第壱話 【2】 1人でやらないと
その後、晩御飯の買い出しを終えた僕は、巾着袋にそれを全て入れて、いつも菜々子ちゃんと遊んでいる広場に向かう。
修行の息抜きと言いますか、こういうのが無いとやっていられません。
「菜々子ちゃん、お待た……あれ? 居ない」
いつもなら、必ず僕より早くに居るのに。何かあったのかな? あっ、それとも……。
「菜々子ちゃ~ん、もしかして隠れんぼ? しょうが無いな~それならーーん?」
あれ……でも、菜々子ちゃんがいつも鞄に付けているお守り、それが千切れて落ちている。違う……これ。隠れんぼとか、そんな悠長な事を考えている場合じゃなかった。
お守りの辺りから、若干妖気が……まさか菜々子ちゃん、妖怪に連れ去られた? 嘘でしょう……。
「くっ……!」
僕はそのお守りを拾うと、急いで酒呑童子さんの下に戻りました。
「酒呑童子さん! 酒呑童子さん、大変なんです! 菜々子ちゃんが……」
ーーって、酒呑童子さんも居ないよ!
あっ、でも待って。僕、また頼ってる。何をやっているんですか……そうならない為に、修行したんじゃないの? これは、僕にとっての試練なのかも……。
「あ~もう!!」
そりゃ酒呑童子さんも姿隠すよね。何も変わっていなかったら、修行した意味ないもん。この子は僕が、たった1人で救うんです。
「ほっ!」
その後僕は、狐の姿に変化し、ここに来てからいつも着ている、とても味気ない質素な服を巾着袋に入れると、再びお守りに意識を集中する。
この妖気を覚え、狐の嗅覚で匂いを覚えて、妖気の跡を辿る。そして、妖怪が居なければ素早く救出。妖怪が居たら、手配書の妖怪かどうかで対処を変える。
「良し! 今行くね、菜々子ちゃん!」
そのまま僕は家を飛び出し、山の方に向かう。
そんなに遠くは無い。ゆっくりと移動している? でも、僕のスピードを舐めないで欲しいですね。
白狐さんの力を解放し、猛スピードで山に近付くと、そのまま駆け上がり、匂いを辿って行く。
その先に、菜々子ちゃんが居るから。ついでに攫った妖怪もね。
「あっ! いた!! そこの妖怪、菜々子ちゃんを離せ!」
「んぁ? 誰だぁ! 妖狐?」
あれ? 何この妖怪は……カエル? ハエ? カエルの姿なのに、ハエの羽が背中にある?!
それとついでに、二足歩行で歩いています。ピョンピョン跳ねれば速いのに、何で二足歩行をしているんでしょうか。
でも、そいつが菜々子ちゃんを脇に抱えています。そして、菜々子ちゃんは気を失っているのか、僕の声に反応しません。
「人に迷惑かけたらだめぇ!」
「う、うるさい! 俺の嫁だ! 渡さないからな!」
「あっ、嘘?!」
垂直に跳び上がって、木の上に?! やっぱりカエルですね。あっ、でも、そのままハエの羽で飛んで移動してる。
だけど、そっちの方が遅くないですか? 明らかにその身体に合ってない羽ですからね。見た感じでは、ホバリングしている状態です。
とにかく、僕は急いで変化を解くと、巾着袋から服を取り出し、颯爽と着替え、そして飛んでいるそいつを再び確認します。
「ん~僕から逃げられると思わないでよね。それ!」
そして僕は、今度は黒狐さんの力を解放し、右手をいつもの様に、妖術を発動させる時の狐の影絵の様にすると、そこから黒い弾を発射する。
これは実は、自分の影を利用した物で、下からちゃんと僕の体を伝って伸びていますからね。
「ん? なにぃ?!」
そしてその弾は、そのままカエルの妖怪の羽に命中し、片方の羽をもぎ取りました。
「うわっ、うぁぁあ!!」
「おっと、菜々子ちゃん菜々子ちゃん」
このままだと、菜々子ちゃんが地面に激突するので、僕は木を利用して跳び上がり、菜々子ちゃんをキャッチしようとするーーけれど。
「渡さ~ん!! 俺の嫁ぇ!! 舌糸粘酸!」
カエルの妖怪が、舌を細くして伸ばして来ました!
しかも、何だか嫌な予感がしたから、咄嗟に跳ぶ方向を変えたら、そのまま僕の後ろの木に舌が当たり、なんと木を一瞬にして溶かしてしまいました。
「くっ……厄介な舌ですね。ロリコン妖怪!」
「誰がだ!! いや、お前も結構好みだな……しかし、嫁にするには歳がーーえぇい、構わん! パンツくらい!!」
そう言うと、またそのカエルが僕に向かって舌を伸ばして来た。
「へっ? あれ、この展開どこかで……?」
避けようと構えていたけれど、途中で横にスライドしたし、その瞬間下半身がスースーするし、そしてあのカエルの妖怪の舌に、僕のパーー
「ぎゃぁぁあ!! 返せぇぇえ!!」
「げぶん?!」
最低です、最低です!!
このカエルの妖怪、あのショッピングモールで盗みに使われた、がま口の妖具を使っている妖怪さんじゃないですか! 思わずあの時のノリで、思い切り殴って気絶させちゃった。
でも、この妖怪さんが悪い。
「はぁ、はぁ……とりあえず、下着を返して貰ってっと。全くもう、この妖怪さん絶対手配書あるでしょ。ほら、あった」
Bランクですね、捕まえておきます。
そして僕は、その妖怪さんを巻物に封じ、地面に横たわる菜々子ちゃんに近付いて行きます。
「菜々子ちゃん、大丈夫? 菜々子ちゃん!」
「ん? う~ん、あれ、椿お姉ちゃん?」
良かった……無事でした。見たところ怪我も無さそうですね。
「あれ? 私、何して……あっ、いつもの所でお姉ちゃんを待っていたら、何かに襲われて……えっと」
「あ~無理に思い出さなくても良いよ。とにかく帰ろう、おぶってあげるね」
そう言って、僕は菜々子ちゃんを背負うと、そのまま山を降りて行く。菜々子ちゃんは疲れたのか、ぐったりとしちゃっていますね。
でもね、それが演技だというのも分かっているよ。菜々子ちゃん。
「椿お姉ちゃん。ごめんね」
「ん~? 別に良いですよ。また明日、遊べば良いですからね」
「ううん。ごめんは、こういう事だよ」
菜々子ちゃんがそう言うと、いきなり僕の首元に包丁が伸びてきました。
あ~やっぱり、そう来ましたか。でもね、殺気が籠もっていないよ。だから、こうです。
「んっ? えっ? か、影が?! あっ、きゃはははは!!」
「コチョコチョコチョコチョ~」
「きゃはははは!! 止め、止めて! 椿お姉ちゃん……息が、あははは!!」
今の僕は、もうあんな長い台詞を言わなくても、簡単な妖術なら使えます。これも、酒呑童子さんにたっぷり扱かれた成果です。
でも、これ以上影の腕でくすぐると、菜々子ちゃんが漏らしちゃうかもしれませんね。色んな意味で危ないから、そろそろ止めて上げよう。
「ひぃひぃ……はひぃ、つ、椿お姉ちゃん酷い……気付いていたんでしょう?」
「そりゃあ、僕は妖気の感知能力が高いからね。会った当日に気付いていたよ~」
僕を試していたんだろうけれど、悪意も殺気も無かったし、普通に接していたのです。
そして山を降り、いつもの広場に行くと、菜々子ちゃんのおばあちゃんと酒呑童子さんが、そこに一緒に居ました。
あのおばあちゃんからも妖気を感じていたし、これはもう確実ですよね。
「おやおや……その様子だと、気付いていた様だの」
「う~お母さん。ごめんなさい……」
んっ? お母さん? あれ? ま、まさか……おばあちゃんだと思っていたけれど、それは違うのですか?!
すると、その言葉の後、菜々子ちゃんのおばあちゃんが急に煙に包まれ、その後に長髪で黒髪の、着物を着た若い女性に変わっていました。
でも頭には、般若のお面が……それにちょっとだけ、怖い雰囲気があります。
「まぁ、仕方ない。相手はあの噂の妖狐だからな」
そして菜々子ちゃんも、僕の背中からヒョイと降りると、服装と髪型が変わっていく。
お母さんと同じ様な、長髪の黒髪。着物の方は、少し花柄の入った可愛い物だけれど、やっぱり頭には般若のお面。まさか、この2人……。
「すまんな、山姥。手伝って貰って」
「構わん。その代わり、これはツケだぞ」
「あぁ、分かったよ。上等な酒を用意しておく」
なるほどね、酒呑童子さんの仕業でしたか。それにしても、妖怪に襲わせるなんて、危険な事をさせますね。
「酒呑童子さん……これ、僕へのテストですね」
別に納得がいかないわけじゃないですよ。ただ、文句は言いたいです。
「あぁ、その通りだ。お前がこいつ等の正体に気付かず、今の事態にも慌てふためいて、何も出来ない様だったら、ここにあと10年籠もらせるつもりだったがな」
そんなに閉じ込めるつもりだったの?! それは長過ぎですよ……。
「舐めすぎですよ、酒呑童子さん。今の奴はBランクだったし、落ち着けば何とかなります」
「ん? Bランク? 近付いて来ていた奴は、調べたらAランクだったが?」
「…………」
なに不吉な事を言っているんですか? それじゃあ、その酒呑童子さんが見つけた奴は、今どこに?
「えっ、お母さん。あのカエルの妖怪じゃなかったの?」
「違う。私達が見つけたのは、妖魔だぞ」
あ~Aランクの妖魔ですかーーじゃなくて、その妖魔は何処に行ったんですか!
「ひゃぁあ!!」
「うわぁぁあ!! 何だ、こいつは!!」
あっ、集落の方から悲鳴が。良かった、そっちに行ったんですねーーって、駄目ですよ! 集落が妖魔に襲われているじゃないですか!
「椿! 顔面芸している場合じゃない! 急いで退治して来い!」
「僕だけでですか?!」
「当然だ!!」
ひぇ~! これ嫌がったら、晩御飯抜きのパターンだよ。とにかく急がないと!!
そして僕は、急いで集落に向かって走り出す。
「酒呑童子さんの鬼~!」
「当然だ! 俺は鬼だからな!」
「そうでした!!」