第弐話 【1】 半年ぶりの再会
翌日、僕と酒呑童子さんは荷物を整え、おじいちゃんの家に帰る為に、この集落を出る準備をしました。
昨日の僕の戦いを見て、山篭もりでの修行は十分だと見てくれたようです。
「ふむ……この山から降りるのは初めてだ。菜々子、良いか? 椿の言う事を良く聞いて、しっかりと都会の生活に慣れるんだぞ」
「は~い! お母さん!」
そう言いながら、菜々子ちゃんが僕に引っ付いてきます。
この山姥さん、あの酒呑童子さんが仲間に引き込むくらいだから、きっと凄いんでしょうね。
「ねぇねぇ、椿お姉ちゃん。街には『コンビニ』って言うのがあるんだよね。菜々子、行ってみたい!」
因みに、菜々子ちゃんが山の下の集落に住んでいると言うのも、嘘でした。ただ寒いのが苦手らしくて、冬の間ずっと家に閉じ籠もっていたみたいです。
それでも、僕と遊びたいと言っていたようだけれど、寒くて出られないって文句も言っていたようです。それ、ちょっと見たかったかも……。
「あ~そうだね。でも、おじいちゃんの家に帰ってからね。菜々子ちゃんの事、皆にも紹介したいから」
「うん。お姉ちゃんがいつも言っていた妖怪さん達と、半妖さんの事だね」
本当に、久しぶりなんだよね。
半年とは言え、僕にとっては1年くらい経っている様な気がしますよ。
だけど、足元には七草とかもあったり、木に緑の葉っぱも付き始めたりして、そのほのかな草の臭いも、春の訪れをかんじさせてきて、確かに半年何だと確認させられますね。
春と言えば桜ですね。カナちゃんと見たかったけれど、皆と一緒には見られそうだし、お花見も出来そうです。ちょっと楽しみ。
「椿お姉ちゃん。尻尾振っちゃって、嬉しそうだね」
「そりゃあ、久しぶりに皆に会えるからね。だから、その……僕の尻尾、掴もうとしないでくれるかな?」
「え~! フサフサの椿お姉ちゃんの尻尾、ナデナデしたい!」
菜々子ちゃんまで……僕の尻尾って、そんなに触りたくなるものなのかな? 良く分からないや。
◇ ◇ ◇
そして、そのまま川に沿って山を降りて行くと、見慣れた川幅になっていき、加茂川と言う名前の看板も出始めました。
だけどこの辺りは、まだ田んぼだらけなんですよね。もう少し進まないと、街が見えてこないんです。
だけど、そこからおじいちゃんの家は、更に遠いんですよ。そしてもう一つ、僕は嫌なものを感知してしまいました。
「酒呑童子さん、これ……」
「ん? お前の方が感知能力高いだろ」
薄々感づいているくせに……でも、文句は言っていられないです。これは、妖気です。しかもこの禍々しさは、妖魔ですね。まさか、また寄生する妖魔が、何かに寄生しているのですか? 本当に、市内に沢山出現しているんだ。
「ごめん、菜々子ちゃん。あとでお母さんと一緒に、ゆっくりと来てくれる? 酒呑童子さん、ここから上賀茂神社の方に来て下さい」
「あぁ、分かった。1人で大丈夫か?」
「うん、大丈夫です。それに、1人じゃないですから」
「ふん、なる程な。嬉しそうな顔しやがって。なら、さっさと行け」
あれ? 僕、そんなに嬉しそうな顔してました? だけど、しょうが無いです。だって、本当にそれくらい嬉しいんだもん。
会いたくて会いたくて、本当は修行に行く前に「行ってきます」って言いたかった相手。
そして、僕は力を解放して、一気にその場から走って行きます。
「椿お姉ちゃん、すっごく嬉しそうだった。あんな顔、初めて」
「ふっ、なる程な。しっかりと女の子している。それなら尚更だ。菜々子、しっかりと椿を見習うんだぞ」
走り出した瞬間、2人からそう聞こえたけれど……うん、気にしない気にしない。
だって僕は、それ程までに気持ちがはやっているんだから。妖魔退治なんて、直ぐに終わらせる。
そしてしっかり言うんだ「ただいま」って。
そんな気持ちで居たからかな。京都で有名な上賀茂神社、その場所までが遠く感じる。
でも実際、雲ヶ畑に向かう道からでも、かなり遠いんですよ。車でも、下手したら1時間かかるからね。
だけど僕は、今車よりも速いと思うよ。それでも遠く感じる。早く会いたいのに。
「あっ、この道、上賀茂神社の横の道。それなら、ここを左に曲がったら……着いた! で、2人はどこ?!」
妖魔どころじゃない。とにかく僕は、2人に会いたいんです。
そして僕は、そこから漂う妖気を辿り、正面にあるバスや車が通る広い道を横切り、逃げている参拝客なんて目もくれず、大きな鳥居を潜り、広々とした参道を走って行く。
その先のもう一つの鳥居、そこに見慣れた2人の姿がありました。
白い狐の尻尾と耳、白い神職の服を着た妖狐と、黒い狐の尻尾と耳、黒い神職の服を着た妖狐。
そう……そこには、白狐さんと黒狐さんの姿がありました。
起きないかも知れないって言われていたけれど、ちゃんと意識を取り戻していたんですね。良かったです。本当に……本当に良かった。
それで、2人は何をやっているんだろう? と思ったら、2人の目の前に妖魔が……しかも、人の姿をしているという事は、寄生する妖魔に寄生されている?!
でも、あれも普通の人間じゃない。だって、ある程度抵抗していますからね。
それならーー
「御剱!! 浄化の刃!!」
『なんだ!?』
『おわっ?!』
あっ、ちょっと……動かないで下さい。ちゃんと2人の間を狙ったのに。
でも、何とか上手く2人の間を抜けて、その前の妖魔に命中したーーけれど……あれ? 斬れていない? しかも、僕の放った刃を吸収して、えっ? えっ? 嘘でしょう。
「ぐぅぉぉぉお!!」
でも次の瞬間、その妖魔が雄叫びを上げ、そして寄生している人の身体から飛び出しました。
何が起こったの?! でも、あの身体から飛び出したなら、今がチャンスです。
「もう一回! 御剱、浄化の刃!」
「ぎゃぅ!!」
ふぅ……相変わらずこの寄生する妖魔は、エイリアンみたいな触手っぽくて気持ち悪いですね。でも、これでもう大丈夫ですよね。
「白狐さん! 黒狐さん!」
そして僕は、咄嗟に振り返った2人に、自分なりの最大の笑顔を向けます。
そうなっているかは、白狐さん黒狐さんじゃないと分からないけれど、向こうも凄い笑顔で駆け寄ってくれている所を見ると、笑顔になっているのは間違いないです。
『おぉ、椿!』
『椿! 無事か?! 暴走していないか!?』
あれ? 先ずそれですか? あぁ、御剱を2回も振りましたからね。
もう……それよりもさ、もうちょっと感動とか無いんですか? 半年ぶりですよ。2人が何時起きたかは分からないけれど、僕にとっては久しぶりなんですよ。
「ぬぅ……僕が半年間、何をしていたと思っているんですか? それよりもーーんっ!」
そして僕は、両手を広げて抱き締めてってアピールをします。だって、感動の再会と言ったらそれでしょう?
それなのにこの2人は……確かに2人は守り神だし、長い年月を生きています。半年なんて、あっという間だと思うよ。だけど、僕の気持ちくらい分かって欲しいです。
『お、おぉ。すまんな椿……』
『あぁ、悪かった。たっぷりと抱き締めて……』
「てぃっ」
とりあえず、お腹殴っときます。
『うぉ?!』
『おぅ?!』
あっ、2人とも油断していましたね。思い切り綺麗にパンチが入って、尻もちを付きました。
『な、何をする椿よ!』
『げほっ、完全に油断したな……』
「何をする……はこっちですよ? 僕を止める為に、命投げ出すなんて、バカですか!」
そして、僕は2人に近寄り、先ずは文句を言います。
ずっと言いたくて言えなかった事を……半年も、ずっとずっと我慢していたんですよ! 直接言わないと気が済まなかったんだから。
『ぬぅ……しかし、あの時はそうしなければ、お主が』
「だからって、命がけは違います。白狐さん黒狐さんが起きなかったら、僕は……僕はまた、暴走していたからね!」
『ぐっ……そ、そうか。それは悪かった』
『ぬっ……すまなかった、椿。我等の力不足で……』
僕の言葉に対して、白狐さん黒狐さんは申し訳無さそうにしながら、そう言ってきました。うん、それなら次は、これですよね。
僕はそのまま、白狐さんと黒狐さんに抱き付きます。
この感触、この匂い。とても落ち着くし、久しぶりだし……もう泣きそう。ううん、泣いています。でも言わないと、これを。
「白狐さん黒狐さん、お帰り。そして、ただいま」
『うむ。心配かけたな、そして、よく戻った。椿よ』
『あぁ、ただいま。そして、おかえりだな。椿』
ちょっとややこしいけれど、でも良いです。またこうやって、2人に抱き締められて、頭を撫でられて……凄く落ち着くし、安心します。
本当は不安だったんです。
家に帰っても、白狐さんと黒狐さんが起きていなければどうしようって。ずっとずっと、不安だったんです。だけど、余計な心配でしたね。ちゃんと2人とも起きていました。
しかも、任務まで再開していますからね。全く、僕の心配を返して下さい……なんてね。




