第参話 【1】 賀茂様の加護
その後、僕が吹き飛ばした妖魔を、白狐さんが巻物で封じました。
まだ僕のライセンスじゃ、あれは捕まえたら駄目みたいなのです。本当に、面倒くさい制度ですね。
『しかし椿よ。それは、香苗が使っていた物では?』
すると、封印した巻物を巻きながら、白狐さんが僕に向かって、火車輪の事を聞いてきました。
「うん、カナちゃんから託されたんだ」
『そうか。それなら、もう立ち直ったのか?』
「ん~寂しいのは寂しいよ。でもカナちゃんは、そんな僕を見たくは無いだろうからね。それにカナちゃんの魂は、ちゃんとここにあるから」
そう言って僕は、腕に付けた火車輪に手を当てる。
いつもこの火車輪は、ほんのりと温かいんですよ。これが、僕を勇気づけてくれる。って、カナちゃんに依存しちゃっているようで情けないけれど、それでも僕は、このおかげで前に進めるんです。
『ふむ……なる程な。しかし、本当にあの子は半妖だったのか? 魂の欠片を妖具に込めるなど、普通は出来んぞ』
そうだよね、僕も不思議に思うよ。だけど、それがカナちゃんの、僕に対する愛じゃないのかな? 自分で言ってて恥ずかしくなってきましたね。
あれ? それはそうと、酒吞童子さん達は? 何だか遅い気がしますけど、まさか……。
「あ~もう、ほら着いたよ! お母さん、酒吞童子さん!」
そんな時、酔っぱらってフラフラになっている2人を、菜々子が引っ張って来ましたよ。分かってはいた、分かってはいました。酒吞童子さんから目を離したら駄目です。
「お~う! 椿、ご苦労さん。んで、愛しの恋人とチュッチュ出来たのーーかはぁ?!」
「天誅!!」
とりあえずハンマーの妖術を発動して、お腹を思い切り殴っておきます。この酔っぱらいは、水をかけただけじゃ戻らないですからね。
『つ、椿よ……妖術を発動するのが早くないか?』
『ま、待て。こ、これは……俺達も、油断出来ないぞ。過度なスキンシップは控えるか……』
あれ? 何故か白狐さんと黒狐さんまで、これを見て怖がっちゃいましたよ。そんなに凄い事かな?
確かに他の妖怪さん達は『妖異顕現』と言わないと、妖気が安定しない様で、妖術が変な効果を持ったり、対象に向かわなかったりするそうです。
たまに格好つけて言わない妖怪さんがいますけど、だいたい変な妖術になっていますからね。楓ちゃんとかね……。
だけど、僕は酒吞童子さんの地獄の特訓によって、妖気の安定化を徹底的に鍛えられました。
それは、神妖の妖気を安定させる為だったんだけど、結果こんな風に、簡単な妖術なら直ぐに発動出来る様になったのです。
「ふふ~ん、どうですか? 白狐さん黒狐さん。これが僕の、特訓の成果です」
何だろう。白狐さんと黒狐さんが驚いていると、ちょっと嬉しいというか、頑張って良かったなって思っちゃいます。
『うむ、良く頑張ったな。椿よ』
『それでこそ、俺の自慢の嫁だ』
『黒狐よ、我のだと言っておるだろうが』
もう……また喧嘩をーーと思ったけれど、賀茂様が見ているからかな? 2人ともそこで思い止まって、その後に僕を……。
「ふぎゅっ?! えっ、ちょっと。く、苦しいです」
2人に挟まれる様にして抱き締められ、苦しいです。結構強めに抱き締められちゃってますよ。
『しかし、あんまり無茶な頑張りはよせ。ほら、手なんかカサカサでは無いか。傷も良く見たら、いくつか……』
『むぅ、肉付きが良くなっているが、少し筋肉もついているのか?』
筋肉なんて、自分でも付いているか付いていないか分からないのに、良く気付きますね黒狐さん!
白狐さんも、こんな小さなささくれくらいって思うけれど、やっぱり気になるのかな。
「ふやっ?! ちょっと! 白狐さん、指舐めないで! 何しているんですか?!」
『何って? 消毒に決まっとろう』
そんな最近出来たやつじゃないのに!! 駄目駄目、なんだか恥ずかしいです。
「へぇ~それが椿お姉ちゃんの彼氏さん? こんなイケメン2人もゲットするなんて、凄い~」
「菜々子ちゃん?!」
しまった、この子の事を忘れていました!! 僕達の様子を、至近距離でずっと見られていましたよ……。
『ん? 椿よ、この子は?』
「あっ、酒吞童子さんの隠れ家の近くの、小さな集落に住んでいた、山姥の娘さんです」
「菜々子です。宜しくお願いします。まだ、生まれて9年しか経っていないけれど、これからお世話になります」
9歳にしてはしっかりしていませんか? でもそれも、全部妖気が脳に与える影響なんでしょうね。それとも、母親の山姥さんの教育の賜なのかな。
『何だ、椿。また妹分を作ったのか?』
またとか言わないで下さい、黒狐さん。勝手に懐かれるんですよ。別に、悪い気はしないし良いんだけど、今考えたら、この子がおじいちゃんの家に住むとなると、新たな戦いが始まりそうな気がします。
「さて、そろそろお主等は帰るのかの?」
僕達が和気あいあいとしていると、賀茂様がそう言ってくる。何だか嬉しそうな目で僕達を見ていたけれど、どうしたんでしょうか。
「では椿よ、少しこちらに来い」
「あっ、はい」
何だろう? 別に、手には何も持っていないし、ご褒美とか、そんなのではないですね。
「お主、神刀を持っとるだろう? 出してくれんか?」
「え? はい」
御剱? 何でしょう。でもこの御剱は、別の神社の神様から貰ったから、賀茂様がどうこうしたらまずいんじゃ……。
一応言われたから出すけれど、何をするか分からないしーーって、そんな事を考えながら出していたら、賀茂様がちょっと苦笑いしました。
あぁ、ごめんなさい……表情に出ていたかも。
「そんなに心配せずとも大丈夫じゃ。少しその神刀に、私の加護を与えるだけじゃ。無駄な心配はせずとも、その辺りはちゃんと考えておる。それにだ、他の神が作った物に手を加えたりした所で、その神が怒ったりなどはせん」
そうなんですね……う~ん、僕達の尺度で神様の事は測らない方が良いですね。それこそ傲慢でした。
神社に祀られる神様は、人々を見守り、そして時に人々を助ける、そんな存在なのですから。
そして僕は、賀茂様の前に、自分の御剱を横にして差し出す。
「うむ、良い刀じゃな。それにこの刀は、まだ未完成じゃの。お主の力を、ただ安定させるだけの様じゃ。面白いのぉ、私が最初の1人か。ふふ……」
えっ? 何か今、凄い事を言われたような。まだ未完成? どういう事……。
「あぁ、この刀はな。お主が、お主自身の神妖の妖気を操れる様になれば、その真の姿を現す。なに、私は少しだけ、この刀の切れ味を増しておくだけだ」
そう言うと賀茂様は、御剱に手をかざし、何か呟き始める。
すると、その手が淡く光り輝き、御剱を包んでいきます。それが、賀茂様の加護なのかな。
「良し、終わったぞ。ほれ」
「あっ、ありがとうございます」
「私を助けてくれた礼だ。それに……だな、その……いつでも遊びに来ても良いぞ。今度はゆっくりと話をしよう」
そう言う賀茂様だけど、何だか恥ずかしそうにしています。
そういえば賀茂様って、男の子っぽくもあるし、女の子っぽくもあるんですよね……ど、どっちなんだろう。でも、それを聞くのも失礼な気がします。多分男性ですよね。
「うん、分かりました。また、遊びに来ますね」
「う、うむ! しかし、白狐と黒狐が嫁にしたがるのも分かる。私も、この様な嫁が欲しいの」
あっ、良かった。男性で合っていました。だって神様にも、男性系譜と女性系譜があるんですよ。間違えたら失礼ですからね。
やっぱり、そこは失礼の無い様に、先に知っておく必要がありました。危なかったです。
「ほれ、旦那達を待たしとる。私はいつでも、この神社の本殿におる。待っとるぞ」
そう言うと賀茂様は、腕を組みながら優しそうに微笑み、白狐さんと黒狐さんを見ました。
だ、旦那って……僕はまだ、結婚していませんよ。
「ふふ、真っ赤になって可愛いものだ。あの2人に愛想を尽かしたら、いつでも私の所に来い」
「へっ? えっ……いや、それはどういう……」
「ほれ、早よう行かんか。皆待ちくたびれとるぞ」
あぁ、本当です。白狐さん黒狐さんも、どことなくソワソワしていますよ。
とりあえず、今の賀茂様の言葉も気になるけれど、要するにあれですよね、多分なんだけれど、加茂様も僕に……。
な、何で? 僕って、そんなに魅力的なんでしょうか? いや、違うよね。流石にそれは自惚れ過ぎだよね。
とにかく、色々と恥ずかしくなってきたので、慌ててその場を後にして、白狐さんのお腹に突撃しておきます。
『ぐほぉ! ど、どうした? 椿よ』
「良いから、早く帰りますよ」
それからグイグイと、頭で白狐さんのお腹を押す僕を、ちょっと不思議に思っているみたいだけれど、ここにこれ以上居たら、危険な気がします。
あの賀茂様の優しい笑みは卑怯です。だって神様だもん、神がかっていますよ!
あぁ、でも……そんな僕を見て、喜んでいるよね? だって、賀茂様の視線を背中に感じるもん。