第弐話 【2】 ムキムキ兄弟の筋肉愛
僕達は玄葉さんの言う通りに動き、鍵が壊れている牢の中に入って、ボロボロの布を被り身を潜めます。
わら子ちゃんが、この布を巾着袋の妖具に入れていたので、こういう事も想定していたのですね。
そして僕達が隠れた直後、2人の男性の声が聞こえてきます。
「うん? 玄葉、何故お前がここに?」
「お疲れ様です。闘力様、戦力様。いえ、少し胸騒ぎがしまして、自主的に見回りをしております」
「ほぉ、それは殊勝な心がけだ。しかし、お前は正体が分からない新参者。いつ裏切るか分からんからな。怪しい行動は、いかんぞ……」
「兄者。そんなものは、身体に刻みつければ良いんだよ」
この2人、兄弟だったのですか。
先に話していた声の低い方は、お兄さんという事ですね。そして今話していた、お兄さんよりも若干声が高いのが、弟さんですか。
「戦力、それは良い考えだな。何せここは、人が滅多に来ない。それに、お前は中々の身体付きをしている」
さっきから聞いていれば、玄葉さんを襲う気満々じゃないですか。
それでもまだ僕達は、ここに隠れていないといけないのですか? うん、わら子ちゃんが止めてくるから、その通りなんでしょうね。
それにしてもこの2人、お坊さんなのに煩悩だらけじゃないですか。
「お二人とも、その為にここに?」
玄葉さん、少し直球過ぎませんか? いや、身の危険が出た以上、ここは早めに動かないと、捕まったら大変ですからね。
「ふっ、その通りよ。それに、お前を狙っていたのは俺達だけではない。だから抜け駆けする為に、何故か牢に2回入ったお前の後を、追っていたのだ」
「なっ……?!」
えっ? 待って下さい。それってつまり、玄葉さんが入った直後に、この2人も入って来ていたって事? そんな訳は……。
「分からなかったか? 扉の開く音がしたのが先程と、その前にもう1回、計2回あったはずだが……」
いや、していません。していたら僕が気付きます。僕は耳が良いからね。だけど、さっき玄葉さんが来た直後、誰かが入ってくるような音は一切なかったです。
「あぁ、失礼。これで消していたっけな」
「くっ……札で消音していたのか。外道が……」
どうやら、その音を消されていたようです。
それは気付かないですよ。ということは、僕達を脱出させていたところも、しっかりと見ていたって事ですか? 最悪ですね……。
「そこの2人、出て来い。隠れていても無駄だ」
しょうが無いです。玄葉さんの言う通り、ちょっとこの2人の気を引くことにします。
「……僕達が脱出する時から見ていたなんて。もしかして、あのお坊さんの霊との会話も、聞いていたのですか?」
相手に言われた通り、ボロボロの布から出た僕は、真っ先にその確認をしました。
だって、もしあれを聞いていたなら、自分達が仕えている人達が怪しいって、そう思っているはずです。それなら、説得の余地もあるんだけど……。
「霊? そんなもの居たのか? 何も無い空間に向かって話していて、気持ち悪かったぞ」
「兄者、はったりですよ。霊なんて存在しないですよ。それに、妖怪もね」
無駄だったようです。
そして、妖怪の存在も信じていない。という事は、一緒に隠れている場所から出た、このわら子ちゃんの姿は見えていない。
この人達、本当にお坊さんですか? 一応お坊さんの格好をしているし、頭は坊主頭だから、その見た目はお坊さんですけどね。
だけど、そうなると玄葉さんの作戦は、この時点で水の泡です。どうしたら……。
「そうだな、霊などいない。上の人間もそうだ。妖怪だ何だと躍起になりやがって、無駄な事を。存在していない者を、どう退治すると言うのだ」
駄目です。その前に、この人達は色々とおかしいです。
「待ってください。それなら何で、あなた達は滅幻宗になんか?」
少なくとも僕は、滅幻宗の人達は全員見えると思っていましたよ。それなのに、何で見えない人達がここに居るんですか。
「ふん、決まっておる。俺達が信じているのは、我が肉体のみ!!」
「そう! 兄者の言う通り、信じるは己が身1つ!!」
そう言うと、兄弟はいきなり上着を脱ぎ、筋肉ムキムキの身体を見せつけてきました。
ナニシテイルンデスカ。
「どうだ! 鍛えぬかれたこの身体! 更に練気を用いれば、より筋肉は増え、爆発的なパワーを生む! その為に、こいつ等の言いなりになっているに過ぎん!」
「兄者! 素晴らしい肉体です!」
「お前もな、戦力よ」
うわぁ……玄葉さんが対峙したく無いと言った理由が、今分かりました。お互いにポージングしあっていて、褒めあって……うぅ、濃い。
「椿ちゃん……ごめん、私無理」
「ぼ、僕もです……」
「お、お二人とも……気を確かに」
そういう玄葉さんも、顔が真っ青ですよ。
とにかくどうしよう……どっちにしても、この2人を何とかしないと、ここから出られません。
「え~い! 妖異顕現、影の操!!」
もうあの兄弟の影ですら、あんまり操りたくはないけれど、動きを止める為にはしょうが無いのです!
そして、僕は兄弟の影を操り、その影で相手の身体を掴むと、そのまま動けなくさせました。
「何と面妖な。どんな手品かは知らんが……」
「いや、手品じゃないですよ。とにかく玄葉さん、今の内に――」
「ぬぅん!」
「うそぉっ?!」
なんと相手の兄弟は、思い切り力を込めてポーズを取ると、僕の影を吹き飛ばしました。
いったいどんな筋肉をしているんですか?! 信じられないよ。
「いえ、十分です。あとは私の、この玄武の盾で!」
そう言うと玄葉さんは、玄武の盾を何枚か出現させ、その内の大きな2枚の盾を使い、相手を挟みました。
それでそのまま力を入れ、相手を気絶させるつもりなんでしょうけど……。
「ふふふふ……この程度か?」
「兄者、上腕の筋肉が凄いです!」
「お前もな」
兄弟で両腕を突っ張って支えて、盾の圧迫を完全に防いでいますよ、玄葉さん。
もちろん筋肉を使っているので、それが更に強調されていて、暑苦しさがアップしてしまいました。
「くっ……これは普通、人間に防げるものでは……多少はダメージを受けると思っていたのに」
どうやら玄葉さんは、これは防がれると分かっていたようですけれど、こここまでとは思わなかったようです。あの筋肉、ただの筋肉じゃないよね、絶対。
「ふん!」
「はぁ!!」
「嘘?! 私の玄武の盾が!」
あ~玄葉さんの玄武の盾を、上に押し上げるようにして放り投げちゃいました。このままじゃ、駄目ですね。
「天神招来、神風の禊!」
それならばと、僕は神妖の力を少し解放し、浄化の風で吹き飛ばす事にしたんだけれど……。
「ふむ。良い風だな」
「そうですね、兄者。汗をかいたので丁度良い」
「うわ~ん!! 効いてないよ!」
というかね、浄化も全く出来ていない! しかも、その場で踏ん張っている訳でもないです! 本当に、そよ風に当たっているような感じです。
僕の浄化の風は、そよ風じゃないですよ! これでも吹き飛ばそうと思って放ったのに。
「椿ちゃん、落ち着いて。とにかく相手は、何もかも規格外よ。私の不幸の気も、簡単にはじき飛ばしてるもん」
そう言われたら、わら子ちゃんが扇子を使って何かしているな~っと思っていたんだよ。そんな事をしていたんですね。でも、効いていないみたいです。
もうどうなっているんですか……この2人は。
「ふん、我々の筋肉愛。思い知ったか!」
「素晴らしいです、兄者! そう、筋肉は正義! 清く美しく、この宇宙の絶対的存在!」
「そうだ、戦力よ! 筋肉が無いと、人は生きられん! 心臓だって筋肉で動いている!」
「そうですね、兄者! つまり、筋肉は命と言っても過言では無い!」
「そうだ! だから鍛えるのだ!! さぁ……レッツ――」
「「ムキムキ!!」」
すいません、帰ります。もしくは、チャンネル変えたいです。
「椿ちゃん! 戻って来て、椿ちゃん!!」
「あは、あはは……リモコンは何処? 教育チャンネルのエアロビクス番組を見ている場合じゃないんです」
「つ、椿様。お、落ち着いて下さい。リモコンは無いので、一旦電源を切るしか……」
「玄葉さんまで?! 戻って来てよ~!」
ご、ごめんなさいわら子ちゃん……僕の精神が限界です。あまりの事に、現実逃避をしてしまいました。
だって……め、目の前の筋肉が……筋肉が動いて。
とにかく、こんな奴等となんか戦いたくないです。