れると、大粒の涙を流し始めました。
さてと、僕もカナちゃんに言いたい事がーーって、待ってよ! 消えないで! カナちゃん、照れ笑いしながら消えないで! まさか……僕が文句言おうとしていたの、分かってた?
しょうが無いですね。寂しく無いと言えば嘘になるけれど、ちょっとでも姿を見る事が出来たし、僕はもう良いかな……と思っていたら、お墓の前の足場の所に、何か文字がーー焼き刻まれている? 何かの名前?
【槻本香奈恵】
「……カ~ナ~ちゃ~ん。まさか、僕の子供として生まれ変わる気ですか? それで、次はこの名前にしてって? そのまんまじゃないですか! 漢字違うだけ!」
「えっ? あらあら、あの子ったら……」
『ふっ……なるほど、それは良いな』
『問題が、白狐か俺の子。どっちになる気だ?』
白狐さんか黒狐さんなのは確定なのですね。
あのさ……僕はまだ、2人と結婚するって言っていないのに。もう2人とも、その気満々じゃないですか……。
だけどね、カナちゃん。君、僕の子供になるんだったら、妖狐だよ? それに寿命も長いから、何時までも仲良く一緒にって事になるよね。そこだけは、良い考えだねって思っちゃいましたよ。
でも、白狐さんと黒狐さんどっちかと……僕はどっちと? せっかく色々あって、この事を忘れていたのに、しっかりと思い出させてくれましたね、カ・ナ・ちゃん。