第壱話 【1】 椿、修行中
あれから約半年。
初春で、寒さも若干和らいでいますが、今僕は、ある山間部の洞窟に来ています。山はまだ寒いですよ。しかも、洞窟からの冷気で更に寒い。
「くぅ……酒呑童子さんのバカ……こ、こんな所に、悪さをしている妖怪なんて居るんですか?」
僕は文句を言いながらも、住民の依頼という事で、酒呑童子さんが勝手に受けた任務をやっています。
しかも、酒呑童子さんは付いて来ていません。つまり、僕1人でやれという事なんです。
良いですけどね……それこそ最初の頃は、妲己さんの居ないせいか、御剱一振りで暴走しかけたけれど、今ならーー
「誰だ、お前はぁあ!? ここは俺の家だ。出て行けぇえ!!」
「てい!」
御剱一振りしてもニ振りしても、暴走はしません。
それにしても……後ろから突然襲って来た、この妖怪は何でしょうか?
咄嗟に御剱で斬ったけれど、相手の身体は斬れてはいないよ。弾いただけです。それなのに、既に気絶していました。何だか丸い石みたいな、そんな妖怪ですね。
「あ~Dランク? 酒呑童子さん、僕を舐めすぎじゃないですか?」
妖怪スマホで妖気をチェックしたら、そう表示されました。
まだ僕が暴走するかも知れないとか、そう思っちゃっているのかな……もうある程度は扱えるようになったのに。
自分の力を。
◇ ◇ ◇
「酒呑童子さん! この任務はどういうーーあれ? 居ない!」
退治した妖怪さんは巻物に封じ、酒呑童子さんの隠れ家に戻って来た僕は、さっそく問い詰めようとして居間に行くけれど、既にそこには、酒呑童子さんの姿は無かったです。
「くぅ……逃げましたね」
と言うか、多分またお酒のつまみでも買いに行ったんですね。あ~もう、最近多いなぁそういうの。
因みに酒呑童子さんの隠れ家は、北区の雲ヶ畑の方になっていて、ここも山間部というか、結構な山の中なんです。
あの鴨川の源流がここですからね。天然記念物の、オオサンショウウオとかも出くわす程の、超田舎です。
そして家屋は、石垣の上に作られている古民家。
酒呑童子さんの隠れ家も、そんな民家です。だから、おじいちゃんの家みたいな広さは無い。それでも、2人で住むには十分だったりします。
だけどね、冬は大変だったよ。山だから、積もると凄い量になるんだ。
「はぁ……1人で修行しよう」
本当に最初の内は、体力作りから何から何まで、酒呑童子さんがしっかりと見ていたのに、体力が付いてきた最近では、自分の妖気のバランス調整くらいで、毎日ひたすら黙々と、精神集中みたいな事をするくらいです。
だから酒呑童子さんも、ちょくちょくどこかに出かけるんですよ。流石にそれをずっと見ていても、仕方ないからなのかな。
それでも、最初は地獄でしたよ。
冬も近付いて来ていたのに、山を走らされたり、急斜面を駆け上がったり駆け下りたり、転がり落ちてくる岩を避けたりと、かなり古くさい修行をさせられました。
今更妖怪にそんなもの……とは思うけれど、僕は暫く人間の男子だったし、そもそも守られて生きてきたっぽい僕は、基礎が殆ど出来ていなかったのです。
龍花さん達に色々教えて貰っていたのは、技術的な事。
でもそれが出来たとしても、基礎が出来ていないと、それは付け焼き刃程度でしかなかったのです。
「ふぅ……」
そして、道路の近くの川にやって来た僕は、そのまま川の中央の岩に飛び移り、目を閉じて精神を集中させます。
それからゆっくりゆっくりと、自分の妖気を上げていく。
「ん……ん~、くぅ……」
ここで問題なのが、それだけで神妖の力が溢れ出そうとする事。
いつもはここで、妲己さんが抑えてくれたり、指示を出してくれたけれど、もう居ないんだ。だから僕が、1人でそれをやるしか無いのです。
僕は僕だって、そう言い聞かせながら意識を保ち、徐々に妖気を上げる……けれど。
「あ~! 限界です! もう駄目、駄目。抑えて抑えて……ふぅ」
今の段階だと、神妖の妖気を解放した状態のまま、御剱を4回、妖術を10回程使ったら暴走するかも。まだまだです……。
最初は、妖術を2・3回使っただけで、神妖の力が暴走していたし、半年でここまでは凄い成果なんだろうけれど……でも、これじゃあ勝てない。あいつ等には……勝てない。
「おや? お狐様。今日も集落を見回りですか?」
「えっ? あっ、はい」
すると、急に後ろからおばあちゃんが話しかけてきました。
この雲ヶ畑に住む方ですね。すると、何故か手を合わせて僕を拝んできました。
「ありがたや。今日も何事も無く、こうやって安心して暮らせるのは、お狐様のおかげですわ。この集落に住まれる様になってから、集落の人達も大喜びですじゃ。どうかずっと、ここに住んで下さい」
「あ、あはは……何度も言うけれど、僕お稲荷様とか、そんなんじゃないからね」
駄目です、聞いていません。一心不乱に拝んでいますよ、おばあちゃん。
集落の人達には、僕の尻尾や耳は見えないから、ちょっと油断していた僕が悪いんだけどね。まさか見えるなんて……。
「あ~! 椿お姉ちゃん! 久しぶり!!」
すると今度は、一際元気そうな声が聞こえて来る。
「こりゃ、菜々子。お狐様に何て口の聞き方をしとるんじゃ!」
「あっ、別に僕は大丈夫ですよ」
菜々子ちゃんは、このおばあちゃんのお孫さんで、三つ編みがよく似合うとってもやんちゃな女の子です。
普段は雲ヶ畑じゃなくて、山を下りた所の集落に住んでいると言っていたけれど、週末には良くここに遊びに来るんです。だけど、この前雪が降った時、途中の道が封鎖されていたり、道路が凍結して危険だったから、こっちに来られなかったみたいです。
歳は9歳と言っていたし、まだまだ遊びたい盛りのようです。早い子は、もう色々と着飾っているけれど、この子はまだまだみたいなんだ。
「ん? 椿お姉ちゃん。またちょっと髪伸びた?」
軽やかな足取りで僕の下にやって来た菜々子ちゃんは、僕の頭に目をやると、目を輝かせながらそう言ってくる。
「えっ? う、うん」
「わぁ……綺麗。良いな~私もこんな風に、可愛い女の子になりたいな~」
どうやら僕が、おしゃれに目覚めさせてしまったようです。
確かに今の僕は、この冬の間に髪を伸ばして、顎を超えたあたりまでにはなったけれど、まだまだ綺麗とはほど遠いと思うよ。胸は……また大きくなっているけどね。
「そういう君も、成長したら素敵な女性になると思うよ」
「本当? 本当に?!」
「うん」
そう言って、僕は菜々子ちゃんの頭を撫でる。
実際この子は顔が整っているし、将来はかなりの美人さんになりそうです。
「ほら、菜々子。お狐様はお勤めの最中じゃ、邪魔するな」
お勤めって……本当に僕を何かと間違えてませんか? そんなのじゃないって言ってるのに。
「え~? しょうが無いなぁ。それじゃあ椿お姉ちゃん、またいつものとこでね」
菜々子ちゃんはそう言うと、最後だけ僕の耳元にやって来て、小声で話しかけてきました。
「んっ、分かったよ」
すると菜々子ちゃんは、嬉しそうな顔を僕に向けて、そのままヒョイヒョイッと道路まで簡単に渡って行きました。う~ん、誰かさんを思い出すよ。
そして、おばあちゃんと一緒に歩いて行く菜々子ちゃんを見送り、僕はまた修行に戻る。
ーーと、その時。
「うわっ!! っと、危ない~」
「ほぉ、良く避けたな。完全に油断していたと思ったがな」
「ふ~んだ。そう何回も何回も、同じ失敗はしませんよ~だ」
酒呑童子さんが僕に向け、小石を剛速球で投げてきました。
これも修行の1つで、いつでもどんな時でも、突然襲われた時に、直ぐに反応出来るようにする。そんな特訓なのです。
その為に、酒呑童子さんが突然攻撃を仕掛けて来る。それを、僕は当たらないように回避する。たったそれだけなんだけど……。
「ん? 何この音? ふぎゃっ?!」
「は~い、アウト~今日の晩飯はお前が作れよ」
「うっ……くぅ……卑怯ですよ! 跳弾で、上にあらかじめ設置していた岩を、僕に落として来るなんて!」
「そういうのを見極めるのも重要だろうが」
岩を迷彩しておいてよく言うけれど、それすら見抜けという事なんですよね。
因みに夕方5時まで、僕が酒呑童子さんの攻撃を回避し続ければ、晩御飯は酒呑童子さんが作り、当たってしまったら僕が作る事になっています。
酒呑童子さんのご飯、2ヶ月前に1回だけ、夕方まで回避に成功した事があって、その日作ってもらった事があったけれど、めちゃくちゃ美味しかったんです。
ちょっと豪快だったけど、何だか癖になる味だったからさ、また食べたいんだけど、それから酒呑童子さんが本気になったらしくて、負け続けています。
おかげでさ、僕の料理の腕も上がりましたよ。