第捌話 【2】 愛した人よ、死なないで
ひょうたん片手に、呑気に現れた酒呑童子さん。いったい、今まで何をやっていたんでしょうか。
『酒呑童子! お主、今まで何をしとった?!』
すると酒呑童子さんは、まるで当たり前の様にして、白狐さんの言葉に返してくる。
「亰嗟の対策だ。奴等、この寺院の周りを隠れて囲んでいたから、ちょいとお仕置きしてたんだよ。ついでに、自称ナンバー2の方も2人居て、そいつらに少しばかり手こずっていたが、このあり得ない妖気の前に、やっととんずらこいたわ」
亰嗟のナンバー2って……丘さんと和月さんか。その2人まで来ていたなんて。でも、今はいないなら、僕のやることは……。
「くっ……う」
「椿ちゃん! 駄目! 無理なんかしたら」
「離して、カナちゃん。とにかく、妲己さんと先輩を!」
僕のせいで、僕のせいで2人が!! だから、僕が助けないと。
『椿よ、落ち着け! 今焦ってもしょうが無いだろう!』
「白狐の言う通りだぜ~2兎を追う者1兎をも得ずだ。先輩とやらは諦めな。その代わり、妲己の吸い込まれたひょうたんくらいは――取り返して、やるぜ!」
そう言うと、酒呑童子さんは突然跳び上がり、妲己さんを吸い込んだ紅葫蘆を持っている玄空に向け、思い切り拳を突き出した。
だけど……。
「んぁ?」
「軽いわ」
「なっ……! こちとら大量の酒を――ぐぁっ!!」
「酒呑童子さん?!」
嘘でしょう? 酒呑童子さんまでが、殴られて軽々と吹き飛んで……ねぇ、ゆ、夢だよね……これ。酒呑童子さんまで……。
『いかん! 椿、逃げ――』
「逃がさな~い」
『くぉっ?! この……がはっ!! そ、そんな……我の、しゅ、守護が……』
「白狐さん?」
えっ、いつの間に閃空が、白狐さんの前に……?
しかも、白狐さんが本気で攻撃したのに、軽く避けた瞬間、トゲの突いた肘で殴られ、白狐さんも倒れてしまいました。
『ちっ! 椿、逃げるぞ! お前等も――くっ!』
「いけませんねぇ。逃けるなんて」 「そう、いけません。潔く私達に殺されない」
『2つの頭で喋るな! 気色悪い!』
「だ、駄目……黒狐さん!」
力の差が……妖気の量も質も、あり得ないレベル何ですよ。
「怪異」 「四死散爆暴!」
『がぁぁぁあ!!!! バ、バカな……へ、変異が出来ない……だと。つ、椿、逃げろ……』
「黒狐さ~ん!!」
嘘だ……嘘だって言って! 誰か夢だって言ってよ!!
黒狐さんまで、相手の広がっていく爆発に耐えきれず、倒れて……。
恐い、怖い!! 何で……何でこんな事に? 僕が調子にのったから? 皆が自分の力を自負していたから? 敵の力量を見誤った? どこから、いつからですか!?
「さっ、椿ちゃん。私達と来なさい。言うことを聞いてくれれば、殺しは――あら? なぁに、それ。抵抗するの~?」
それでも……それでも、僕が折れる訳にはいかないんです! だから最後まで、僕も抗うんだ!!
「妖異顕……ぎゃぅ!!」
「遅い」
そ、そんな……妖術を発動する前に、玄空が僕の前に現れて、僕のお腹を蹴り上げて……い、痛い。けれど、倒れるわけには……。
「うっ……く、妖異……がはっ?!」
「だから、遅いと言ってる」
う、そ……今度は、思い切り頭を……揺れる、視界が揺れてる。そんな中で、カナちゃんの心配している顔が見えました。
「椿ちゃん!!」
何で……何で妖術が使えないの? 違う、使わせてくれないんだ! いちいち口に出さないと使えない妖術。本気の殺し合いの戦闘で、ここまで差が出るなんて……。
「皆、椿ちゃんが……!!」
「分かってる、分かってるわよ……だ、だからって……わ、私達に何が出来るのよ」
「う、うぅ……無理、無理……」
「ひっ、い……ね、姉さん」
「うっ……つ、椿ちゃん……」
カナちゃんだけは、必死に何とかしようとしているけれど、美亜ちゃんも雪ちゃんも、それにわら子ちゃんまでも、皆恐怖で震えてしまっています。
「皆……駄目」
でも、それが普通なんです。異常なんですよ、この人達は。
僕だって恐い。心底恐い。殺されるかも知れない恐怖、こんなの誰だって恐いです。
それでも……僕が折れたら、もう全てが終わっちゃうんです!
「くっ! 神刀、御剱! たぁっ!!」
何とか呼び寄せた御剱で、相手を振り抜いたけれど、それは玄空には届かず、別の物に防がれた。
「父上……ここは私が」
「先、輩……?」
玄空と僕の間には、妖魔人となった先輩が立ち塞がっていました。もう完全に、意識が別のモノになっている……。
それだったら浄化の力で、このまま先輩も合わせて! そしたら、元に戻るかも知れません! 耐性が出来ていても、直後ならまだ、何とかなるかも知れないんだ。
「ようやく成ったか、息子よ」
「はっ……申し訳ありません。直ちに、我が憎き敵。目の前の妖狐を、全ての妖怪を滅してやります。父の、小さい頃からの教え通りに」
「先輩……? ま、まさか……この為に先輩を、小さい頃からそう言い聞かせてきたの?」
「その通りよ。此奴では無い。寄生した妖魔に、言い聞かせる為さ」
「この、外道!!」
もう僕の頭の中に「撤退」なんて文字は無かったです。
そもそも、逃げようにも逃げられ無いんです。それならば、力の限り戦って、状況を打開するしか無いです。
「うぁっ!! あぐっ!」
だけど、もう一度御剱を振り抜く前に、先輩の錫杖が御剱を弾き、そして僕を蹴り飛ばしました。
駄目だ、強すぎます。何なんですか、この力は……僕は、僕なんかじゃ勝てないんですか……。
「はぁ……もう良いわ。ここまで抵抗されると面倒くさいし、殺しちゃって。面倒だけれど、死体にしてから記憶を抜き取り、封印解除をしていくわ」
「うっ……」
そんな……華陽がそう言った瞬間、4人から信じらない程の殺気が、僕に浴びせられた。駄目、逃げたい。
それか、神妖の力が暴走した時の僕になってしまって、ここで暴れまくった方が、まだ勝算があるかも。
「そうそう。神妖の力を暴走されちゃ困るから~峰空、妖気抜いちゃって」
「は~い。うふふふふ」
「へっ? えっ……口が。あぅ……! な、何これ? 力が……」
華陽の言葉の後、峰空のお腹の口が開いたと思ったら、いきなり僕の足に力が入らなくなりました。それどころか、手にも力が入らない。
よ、妖気が吸われている……。
「あっ、そうだ。どうせなら、愛しの先輩にでも殺されなさい。ふふ、中々おつな事するでしょう?」
「あっ……だ、駄目。先輩、も、戻って。お願い、先輩――戻ってぇ!!」
だけど、目の前に立つ先輩の目はもう、正気を失っていました。それでも……それでも僕は、必死に先輩の心に叫ぶ。
その心に届くまで。
「つ、ば、き……」
「先輩!」
お願いです、届いて!
「死、ね」
「あっ……」
僕の必死の叫びも空しく、先輩は右手の爪を鋭く伸ばし、僕の顔に向けて放つ。
容赦なく、躊躇いも無く……あの先輩には、もう戻ってくれないんだね。
「先、輩……」
その瞬間、僕は死んだ……そう思った。
でも――
「ぐぅっ……!!」
僕の目の前に、もう1つ影が出来たと思ったら、僕の顔に大量の血が飛び散ってきました。
「えっ?」
「椿ちゃん……逃げ……」
僕の前に立って、両手を広げていたのは――
カナちゃんでした。
しかも、お腹と胸の辺りを貫かれ、誰が見ても助からない。そんな状態でした。
「カナちゃ~ん!!!!」
そんな、そんな……何で、何で!! 何で君が!!
「ちっ、邪魔を……」
そして先輩は、カナちゃんから腕を引き抜くと、再び僕に向ける。
「……? 震えてる? 何だ、何だこれは……?」
そんなの関係無い。
「カナちゃん、カナちゃ~ん!!」
腕を抜かれ、そこから大量の血を吹き出し、こっちに倒れて来たカナちゃんを、僕はしっかりと受け止め、必死に名前を呼びます。でも、出血が酷くてこのままじゃ……。
「げほっ! げほっ! 椿……ちゃん」
まだ息がある。それなら、白狐さんの力で。
「カナちゃん! カナちゃん、喋っちゃ駄目! 今、白狐さんを――あっ」
白狐さん、気絶していました。何でこんな時に。いや、敵のせいだ!! 違う、僕のせいだ!!
「カナちゃんしっかりして!! 白狐さん!! 白狐さん起きて!! 血が、血が! カナちゃんの血が!!」
もうパニックどころじゃないです。死んで欲しくない。それなのに……それなのに僕は、何も出来ないの?! 白狐さんみたいに、治癒妖術が使えれば……!!
「椿、ちゃん……逃、げて……」
「違う、違う。カナちゃん、君が……!!」
「良いの、私は……げほっ、あなたを……守れるだけで、幸せ、だから」
何言ってるの? 何を言っているの?!
「バカですか? 死んでまで守って欲しくなんか無い!! お願い、死なないで!!」
「椿ちゃん……あなたも、私と同じ立場なら、同じ事……したでしょ?」
「うっ……うぅ……駄目、駄目。止まってよ血!! 止まって、止まって! あっ、心臓は止まらないで!!」
必死にカナちゃんの胸に、お腹に手を当てる。
それは止血のつもり。意味無いのは分かっている。それでも、それでも今はこれしか……。
「お願い……これを使って、生きて……椿ちゃん。あなた、は……私の――」
「駄目、駄目!! しっかりして、カナちゃん!!」
体温が、カナちゃんの体温が……!!
「私の……愛した人……だから、死なないで……生きて……私の、分ま、で……」
「カナちゃん……?」
カナちゃんは、僕の頬に手を当てた瞬間、力無くその手を地面に落とした。
目は閉じ、顔から生気は感じられ無い。身体は徐々に熱を失っていく。
カナちゃんが……死んだ。
誰のせい……殺した先輩のせい? 肝心な時に、気絶した白狐さんのせい? 助けに来たのに、情け無く吹き飛ばされた酒呑童子さん?
違う――
違う――
これは――
僕のせいだ!!
「うわぁぁぁぁあ!!!! カナちゃ~ん!!」
僕が……僕が弱かったから、甘かったから、カナちゃんは死んだんだぁ!!
僕は泣く。大切な者を失った時の悲しみを感じて。
僕は怒る。それを奪い去った者を壊す為に。
誰だ、誰だ!! 僕の大切な者を殺したのは!!
甘い自分。そんなのも消し去ってしまえ!! もう……もう僕は、目の前の全ての者を、全ての物を……!!
今の僕は、既に自分の意識が保てなくなっている。それだけ、自分の中の何かが爆発していた。
「ちょっ……ちょっと待って! 何よこれ? 神妖の妖気?! それにしては、桁が違うわよ!! 何あの白金の尻尾は!? しかも、私と同じ9本?」
そう、そうだよ。これが本当の僕。
『白金の九尾の狐』椿だよ。
「ぁぁぁぁあ!!!! さぁ誰だ、誰だ誰だ!! 目の前の、僕の大切を壊した者は、誰だぁぁああ!?」
そして僕は叫ぶ。全てを脅かす為に。
そして僕は動く。全てを消し去る為に。